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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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十六話 「アイドル免許合宿⑥」

 筋肉痛の痛みで目が覚め、やっとのことで起き上がり時計を見る。

 特に足腰が酷かったが、これも試験をクリアした代償と言えるだろう。

 私はそのまま食堂へ足を運び、朝食を取った後ある場所に向かった。


 各棟の一階には、食堂の他に今回は使う機会がないであろう娯楽室や医務室が備えらえている。

 玄関を通り過ぎるとすぐ右側に食堂があり左に娯楽室、その奥に医務室は存在した。

 私はその医務室の扉を軽く叩き、中から聞こえた声の合図と共に入室する。

 入ってすぐ手前に彼女は居た。


 昨日は試験が終わり、夜食を取った後に疲れからか突然の睡魔に襲われ、泥のように眠ってしまったので様子を見に行くことが出来ていなかった。


「具合はどう?」


「逆に聞くけど、良さそうに見える?」


 ベッドの上で朝食を取っていた風鈴は相変わらず不愛想で皮肉っぽく告げた。

 布団に入っていた為、足がどのような状況なのかは分からなかったが、皮肉が言える元気が残っているのなら大丈夫だろう。


「もう風鈴の出番はないかもだけど……脱落する予定はないから安心して寝てて」


「……チッ。そうですか。用がないなら出てけよ」


 あからさまに機嫌を悪くした彼女は怒っているよりも少し申し訳なさそうな表情にも見えた。

 風鈴の無事の確認を終えると、まだ集合まで時間があったので一度自室へ戻ることにした。


 


 


 時間通り大広間へと向かうと間もなくしていつものように桂川が説明を始める。

 不意に周りを見渡すと、百人程いたアイドルが半分もいなくなり、試験も終盤へと向かっていることが伺えた。


「今日お前らが挑む試験は『ダンスサバイバル』だ」


「なんだ……それ?」


 思わず近くに立っていた凪沢が呟く。

 確かに今までの試験は既存の競技だったのですぐ理解が出来たが、どうやら今回は違うようだ。


「各四人グループの中から一人代表者を決め、残り人数が六人になるまでひたすら踊る。私の判断でダンスと満たさない者から脱落していく。ただそれだけだ」


「なるほど……それで、サバイバル……」


「十分後、早速始める。では、各グループ代表者を決めてくれ」


 そう言うと、桂川はパイプ椅子に座る。 要するに体力勝負という訳か。


 この世界に来てから一番鍛えたと言える体力がようやく役に立つと思い、率先して名乗り上げようとしたが、それよりも早く彼女が声を出した。


「……私が、行きます」


「倉戸君がかい!?」


 予想もしていなかった彼女の一言に驚く凪沢。

 私も同じく今回も見届け役に徹すると思っていたので思わず目を見張った。


「何も出来ないままじゃ、私は変われないと思いますから」


 彼女の目は真っすぐで、希望に満ちていた。


 


 


 私は、水で顔を洗うと鏡に映った自分の顔を見て思わず笑う。 全く酷い顔だ。

 メイクもしていないし、何より目の下の隈が一際目立っていた。


 それに昨日は全くと言っていいほど眠れなかった。

 自分は昨日の二人三脚で殆ど、三人の活躍を傍観していただけで何も役に立っていないただいるだけの人と化していた。


 誰よりも三人を観察していたのにも関わらず、風鈴の怪我に気づけずに負傷者を出してしまった。

 私に出来ることは何かと布団に潜り、朝になるまで考えた結果、今日の試験は何が指定されようが私が中心になって挑もうという事になった。


 私はチーム運が良かっただけで、ここまで来れたと思っている。

 次は私が、皆を引っ張る番。 もう置物にはならない。

 深呼吸し、気持ちを整え、再び私は大広間へと足を進めた。


 


 


 踊るメンバー以外は、大広間の端に設置されたパイプ椅子に座ることになった。

 それに囲まれる形で各代表者一名が踊るという。


 私は、席に着くと同じくして凪沢がドカッと座った。

 焦りとも言い難い、複雑な面持ちをした彼女は前のめりになり、貧乏ゆすりをしながら唯菜を見つめていた。

 すると、右隣に座っていた女の子に話しかけられる。


「御船さん!あの……私も二人三脚、ギリギリクリア出来ましたよ!」


 隣を見ると、昨日二人三脚で同じグループだった高谷塔子が私を爛々とした目でこちらを見ていた。

 三位通過したチームはどうやら高谷チームだったようだ。


「良かったね。ここまで来たんだし、お互い免許獲得できるように頑張ろう」


「ありがとうございます!……御船さんがあの時、声をかけてもらえなかったら、今頃ここにはいませんでした……。本当に感謝してます!!」


 理由はわからないが、ひたすらに感謝されていた。

 心当たりはなかったが、取り敢えず素直にその気持ちを受け取ることにした。


「そういえば、御船さんがこの試験に参加しないのは意外ですね。参加すると思ってましたよ」


「彼女は私よりも、強いからね。ほら、もう始まるよ」


 私が高谷と雑談を交わしていると、いつの間にか開始のホイッスルが大広間中に響き渡った。


 


 


 


 


 時間がどのくらい経ったのかは、わからない。

 だけど、目の前にいる者達が倒れる度に、刻々と時間は流れているのだと、感じられる。

 そんなことを考えながら、ただひたすらに踊っていると私の後ろでドサッと誰かが倒れる音がする。

 それと同時に残りが八人であることを察し、より力強く足を踏み入れる。


 汗が目に入り、それを拭う。

 いつの間にか着ていたジャージが汗でぐっしょりしていた。

 全身が熱く、火照り、思わず水分を欲したくなる衝動を必死で抑える。

 今にも意識が途切れそうになるのを限界で踏ん張り、無我夢中に踊り続ける。


 私はダンスが得意ではない。だが、ダンスが出来ない訳じゃない。

 ただ苦手なだけ。それをこの試験の中で克服すればいいだけ。


 その作戦が吉と出たのか、いつの間にか周りに順応していっている。

 ループしてかかり続ける軽快な音楽に、自分のリズムを合わせ、踊っていく。

 だんだんと体力も奪われていくが、辞めてはならないと本能が私を踊らせ続ける。


 すると、また一人、私の目の前の少女が倒れこむ。

 その少女は突然、床に倒れこみ、ズドンと大きな音を立てて地面に沈みこんでいた。

 顔は、汗と涙でぐちゃぐちゃになっており、満身創痍な状態であった。


 私はそんな彼女の姿を見て、同情と同時にゾッと背筋が凍る感覚に陥った。

 その瞬間、私の意識の限界が来たのか、突如として、意識が途絶えてしまった。


 


 つい一秒前までは普通に動いていた身体が突然、抜け殻のように床に倒れこむ。

 唯菜が勢いよく倒れこみ、私は考えるよりも先に一番に駆け寄った。


「唯菜!!しっかりして!!」


 私は肩を揺らし、意識をこちらへと戻そうとするが、後ろから私を遮り凪沢が脈を確認する。


「大丈夫だ。安定してる。医務室に運ぼう」


 落ち着きを見せる凪沢を見て、私も息を整えおんぶで運ぼうとする。

 その様子を見ていた桂川景果や村田等のスタッフもすぐさま駆け付け、彼女を抱え込む。


 試験はギリギリでクリアしていた。

 彼女は無我夢中で踊っていた為、直前に倒れた少女が最後の脱落者であると認識できていなかったか、暫く踊り続けた。

 必死に踊る姿を見て、止める者は居らず、周囲の人間は皆、唯菜に見惚れていた。


「よく頑張った!」


 意識のない彼女に私は精一杯の激励をすると、当然反応はなく医務室へと運ばれていった。


「お前ら、よくこの試験を耐え抜いたな」


 一部始終を傍観していた桂川が、不意に話し出す。


「ここに残った二十四名を免許獲得とする」


「……え?」


 後ろの方で倒れた唯菜を心配そうに見ていた高谷が思わず口を開く。


「合宿はまだ後二日も残ってますけど……」


 高谷が出した疑問に私も賛同する。

 確かに合宿は五日行われると聞いていたし、今日はまだ三日目だ。


「明日からは、この中から中間層アイドルに相応しい者を決める特別試験を行う。だからお前たちは明日に備え、英気を養え。今日はこれにて解散とする」


 唐突に宣言され、呆気に取られる私達。

 時刻はまだ午前十一時。この試験に選ばれてない人はほぼ一日中休みだということになる。


 桂川は一方的にそう告げると、足早に大広間を出て行ってしまった。

 残された私たちは暫く戸惑っていたが、時間が経つにつれ各々大広間を後にした。

 取り敢えず凪沢と共に昼食を取り、医務室へ向かうことになった。


 



 全身が重く、瞼ですら開けるのに時間がかかる。

 まるで、錘をしているかのような感覚に陥る。

 思うように動かせない身体をゆっくりと起こし、ようやく目を開けるとそこに広がる景色は大広間ではなく、医務室であった。


「やっと目を覚ました」


 隣で読書を嗜む少女は、昨日医務室へ運ばれた風鈴だった。

 右足の親指は包帯が巻かれていて、痛々しかった。


「貴女の活躍で最終試験にいけるってさ」


 まるで他人事のように言う風鈴の言葉に違和感を覚える。

 最終試験にいける?

 私が覚えている限り五人目の脱落者が出た直後に私は倒れたと認識している。

 踊りに夢中になっている間に数を数え間違えたのか。

 私はその思考に達した瞬間、全身の力が抜け、痛みを忘れ再びベッドに倒れこんだ。


「まあ、これだけは言っておくわ。お疲れ様」


 やけに素直に私を労う彼女の事を少し気持ち悪いと思ってしまった。

 その瞬間、医務室の扉が開き、凪沢が顔を出した。 後ろには藍の姿もあった。


「あ、目を覚ましたんだね。お疲れ様、倉戸君」


「無事で良かった……」


 私の無事を確認すると、藍はベッドに座り、頭を撫でてくれる。


 今は恥ずかしいという感情よりも、藍の顔を見て私は安心していた。


「これで、私達はアイドルとしてのスタートラインにようやく立てた。皆の力があったからだ。ありがとう」


 改めて藍は皆に感謝の気持ちを伝える。


「ふん。別に貴女達と同じチームじゃなくても同じようにしてたから」


 そう言う風鈴は少し照れ臭そうにしていた。

 凪沢も腕を組み照れ隠しなのか鼻で笑う。

 私達もこの合宿が終われば敵同士になりチームも解散となる。

 それが私は少しばかり嫌だなと感じ始めていた。


 私はこの数日間共に戦ってきて、このチームは最高だと心から思うようになっていたのだ。

 こんな風に笑い合えるのも後二日。

 名残惜しい気持ちを胸に押し込み、明日からの特別試験も頑張ろうと心の中で誓った。


 


 第三次選考『ダンスサバイバル』二十四名クリア。


 以上二十四名を正式にアイドルと認め、それぞれにアイドル免許を贈呈する。

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