6話「真実」
01
砂浜からホテル「アマリリス」へと移動したあと、四ノ宮さんは部屋の一室を借りて俺と二人だけの状況を作り上げた。
「知っていることがあるなら全て話をしてください」
本当なら姉ちゃんと最後の思い出作りをしているはずだったのに。
何も知らないまま終わりを遂げたかった、知りたくもない現実を突きつけられるなんてあまりにも残酷だ。
「……幹也くんがそれでいいならわかった。じゃあまずは十年前の話からしましょうか」
俺と茜姉ちゃんは生まれたときからずっといっしょにいた幼なじみだった。
近所の人からまるで本物の姉弟だと言われるほど俺たちは仲が良く、隣の家ということもあって家族の垣根を超えて交流をしていた。
姉ちゃんは毎日俺と遊ぶということは無かったが、家の習い事が休みのときは決まって真っ先に俺の自宅にきて遊びの誘いを入れていた。
男女問わず誰にでも好かれていた彼女と遊ぶことが出来るというのは同世代の男の子から嫉妬されるほどだ。
その事実を知りながらも俺は日が暗くなるまで遊んでいたことを思い出す。
「しおは幹也に嫉妬していたのよ、何の据みもない自由な幹也が羨ましくて仕方なかった」
夏の日の楽しい思い出が四ノ宮さんの言葉によって溶けだしていく。
……それ以上は聞きたくない。
そんな願いは彼女には届かず、知りたくもない事実を語り始める。
汐春家は百年以上の歴史がある由緒ある家系で、姉ちゃんは初の次期女当主として学校が無い日はお稽古をしていた。
毎日ずっと習い事をしていたら家に反感を持つことをわかっていたのか、現当主は二日か三日は休みを入れていたらしい。
だけど幼かった姉ちゃんからしたら、毎日自由に遊んでいる同年代の子が羨ましくて仕方がなかった。
なら尚更、当時小学生の俺に嫉妬をするのは当然の結果だった。
頭では理解していても俺にだけ優しかった姉ちゃんの笑顔が偽りだったと思うと胸が苦しい……
「俺のことは嫌いだったんですかね」
「当時抱いていた気持ちは教えることは出来るけど今の彼女の気持ちは教えられない」
まあ、今の私はシオの気持ちを裏切っていることになるけれどと四ノ宮さんは一言付け足した。
俺は知らなくても良かったことがこの世にあるということを知ってしまった。
「……当時の姉ちゃんが俺に抱いていた気持ちはわかりました。でもまだ分からないことがあります、何であの人に対して怒っていたんですか」
汐春茜から四ノ宮茜に姿形が変わり始めたとき、四ノ宮さんは姉ちゃんに対して流石に見ていられなかったと言っていた。
意思疎通を取れるということは茜姉ちゃんと何かしらの話をしていたのだろうか。
「それは……あの子が約束を破ったからよ。幹也くんと出会うことが出来たら真実を話すと言っていたのに一向に話す気配はなかった。私はシオがこれ以上悪役に徹するところは見ていられない」
四ノ宮さんは先程とは打って変わって真剣な眼差しで俺に問いかける。
「これから話すことは幹也はショックを受けるかもしれない、それでも聞いてくれる?」
知りたくもない事実もこの世にはあるかもしれない、でも俺は四ノ宮さんが茜姉ちゃんを大事にしているということがわかって姿形が変わろうがやっぱり汐春茜だということを実感した。
男女問わず好かれているのは彼女たち自身が人に対する思いやりがあるからだ。
「どんな事実でも俺は受け止めます」
臆病で内気な俺を外の世界に連れ出し、初めて知る出来事をまるで自分で生み出したかのように話をしてくれる姉ちゃんは俺にとって勇者だった。
向日葵のような笑顔で俺を包みこんでくれて、退屈な日常を忘れさせてくれる茜姉ちゃん。
おっちょこちょいでドジなところも、素直になれない可愛らしいところも、俺をいじめるいじめっこたちを一人で泣かす男らしいところも俺だけが知っている。
……そんな茜姉ちゃんが好きだ。
だからこそ逃げてはいけない。
俺に嫉妬をしていたということはショックだったけど、ずっと好きという感情を押し殺したまま離れ離れになるなんて嫌だ。
素直な気持ちを姉ちゃんに話さないと。
02
「十年前、君はとある神社で御札が貼られていた木箱があったことを覚えているよね」
「忘れる訳ありません、そのせいで姉ちゃんは苦しい思いをすることになったんですから」
俺があのとき好奇心を抑えていれば、茜姉ちゃんはきっと雪白島で暮らしていけたと思う。
大事な女の子人生を俺は簡単に奪ってしまった。
「苦しい思いをした原因はね、私がシオの嫉妬の感情だったから。あの木箱は人の黒い感情に人格を与えるものだったのよ」
雪白島にあった古びた神社にいた呪術師は昔、人の感情に人格を与える実験を行っていた。
何十年、何百年とありとあらゆる人の人生を犠牲にした呪術師はあろう事か実験で亡くなった人の亡骸を木箱に押し込むことを考えた。
ツボに入れた毒虫を互いに争わせ、最後に残った一匹の毒を用いて人に害をなす蠱毒と同じような手法で亡骸を箱に詰めた。
恐らくソイツは自分の作った呪術物で人が苦しむところを見たかったから、人の感情に人格を与えるということを考えたのだろう。
だがそれは失敗に終わり、本土から離れた島に封印されることになった。
何も知らなかった俺は狂人の実験を何千年ぶりに成功させてしまったのだ。
「嫉妬の感情として生まれた私はありとあらゆる人間を妬まく思っていたけれど、シオと意思疎通が出来るようになってからその黒い気持ちは段々と薄れていった」
小鳥遊幹也という人間に嫉妬したことで生まれた四ノ宮さんは汐春茜に出会ったことで理性を取り戻し、長い時間をかけてまるで本当の姉妹のようになっていった。
優しくて、誰かのために心を痛めて泣いてくれる茜姉ちゃんは嫉妬の感情だった四ノ宮さんにとっては予想外だったようだ。
どうしてこんな優しい子が私を生み出したのだろうと。
なのに茜姉ちゃんは俺に再会をしたら、真実を話すと四ノ宮さんに話をしていたらしいのに俺との再会後に約束と違うことを喋り始めた。
『私は今月中に四ノ宮茜に全ての権利を受け渡す。……もう生きるのが辛くなっちゃったんだ、だから最後に幹也に殺してもらいたい』
その言葉を聞いてしまってから、四ノ宮さんはいつ俺に事実を話そうか悩んでいた。
俺に罪悪感を与える茜姉ちゃんの姿をみてショックを受けたのは四ノ宮さんも同じだったようだ。
だから、事務所でわざと真実を混ぜた嘘が書かれたメモをわざと落としたと申し訳なさそうに話をしてくれた。
「……来週ぐらいにシオは最後のお願いを幹也くんに言うかもしれない。だけどあの子は最後まで悪役に徹するかもしれないから、君の本当の気持ちを言ってほしい」
どうやら最後のお願いは四ノ宮さんには言っていないらしい。
四ノ宮さんが茜姉ちゃんが俺に抱いていた感情を話をしてくれたおかげで辛い気持ちになったけど、最後のお願いが何なのかわかってしまった。
姉ちゃんは俺がまだ知らない真実を言わないまま逃げようとしているんだ。
「俺が茜姉ちゃんを必ず幸せにしてみます……やられぱなしのままではいかないんで!」