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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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十九話 「アイドル免許合宿⑨」

 特別試験が終わり、明日の朝九時まで自由時間となったので、部屋で少し仮眠を取ろうとベッドに腰を掛けた所で扉の向こうから声が聞こえた。


「オイ。ミフネはいるか」


 眠りに入ろうとしていたが、その声を聞くと一気に覚醒する。

 扉を開けると、その声の主は璃々須魔子(りりす まこ)──────もといリリス・ワグネットだった。


「わざわざお前の部屋まで来てやったんだ。今、相方はいないんだろ。入れろ」


「相変わらず口が悪いね」


 リリスは私の返答が返ってくる前に強引に部屋に圧し入り、私の特等席である椅子にどっかりと座り始めた。


「さっきのダンスは滑稽だったな」


「……うるさい」


 突然の訪問に加え早速傷口を抉ってくる彼女は、少なからず私のチームに明確に勝てた事に対し、優越感に浸っているのだろう。


「まあ、私も気づいてなかった訳じゃねぇ。お前が倒れこむ時に見ていた視線の先を追っていた。お前の倒れこみ方は、混沌の空気を吸った者を観た時に起きる現象と似ていた。中間層アイドルと言ったが、アイツも転移して来た奴か?」


 落ち着く暇もなく本題へと踏み入れる。


「私が知る限り、転移した人物じゃないと思う。彼女は、以前会った時から別人のように変わっていたし、何より……淀んだ空気を吸った時の症状も出ていた。あれは間違いではないと思う」


「そこまでは見えてなかったが、なるほどな。まだ初期症状で良かったな。我は失ってないようだったし」


 混沌の空気、別名淀んだ空気を吸った者の症状は三段階にも渡る。


 まず、目つきが鋭くなり、相手に恐怖を植え付けるような冷たい眼差しになってしまう。


 二段階目に心が闇に染まり、嫉妬や絶望感、不満など負の感情が浮き彫りになり、その感情に支配されてしまう。


 そして最終段階が、我を忘れ、他者に危害を加えるようになる。


 第二段階目までは、対策があり自分の気持ち次第で回復が出来るが、最終段階までいくと中々対処というのが難しくなってくる。

 私達ヴァルキュリアは専用の剣で斬る事により、淀んだ心を分離させ、混沌の空気に侵された者達を救ってきたのだ。


「この世界にまで混沌の空気が広がっていたとすれば……不味い事になるぞ」


 真剣な眼差しでそう私を見つめる彼女の双眸には、立花と同じような冷たい視線は存在しない。

 以前、リリスも混沌の空気に飲まれていたが、今はもう克服したようだ。


「取り敢えず、立花は今の所誰にも危害は加えていない。幸い、立花と同じ事務所のアイドルに友達がいる。その娘に頼んで様子を見て貰うって事でいい?」


「ま、そうだな。私達に出来ることはねぇからな。」


 そう納得し、リリスは冷蔵庫に入っていたペットボトルのキャップを開けながら次の話題へと移る。


「お前、どうやってここに来た?」


 リリスにそう聞かれ、答えようとする。


 確か……あれ?何故だかわからないが、どうやって転移に成功したのかそこの記憶だけすっぽりと抜け落ちている。


 ユグドラシル王と共に王宮に行ったのは憶えている。 その後、黙とうを捧げたのも。

 だが、そこから先の記憶が無く、次に思い出すのはここに来た時の記憶。


「思い出せない……」


「やっぱそうか。私も何故か思い出せねぇ。魔導図書館に行ったのと知ってそうな奴に話したのは憶えてる。だが、その先の記憶がねぇんだ」


 その話を聞き、明らかに記憶の操作にあっている事に勘付く。

 もしくは転移の時の代償か。だが、そうであれば王から説明があるはず……。


「私達の転移にはまだ謎が残されている訳だね」


「ああ。そもそも転移の噂はどこから流れ始めたのかさえわからねぇからな。この世界にも何か関わってるのかもしれねぇ」


 ユグドラシルとこの地球との関係性。 何も思い当たる節がなかったが、とある事に気づく。


「紅井朱里がもしフレイア様なら、転移を行った人物は他にも存在するのかもしれない」


「は?フレイアって……あの?アイツが紅井朱里?どういう事だよ」


 リリスは団長であるフレイアが失踪した後に入団していたので、いまいち顔が憶えていないようだった。

 私は事情を説明すると、難なくそれを受け入れてくれた。


「ほーん。フレイア様は滅多に民衆の前に現れなかったし、絵画でしか顔は見たことがなかったからな。だが、その話が本当で紅井朱里がフレイア様ならその可能性はあるな」


「この件は私達二人で怪しい人物が居たら共有し合うって事でどうかな?」


「ああ、いいぜ。この世界では割と快適に暮らせそうだと思ってたが、どうやら面倒な事が裏で起こってるのかもしれねぇな」


 頭を掻きむしりながらリリスはため息を吐く。

 そんな彼女を見ていると聞きたかった事を思い出した。


「そう言えば聞きたかったんだけど、リリスも何でこの世界に?しかもアイドルになってるなんて……」


「この前も言ったろ。お前と決着を付けるためだ。アイドルになったのはお前が選んだからだ。一緒の土俵で戦いたかった。それだけ」


「そんな理由で……」


 私がそう言うと、逆鱗に触れたのか勢いよく立ち上がり私の胸倉を掴む。


「そんな理由だぁ!?テメェがユグドラシルに居ねぇと一生私は負けたままだろうが。どうやって決着を付けようってんだよ、アァ?」


 怒号が部屋中に響き、その気迫に圧される。


「ご、ごめん……」


「チッ……ま、今の所私の一勝って事で。早く中間層まで来い。そこで決着を付けてやる」


 勢いよく、胸元から手を離しペットボトルに残っていたお茶を全部飲み干すと一方的に部屋を出て行こうと扉を開ける。


 すると、目の前に見覚えのある人物が聞く耳を立てていた。


「うわっ!」


「あ!?」


 リリスと彼女がぶつかりそうになるが、寸前で留まる。


「えっと貴女は確か中間層アイドルの……」


「赤石緋色だ。よろしくな」


「よろしくじゃねぇよ。盗み聞きとはいい度胸じゃねぇか」


「いやいやいや、ちょ、ちょっとタイム!!これには深~い理由があるんだ!」


 リリスに危害を加えられそうになるのを察し、必死で弁解しようとする彼女。

 今の話を盗み聞きされていたとなると、かなり面倒な問題になってくる。


「ちょっと待ってリリス。取り敢えず話を聞こう」


 追い返そうとするリリスを制し、どこまで聞いたのかを問い詰めるよう促す。


「理由って何ですか?赤石さん」


「実は御船ちゃんに話……ってか相談があったんよ。私、立花とは同じ事務所でさ、つい二週間前くらいまでは私のプロデューサーが立花に就いてたんだけど、明智(あけち)って奴が担当になってから急に態度や雰囲気が変わり始めて、あんな風になっちまったんだよ。その事を相談しに来たらさ、先客はいたし、何か立花の事話してるみたいだったからつい聞き入ってしまったって訳さ。盗み聞きしたのは謝るよ。ごめんな……」


 立花の変化に気づいていたのは私達だけでは無かったという事。


「で、転移ってどういう事なん?淀んだ空気を吸ったとか言ってたけど、良かったら教えてくれん?」


 好奇心旺盛な態度で私達の事情に興味津々に聞いてくる。


「ミフネ、どうするよ。隠し通す事はできねぇみたいだぜ」


「赤石さん。今から話す事は他言無用です。そもそも信じて頂けるかどうかわかりませんが、話しますね」


「お、おう……」


 


 


 一通り話し終わると、赤石は爛々とした目つきで私の事を見つめ始める。


「す、凄すぎんだろおおおおお!!!!君たち、異世界人って事だよね!?」


「そんなにテンション上がるもんか?」


 いつの間にかリリスはベッドに横たわり、携帯を眺めていた。


「私は信じるよ。こんな話を真剣にするとは思わないし、立花の異変の謎にも合致がいくからね。で、私から見てその明智って奴が何か関わってると思うんよね」


 赤石は思ったよりも簡単に私達の話を信じ、理解を示している。


「御船ちゃん。提案があるんだけど、私が明智と立花の様子を見張っとくよ。協力者として怪しい動きがないか見ておくわ!という訳で、連絡先教えてくれん?」


 相変わらずニカッとした笑顔で私を見つめながら話を進める。

 偶然とはいえ、協力者が出来たのは心強かった。


「私はスマホを持っていないので……リリスと連絡先を交換して貰えると助かります。不便なので、その内買うとは思いますからその時はお願いします」


「あ、敬語は辞めていいよ~。対等でいこうや!」


「わ、わかりました」


「じゃ、話も終わったようだし、帰るわ。またな」


 話が終わると、すぐさまリリスは部屋を後にした。

 途中から完全に興味を失っていたし、そもそも帰ろうとしていたので当然ではあるが。

 赤石も同じタイミングで、部屋を後にしようとしていたのを私は腕を握り、引き留める。


「紅井さんは……どんな人ですか?」


 唯菜達から聞いた話によると、赤石緋色は元ソロアイドルのトップ。

 紅井朱里がその座に君臨するまでは、彼女がその立場に居た事になる。


 あまりにもノリが軽く、距離が近い為失念していたが、この人は私が目指すべく地位に立っていたアイドル。

 身近にそんな存在がいる事は普通ではなかった。


「朱里ちゃん?んー、何て言うか真面目だよね。ただひたすらにアイドルのトップを目指す純粋無垢な少女って感じ。御船ちゃんから聞いた寡黙で近寄りがたい印象は正直持ったことなかったなあ。誰にでも対等に扱ってくれるし、何より明るく元気な娘だよ」


「そう…ですか。ありがとう」


 やはり私の勘違いなのか。 この世界に来て変わったのか。

 以前話した時も違和感が拭えなかった。

 やっと巡り合えた憧れの人は、前よりも遠く、儚い存在に思えた。


 


 

 夕食を取った後、温泉へ赴くと偶然、夏希と星乃に遭遇する。


「あ、藍!具合は大丈夫か?」


「立ち眩みしてたみたいだけど……心配だったんだ」


 特別試験でのミスは、第三者から見ると、立ち眩みと捉えられていたようだった。

 確かに事情を知らずにあそこの場面を切り取るとそうなるのも妥当か。


「大丈夫だよ。気合入りすぎてたのかも」


「そうか。それなら良かった!」


 そんな会話をしつつ、温泉に浸かると、長い合宿の日々を全て癒してくれるような感覚に陥る。

 湯加減も丁度良く、この合宿では毎日お世話になった最上級の温泉だ。

 明日にはもう浸かれないと思うと少し名残惜しかった。


「いや~それにしても私のチームが勝てるとは思わなかったなあ」


「四人共コンビネーションが良く取れてたし、私は文句無しだったと思うよ?」


「私もだ」


 恐怖に支配されながらも、流し見だったが各チームの様子はちゃんと見ていた。

 そんな私でさえ、完璧と言える統率力を見せ、周囲に色濃く印象を残していた。


「私自身、不安なんだ。こんな未熟な私が中間層でやっていけるのかって」


「夏希、私も少し不安だ。中間層に上がっていけるのか。チャンスを物に出来なかった私はこれから先もそのチャンスを不意にするんじゃないかって」


 夏希の不安気な顔を見て、思わず口にしてしまう。

 この世界は勝者だけが成功し、上に昇っていく。

 今回のチャンスが最後のチャンスで終わるかもしれないという不安が、突如として襲ってくるのだ。


「二人共、チャンスはやってくるものじゃないよ。自分から作るものだよ。そんな不安はただの気の迷い!切り替えて明日から頑張っていこうよ」


 星乃は湯舟からザバッと立ち上がり、大声でそう問い質す。

 一気に周りがこちらを注目したが、星乃の真剣な眼差しを見ているとそんな事などどうでもよくなった。


「星乃……。そう、だよな。不安になってる方が危ういよな」


「私は三人でアイドル界に残れるだけでも幸せだから」


「ありがとう。星乃の言葉で気づけたよ。自分を卑下しないで、こんな自分を進化させていかなきゃいけないんだってね」


 この合宿の中で私は以前よりもより成長出来たと思う。

 だが、その結果一歩及ばなかった。

 その反省点を活かし、自分の中で昇華し、新しい自分になる事でこの先の試練に立ち向かっていく。


 共に戦い、競い合う友も出来た。

 また次のステップに進む為、トップアイドルになる為、私は今後もこのアイドル界で戦い続ける。

 こうして激動の合宿が幕を閉じた。

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