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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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十五話 「アイドル免許合宿⑤」

 目覚めるとそこは見慣れない天井だった。


 ふかふかとしたベッドの上で私は静かに眠っていたらしい。


 恐らく医務室に連れていかれたのだろう。


 最後に残っている記憶は、足の痛みとこの天候の暑さに耐えきれずに地面に倒れこみ凪沢が私に必死で声を掛けていた。


 右足の親指は応急処置だが、包帯が巻かれていて動かすとまだ痛みがあった。


 この時、脳裏に浮かんだのはこの怪我のことではなく、二人三脚の結果だった。


 外を見ると、もう陽は落ちていて、暗闇に満ちていた。


 私はベッドから降りようとしたが、想像以上の痛みに悶絶する。


 これは、今後も影響が出るなと覚悟を決める。


 恐らく、ここ何日か璃々須に付きっきりでダンスを教えていたので、そこで気づかない内に怪我をしていたのがここに来て悪化したのだ。


 クソ……こんな所で遅れを取る訳にはいかないのに。


 私は悔しい気持ちを抑え込み、怪我を治す事に尽力しようと決め自室に戻らずにここで安静にすることにした。


 


 


  担架で連れていかれる風鈴を見届けた後、不安に駆られている唯菜に話しかける。


「安心していいよ。私がリードする」


「私のせいで負けたら……」


「いや、私達ならいける。何より凪沢よりも分かり合えてるでしょ?」


 自分が必ず走ることになり、足が震えている彼女を安心させる為の言葉をかける。


「この選択で良かったのだろうか……」


 隣で凪沢が俯く。


 彼女が早急に気づいていれば、無理やりにでも走らせたりしなかっただろう。


 練習中の違和感に私もいち早く気づいてれば防げたかもしれない。


 だが、そんなに悲観的になっても現実は変わらない。


 レースは普通に行われるし合宿も先へと進む。


 まだ二日目。後三日も試験が控えている。


 この先、四人組の試験が続くのであれば、風鈴を抜きにして三人で挑まなければならない。


 どんよりとした空気を変える為に二人を鼓舞する。


「私が二回走る。二回で終わらせる。そして勝つんだ」


「ああ。そうだね。いつまでも落ち込んでいられないね」


「私も出来るだけ頑張ります」


 そう口にした二人の表情はやはり、言いようのない翳りがあった。


 


 第四レースを何とか勝利を収めたが、相変わらず空気は重い。


 特に唯菜は先ほどのレース疲弊しているのもあり、黙ったままだった。


「ここからが本番だね」


「ああ。よし。ちょっと頭切り替えてくる。倉戸君も一度そうして方がいい」


「……わかりました。顔洗ってきます」


 最後のレースに集中する為、一度解散する。


 私も流石に足に疲労が溜まっているのでベンチで休むことにした。


 どうやらDグループは全レース終了したようで運動場を後にする人がちらほら現れている。


 それを見送り、現在進行中の生方チームのレースを観察することにした。


 やはり、生方がほぼ連続で走っているみたいだった。


 私達と同じく二連続勝利を果たしているようで、二走目は生方、三宅ペアが決まって走っていた。


 このレースもどうやら生方チームが勝利していた。


 そうくると、一走目に私か凪沢どちらかと唯菜を走らせ、二走目に私と凪沢で走るプランでいった方が良さそうだ。


 後十分もすればレースも始まるようだったので、私は準備運動をして身体を温めることにした。


 


 


 


  御船藍のチームを観ていると早くもうずうずしてくる。


 早くあの娘達と戦り合いたい。


 名前と顔が一致するのに時間がかかったが、特に凪沢という娘は私には少し劣るがほぼ同等の運動神経を持っているようで彼女自身まだ全力を出していないと窺える。


 同じく御船藍もまだ力を隠しているように見える。


 ああ、早く走りたい。


 これが普通の徒競走であってほしかったと心から思った。


 私は昔から運動が好きで、現在通っている大学でも陸上サークルに入っている。


 走りになればもう私の独壇場なのだ。


 先日出演した番組でも数多くの運動自慢のアイドルが居たが、その中でもベストスリーの好成績を残し体育会系アイドルの新人として一目置かれている。


 それに幸いにも合宿のパートナーである三宅も中々の運動神経をしていたのでもうこれは神が私に勝てと言っているに違いない。


 そろそろ最終レースも始まる頃だ。


 ようやく戦えると武者震いがした。


 


 


 白線の前に立ち、隣にいる倉戸の左足と私の右足に紐を結ぶ。


 内心このレースは負けると思っている。


 倉戸の運動神経が悪いのは、この一か月共に過ごして来たから身をもって知っている。


 それに私は彼女が嫌いだ。


 見ていると苛立ち覚えるし、何より容量が悪い人間を見ると虫唾が走る。


 彼女は人との距離の詰め方が苦手なようで、未だに私に心を開いてすらいないが、私はレッスンの時も彼女のポテンシャルを推し量っていた。


 その結果、アイドル適正はほぼないと私は判断し心の中で彼女を切り捨てるつもりでいた。


 だが、何故だろう。一日会わない間に変わっていた。


 本来の彼女ならまずこの競技に積極的に協力をしない。


 だが、自分の運動能力を見極め、いち早く身を引いた。


 プライドが高い人間であるのは私もわかっているつもりだったが、そんな彼女が自分は無力だと言わんばかりに私たちにこの先の命運を掛けるその姿に驚きを隠せなかった。


 恐らく御船藍が彼女を変えたのだ。


 たった一日で。


 只者でないとは思っていたがこうも容易く人間を変えてしまうとは。


 さらに彼女は私のこの裏の性格に少なからず気づいているだろう。


 時より、訝し気にこちらを気にしていた。


 完全に気づかれるのは時間の問題だが、どうでもよかった。


 風鈴和美も運がなかったとしか言えない。


 正直、彼女が欠けたのは計算外だった。


 倉戸の出場が欠かせなくなるからだ。


 もうこうなった事実は変えられない。


「位置について、よーい──────」


 相手は前のレースと同じく、三宅君と黒髪の女のペアだった。


 この二人ならいける。


 パンと鳴り響くスターターピストルの音が聞こえたと同時に走り出す。


 いち、にと声を出しながら二人でタイミングを合わせ、ゴールへと向かう。


 倉戸は緊張しているのか、私の着ている服を強く握る。


 はあはあと荒い息遣いも走る度に激しくなっていく。


 私は冷静に隣のレーンを見るが、三宅ペアの姿は見えない。


 目の前にはもうゴールが迫っていた。


 まさか、勝つのか?


 そう思考を巡らせた直後、ゴールテープを切り、一走目は勝利を収めた。


 ゴールの前で待っていた御船から水を貰い、喉を潤す。


「良かった……勝てた……」


 ゴールに着くなり、地面にへたり込む倉戸。


 予想外だが、勝てて一安心する。


 不意に御船と目が合い、二コリと笑い頷く。


 彼女は二連勝で終わりにするみたいだ。


「さあ、終わらせよう。御船君と私なら奴等に勝てる」


 仕方ない。見せたくなかったが、ここで私の本気を披露してやる。


 私はお前らとは違い、優秀なのだから。


 


 


 


 


  凪沢の考えている事が時々わからなくなる。


 明らかに思ってもいない発言をしているのは私でも気づいていた。


 だけど、この発言は初めて心から言っているのだと確信できた。


 クールに見えて内に秘めている物は未知数だ。


 今は彼女の思考について考えるのは野暮だ。


 目の前の最終決戦に備え、集中する。


 だが、何故だか勝てる気が私にはしなかった。


「御船君。君と一緒に戦えてよかった」


「それは勝ってから言ってよ」


 三宅の状態を見るに恐らく、先のレースは体力を温存するためにわざと負けにいったのだろう。


 それは傍から見ても明らかだった。


 余裕そうな顔持ちをする生方は入念にストレッチを行っている。


 三宅も隣で息を整え、深呼吸をする。


 こちらもそれに倣い、深呼吸をし頬を叩き自分に喝を入れる。


 準備は万端だ。


 勝てない気がするだけで、勝てない訳ではない。


 その違和感を一度忘れ、紐を結び始める。


 スタートラインに立つと、準備が完了している私達は一斉に位置につく。


「位置について──────」


 その言葉を聞いた瞬間、目を閉じスタートピストルの音が聞こえたと同時に周りの音がシャットダウンする。


 二人のタイミングはバッチリだ。


 歩幅を合わせ一気に駆け抜けていく。


 隣に生方ペアが走っているのを感じる。


 完全に互角。


 その一歩一歩が勝敗を決める。


 残り十メートル。私は強引に走りを早める。


 それを瞬時に察知し、私に合わせる凪沢。


 最後は半分飛び出したかのような勢いでゴールテープを切った。


 地面に勢い良く倒れたが、すぐさま立ち上がる。


 勝敗は───────


「……勝った」


「おっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 聞いたこともない凪沢が叫びがグラウンド中に響き私に抱き着く。


 これは本心から喜んでいるのだろう。


 地面に項垂れ、腕を叩きつける生方。


 その後ろには土塗れになった三宅の姿が見える。


 恐らく、転んでしまったのだろう。


 集中しすぎて気が付かなった。


 いや、彼女達が転んでいなかったら負けていたのだろう。


 勝てる気がしなかったのは、生方を前にし、実力では負けると本能が感じたのか。


 運が良かったとしか言いようがない。


 だが、勝ちは勝ち。


 これで、中間層アイドル枠に一歩近づいた。


「いや~負けちった」


 地面で横たわる私に手を差し伸べる生方。


 素直にそれに応じ、立ち上がるとお互いに握手を交わす。


「次は負けないからね」


「うん。望むところだ」


 彼女はようやく私が御船藍だと認識できたようだった。


 


 


  自室へと戻り、一息を吐いていると部屋の扉がコンコンと鳴る。


 唯菜が先に銭湯に行くと言っていたので帰って来たのかと思い、開いている旨を伝えると、入って来たのは凪沢だった。


「やあ。さっきは勝てて良かったね」


 相変わらず爽やかに会釈をする彼女。


 何故私の部屋に来たのかは予想がつかなかった。


「どうした?」


 私がそう問うと、先ほどの雰囲気とは一変しニヤリと不敵を笑みを浮かべる。


「御船君は気づいてるんだろ?……私が周りの人間を見下していることに」


 薄々勘付いていたが、自分からカミングアウトするとは……。


 人の性格については干渉しないようにしていたが、自ら明かしたという事は何か理由があるのだろうか。


「御船君。君は何者だ?私が思うにまだ君は力を隠しているだろ」


「私は全力で取り組んだつもりだよ」


 事実、今回は本気で取り込んだつもりだ。


 疲れもピークまで来ている。一方凪沢はあれだけ走ったのに疲れを感じさせずに飄々としていた。


「……まあいいや。私は自分が上層アイドルになる上で手段は問わないつもりだ。君ともいずれ衝突するだろうし隠し事はフェアじゃないだろ?」


 なるほど。


 彼女は私を評価し、好敵手と認めたからカミングアウトをしたという訳か。


 ……彼女の誠意に応えたいが、私の秘密はまず、信じてもらえるはずがない。


 申し訳ないが隠すことにした。


 だが、彼女と戦える機会があれば、全身全霊で挑もう。


 そう心の中で決心をした。


「私は凪沢がどう考えようがどうでもいいよ。ただ、私の道を阻むなら……容赦しない。とだけは伝えておくね」


「言ってくれるね。やはり君は面白い。まあこの合宿中は仲間なんだ。明日も頼むよ。それじゃ」


 そう言い残し、部屋を後にした。


 アイドル界は退屈しないなと改めて感じ、転移出来た事に感謝をした。


 


 


 第二次選考『二人三脚』四十八名クリア。

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