最終話「素直になれない私たちと何度めかの夏」
01
翌週、四ノ宮さんの予想通り、茜姉ちゃんは俺を事務所へと呼び出した。
茜姉ちゃんが俺に嫉妬をしていたと四ノ宮さんから言われたときはショックだったけれど今となっては平気だった。
そう思い込むようにしているだけだが。
「どうしたのこんな朝っぱらに呼び出して」
俺が学校やバイトがない日は土日しかないから、姉ちゃんは気を利かせてくれたのだろう。
ある程度の事実を知っている以上は平静を装わなくてはいけない。
上手く誤魔化すことが出来るのか不安になってくる。
「先日はごめん、いきなり倒れちゃって困惑したでしょ?」
在り来りな会話から始まって俺と姉ちゃんはこれまでの出来事の話を喋っていく。
最後の別れのように名残惜しく話していく彼女の姿は嘘偽りなく見えた。
このまま俺に隠しごとをしたまま、茜姉ちゃんは四ノ宮さんに体の権利を受け渡すつもりのようだ。
どうして素直な気持ちを話してくれないのだろう、いくら病や怪我などで死ぬ訳ではないといっても自分がこの世から消失するのに笑顔でいられるのかがわからない。
「……姉ちゃんは最後の願いを叶えて俺と別れても後悔しないの?」
我慢が出来なくなった俺は姉ちゃんに素直な気持ちで問いかけた。
本当の気持ちを知りたい俺の願いを軽んじているのか、姉ちゃんは笑いながら後悔はしないと言った。
やっぱり悪役のまま消えようとしているのか。
「姉ちゃんは昔からなにか隠し事をしているときは決まって嘘をつくのは十年前と変わってないね」
「な、なにを言ってんの!?」
笑顔という名の嘘の仮面を被っている姉ちゃんの気持ちが少しずつ揺らぎ始めるのがわかった。
年齢や体が変わっても精神年齢は十年前の汐春茜と変わっていない。
嬉しいようで悲しいような気もするが、俺はそんな愛おしい姉ちゃんを死なせるわけにはいかない。
幼かった俺の好奇心のせいで姉ちゃんは苦しんだと当日の俺は思っていたけど、木箱の御札を剥がしたことで姉ちゃんの隠していた事実を知ることができた。
木箱に積まれた人のことを考えると俺は呪われてもいい、だけど大事な人を目の前で失うのだけは嫌なんだ。
「し、知ったようなことを言わないでよ!! 幹也になにがわかるの!」
「生まれたときからずっといっしょにいるんだ、なにが好きでなにが嫌いなのかは分かりきってるよ。姉ちゃんの本当の気持ちを知りたいんだ」
生まれて初めて茜姉ちゃんが俺の目の前で涙を零した姿を見た。
押さないころは俺の前では明るく振舞っていて、弱みなんてものは一切見せなかった。
だからこそ俺はその弱みもすべて受け入れないといけない、素直になれないのは同じだ。
姉と同じような存在だった茜姉ちゃんに好意を伝えてしまえば、いつか「幼なじみ」としての終わりが来てしまう。
楽しくて幸せな関係を続けたかった幼い俺は自分の気持ちを押し殺すことを決めた。
十年間も罪の意識に苛まれるとは思いもしなかった。
「私は幹也が嫌い……大嫌い。疲れきっていた私に付きまとって茜お姉ちゃんって言いながらわらう幹也が憎たらしくて仕方がなかった」
当の本人に言われると心が痛む。
「どうせシノから私の気持ちを聞いていたんでしょう?」
「昔の姉ちゃんが俺に嫉妬していたことは聞いたよ、でも今の姉ちゃんの気持ちは知らない」
これが最初で最後の喧嘩だ、茜姉ちゃんとはこれからもずっとずっといっしょいたい。
歳の差はそれなりに離れてるけど、そんな壁なんか俺が壊してやる。
「……本当ムカつく。ムカつくけど幹也は私が今なにを考えているのかわかってるんでしょう」
泣いている姿を見て欲しくないのか、俺から背を反らした。
「うん、俺に嫌いになってもらって綺麗さっぱりいなくなろうとしているのが最後の願い。そんなことしなくても俺は嫌いにならないよ、だって姉ちゃんのことが好きだから」
本当の気持ちを隠してから十年、俺は自分を責め続けた。
これ以上自分のせいで不幸な人を増やさないと思っていたが、それは大きな間違いだ。
憎むべきは自分ではなく木箱を作り上げた既に死んでいる呪術師。
俺はこの事実に気づくまで長い時間をかけてしまった。
「姉ちゃんの負けだよ……まさかそんな恥ずかしがらずに告白するはとは思わなかったな」
茜姉ちゃんはやっと昔のような向日葵のような笑顔を俺に見せてくれたと思いきや、優しく俺の胸にくっついてきた。
十年前、いじめっ子に泣かされた俺を泣き止ませるために体を屈んで頭を撫でてくれた姉ちゃん。
今はその逆になっていた。
ぎこちない手つきで俺は茜姉ちゃんの頭を撫でた。
「大きくなったね、幹也」
02
後日談と言っていいのかわからないけれど、茜姉ちゃんの最後の願いを俺は破壊をしたことは変わらない。
でも後悔なんてものはしていない。
十年という時間はあまりにも長いけれど、これからそれを埋めていけばいい。
四ノ宮さんと茜姉ちゃんはどちらかが消えることもなく、お互いの意志を尊重して共存する道を選んだ。
茜姉ちゃんは以前と比べると、素直になっており恥ずかしながらも俺のことを好きだと言ってくれるようになってくれた。
まだ「彼氏」とは言ってくれないのは少し残念だけど一歩前進したと思う。
雪白島の寂れた神社に封印されていた木箱は俺が汐春家の人に真実を話すと、現当主である茜姉ちゃんのお父さんは警察に通報してくれた。
子供である俺や茜姉ちゃんにこれ以上辛い思いをさせないために大人たちが責任を取ると言っていた。
俺は姉ちゃんや四ノ宮さんを生かすことを決めた以上、木箱に入れられた人たちのことは忘れてはいけないと心に誓った。
「助手の幹也くん、いつまで寝てるのかな!」
「愛してるって言わなきゃ起きないよ」
重い瞼を擦りながら、大あくびをしていると茜姉ちゃんは俺の背中を思いっきり叩いてきた。
昔と同じような姉ちゃんに戻ったのは良いことかもしれないが、少し困ったことがある。
顔を真っ赤にしながら怒っている姉ちゃんをいつも見なきゃいけないのが辛い。
まあ見ているぶんには楽しい。
「あ、愛してる……もう、年上をからかわないで!」
いつまでも幸せな日々が続きますようにと神様にお願い事をするのはこれで最後にしよう。