浮気の妻と努力の夫
少し修正致しました。
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私は世に言うビッチである。
そんな私の話を少し聞いてもらおうと思う。
それは、私の夫についての話だ。
私が結婚した相手は、同じ大学に在籍していたあまり接点のない人だった。
当時のセフレの友達の友達くらいに関わりのない人で、会話もそれほどした事はなかった。
眼鏡をかけた真面目そうな人で、顔もまぁ悪くない。
むしろ、イケメンの部類に入る。
ただ、ついてるもんついてたらどんなんでもいいや、と思ってた私にしては珍しく、粉かけとこうとか思わなかったのが今思えば不思議なくらいである。
で、何故そんな相手と結婚に至ったかと言えば……。
「好きです。結婚してください」
と言われたからだろう。
いろんな男性と関係を持ってきた私だが、好きと言われた事は初めてだった。
それもこうまで真剣な口調で。
「はい」
脈絡ない告白に返事をしてしまったのも、それが理由に違いない。
正直、私は自分が結婚できるとは思っていなかった。
なんとなく色々な男性を転々と移り歩き、風俗で働いて、最終的に場末のスナックでも経営して孤独死するんじゃないかと思っていた。
そしていざ結婚できると思うと妙に嬉しくて、相手の事が好きになる。
もう、この人だけを愛していこう。
そう思えるくらいに好きになった。
とまぁ、そんな事は最初だけだったんだけどね。
今私は、夫の前で正座させられていた。
浮気が夫にバレたからである。
夫だけでは満足できなくて、ついつい浮気してしまったのだ。
「私はあなたがこの世で一番好きです」
「はい……」
夫の言葉に、私は返事する。
「そして、僕には寝取られ属性がなく、脳が破壊されるような事はありません。ただ辛いだけです」
「はい……」
「だから、今お腹が痛くて痛くて仕方がありません。吐き気もするし、今にも倒れそうなほどです」
「はい……すみません」
「なのに、何で浮気したんですか?」
「……あなたのエッチが下手だったからです」
「そうですか」
正直に答えると、夫は立ち上がった。
「わかりました。じゃあ、僕もちょっと浮気します。いいですね?」
ええ?
とんでもない罵詈雑言も覚悟していたが、夫はあっさり言い放つと立ち上がった。
腹を押さえ、口から血を吐き出したかと思えば、そのまま倒れて救急車で運ばれた。
急性胃炎だった。
夫は朝から毎日ステーキをぺろりと食べるほどに胃は丈夫である。
私の浮気はそんな夫にそれだけのショックを与えたらしい。
それから少しして夫は病院から忽然と姿を消し、一ヶ月ぐらいして家に帰ってきた。
帰ってきた夫はとてもエッチが上手くなっていた。
「何で?」
「しばらく風俗通いして、本職の方に教えを請いました」
そうなんだ。
だから浮気するっていったのか……。
仕返しのつもりだと思ってた。
でも、これで私もそっち方面で満足できるから、もう今度こそ浮気などするまい。
そう思っていた時期が私にもありました。
私は再び、夫の前で正座させられていた。
理由は私の浮気がバレたからである。
「僕はあなたがとても好きです」
「はい……」
「何度浮気されても、多分僕の気持ちは変わりません」
「はい……」
「例によってお腹が痛いです」
「はい……すみません」
「今度はどうして浮気したんですか?」
「……同じ相手ばっかりだと飽きてくるからです」
いくらエッチが上手くとも、やっぱり同じ相手ばかりだとマンネリになってくる。
ご飯ばかりではなくおかずが欲しいし、食後に甘い物が食べたくなるのと同じである。
「そうですか。わかりました。じゃあ、もういいですね。ぐはっ……」
夫はまた吐血して倒れた。
急性胃炎だった。
やっぱりショックだったらしい。
夫は入院先の病院から忽然と姿を消した。
それから三ヶ月ほどして夫が帰ってきた。
帰ってきた夫は別人のようになっていた。
より正確に言えば、毎日性格が変わるようになった。
どうやら、いろいろな人間を演じられるようになったらしい。
その演技力がかなり高く、ホスト風、さわやか系、俺様、王子様、果ては渋いおじ様から無邪気子供まで多彩に演じ分ける。
特に子供を演じた時は、本当に子供を相手にしているような気がしてきてちょっと背徳的である。
本当に身長が縮んでいるように錯覚する。
これが俗にいう合法ショタという奴だろうか?
「どこでこんな技術を?」
「知り合いのツテで、引退した女優さんを紹介してもらって個人レッスンを受けました」
「へぇ」
それからなんとなく見たドラマに夫が出演していた。
それだけじゃなく、いろいろなドラマにも出ていたし、特集を組まれた週刊誌まで発見してしまった。
どうやら、夫は役者に転職していたらしい。
しかも今や売れっ子俳優らしい。
しかし、これで一人の相手をするマンネリは解消された。
もう、私は浮気などしないだろう。
まぁ、すでにみんな私の言う事なんて信じてくれてないよね。
正解!
私は夫の前で、正座させられていた。
理由は、浮気がバレたからである。
私は電話で救急車を手配してから、土下座した。
「すみませんでした」
「何で浮気したんですか?」
お腹を押さえ、すでに口端から血を流している満身創痍の夫が訊ねてきた。
「一対一のプレイに飽きちゃって……。一対多数のレイドバトルがしたくなっちゃったんです」
「なるほど。わかりました。がは……っ」
倒れた夫は、丁度到着した救急隊員によって連れられていった。
夫はまた病院から忽然と姿を消し、その病院からお叱りを受け、それから半年。
その間、仕事もばっくれていたらしく、違約金でかなり貯金が減った。
とはいえ、それでもかなりの額が残っているが……。
と思っていると、ある日通帳の残高が今までの十倍ぐらいになっていた。
不思議に思いながら家に帰ると、そこに夫はいた。
六人くらいいた。
一人が玄関で出迎え、他は手分けして家事をしていた。
なんや、これ?
「どうしてこんな事に?」
「すみません。ちょっと言えないんです」
夫が答えると、どこからともなく現れた黒尽くめの男が夫のそばに跪いた。
「お館様、例の件は解決いたしました」
「ご苦労。休んでくれ」
「はっ」
黒尽くめの男はどこかへ消えた。
……忍者だ。
忍者になったんだ!
あれは分身の術なんだ!
でも、これでレイドバトルがしたくなっても浮気しなくて済む。
今度こそ絶対、浮気なんかに負けたりなんかしない。
浮気には勝てなかったよ……。
私は夫の前で正座していた。
理由は、浮気がバレたからである!
「よりによって僕の部下と、ですか……。がはっ……」
今回の相手は、よく報告に現れる夫の部下である。
「彼は今抜けに……」
抜け忍って言おうとした。
「とにかく、逃げ回っていますが、追っ手を放ったので捕らえられるのは時間の問題でしょう」
「そうですか……。すみませんでした」
「どうして浮気したんですか? 彼ができる事なら、僕にもたいていはできますよ」
「彼自身というより、彼が口寄せした大蛸がすごかったの。前に、あなたが対立している謎の組織に襲われたでしょ?」
「報告には聞いています」
「その時に、たまたま大蛸が暴走して触手に玩ばれたの。それが今まで感じた事がないくらいとても気持ちよくって……。四方八方から気持ちよさが押し寄せてくる、なんていうのか関が原並みって感じの気持ちよさだったの」
「触手ですか……」
流石に、こればかりは無理だろう。
人の手に余る。
分身の術自体がそもそも人の技じゃないと思うけど。
「わかりました。どうにかしましょう」
なんか当てがありそうな返事な件。
立ち上がった夫は、一度盛大に喀血するとシュッと姿を消した。
ついに病院からではなく、家から忽然と姿を消すようになってしまった。
それから一年。
夫は帰ってこなかった。
不思議な事ではあるが……。
夫がいなくなると、私の浮気癖はぴたりと治まる。
時間が経てばそんな事もないと思っていたが、一年近く経ってもその気になれなかった。
なんというのだろう。
心配……。
いや、不安なのかもしれない。
夫が私の側にいない事が……。
何をするにも楽しくないし、他の事を考えられなくなる。
皮肉な話だ。
夫がいる時は他の人に目移りするのに、夫がいないと夫の事ばかり考えてしまう。
そして、再び夫が帰ってきた時……。
夫は人間を辞めていた。
辛うじて夫の形はしていたが、付属品が増えていた。
主に触手とか、触手とか、触手とか……。
何か、名状しがたいものになっていた。
「イア」
右手を上げて、夫は声をかけてきた。
「それ、挨拶?」
「ええ。しばらく、日本語を使っていなかったので」
どうやら、夫の人生は忍法帖からコズミックホラーに路線変更したらしい。
「これであなたを満足させられるはずですよ」
実際、夫の触手は凄かった。
あの大蛸などより圧倒的に良い。
サティスファクションである。
それにしても、夫は努力家だ。
私が浮気する度に、私を責めるでもなくいつも私が満足できるように努力する。
それは本当に、夫が私を愛してくれているからだろう。
その大きな愛情に気付いた今、もう私が浮気をする事はないだろう。
というより、これ以上何の不満も出ない気がする。
過不足が見当たらない。
浮気する必要性がないのだ。
……しかし、もしまた私が夫に不満を抱いて浮気をしたら、その時夫はどんな存在になっているだろう?
ちょっとした好奇心が沸いてくる。
古き邪神以上の存在か……見つけるのは大変そうだ。