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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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二十一話 「アイドルカテゴリ」

 正直私は、アイドルなんて簡単に人気が出て、楽に生きていけるんだと思っていた。 でも現実は非情だ。

 毎回年齢を聞かれ、答えると苦笑いされ複雑な表情をされる。

 一言目には、若い娘を優先させたいだのフレッシュな娘を採用したいだの、辟易する。


 毎年辞めようか考えたけど、やはり来年こそはとその気持ちを押し潰して来た。

 でももうそれすらも出来なくなっていた。

 あの娘を見ていると、私のこの五年間はなんだったの考えさせられる。

 もう私みたいな年増はアイドル界には必要ないのだ。


 仕事も殆どない、事務所に毎日居座るだけじゃニートと同じだ。

 私にとってアイドルは希望だった。 ただ私はその希望になれなかっただけなのだ。


 


 


 私達の今後についての話の為、今日は久しぶりに事務所に赴いていた。

 五日間も合宿所の寮で生活していたので、朝早くから独りぼっちなのは少し寂しく感じた。


「おっ。遅いぞ藍」


 玄関を開けると、既に夏希と星乃がソファで雑談を交わしていた。

 デスクに座る入江さんや相変わらずソファでくつろぐ明日波さんに会うのも久しぶりで懐かしささえも感じる。


「おし。三人揃ったな。んじゃ応接室まで来てくれ」


 私は事務所に着いて早々、会議へと誘われる。

 その時ソファに座る明日波さんと目が合い、微笑まれたがその表情はいつもよりも固い気がした。


「お前等には既に何件も仕事の依頼が来ている。が、まずは御船。お前の目指すアイドルカテゴリを決めてもらう」


「アイドルカテゴリ?」


「そうだ。大きく分けてソロとグループ。さらにその二つの中から自分の目指すアイドル像を選択してもらう。まあ、お前はソロだよな」


 アイドルといっても種類がいくつも存在するという事か。

 以前等々力が探偵アイドルを目指していると言っていたがこの事を言っていたんだな。


「因みに来珂ちゃんと仁科ちゃんはユニットを組むからグループの方を選ぶって言ってたよ」


 星乃がそう補足する。確かにあの二人は仲が良かったし、組むには適しているだろう。 だが、そもそも私は紅井朱里を超える事が目標だ。

 それにグループを選んでも組む相手がいない。 必然的にソロを選ぶ運命なのだ。


「私は勿論ソロだ。そしてジャンルもソロアイドルのトップを目指すつもりだ」


「そう言うと思ってたよ。ソロアイドルのトップを目指すには、今現在委員会によって定められている十二種類のアイドルを象徴するジャンルの内ソロ以外の仕事を完璧にこなす必要がある」


「十二種類?少なくないか?」


 アイドル界といってもかなり広く、ジャンルももっと多い物だと思っていた。


「ああ。ソロの他に頭脳、バラエティ、ライブ、女優、舞台、声優、体育会系、グラビア、ネット、モデル、グルメ。これで十二種類。これらを全て委員会に認められる程にこなさなければなれない。勿論、紅井朱里は完璧に自分の物にしている」


「因みに私もソロだ」


「で、私がグラビア!」


 夏希もソロアイドルを目指しているのは、意外だった。

 てっきりギャルアイドルっていうジャンルがあるのだと思っていたが、思い違いだったようだ。


 一方星乃がグラビアアイドルを目指すのは容易に想像できた。

 蓬莱さんに憧れを持っていたし、星乃は胸がデカく、私よりもいい物を持っているので適正ではあるのかもしれない。


「よし。いばらの道だろうが、頑張れよ。あくまでこれは目標に過ぎない。キツかったら変えることも出来る。そのことも覚えておいてくれ」


 三朝が改めて私に激励を送りながらも、逃げ道があることを示唆する。

 そのジャンルで心が折れても、他の道で成功の可能性があるという三朝なりの配慮だろう。


「三朝、一つ質問していいか?」


「ん?何だ?」


 私は、合宿で中間層アイドルになれないと判断された瞬間からずっと考えていたことを打ち明ける。


「年に三回、査定があってその査定に合格したら上の階級に行けるって聞いたが、それ以外に上に上がれる方法はないのか?」


 私がそう問いかける。 明日波さんに毎年三月、六月、そして十二月の三回に行われると聞いていた。

 合宿で中間層への切符を取り逃した私には、紅井朱里との約束を果たす為に残された道はなかった。

 これで中間層へ行く方法が無いのなら、フェスに出るチャンスを逃し、そこまでの存在だったと切り離されてしまうだろう。


「……お前、オータムフェスに出たいんだろ?」


「な、何故それを……!?」


「えっ……おま、御船、それがどういうフェスか分かって言ってるのか!?」


 そういえばオータムフェスがどのようなイベントなのか全く知らなかった。


「はぁ。この前たまたま紅井の担当プロデューサーと会ってよ、彼女がそれらしいことを言ってるって聞いたんだよ。で、お前はこのフェスに紅井の推薦枠を使おうとしてんだろ?正直な話、査定以外じゃどんな方法を使っても上に上がる事は出来ない。だけどよ、それ以外の方法でフェスに出ればいいじゃねぇか」


「あるのか……!?」


 まさに寝耳に水とはこういう事を言うのだろう。 私は興奮を隠せなかった。


「ちょ、ちょっと待って!オータムフェスって上層アイドルが多く参加するライブイベントですよね……?参加も中間層アイドル以外は例え、推薦枠を使ったとしてもエントリーが出来ない豪華なイベント……それに下層アイドルが出れるって事ですか……?」


 星乃が取り乱す姿を見て、生半可な気持ちでは出場できない事が伺える。


「今年は特例が出たらしく、二週間後に下層アイドル同士でライブバトルを行い、各ブロック勝ち抜いた二人が参加を許される。御船、お前はこっちに出ればいいだけだ」


「なるほど……じゃあ、まだ諦めるのは早いって事だな!」


 私の元に垂らされる一本の蜘蛛の糸。 これが本当のラストチャンス。

 ここを逃すと、私は一生後悔するだろう。


「ま、まだ時間はあるしまずは目の前の仕事からだ。明日、御船と帆村は明日波が持つレギュラー番組の最終回に出演して貰う。朝七時に事務所集合だ。星乃は、週刊誌の新人特集でグラビアの撮影だ。これは明後日になるから詳しくは追って連絡する。じゃあ、今日は解散だ」


 三朝は何故か、辟易としながらそそくさと応接室を出て行った。


 


 


「明日波さんの番組に呼ばれるなんて……最高なスタートすぎる……しかも最終回……番組が終わるのは残念だけど、最後に呼ばれるのは光栄な事なんだぜ?」


 移動中の車に乗りながら夏希は隣で快活に喋り出す。 今日の収録が相当楽しみなのだろう。

 興奮の色が隠し切れていなかった。

 夏希の熱弁を聞いていると、あっという間に現場である「梶テレビ」に到着すると受付で先に現場入りしていた明日波と合流する。


「明日波さんっ!私、今日精一杯頑張るんで!よろしくお願いします!!」


 いつもより一際気合が入っているのが見て取れる位、大声で明日波さんに挨拶を交わす。


「あらあら、帆村ちゃん。気合十分ねぇ。良い事よ~」


 相変わらず明日波さんはマダムのようにそう返す。 服装もいつもよりゴージャスな感じが溢れ出ていた。


「よろしくお願いします」


 私がそう告げると同時に、三朝に控室へと誘導される。 明日波さんはそれを察して、手で挨拶をしてくれた。


「お前等の出番は後半の新人売り込みコーナーだ。ここでそれぞれ自己紹介をした後は進行の明日波に任せてアドリブで受け答えして貰う。大体尺は十分程度に考えているそうだ」


 明日波さんの三十分のレギュラー番組「アイドル掘り出し中!」は彼女が司会進行を務め、レギュラーの助手に中間層アイドルの「森崎咲(もりさきさき)」が出演している番組。

 毎週ゲストのアイドルを二名呼び、そのアイドルの長所や短所を掘り下げていくというテイストのバラエティ番組だ。


 約二年間の歴史に幕を閉じるらしく、前半は番組の歴史を遡り、後半に私達の事を明日波さんが紹介するという形らしい。

 初仕事という事もあってか、私は少し緊張していた。


 


 


 私達は出番が来るまで、前半部分の収録を見学する事にした。

 森崎と明日波さんは同期らしく、非常に仲が良く、収録もお互い信頼し合っているのが見て取れた。


 カットがかかると、ついに私達の出番が訪れる。

 まずは改めてスタジオに入る所から始まり、自己紹介をする。


「二人の事は特に満が可愛がってるらしいねー。じゃあ今回の事も非常に寂しがるんじゃないかなあ」


「二人には早いけど、私に構ってくれてありがとうね」


 後半の収録が始まるなり突如として、スタジオに緊張感が漂い始める。

 スタッフの雲行きも怪しくなり、カンペで「ここでいきましょう」と示される。

 そのカンペを明日波さんが見た瞬間、覚悟を決めたかのような表情をし、立ち上がる。


「な、何だ……?」


 隣で夏希も動揺を隠せずにいた。 いや、動揺しているのは私達二人だけだ。


 森崎は言わずもがな、スタッフや三朝ですら悲し気な表情を浮かべるだけで、焦りを見せていない。

 すると、明日波さんが決心をしたかのように口を開いた。


「私、明日波満は本日をもって、アイドルを引退させて頂きます」


 その言葉を聞いた瞬間、私は自然と立ち上がっていた。


「な、何を言ってるんですか……?」


「ごめんね。こんな形になっちゃって。貴女達二人には本当にこの先くじけずに頑張って欲しい。私みたいにはならないでね」


「ふ、ふざけないでくださいよっ……!!!これ、冗談ですよね……?ドッキリ?ドッキリでしょ?ねぇ!?」


 夏希が明日波さんに飛び掛かり肩を思いきり掴む。

 涙が溢れて、顔面がぐちゃぐちゃになっていた。


「残念だけど、これは満が決めた事なんだ。わかってやってくれ」


 森崎も視線を下にし、落胆している。

 この現実に耐えられないという意思表示か、私達に目をくれなかった。


「私を反面教師に二人は頑張ってね」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 夏希が地面に伏せ、泣きじゃくる。 何故か、カットはかからない。


 いや、これは本当に撮影中なのか? 収録は行われているのか?

 何もかもが混乱し、正常な判断が出来ない。


「来週からはリニューアルして、咲ちゃんが司会を務めてくれます!新レギュラーもお楽しみにね!」


 何もなかったかのように進行を始める明日波さん。 その様子は私から見て、狂っているとしか思えなかった。


 


 


 その後、私達二人は動揺を隠せないまま、何とか平静を装い、無事収録は終了を迎えた。

 控室に戻ると、お互いショックを隠せず、ただただ沈黙の時間が進んでいく。


「こんなの……信じられるかよ……」


 沈黙を破ったのは、机に伏せ、掠れた声で喋る夏希。


「やっと……明日波さんに近づいたと思ってたのに……なんで……」


「それは君達に原因がある。と言ったらどうする?」


 突然控室の扉が開き、森崎が入ってくる。その後ろには三朝と明日波の姿も見える。


「は……?どういう事だよ」


 夏希が顔を上げ、森崎をガンつける。 眼には涙を浮かべ、顔も赤くなっている。


「帆村夏希。お前は見事に合宿の特別試験に合格し、見事中間層アイドルになった。だが、満は未だに下層アイドル。中間層に足を踏み入れた事すらない。この意味がわかるか?」


「オイ……それって……」


「それに御船藍。お前はとある出来事でマスコミにセンセーショナルに取り上げられ、逸材として各方面から注目を浴びている。満にはそういった経験はない」


「やめろ……」


 夏希が今にも森崎に飛び掛かりそうになるが、それを私が制止する。

 彼女はつまり、まだデビューして間もない私達が自分を超えた事によって引退を決めたという事だろう。


「お前らが台頭したのがきっかけで、満は自分の力に限界を感じ、引退を決めた。悲しい現実だよねぇ」


 森崎は他人事のように笑う。


「やめろおおおおお!!!!!!!」


 夏希が私の制止を振り切り、森崎の胸倉を掴む。


「私は……私はッ!!!」


「やめて」


 明日波が静かに夏希の手を掴む。

 その表情はいつもみたいにニコニコと笑っておらず、冷静さを帯びている。


「咲が言ったことは全て事実。だけど、私は三人に未来を託したいと思ったから引退を決めたの」


「正直明日波は、これからどう足掻いてもアイドル界に埋もれていくだろう。ここが引き際だったんだよ」


 三朝が補足して説明を行う。 アイドルとは残酷な存在である。


 成功と失敗が顕著に表れ、序列を付けられ現実を突きつけられる。

 その悲しい現実に向き合えば向き合う程、退く運命にあってしまう。


「こんな風に伝える形になってごめんね。嫉妬した私の我儘で子供染みた悪戯をしちゃって。私はこれからも皆を応援してる。才能を活かして、頑張ってね」


 明日波は精一杯、私達に涙を見せないように我慢しているのが見て取れる。

 彼女も辛い決断だったのだろう。


 私達はその現実を受け入れ、明日波さんの気持ちを受け取り、前に進むしかない。

 控室には夏希の泣きじゃくる声が響き続いている。

 私はこの業界で生き残り、明日波さんの意思を引継ぎ、トップになるという気持ちがより一層高まった気がした。

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