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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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二十話 「アイドル免許合宿、その裏で」

「おっ御船君!もう身支度は終えたようだね?」


 この五日間世話になった寮を後にし、バス停に足を運んでいると大勢のアイドルの群れの中から凪沢達、小堀プロ組が話しかけてくる。


「うん。これで暫く皆とはお別れか」


「藍。この合宿では色々ありがと。またよろしく……」


 一足先に寮を出ていた唯菜が恥ずかしそうに最後の挨拶をする。


「アレ?ゆいっぺともうそんなに距離を縮めたん!?やっぱり御船ちんは一味違うね~」


 相変わらず元気な三宅にそう茶化される。

 三宅がここに残っているという事はパートナーである生方も生き残ったのだろう。


「それじゃ、次会う時は敵同士だね。唯菜と戦えるのを楽しみにしてる」


「こっちこそ、容赦しないからね!」


 唯菜と握手を交わし、三人は群れの方にまた戻っていった。


「まあ合格者は二十人くらいだしな。そりゃ混雑するわな」


 唯菜達を見送っていると、夏希が群れの方を観察しながらやって来る。

 その後ろから八重崎達と共に星乃も遅れてやって来た。


「御船!大丈夫だったん!?」


 私の顔を見た途端、心配そうな顔をしながら八重崎が寄って来る。


「ああ、大丈夫。ただの立ち眩みだよ。根を詰めすぎたのが仇となったみたいだ」


「そっかぁ!無事で良かったぁ!!」


来珂(らいか)。いつの間に御船藍と仲良くなったん……」


「それはですな。私達三人で秘密の特訓を行ったからであ~る!」


 等々力がひょこっと私達の会話に入り込む。


「なっ!?来珂、敵にダンスを教えたのか!?」


「まま、いいじゃない!敵だけど、もう友達だからさ」


「その通り!私と御船藍はもう同じ修羅場を潜り抜けた戦友なのだ!」


「等々力……あんたには聞いてない……」


 こんな風に共に笑い合える事自体幸せなのかもしれない。

 この裏では敗者が存在し、私達よりも早く帰宅を命じられている。

 こうやって楽しい会話など、失格となった者にはする余裕すらないのだから。


「藍も結構やるじゃん!」


「?何が?」


 星乃に耳元でそう囁かれるが、意味がわからなかった。


「この合宿で友達、いっぱい出来たんでしょ?」


 その一言で確かに交友関係がかなり広がったことに気が付く。

 友達と呼んでいいのかわからない者も中にはいるが、色々な人物との関わりが増えていた。


「これも成長って事なのか」


 私は静かにそう呟いた。


 


 三朝の迎えを待っていると、バスの方が先に出発するようだったので、八重崎達に別れを告げバス停にあるベンチに腰を掛ける事にした。


「三朝遅ぇな~」


「今日が合宿終了日だって忘れてたりして」


「そ、それって……私達、野宿!?」


「じゃあお前らには野宿して貰うわ」


「「「!!!???」」」


 いつの間にか、三朝が私達の後ろで腕を組みながら見下ろしていた。


「すまんな。少し野暮用があって遅れちまった。お前らが落ちたら迎えに行かなきゃいけなかったし、毎日気になって仕方なかったわ。ま、今日まで連絡来なかったって事は全員合格でいいんだよな?」


「ああ。勿論だ」


 私はそう威勢良く答えると、三朝は笑って私の頭を撫でる。


「ほら、今日は実質休日だ。早く帰りたいだろ?行くぞ」


「その台詞……遅れたお前が言うか?」


 




 車に乗り込むと、不安だった気持ちが一気に晴れている事に気づく。

 やはりコイツ等の顔を見ると、その不安な気持ちさえ消え去ってしまう。


 遡るほど一日前、俺はアイドル委員会から呼び出しを食らい、本部へと足を運んでいた。

 本部に来るのは俺がプロデューサー試験を受けた日以来になる。


 俺は受付に名前を言うと、奥の方から黒服の男性が現れ、付いていくよう促される。

 エレベーターに乗り込み、最上階である八階で一人で降りる事を命じられそのまま奥へ進むと、幹部室と書かれた部屋にたどり着く。

 恐らくここが会長がいる部屋なのだろう。


 慎重にノックをすると中から荘厳な老人のような声で入るよう促される。

 ドアノブを一気に回し、入室するとそこには会長と思われる老人が俺の方を向いて座っていた。


「来たね。君が三朝太一君か。思ったよりも若いな」


 そう言いながら俺の事を凝視していたが、それだけで身体が動かない程貫禄があった。


 会長──────「愛染 隹縞(あいぜん とりしま)」は祭事や年末に行われる「アイドル感謝祭」等大きなイベントにしか顔を出さず、滅多に顔を見ることが出来ない。

 俺自身会長の顔を見るのは去年の感謝祭以来になる。

 目の前にすると、より威風堂々としており、思わず足が竦みそうになった。


「そう構えるな。別にお前さんを叱る為にわざわざ呼びつけたのではない」


 愛染会長はそう言うと立ち上がり杖を突きながら俺の方へ足を進める。


「御船藍という女はどこから探し出した?」


「……え?」


 その質問に少し違和感を覚える。 探し出したというのはどういう事だろう。

 御船の方から姿を現したのであって俺がどうこうしたという事実はない。


「最近な、このアイドル界に不審な動きが目立つんじゃよ」


「……と言いますと?」


「元々の人格からガラリと変わり、まるで別人のようになってしまったというケースはご存じかね?それも……アイドルに限っての話じゃ」


 人格が変わる。 それは人間にとって簡単に見えて難しい事である。


 根暗な人間が突然陽気で明るい人間に生まれ変わろうとしても、成功する確率はもって二十パーセントという所だろう。

 逆も然りで、明るく振舞っている人間が暗くなる等、俺が今まで生きてきて聞いたこともなかった。


「いえ……つまり、そのような事が起きているという事でしょうか?」


「私が知る限り、ここ半年でそのようなケースを約十件程見ている。偶然という声も多いが私には如何せんそうとは思えんのじゃ」


「失礼ながら、その件と御船にはどのような関係が……?」


 一見関係ないように思えるが何か重大な繋がりがあるのか。


「御船藍がデビューしてからそのケースの人間が十人も増えた。調べた所、御船藍に関係している者も大きく変化が訪れている。これは彼女が関係していないとは思えんのじゃ」


 俺はその言葉を聞いて言葉が出なかった。

 俺の担当するアイドルにそのような事実があった事よりも、それに気づけなかった自分に腹が立った。


「まだ断言は出来ないのだが、この事を君に直接伝えたくて呼んだのじゃ。もし御船藍が関係していなかったとしても、このような例があった時は報告をお願いしたい。それに疑いが晴れるまではアイドル委員会直属のアイドルを君の事務所に配属し、行動を監視させて貰う。私も彼女を信じたいからの。協力してくれるとありがたい」


 愛染会長がこのアイドル界を全力で、より良い物にしようとする姿勢は俺も知っている。

 辛い現実になるかもしれないが、俺は協力をし、アイドル界に貢献するしかないのかもしれない。


「わかりました。俺は御船を信じます。絶対に関係していないと断言します。それにその件の黒幕も……絶対に見つけてみます」


 俺は御船をトップに導くという目標の他にもう一つの目的が出来た。

 その二つを完遂する為には、どのような手を使おうが迷わないことを心から決意した。


 

 幹部室を後にし、帰路に着こうとしていた所を受付でとある男に話しかけられた。


「君が三朝太一か。なるほど普通の人間だなあ」


「そうですけど、何か用ですか」


 俺の事をニヤニヤしながら観察するその男は、眼鏡をクイッと上げると話を続ける。


「いや、僕は最近小堀プロに配属されたアイドル委員会直属のプロデューサーでね。君が担当していた立花鮎美ちゃんをプロデュースする事になったんだよ」


「……お前が?」


 アイドル委員会直属というのが少し気掛かりだったが、立花の担当の事は気になっていたので、ここで分かったのはいい機会だったかもしれない。


「ああ、申し遅れたね。僕は「明智 剣司(あけち けんじ)」よろしく。では、用事があるのでこれで。会えて良かったよ」


 明智は一方的に自己紹介だけするとそそくさとエレベーターに乗り込んで行った。


「ま、変な奴じゃなくて良かったわ」


 


 運転をしながら、後ろで話に花を咲かせている三人。

 会話が耳に入ってくる度に楽しそうだなと思うと同時に昨日の会長の言葉が脳裏に過る。


 俺は御船をまだよく知らないが、彼女に限って、悪事に加担するような奴ではないとだけは断言できる。

 あの情熱に満ちた真剣な眼差しを見ている俺にとって、彼女は純粋無垢な少女なのだと絶対的な自信があった。

 あの話を聞いてから、これから彼女のアイドル人生が本格的に始まるというのに、不穏な動きを見せ邪魔をしてくる奴に憤慨していた。


 そもそも人格を変えさせるなんて、人間が、他者が関わる事で本当に出来るのだろうか?

 一種の洗脳?何か大きな計画に巻き込まれているのか?

 俺は様々な考えを巡らせていると、あっという間に宵闇プロダクションへと到着する。


「じゃあまた明日な」


 平静を装い、彼女達を送り出そうとする。 アイドルに心配事をさせるなんて言語道断だ。


「三朝、何か考え事か?」


「んあ?俺はいつだって考え事をしているぜ。お前らに似合う仕事も選ばなきゃいけないしな」


「!?何か仕事が決まったのか!?」


「まあまあ、明日のお楽しみだ」


 俺はなんとか誤魔化し、御船に背を向ける。 アイツ、中々洞察力があるじゃねぇか。


「もしかして、全て見透かされてるのかもな」


 


「うっす。ただいまっす」


 事務所に戻り、往復六時間の旅の疲れを癒すため、キンキンに冷えたコーラを飲もうと冷蔵庫を開ける。


 コーラは良い。 この世の飲み物の中でダントツで身体に悪く、そして美味い。

 俺はコーラが最強の炭酸飲料だと自負していた。 ソーダなんか足元にすら及ばない。


「あらあら、またそんな身体に悪い物を飲んでいるんですか?死にますよ?」


「うるせえ。コレがねぇとやっていけねぇんだよ」


 ソファに座っている明日波がいつものように俺に絡んでくる。


「……で、本当に黙ったままでいいのかよ?お前、結構アイツの事可愛がっていただろ」


 俺は明日波から半月前に相談を受けていた()()()()についての話に移る。

 俺自身もその事については衝撃を受けたが、本人の意思なら仕方がないだろう。


「いいんですよ。()()()()()でもあるんですから、少し意地悪したくなっちゃたんです。うふふ」


「はっ。お前も結構性格悪いな」


 デスクに座ると、明後日からの御船達のスケジュールを纏めようとパソコンを起動させる。


「お前がそう言うならいいけど。まあアイツは悲しむだろうな。特に帆村は必死に止めるだろうよ」


「もういいんです。私が決めたことですし、ここら辺が潮時です」


「そうか。事務所も寂しくなるな」


 現在二十七歳である明日波満は五年前、大学を卒業し齢二十二でここ宵闇プロダクションに合格しアイドルとなった。


 アイドルブームが起こってから基本的に小学校を卒業してさえ居ればアイドルになる資格を得る事が出来、それに伴い、若い年齢のアイドルが重宝されている。

 明日波はその中でもデビューを果たした年齢が他よりも遥かに上であり、俺が知っているアイドルの誰よりも苦労した人物だと思っている。


 そんな彼女が半月前、引退を申し出たのだ。

 今まで日の目を浴びず、埋もれた存在のまま、志半ばで引退する明日波の姿を見ていた俺は無念の気持ちでいっぱいだった。

 だが、彼女が決めた道の終着点であるのならそれを受け入れ、温かく送り出すのが最善だろう。


「三朝さん。最後に私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」


「俺は何もしてねぇよ。礼は入江さんに言ってくれ」


 そんな彼女の最後の仕事が明後日行われる。

 明日波にとって、そして御船にとっても転機となる仕事に俺は久しぶりに緊張していた。

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