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私の下半身に何か付いてるんですけど!?


 ルシウスに付いて宿を出ると、そこは空想世界の、祖父が言っていた通りの他種族が、整備された道を行き交っていた。


 いかにも獣人と言えるだろう犬の頭をした人物が、歩いている人に声をかけ屋台の食べ物を売りつけようとしている。それを拒む者はお尻から謎の尻尾が生えていた。


 右を見ても左を見ても、行き交う人、人、人。その人の顔が動物の頭であったり、羊の角が生えていたり、ウサギの耳が付いていたり。こんなにもワクワクすることがあるだろうか、いやない。この情景を見るだけで、涙が出そうになる。私がこの世界に目を奪われていると、肩に衝撃がかかり、私の身体が後ろによろける。


「失礼。ぶつかってしまって。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……。はぅっ!」


 ふと上を見上げると目の前には見目麗しい猫の顔をした獣人。まるで貴族のような服を着ていて、今度は彼に目を奪われた。これこそが私が望んだ異世界。愛してやまない大好きな猫が獣人として、自分と言葉を交わせる世界。なんて素晴らしいんだと、私は鼻息荒く彼に今のこの気持ちを伝えようとするが、上手く言葉が出てこない。


 一目惚れしました! お名前聞かせてください! 一緒に付いて行っていいですか?


 言いたいことは次々と浮かんでくるのに、沸き立った感動で上手く言葉が伝えられない。私がそうこうしているうちに、彼は軽く頭を下げ「失礼するね」とニコリと笑い、立ち去ってしまった。


 彼の後姿を惜しみながら見送っていると、足元に手紙が落ちていることに気が付く。


 もしかしたら、さっきの猫紳士が落としたのかもしれない。


 私はすぐさま手紙を拾い宛名を見るが、案の定何が書いてあるか分からない。でも、これはきっと彼のモノだと思い、私はそっとローブのポケットに入れる。


 後でルシウスにでも読んでもらおうか。


 そう考えていると、不機嫌そうな顔をしたルシウスが此方を見ていた。


「おい、どうしてついて来ない? 早く来い」

「あぁ、ごめんごめん」


 高鳴る胸のトキメキを隠しながら、私はルシウスの後ろに続いた。



-----------------------------------------------------------------


「わぁ!美味しそう!」


 適当に入った食堂で次々平らげる私に、ルシウスは少し引きつった様な顔するが、そんなことは気にしない。腹が満たされれば何の問題はないのだ。大きく膨れたお腹をさすりながら、あったかいお茶をすすると、私の3分の1程度しか食べなかったルシウスが口を開く。


「満足したか」

「はい! 大変満足しました!」

「じゃあ、行くぞ」


 動くにはお腹が満たされすぎているが、これ以上我儘を言うのも躊躇われる。そこにエプロンを付けたおじさんが近づいてきた。


「ルシウスじゃないか。ちゃんと食うとるか? おお! 今日はえらい食うとるやん!」


 おじさんはうんうんと満足そうに頭を縦に振っている。それに釘をさすように、ルシウスは私の方を親指で指差す。


「俺じゃなくて、コイツだ」

「あはは。どうも。美味しかったです」


 すると少し驚いた風に、おじさんは言う。


「お前が一人じゃないとはなぁ…。是非とも、仲良くしてやってくれ」

「は、はぁ…」


 いや、もうすぐオサラバするんですけどね、私達。


「もう行くぞ」

「ルシウス! また来いよ」

「金は家に付けといてくれ」

「はいはい」


 私たちはその場を後にする。ルシウスは店主と知り合いみたいだったし、「家に付けといてくれ」とか、もしかしていい坊ちゃんか何かなのか? そんなことを考えながら、いつもより重いお腹で少々歩きづらいが、ルシウスに配慮はなく、その大きな足を駆使してぐんぐん進む。


 たどり着いたのはいかにも高級そうな仕立て屋で、まるでお嬢様が着るような服がズラリと並んでいる。


 んん??


 店主らしい若い女性が、此方に近づいてくる。


「あら、ルシウス様! お久しぶりですね。此方の方は?」

「こいつに合うのを適当に見繕ってくれ」


 知り合いなのか。じゃあ、今までにここに連れてきた女性がいるということなのかな? 私と話すにはぶっきらぼうだが、女性はちゃんとエスコートしてるんだろうなと思い、なんだか彼を微笑ましく感じる。


「此方なんていかがでしょう? こちらのお嬢様には、この色が似あうかと」


 店主が私の身体に当てたのは白いドレスで、私は少しムッとする。


 またか。またなのか。


 私はこれから異世界生活をする身の上。きっとこれから楽しいワクワク冒険譚が始まるのだ。こんなドレスなど着ていられない。しかもウェディングドレスを連想させるようなものは絶対着たくない。


「私こういうのじゃなく」

「どうでもいい、さっさと着替えさせてくれ」


私の声に被せるように、ルシウスが投げやりに発言する。


「では、お嬢様こちらへどうぞ」


 私は店主に背中を押され、奥のフィッティングルームへと導かれる。あれよそれよと服をポイポイと脱がされる。


「あら、お客様、下着のサイズが……。きゃああああ!」「うわああああ!?」


 店主が突然大きな悲鳴を上げ、その声に驚いた私も叫ぶ。私たちの声を聞いたルシウスが駆け付けて、無遠慮にカーテンを開いた。


「何事だ!?」


 私の視線は突然現れたルシウスを見て、自分の下着を見られないように胸と股に手を当てる。しかし、下腹部に馴染みのない異物の感触がある。私はその感触を確かめた後、ゆっくりと顔を上げ店主を見るが、彼女は顔に手を当てて向こう側を向いていた。何も話せなくなった店主の代わりに、ルシウスが口を開く。


「貴様、男だったのか?」

「いえ、女のはずですが…」


 自分の体に自分が一番驚いていた。恐る恐る再び下半身の手を動かすと、私の頭が想像する生ものだと理解する。少しだけ冷静さを取り戻したのか、店主が私に罵倒を浴びせ始める。


「男のくせに女性ものの下着を履くだなんて! 変態!」

「いや! そうじゃなくて! そうなんだけども!?」

「こっちに近づかないで! いやぁああ!」


 店主の悲鳴が店中にこだまする。落ち着かせようと近づけば叫ばれ、どうしようもない。客が自分たちしかいないことが唯一の救いだ。


 ルシウスは少し考えるように、顎に手を当てている。この場を収められるのは彼しかいないのに、一人思考に耽っている。


 何!? よくわからないけど、男の姿をしている自分が女性ものの下着を着ているのが悪いのか!? 脱げばいい? 脱げばいいの!?


 混乱した私がブラに手をかけ、ホックを外し脱ぎ捨てる。


「これでええんか!? これで満足か!?」

「いやああああ!」


 一層激しくなる悲鳴に、頭がおかしくなった私はおかしな発言を繰り返す。


「まだ脱げっていうんかぁ!? どっちが変態じゃボケぇ!」

「いやあああ!」

「喚くなぁあ!」


 私の手が残った一つの下着に手をかけた時、ルシウスが私の腕を掴んだ。私が彼を見上げて固まったのを見て、彼は店主に声をかけた。


「すまない店主。粗末なものを見せた。コイツはすぐに連れて行く」


 肌に少しの寒気を感じた私は、途端に冷静になる。いやいや、このまま出て行くのはダメだ。ルシウスは冷静そうに見えるが、下着一枚の私を連れてそのまま外に出ようとする時点で、彼も今普通ではない。


「ちょ、ちょ、待って。こんな格好で店の外に出さないで! ローブ着るからちょっとまって!」


 私は彼の手を振り払い、急いでローブを身にまとう。ローブの下は下着のみ。店主の言うようにとんだド変態だ。何故、自分の身体が男に変わっているのか理解できない。それに体つきは下半身以外あまり変化はない。背が高くなったわけでもなく、筋肉質になったわけでもない。元から胸はそんなに大きくないため、変化はほぼないように感じる。


 自分の身体の変化に身震いしていると、そんな私の様子をぼうっと見ていたルシウスがハッと気づいたように私に問う。


「おい、お前紋章はどうした?」

「え?」


 首元に手を当てるが、紋章がない。部屋中を見渡すがそこには着替えようとしていたドレスと、ボロボロのウェディングドレスと、付ける必要が無くなったブラジャーが地面に落ちているだけだった。


 ヤバい。ヤバいぞ……。


 私はダラダラと冷や汗を流す。後ろを振り返るのがこわい。先ほどまでポンコツだったルシウスが、怖くて怖くて仕方がない。私は最後の頼みの綱である店主に声をかける。


「あの、店主さん。私の首飾り知りませんか?」

「ヒィッ。こっちに来ないで下さい!」

「すみません離れます離れますから! 不用意に近づきませんから!」


 幾分か落ち着きを取り戻した店主が、私の質問に答えてくれる。


「ええっと…。私が服を脱がせた時にはそんなものはありませんでしたよ。ローブの下にはボロボロのドレスと、女性物の下着だけで」


 店主は軽蔑したような目をこちらに向けるが、構わず私は彼女の肩に掴みかかり揺らす。


「嘘~!? 嘘だと言ってよ! 首飾りかけてたでしょぉ!?」

「いやあ~! 変態触らないでぇぇ!」

「もうローブ着てるだろうがよぉ! てめえの目は節穴か! ローブが透明に見えるスケスケの能力持ち主か何かなのかよ!」

「おい」


 背後から投げかけられた低い声にゾクリとする。ダラダラと冷や汗を流し、ほとんど服を身に纏っていないこの姿では凍えてしまいそうな程だ。


「ちょっとまって! ちょっとすぐ思い出すから! 何か思い出すから!」


 私は必死に記憶を遡る。私は宿屋で首から紋章をぶら下げ、それをローブの下に隠していたし、それを外に出した記憶はない。此処に来るまで服を脱ぐこともなかったし、落とした記憶もない。


 強いて言えば、私好みのメインクーンの猫獣人にぶつかったことぐらいだ。


 ん?まさか……?


 私は片方だけ口の端を上げ、歪な笑顔を作り、ルシウスに振り返る。


「あ、あ、えっと、えっと。もしかしたらなんですけど、盗られたかも…? しれない? みたいな?」

「…」


 三日月を作った目を開けない。何故なら、目を開かなくてもわかるほどの殺気が彼からぶつけられていて、開けば彼の目に射殺されそうだからだ。


「殺すのは待ってください! 多分その人が落としたっぽい手紙を拾ったんだけど、読めなくて。もしかしたら名前とか書いてあるかも?」

「貸せ」


 ルシウスは私の手から手紙を奪い取り、封を開けるとそこにはメッセージカードが入っていた。彼はそれを見て少し機嫌が直ったように、口の端を僅かに上げる。


「これは丁度いい」


 それから黙り込んだシリウスに連れられるまま、外に出る。自分の身体の変化や、紋章をなくしてしまった罪悪感で思考をぐるぐると巡らしている間に、今度は男性用の仕立て屋にたどり着いた。


 シリウスは先ほどと違い、てきぱきと服を選び取り、店主に指示を出す。私はなされるがままに服を着せられ、首元の窮屈さに辟易する。こんなタキシードで身なりをよくして、一体私をどうするつもりなのか。正直動きずらい。


「あの~、私としてはもっと動きやすい服がいいかなと…」

「黙れ。こうなったら、俺の仕事を手伝ってもらうからな!」

「えぇ!?」

「今ここで殺ってもいいんだぞ」

「私奴に手伝わせてください!」


 ルシウスの言う仕事とは、とある女の素性を調べること。女は国王を狙う反逆組織の一人かもしれないというタレコミがあった。今日の夕方から始まる貴族主催のパーティーに参加する可能性が高いので、そこで接触を図るみたいだ。この女、若いイケメンが好きらしく、騎士の中でもイケメンと言われているルシウスがこの仕事を請け負うことになったらしい。


「俺は女が嫌いなんだ。触りたくもない」

「それなら断ればよかったじゃないですか」

「馬鹿かお前は。どうして自分の弱みを晒すようなことをしなければならない。いつどこで身を狙われるかわからないのに」

「ええ~。そんな物騒なんですか? この世界」


 この世界はそんな物騒な世界なのか?のほほんハートフル世界じゃないの?


「正直俺もどうしようか悩んでいたところだなんだ。丁度いい。お前も一応男みたいだから、お前が女から素性を突きとめろ!」


 突然振って落ちてきた無理難題に、私はブンブンと首を横に振り、距離を取るように手を前に出す。


「えぇ!? 無理無理無理。私イケメンじゃないし、こっちの常識も知らないし、貴族のパーティー? も参加したことないですもん」

「その年で一度も参加したことないなど、あるはずがないだろう。丁度正装を着せてやったんだ。俺のために働け。それにさっきの封筒に入っていたのは、そのパーティの招待状だった。俺の紋章を奪ったやつも招待されていたんだろう。オレはその盗人を探すから、お前は女を探せ。いいな?」


 私の責任で彼の紋章が無くなったのは事実。罪悪感に押され、ルシウスの圧力に押され、私は彼の言う通りに従うことになった。くぅ…。


【簡単なあらすじ】

運命の出会いを果たして、飯食って、服を着替える。着替える時に自分の身体が男になっていることに気付く。


【登場人物】

・葵

本作主人公。高校を卒業したばかりの女の子だが、異世界に飛ばされた。わんにゃんを求めている。


・ルシウス

金髪碧眼。綺麗系イケメン。


・猫紳士?

メインクーンの獣人? 貴族っぽい見たい目をしていたため、葵に勝手に命名された。


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