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ごはんは、おいし  作者: 淺葱 ちま
11/31

やりきってから、おわろう

 家に着いた私は、これからのことを考えた。おばあちゃんのくれた美味しいであろうご飯たちは、冷凍庫に入れた。



────いつか、味がするようになったら食べてあげるからね。


 そうして、パタンと冷凍庫を閉め、家電量販店に向かう。久々に、終電ではなく帰宅した我が家では、久し振りに、疲れをとるかのように早い時間に眠った。


 次の日、私は、いつもの時間に起きたがすっきりとした頭で、いつものように始発で出社した。

 出社後に、始業時間少し前にきた上司は私を大声で呼び出し


「体調管理もできないのか! 俺の時代には這ってでも出てきたもんだ!」


など時代錯誤のことで怒鳴られたが、無心で頭を下げ、罵倒に耐えた。私には昨日手に入れたボイスレコーダーという強い味方がいた。


 周囲の人は、誰も触らないものに祟りなしと、止める人もいないため、たっぷりと暴言やセクハラめいた言葉を録音できる。そう思う思うだけで、罵倒に心を無にしていたが、少し笑えてきた。首を締めることになるのに。


 仕事を辞める。バックレるのは簡単だ。この上司になってから、何人か辞表を出しても破られて、人格否定をされて、結局仕事に来なくなった何人もいる。病気の診断書も持ってきた人もいたが、それすらも無碍に扱う人間だ。戦わず逃げるのが一番だろう。


 今更ながら、こんな時代錯誤のことをいう人の下によくもまぁ、私は一年いたものだと思う。


 これで下の人を成長させる言動や行動があれば、まだ救いようがあったろうが、人の失敗ばかり目ざとく見つけ、自分の手柄にしようとする。

 期限もギリギリで定時退社するくせに、私たちの大変さを知っているはずなのに、さも駒のように扱ってくるからいただけない。


 私は、しばらく罵倒の音声を録音し続け、仕事も前と同様に過ごした。携帯とボイスレコーダをお守りに。


 あと少し、あと少し、そうやって自分に言い聞かせて、なんとかやり過ごす。


 この上司がいなければ、仕事は、ほんと本当にやりがいがあった。クライアントからの依頼をブラッシュアップして、形にしていく。最終的に上司に手柄を取られても、やったものが形になるのは、嬉しかった。


 同期は早々にいなくなったが、私の先輩たちは本当にいい人だった。電話口では上司が見て居る手前、冷たい口調ではあるが、忙しい中でも仕事を一緒にやりくりしてくれる。

 仮眠を交代でとらせてくれたり、女性で一番下できつく上司に当たられていることも多かったからか、差し入れをくれたり、なるべく終電には返せるようにしてくれたと配慮してくれたことも思い出す。


 この先輩たちが、もう変わることのないと諦めて、好きな仕事だからと一生懸命立ち向かってる人達が、少しでも救われるように、私が、がんばれば、救われるはずだ。


 たまたま先輩がブラックコーヒーを差し入れてくれた。


「ごめん! 甘いのしか飲めなかったよね、眠気覚ましに買っちゃって」

「いえ、いつもありがとうございます」


 甘いコーヒーが好きだがどうせ飲んでもなにも感じないだろうから、悲観的に一口飲んだら苦味を感じた。


 私は、苦味は嫌いだったが、もう一口飲むほど感動した。よかった、私は、まだ何かを感じられるんだ。そう思うとその苦味が唯一の救いになり、食事をコーヒーやブラックチョコレートなどに切り替えた。


 淡々と仕事をこなし、ある程度暴言も集まったし、終了後にタイムカードを押してから、残業している光景を時計と一緒にスマホでこっそり写真に収めた。


 なかなか言ってくれないので、こちらからそろそろ切り出そうと決めてた時に、タイミングよくクライアントからの指示で自分の担当の変更依頼が来た。


 クライアントにいくつかの変更を見せて、OKが出れば変更してしまえばいいだけ。


 だが、クライアントからOKがでたあとにもかかわらず、上司から散々リテイクを言われ、上司が気分のいいように振り回される。


 回数を重ねるごとに、最初の原案に戻す羽目になるのがわかってきて、ある時、時間を開けて同じものを提出したら


「こういうことだよ! はじめからやれ! どんだけ時間かけてんだ!」


と言われたのでそれ以来、時間を開けて同じものかちょっと変えたものを交互に出していたけど…


─────今日、ここで決着をつけよう。

 

 私は、携帯をみて、ぎゅっと握りしめた後、いつものようにボイスレコーダーを持って上司のもとへ向かう。クライアントから変更依頼があったこと提出済みなこと。それでは、と簡潔に報告すると案の定釣れた。


「なんで勝手に提出してるんだ!」

「クライアントからOKがでましたので」


 言い返して来ると思わなかったのか、一瞬社内が音を潜めた。次に言葉か把握できない怒号が飛んだ。だが私は止まらない


「そもそもクライアントからOKが出たのに、確認取られて何度も変更させるんですか。おかしいですよね。クライアントに見せた案以外に上司が納得する為の物をなんで作り続けなきゃならないんですか? クライアントがOK出たのを文句つけて楽しいですか?」

「黙れ!」


 上司は、机の上のペン立てを私の足元に向かって投げた。いっそぶつけてくれたらよかったのに。周りが息をのむのがわかる。


「物を投げないでください。適切にどこがおかしいのかも言わず、リテイクだけかけ続けて、結局最初の案に戻って、何がしたいんですか?」


 こんなに言い返したことのない私を見て、ざわつき出す。早く言え。あの言葉を、早く


「上司に向かって! 昔はな!」

「昔とかいいので、なぜリテイクさせるのか教えてください」

「黙って聞け! そんなこともできないならなぁ!!! お前、仕事やめろ!!」


───言質取った。


私はニッコリと笑って、言ってやる。


「承知しました。 それでは失礼します。」

「あ!? おい!!!」


 私は無視して、周りの先輩が心配そうに見てくるに対して、社内チャットにあらかじめ入れておいた文章の送信ボタンをクリックして、荷物を持って急いで立ち去る。


『お世話になりました、上司に命令されたのでやめます』


 何か怒号が飛んで先輩たちが火消し役に回って申し訳ないと思いつつ社内を、後にする。


動悸がするが急ぎ足で、会社のビルをから外に駆け抜けた。まだ日が高く、わたしは、はぁっと大きく息を吐いた。ボイスレコーダーを止めて、空をみて


「やっと、おわれる」


目標達成という気持ちを尻目に、やってくる不安感にまだ、もう少し我慢してと、携帯を強く握りしめて言い聞かせた。

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