ススキ坂のセクハラ幽霊
⭐︎ほんのり怖い心霊スポットにいってきました⭐︎
マジ触られた!幽霊のセクハラうけました。
訴えてやる!w
Re:なにそれ、ウケるw
Re:あー、この前行った。マジででるよな。身体中触られる。
Re:なにその恐怖感ゼロの心霊スポット。エロい。
Re:マジレスすると、平地で空気が温められ、山に向けて上昇気流が吹き抜けるだけな。つまり風。
Re:これいい!使わせてもらいます。待ってろよオカルティクなマイハニー!
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本日は、晴れなり。
空一面、どこまでも続くうろこ雲が、明日は雨だと告げている。
それでも、今日は晴れ。大事な水曜の晴れ日がうれしくて、鈴音愛奈は空を見上げて、笑みをこぼす。
壮麗というに相応しい、この秋空を彼と共有できるのがうれしいのだ。いやいや、本音を言えば、ただ会えるだけでもうれしいのだ。
服装はあえて、私服ではなく制服とした。平日の夕方なら、学校帰りにそのまま寄ったとしても、なにも嫌味はないだろう。世の男性は、大抵女子高生の制服が好きだと、悪い友人が教えてくれた。もっとも、大抵の世の男性に当てはまるような相手なら、愛奈に苦労はないだろうが。
恥じらいなくJKブランドを全面にだし、計算高く罠を張る自分を、いじらしいと愛奈は思う。しかも、いまいち反応が薄いブレザーをやめ、今日は白のカーディガンを羽織り勝負する。愛奈の好みとしては、断然グレーなのだが、勉強の時間を惜しんで考えた戦略の結果、若さと清楚さを全面に出そうと白とした。ちなみに白のカーディガンは、正確には校則違反である。さらに下校に合わせて、スカートを一巻き、ウエストで折っておいた。これもやはり校則違反。
手には、可愛くラッピングされたマドレーヌが2つ。昨晩、真奈が焼いた手作りだ。本当はもう少し包む予定だったが、焦げ目なく綺麗な狐色に焼けたのが、この2つだけだったから仕方ない。
(持って帰ってくれてもいいけど、できればその場で食べて欲しいな。1つは私に勧めるかな、もしくは2つとも豪快に平げてくれるかな。どっちでも、美味しいって言ってくれればうれしいな)
足取り軽く、期待に胸膨らます愛奈は、誰が疑うまでもなく恋をしている。
恋する相手は、少し離れた山神神社という、大きな神社の宮司である神居正人。愛奈よりずいぶん年上である。
週に一度、水曜の午後のみ、近所の神社に出張してくる。神主不在の小さな境内を掃除し、神事を取り行うのが彼の仕事だ。
それに合わせて、学校帰りに正人に会いに行くのが、愛奈の日課になっていた。
今日もこうして、袴姿の正人の背中を見つけた。宮司の正装である装束を纏う正人を、愛奈はいたく気に入っている。
無頓着な性格の正人は、本音を言えば草刈りぐらいラフな格好でいたい。現にホームである山神神社では、雑用の場合はジャージー姿のことが多い。では、アウェーと言えるこの小さな神社でなぜ畏まり正装するかと言うと、前に賽銭泥棒と間違えられ通報された悲しい過去があるからなのだが、そんなことは愛奈は露しらずである。恋は小さな勘違いの積み重ねで成りたっている。
深呼吸ひとつ、成長過程(と、本人は信じる)の胸を張って、草むしりに夢中の正人の背中に声を掛けた。
高まる乙女の期待が、毎度裏切られる瞬間でもある。
「やあ、愛奈ちゃん。
うわっ、今日は、その……、ずいぶんと黒いね」
「黒?白のカーディガンですよ?」
「服じゃなくてね。おツレさんのことだよ。どこ行ってきたの?」
「……まーた、憑いてますか」
「うん、バッチリ憑いてるね」
実を言うと、愛奈はモテるのだ。しかも、生身の人間でない何かに。
正人と愛奈の出会いも、そうした愛奈の体質が大きく関わるのだが、その話はまたの機会としよう。
正人は清らかな水で手を清め(ただ水道で手洗いしただけとも言う)、ぶつぶつと呪文の詠唱のような、愛奈には聴き取れない唄のような言葉を呟いた後、軽く愛奈の背中を叩いた。
「はい、おしまい。祓ったよ」
「え、それだけ?この前はお風呂入ったり大変だったのに?」
「前は祓うのではなく消滅させたからね。今回は祓うのに躊躇する必要がない霊で、しかも神社に入った時点で剥がれ掛けてたし」
「そんなに違うんですか?」
「ボールを打ち返すのは楽だけど、ボールを握り潰すのは大変でしょ?」
納得できるような、出来ないような。
少なくとも、前回呪い主に配慮せず祓ったなら、正人の家の風呂に浸かり、妹さんに江戸っ子と勘違いされる程、熱湯風呂に長湯する必要なかったことだけは、愛奈にも分かった。もっとも、その優しさが正人のいいところでもあるので、怒るに怒れない。
「それで、どこ行ってきたの?ご近所さんで引っ掛けるような小物ではなかったけど」
「人をゴキブリホイホイのように言わないでください。
思い当たる場所は、あります。
ちょっと曰く付きの場所で、いえいえ、自分から行こうとした訳ではなく、鈴木くんたちが無理矢理。あ、鈴木くんはクラスメイトってだけで、全然仲良いとか、そう言うのではなくて……」
(場所を教えてくれればいいんだけど)
正人は心の中でそうは思えど、さすがに口にするには地雷と心得て、社の一角にコシを据えることにした。
女性の話を途中で遮ることほどおっかないものは無いと、嫌と言うほど、妹で学んでいるのだ。
恐縮しつつ、ちゃっかりと愛奈も隣に腰掛けた。社に腰掛けるのは罰当たりかとも思うが、宮司がいいと言うのなら、きっと神様も大目に見てくれるだろう。
さて、話は先週末に遡る。
クラスメイトの鈴木は、お調子者だが、裏表ない性格が好まれ、クラスの人気者である。余談だが、そんな彼は、愛奈に好意を持っており、何かと用事を思い立っては、愛奈に絡む。
元来性格のよい鈴木は、涙ぐましい努力を惜しまず、全力で愛奈攻略を試みるが、すべてイマイチずれたアプローチであり、今のところ成果はない。
例えばだが、人伝えに愛奈の好きなアーティストを聞き出した時は、代表曲の歌詞を暗記するほど口遊み、カラオケでは同じ曲ばかり歌うなと友人から非難が出ても無視し歌い続け、近所から苦情が来るほど独学のボイストレーニングを重ねて上達させた。なかなかの歌唱力だと自他ともに認めるほどになれたのは、愛奈に褒められたい、その一心からである。
やがて機会が訪れた。学期末にクラスメイト全員でカラオケにいくことになったのだ。クラスメイトへの根回しもうまくいき、ちゃっかり愛奈の横の席をゲットした鈴木は、マイクを握り、全身全霊で愛の歌を歌いあげた。今期鈴木がもっとも輝いた瞬間であり、その思いを知る友人達は、美声と一途な想いに熱く胸を打たれ目頭を熱くさせながら、心のなかでエールを贈るのだった。
その時のことは愛奈にも強く印象に残っており、鈴木の人物像を語るうえで、よいエピソードだと、以下のように正人に話す。
「鈴木君って言うのはちょっとナルシストっぽい人で、私に好きな曲を訊いて、『じゃあ今からそれ歌うよ、聴いてて!』とか言って、カラオケで熱唱したりします。
その後も『何歌って欲しい?』ってしつこくて」
「あー、たまにいるよね。そのアーティストが歌うのが好きなんだけどね」
鈴木あえなく撃沈である。
しかしながら鈴木は、一度や二度の失敗ではへこたれず、すぐに立ち上がる。愛奈は最近生き霊だの除霊だのというワードを検索しているという情報を、これまた友人伝えに入手した。
『そうか、オカルト好きか!』
そう確信した鈴木は、近場で今一番ホットな心霊スポットを見つけ出し、周りを拝み倒し、愛奈が断り辛い雰囲気を作り出し、複数人ではあるが、まんまと愛奈を心霊スポットに連れ出したのだ。
「つまり、鈴木君とその周りのクラスメイトに半ば強引に連れ出されたと」
「そうなんですよ。仲良い女友達までノリノリで、もう有無を言わさずです。『一回だけ!一回だけチャンスあげよう』とか意味不明なこと言って。
あんなにみんなオカルト好きだとは思いませんでしたよ」
脱線したが、そして先週末である。
隣町の心霊スポット、通称『ススキ坂のセクハラ幽霊』に会いに行ったのだ。
道中は、何故か(愛奈にしてみれば何故か)鈴木と横並びに歩き、やたら質問攻めにあった。
「愛奈ちゃんって、どんな人がタイプ?」
「年上20代前半、身長175cm、細身で袴姿が似合う人かな」
「そ、そう。随分と具体的な理想だね」
やはり鈴木撃沈。
意気消沈の鈴木はさておき、心霊スポットは本物だった。夕焼けが迫る時刻に一行がたどり着くや否や、まず女生徒の一人が「キャア!」と悲鳴を上げた。訊けば、何者かにスカートを引っ張られたと。
連鎖するように、あっちの男子、こっちの女子と、体を触られたと訴え出す。女子は痴漢だと怒り、男子は訳が分からず爆笑する。
吹き抜ける風のように、見境なく身体中を触り続ける何者かに、恐怖する者などいなかった。見える愛奈を除いては。
「鈴木君、離れよう。私帰るね」
「え、そんなに怖そうじゃないよ?ぬるい風が触られたように感じるだけだと思うよ。ネットにもそう書いてあるし」
「風なんかじゃないし、セクハラされてる訳でもないよ。
あれは、坂の上に引きずられていく誰かの、必死にすがりしがみつく、無数の手だよ」
はしゃぐクラスメイトと鈴木を置いて、その日愛奈はさっさと帰った。
他の子は大丈夫だったろうか。話していて、不意に愛奈は心配になる。同じように黒い何かに憑かれているなら、最悪の場合、正人に全員お祓いしてもらわなければならなくなる。そんな今更芽生えた不安を、正人はそっけなく否定した。
「大丈夫だと思うよ。目の前に愛奈ちゃんがいるのに、わざわざ他に行くとは思えないから」
「また人をゴキブリホイホイのように……」
「ごめんごめん、でも事実だから。
それより、もうすっかり、愛奈ちゃんも見えるんだね。
次は憑かれたかどうかもわかるようになればいいんだけど、いや、ならないほうがいいのかな。
場所は分かった。あそこは業界でも問題になっててね。
近くに祠があったんだけど、市の区画整理で取り壊されたんだよね。なんでも江戸時代には、あの坂の上に処刑場があったそうで。
あの坂は、処刑場に向かう罪人が、縄で引きずらながら登った坂なんだって」
「え?違うと思います。だって……」
「だって?」
正人の顔が近い。体を前のめりに突き出しすぎた。不意に近づけすぎた顔を引っ込め、愛奈は動揺しつつ答える。
「子供の手がありました。あと、女の人や老人も」
「すごいね!そこまで見えてるんだ」
今度は正人が距離を詰め、大きく目を見開き、興奮気味に言葉を放つ。それは一瞬のことではあるけれど、明らかな好奇の目に、愛奈は動揺した。正人にとって、初めて興味の対象となり得たことを喜ぶ半面、まるで愛奈の知る正人とは別人のような、そこはかとない不安も愛奈の中で芽生えた。
しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもの優しい、困り顔の笑顔へと戻る。
「さて、どうしたもんかな。
愛奈ちゃんの生まれ持っての素質であって、僕なんかがどうこうできるものではないのだけど。
昔ならね、愛奈ちゃんのような子は、神様からの使いだとされて、特に神職者には大事にされたんだ。丁重にもてなしたり、利用したり、妻として迎え、血族の血に加えたり。それこそ競うようにね。
だから立場上こんなことを言ってはいけないんだが、見えるものを見えないと、知っていることを知らないとする生き方が、幸せだったりもするんだ。特に今の世はね。よく考えてみて」
「考えるって何をです?」
「何が大切か、かな。
そうだ愛奈ちゃん、正月暇ある?」
「私は暇ですが、正人さんは忙しいでしょう?一年で一番」
「実はそうなんだ。売店の子が集まらなくて。よければアルバイトしない?」
暇ではあるが、このタイミングで、その言い回しで勧誘するのは卑怯だ。
『正月暇ある?』、引っ掛かりはしなかったが、期待されて、愛奈のことをからかうような言い回しに、愛奈は少しむくれた。いまの正人は、いつもより意地悪だ。
「いいですけど、条件があります」
「条件?時給?」
「先程の質問に答えてください。処刑場の話は違いますよね?」
「うーん、はぐらかしたのに、愛奈ちゃんは容赦ないね。
でも話は本当だよ。江戸時代に処刑場があった、明治に廃止されて、大正で一時再開した」
「再開?」
「もともと忌地だからか、尋常ではない事象が起こりやすいんだろう。かの大震災の時、火をつけて廻る輩がいるとか、噂が噂を呼んで、集団パニックに陥ったらしい」
「さっぱり分かりません」
「聴く力も授かれば、すぐに分かるよ。それこそ分からない方が幸せだけどね。
バイトどうする?やめとく?」
「……します。ただ、今日の正人さん。少し意地悪です」
「あはは。ごめんごめん。ただ、忌地というのは、人に忘れられることが、何よりの浄化だから。立場上わざわざふれ回る訳にもいかないんだ。
もっとも、少なからず嫉妬もあるかもね、以後気をつけるよ」
正人という人物を、愛奈は理解していなかったのかもしれない。日の当たるわずかな一面を、正人の全てと勘違いしているのかもしれない。運命と言っても過言でないと確信していた恋がほんの少しでもぐらついたことが、愛奈にとってひどくショックであった。それでも、夕焼けに染まる正人の笑顔は、いつもと変わらず優しかった。
言われた通り、よく考えてみよう。何が大切か、正人への恋はいかほどか。不安にはなるけど、諦めることなどできるのか。秋の夕日は、待ってはくれない、急足で森へと帰る。もうすぐ長い夜が始まる。