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部屋から追い出されそうになっても、泣いて喚いて縋りつく



 宿に戻ったのはいいが、私はここで重要なことを思い出す。彼が泊まっていたのは一人部屋だったのである。そして、女性アレルギー持ちの彼は、無慈悲にも私に言い放った。


「お前はこの部屋から出ていけ」


 なんという非情で無慈悲な言葉。一瞬でも彼に感じた優しさは、今はもう幻のようにも感じる。予想していた言葉だったが、真正面から言われると流石に動揺してしまう。そんな私に彼は追撃を仕掛ける。


「不用意に触られれば此方の身が危ないからな。住む場所くらい自分で見つけろ。ほら、さっさよそに行け」


 さっき帰りに「これから一緒にやっていこうな」みたいな流れだったじゃん! 仲間になったじゃん!


 住む場所を失うなんて想像できない。祖父が亡くなり一人になった私でも、家だけは残っていた。それなのに、私は今、衣食住の『住』を失おうとしている。もう一度言う、『住』をだ。これはいけない、そう思った私は鎧を着ているルシウスに齧りつく様にしがみ付く。


「無一文なんですよ、私。ルシウス様ぁ……こんな文明都市でサバイバル生活させないでください!」

「やめろ! 離せ! 鬱陶しい! 肌に直接触れたら、殺すぞ」


 なんて酷い言いぐさ。彼がアレルギー持ちなのは分かっているが、縋りつかないと追い出されかねない。こんな18歳の娘を夜に外へ放り出すなど、正気ではない。悪魔かコイツは。……いやでも、18歳って大人か? いやいや、この異世界では私は生まれたての赤子に等しいはず。彼はそんな赤ん坊を育児放棄しようとしているのだ。これはいけない。


「そこら中で、ルシウスが女性アレルギーなこと言いふらしてやる! それはもう国中に広まるように歌って、書いて、知らない人がいないようにこの事実を世界中に轟かせてやる!」

「おい。馬鹿なことを言うのはやめろ!」

「追い出したら、あることないこと吹聴してやるうう!」


 私が必至でぎゃーぎゃー喚きながらルシウスに引っ付いていると、彼は大きなため息つく。そして、私にとって喜ばしい提案がなされた。


「はぁ。分かった。もう黙れ。そして、離せ。別に部屋を借りればいいだろう。この宿にも空きの一つや二つあるはず。ちょっと待ってろ」

「ルシウス様ぁ……」


 私は天使ルシウス様から潔く手を離し、深々と頭を下げ彼をお見送りをする。彼がいなくなったのを見計らい、私はソファへと腰掛ける。はぁ、これで何とかなりそうだ。それにしても、長い一日だった。


 異世界生活一日目。私はルシウスと出会い、運命の相手猫紳士を見つけ、レイと呼ばれる美しい吸血鬼に襲われた。死に目にも会いそうになったし、なんと濃い一日だろうか。思い返していると、疲労が沸き上がり心地よいソファの感触で、私はうつらうつらと舟を漕ぎ始める。しかし、その凪のような静けさを崩す荒波がやってくる。


 ズカズカと物音を立てながら此方に向かってくる足音がして、この部屋で止まったかと思えば、勢いよくドアが開かれる。私はその激しい波音に飛び起きた。


「……うわぁっ!? 何事!?」

「くそ! 部屋が全て埋まっているらしい。貴様、絶対俺に近づくなよ。それと、床で寝ろ」


 部屋が全部埋まってたから、機嫌が悪かったのか。


「ええ……。え? でも、部屋にいてもいいの?」

「仕方ないだろう。本当は嫌だが、お前は縋りついてくるし、無理にでも追い出せば俺の秘密をそこら中にばらしそうだからな」

「まぁそれくらいはやるよね普通。でも、床はやだよ。ここ! 私ソファで寝るよ」

「好きにしろ。俺に不用意に近づくなよ」

「はーい」


 ため息を付いたルシウスが窓の方へ向かう。窓が少し開いていて、その淵に手紙が丸めて置かれていた。彼はその手紙を読み終わった後、近くにあったゴミ箱のような籠に手紙を入れると、ぼうっと火が上がり消えていった。


「えぇ!? すごっ!」


 私の声を聞いたルシウスはこちらを見て不快そうな顔をする。だって普通、急に籠から火が出たりしたら、普通びっくりするでしょう? そんな顔しないで頂きたい。朝に見た一人でに動く箒にも驚いたが、こんな魔法が使える世界、興奮せずにはいられない。


「ルシウス先生。さっきの火とか勝手に動いてた箒は、魔法か何かなんですか? もしかして魔法が使えるんですか?」

「いや、別に俺がやっているわけではない。これらは魔法道具というものだ。おそらく、ソルスィエール国から輸入したものだろう」

「ソルスィエール?」

「魔女達の国だ」

「わぁあ! 絶対行ってみたい!」

「ひとりで行け」

「うぅ……。行きます。絶対。一人でも行ってやる……!」


 私はこの国でやりたいことを一つ見つける事が出来た。魔法の国とか興味しか湧かない。新たな誓いを胸に、ふと気になったことをルシウスにぶつける。


「ねぇ、その手紙燃やして良かったの?」

「仕事の連絡だからな。処分すべきだ」


 そんなものなのか。私だったら、内容を忘れてしまいそうだから何度でも読み返せるように残すけど。


「へぇ、そういえばレイの件はどうするの? 仕事内容は素性を調べることだったよね? 吸血鬼ってことは分かったけど、ルシウスが言っていた組織に関わっていたかは分からないし」

「まぁ、吸血鬼とわかっただけ十分だろう。しかし、奴も正体がバレた以上、もう表舞台に姿を出すことはないだろうが、今後の動きを見ないとわからない。やはり、殺すべきだったな」


 再び物騒なことを言い出すルシウスに向かって、私は反論する。


「な! それは良くないよ……。殺すことは仕事内容に入ってないじゃん」

「どうせ、正体が吸血鬼とわかれば殺せと命令が下る。奴らは好き勝手に人の血を奪い、暴れてるんだからな。それに反逆組織には吸血鬼も加わっていると聞く。早いうちに潰しておかないとな」


 この世界での吸血鬼はどう扱われているか知らないが、話を聞く限り危険なようだ。たしかに、私も襲われかけたし、腕をムシャムシャされたし。


「とりあえず、今日起こったことを上に報告するだけだ。それに、貴様が責任を持って奴を捕まえると約束したからな。期待してるぞ」


 とんでもない事を言い出すルシウスに、私は捕まえる必要がないと言葉を並べる。


「無理無理無理! 約束なんてしてない! わかんないけど、レイは悪い吸血鬼じゃないかもしれないじゃん! うん。そんな気がしてきたなー。放っておいても大丈夫だと思うなー」

「貴様には責任を持って奴を捕まえてもらう」

「聞いてた? 私の言ってたこと聞いてた?」

「貴様には責任を持って奴を捕まえてもらう」

「いやぁああ! 決められたセリフしか喋れないロボットみたいになってるうう」


 私はこの話を続けても堂々巡りだと思い、別の話題を振る。


「そういえば手紙に次の仕事が書いていたんでしょう? どんな仕事なの?」

「最近巷で噂になっている怪盗ショコラを捕まえろという内容だ。貴族の家から金品を盗みだしているようだな。ちなみに、今日行われたあのパーティでも被害が出たみたいだぞ」

「えぇ!?」


 いつそんなことが起こったのか想像がつかない。私がパーティー会場にいた時にはそんな騒ぎはなかったし、パーティは途中で退場してしまったし……。


「奴の厄介なところは、民衆から支持を得ていることだ」

「盗人なのに?」

「奴のターゲットは貴族のみで、金持ちから金を奪い、それを貧しい人々に回しているらしい。10年ほど前から活動しているようだが、最近この国で奴を支持するような組織が出来上がったみたいでな。どうも活動が活発化しているようだ」


 ルシウスの話を聞いた感じ、もしかしたらいい怪盗なのかもしれない。貧しい人にお金を回していると言っていたし。でも国にとっては問題の人物なんだろうなとは思う。


「義賊ってやつかな? でも10年前から活動してるのに、未だ捕まえられていないって……。そんな相手を捕まえるなんて無理じゃない?」

「あぁ、全くもってその通りだな。奴が捕まらない理由にはいくつかあるが、その中で一番厄介なのは目撃証言の不一致なんだ。証人達はいつも異なる人物像を語るらしい」


 人物像が変わる?変装でもしているのだろうか。


「じゃあ、何でその怪盗の仕業だとわかるの?」

「それは毎回ご丁寧にメッセージカードを置いていくようだ」

「成程……」


 10年も捕まらなくて、メッセージカードを置いて自分の存在を主張し、貧しい人々ために活動している……。捕まえるの無理じゃない? コレ。ルシウスは何かいい考えでもあるのかな。


「それでどうやって、彼を捕まえるの?」

「知らん」

「え?」

「俺の知っている情報はコレだけだ。これから情報収集していくわけだが、街の住人に聞くのは難しいかもしれない」

「なんで?」

「街の住人は王国騎士に、奴の情報を流すものはいないからだ。彼らにとって、怪盗が捕まるのは、百害あって一利なしだからな。それに、俺の顔は国の隅々まで割れているから、難しいだろう」


 成程。レイの件もそうだが、不利な仕事が多いな。この人。そして、ふと思いついたことを、私はそのまま口に出す。


「そっか。民衆から支持を得てるんだもんね。こんな仕事振ってくるとか、上の人はルシウスの事嫌いなんじゃない?」

「あぁ、そうだろうな」


 即答するルシウスを気の毒に思う。ドライな彼が可哀そうに見える。


 彼が言う様に王国騎士で顔が割れているルシウスが、街の人から情報を聞き出すのは無理なのだろう。情報も少なく、完遂不可能そうな仕事を任された彼を気の毒に思い、私は一つ提案をする。


「いいこと考えた! 私、街でアルバイトでもしてみるよ。ルシウスにはこうやって一応住む場所や食べ物を提供されてるんだから、街で働いて情報収集ぐらいするよ。それに、少しくらい生活費の足しになるしね!」


 どうだ! ルシウス君。感動してしまうだろう?


 ドヤ顔で彼の返事を待つ。


「まぁ、鳥の餌くらいにはなるだろう。好きにするがいい」

「鳥の餌!? もう!」


 折角手伝ってあげると言っているのに!


 私はプンプンと怒りながら、ソファに寝転がる。そして、ルシウスの方から鎧を外すような金属音が聞こえ、しばらくして電気が消される。数分経っても、ムカムカした気持ちがどうにも収まらず、疲れているはずなのに眠れない。そういえばと背中に手を伸ばす。寝る前はブラ外さないとね……。


「~~っ!?」


 私は声にならない声を出す。伸ばした手の先には目当ての物はない。私の胸を覆い隠すものは何もなかったのだ。それもそのはず、もう必要ないものだと思って、私は仕立て屋でブラを置いていったのだから。


 あの店主絶対捨ててるよ! 私の事すごい形相で睨んでたし、絶対汚いとか言って捨ててるよ……。


 仕方ない。一応あの店にもう一度、一人で行ってみよう。また罵倒されると思うと胸がキリキリ痛くなる。よく考えたら、姿が女に戻ってからルシウスがいるのに、ノーブラで一緒にいたってこと!? もうやだ! もう考えるのは止め止め!


 私はソファに顔を埋めて思考を追い払うが、時に自分の醜態を思い出しつつ唸っていた。だがそれでも、なれない異世界に緊張や疲労が蓄積した身体は、休息を得ようと徐々に私を暗闇に誘導していった。


【簡単なあらすじ】

宿に戻った途端、ルシウスに追い出されそうになるが、必至に縋りつき何とか、部屋に置いてもらえることに。そして、部屋に置かれていた手紙を見て、次の仕事――怪盗ショコラを捕まえる――を知る。


【登場人物】

・葵

 本作主人公。日中は男で、夜は女の子。


・ルシウス

 女性アレルギー持ちの王国騎士。


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