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さよなら望まない結婚式


 真夜中。私は結婚相手から一方的に送られたウェディングドレスを眺めていた。数週間前に届いたそのドレスは一度も袖を通していない。今日、このドレスを着て一生を添い遂げる誓いを立てる予定になっているが、私にはその実感が少しも湧かない。


 このドレスを身に纏えば、少しでも実感が湧くだろうか。


 そう思い、真っ白で汚れ一つないドレスを身に纏う。全身鏡に映る自分を見ても、喜びも悲しみもなく、ただ自分には似合わないと感じるだけだ。


 ――こんなはずではなかったのに。


 大きな屋敷に一人、私の晴れ着姿を見るものは誰一人いない。祖父が亡くなってから、私の身内は一人もおらず、両親は私が幼い頃に私を置いてどこかに行ったらしい。


 半年前大好きだった祖父が亡くなり、昨日高校を卒業したばかりの私は、今日新たに家族を得ることになるが決して喜びはない。私が結婚する相手は、初めて会った時私にこう言い放った。


「どうも、初めまして。突然で驚くでしょうが、単刀直入に言わせてもらいます。貴方のお父さんに少々お金を貸していたんですが、どうも彼夜逃げしたようで。仕方ないので唯一の親族である貴方を訪ねに来たんです。お父さんの借金、貴方に支払ってもらおうと思いましてね」


 男は黒いスーツに前髪を後ろに流したオールバック。如何にも堅気ではない雰囲気で、染めていない髪色と仕立てのいいスーツが、彼がそこらにいるチンピラではないことを認識させる。何処かの小説や漫画で聞いたようなセリフで、静かに私を威圧する姿に、祖父を亡くしたばかりの私は泣き出したかった。


 どうして今の状況になったかよく分からない。私は大学進学をせず、幼い時から憧れていた動物園で働くことが決まっていた。その給料の半分を毎月納めることで、その男とは話が付いていたはずだった。

 だが何を思ったのか、父の借金を肩代わりするように脅した男は、1か月前私に突然求婚してきて、あっという間に今日を結婚式に取り決めた。


 男は結婚する条件として、父が残した借金をチャラにすると言った。20年働いても返せるかどうか分からないような金額だったのでそれはありがたかったが、自分の人生を一生男に捧げると思うと嫌になる。


 ――あぁ、私が男だったらこの男に目を付けられなかっただろうに。


 自分のこれからの人生を悲嘆していた私に、この男は容赦なく、さらに私を絶望の地の底へ叩きつける。


「あぁ、そうそう。私の妻になるのですから、働かなくても結構です。動物園の方にはお断りの連絡をしておきましたから」


 唯一の救いだった私の夢を取り上げたのだ。


 今まで自分の人生を変えたい等と思ったことはなかったが、今は思わずにはいられない。

私は幼い頃からの夢であった動物園で働き、大好きな動物たちと戯れたかった。結婚だって、きちんと好きになった人としたかった。両親がどういった心境で私を置いていったのかは定かではないが、彼らのようにはなりたくはない。私は祖父のような、祖父が語ってくれた人たちのような人と幸せになりたかった。


 私の祖父は不思議な雰囲気を持つ人だった。それは、彼が若いころに神隠しにあったことが関係しているのかもしれない。本人曰く、彼は神隠しにあった時、異世界に飛ばされたのだという。見たことない動物や、種族、建物、食べ物で溢れ、沢山の友人を作ったらしい。動物好きだった祖父は、「意思疎通が出来る彼らと戯れてとても幸せだった。もう一度行きたい」と何度も繰り返し私に言っていた。


 祖父が異世界に飛ばされたのは、蔵の中で光る本を触ったかららしい。異世界から戻って蔵で本を何度も探したが見つからず、足を悪くしてからは蔵に行くことはなくなり、祖父が再び異世界に行くことはなかった。


 幼い頃から祖父に聞かされた異世界の話を全て信じていたわけではないが、作り話だったとしても私にはとても興味深いものだった。祖父と同じく動物好きの私は、彼が話すその世界に憧れた。私もいつか行ってみたい、そう思い私も蔵に足をよく運んだが、祖父の言っていた光る本を見つけることはなかった。


 結婚式当日。今この現実から逃げたくて、私の足は自然と蔵へと向かう。その純白なドレスは決して汚さないように、キチンと裾を掴みながら。逃げだしたいのに、どこか冷静にドレスを汚さないようにする自分が少し嫌になる。


 ギィと音を立てながら開いたドアの先に一筋の光が見える。屋敷から離れたこの場所には月明かりぐらいしかこの場所を照らすものはない。倉庫の奥から光るそれは、どう考えても窓から差し込んできた月明かりではなく、それ自体が発している不自然な光だった。


 泥棒?


 しかし、この家に金になるような大したものはない。あの男でさえ、この家から差し押さえするものは一つも無かったのだから。蔵はただ物置と化しているだけで、懐中電灯を持った泥棒がわざわざこの蔵に入るとも思えない。


 警戒しながらゆっくりとその光に近づくと、本から光が漏れているのが分かった。それを見て、私の心臓は大きく高鳴る。この本に手を伸ばせば以前祖父が行ったという、私の望むその世界へいけるかもしれない。


『光に手を伸ばすと、気付いたら異世界にいたんじゃよ』


 私は記憶の中の祖父の声を聞きながら、本に手を当てた。



【簡単なあらすじ】

結婚式当日の真夜中、葵は家の中で一人ウェディングドレスに袖を通す。望まぬ結婚式にどうにも気が進まず、祖父が体験したという異世界生活の話を思い出し、現実逃避を始める。祖父が転移するに至った光る本を見つけた葵は異世界に飛ばされる。


【登場人物】

・葵

本作主人公。高校を卒業したばかりの女の子。

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