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3話「最後のお願い」

  01



「……久しぶりだね幹也」


 茜姉ちゃんは十年前と変わらない姿で俺の目の前に現れた。

 優しい性格を表したようなフワリとした黒い髪に口元にある艶ぼくろ。

 唯一「四ノ宮茜」と違うのは長髪かボブヘヤーかというだけだ。

 俺は誰よりも茜姉ちゃんに会いたかった、いや会いたいと思っていた。

 だけど幼いころの俺は彼女の人生を奪い、心に傷を負わせた。

 もし、やり直せるなら最初に出会ったころにまで遡りたいとまで思っていたほど俺は自分がしたことを後悔していた。

 会えて嬉しい反面、少し疑問が生じた。

 ……「四ノ宮茜」はどこにいった?

 神妙な面構えで知るはずもない茜姉ちゃんに聞いてみることにした。

 だが予想に反して茜姉ちゃんの答えは簡単だった。


「四ノ宮茜は私の裏の人格だよ。私は彼女に自分の体の権利を一部受け渡したんだ」



「……は?」


 茜姉ちゃんは何を言っているんだ?

 あれだけ会いたかった憧れの少女の姿が今は別人に見える。

 部屋が夕焼け空が染まっていく中で俺は少し後ずさりをしてしまった。

 まるで彼女が獲物を前にして舌なめずりをしている蜘蛛のように見えたからだ。

 たった一ヶ月だが俺は「四ノ宮茜」の人となりは良く分かっているはずだった、どんな依頼でも全力で取り組み自分の体に傷がつこうが関係ないその破滅願望を持つ女性を。


「本当に茜姉ちゃんなんだよね?……冗談でしょ?」



「幹也には良い面だけ見せてたけど本当の私は薄汚い女だよ? ……失望した?」


 茜姉ちゃんはそんなことを言って俺に笑いかけたが、無理をしているようにも見えた。

 優しくて明るい茜姉ちゃんに裏の性格なんてある訳がないと思いたかった。

 だが人には誰しもが表と裏の顔を持っている、俺に見せたあの太陽のように眩しい笑顔の裏には別の茜姉ちゃんがいたわけだ。

 正直に言うと失望してしまった、でも言えるわけがない。


「……別にいいよ言わなくてもわかっていることだから。これで会うこともないだろうしね」



「どういうこと?」


 嫌な予感がする。

 


「私は今月中に四ノ宮茜に全ての権利を受け渡す。……もう生きるのが辛くなっちゃったんだ、だから最後に幹也に殺してもらいたい」


 現時点ではもう一つの人格である「四ノ宮茜」の意識が無くなったときにだけ茜姉ちゃんは自由に動けるらしい。

 今、茜姉ちゃんがやろうとしていることは自分の人格を消失させて正式に「四ノ宮茜」に体の権利を全て受け渡す。

 茜姉ちゃんは自分の人格を殺すを権利を何で俺なんかに。

 


「その願いを聞き入れるとでも?」


 俺は例えそれが茜姉ちゃんの願いであっても受け入れられない。


「幹也はどんな願いでも私の言うことは聞かなきゃいけないんだよ。だって幹也は私の人生を壊したんだからさ」



 一番聞きたくなかった言葉を俺は茜姉ちゃんから聞いてしまった。

 茜姉ちゃんの顔からは怒りも悲しみも焦りも感じられなかった、むしろ無表情だ。

 何を考えているのかわからない。

 ……拒否をする権利はないんだ俺には。



「わかった、よ……それで俺はなにをすればいいの」


 胸が締め付けられる。

 肯定するという行為がこれほど苦しいとは思いもしなかった。

 茜姉ちゃんは狼狽えている俺にある手紙を渡してきた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 手紙に書かれていたのは茜姉ちゃんが死ぬまでにやりたいこと。

 一つ目は学生服を着てデート、二つ目は時間を忘れて遠くの街まで行くこと、三つ目は文字がかすれて見えなかった。


「この願いが全部叶うことが出来たらもう生きることに悔いはないよ」



 俺は自分の身勝手な行動で茜姉ちゃんの人生を壊したんだ、だから茜姉ちゃんの願いは叶えるしかない。

 脳裏には優しく俺に笑いかける茜姉ちゃんの顔が思い浮かんでくる、それを俺は力づくで消し去った。

 神様なんてものがいないことを思い知らされた。




  02



 茜姉ちゃんとの最悪な出会いから翌日。

 昨日あった出来事を忘れるために俺はバイトをサボった。

 サボったことが余程珍しいのか、友達はみな口を揃えてお前は餌付けされている動物のように見えたと言った。

 普段は軽口を言い合う仲だったが、今回はそのノリについていけなかった。


 学校帰り、俺は繁華街のゲーセンで持ち金全てを使って暇を潰していた。

 耳障りな音を聞きながら無意識にコインを池に落とすゲームはとても気持ちが楽になる。

 昨日、茜姉ちゃんは俺に人格殺害を持ちかけたのにそのことを悪いと思っていないのか昔と同じようなノリで俺にデートを持ちかけてきた。

 一つ目の願い「学生服を着てデート」をもう叶えようとしている厚かましさに俺は目眩がした。

 十年も経てば姿形は同じでも考え方は変わるか……変わってないのは俺だけということか。


「つまんね〜……」



「バイトの時間はもう過ぎているのに何をしているのかしら工藤幹也」


 コインが尽きた俺は両替所に行こうと席を立った瞬間、目の前に「四ノ宮茜」が無表情で立ち尽くしていた。


「ど、どうしてここに?!」



「君の友人からイライラしてるときは良くゲーセンで時間を潰しているって聞いてね」


 アイツらいつの間に「四ノ宮茜」と連絡を交換したんだ?

 いやそれよりも……



「今日は制服を着てないの? 茜姉ちゃん」


 つくづく自分の性格が悪いということを自覚してしまう、裏の人格である「四ノ宮茜」に茜姉ちゃんのことを聞くなんて。

 しかし、彼女は俺の問いかけに疑問を返してきた。


「大人にもなって制服なんか着るわけないでしょう? それに茜姉ちゃんという呼び名は今後一切呼ばないで、胸が苦しいから」



「四ノ宮茜」と「汐春茜」はお互い記憶の共有はしていないのか?

 でも何だか顔が困惑しているようにも見える。

 どうこう言うまえに「四ノ宮茜」は俺を無理やり事務所へと連れていった。

 いつ茜姉ちゃんが出現するのかわからないのに事務所になんか行きたくない。

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