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異世界系アイドル、はじめました。  作者: 和三盆
第一章
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十三話 「アイドル免許合宿③」

 寮のA棟一階には食堂があり、そこで夕食を済ませる。

 バイキング形式となっており午後二十一時まで開いている。

 その後、B棟一階にある温泉に入り、疲れを癒し入浴後の定番だというコーヒー牛乳を一気に飲み喉を潤した。

 時刻は既に二十二時を周っており、そろそろ自室に戻り就寝しようかと思った矢先、私は後ろからある人物に声を掛けられた。


「おい」

 

 汚い口調に聞き覚えのある声。私は冷堂に話しかけられたのかと思い、振り返った。

 だが、そこに立っていたのはここに居るはずのない女。


「よお。久しぶりだな。ミフネ・アイレンベルグ。いや、ここでは御船藍だったな」


 濃い赤色の髪をかき上げ、ニヤリと笑うその人物。

 その口元からはギザギザに尖った歯を輝かせている。

 正真正銘、ユグドラシルで共に戦っていた「リリス・ワグネット」本人だった。


「なんで……ここに……」


「お前を追ってきたんだよ。決着を付けるためにな」


 今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を漂わせる彼女だったが、この時間とはいえ観衆の目の中だ。殴りかかるとは思えない。


 冷静になれ。 彼女もまた転移をしてきたのだろう。ただそれだけの事。

 紅井も恐らく転移をした人物である。方法さえ知れば難しいことではないのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせ、呼吸を整える。


「どうやってここに来たんだ」


「あ?どうって……アレ……?」


 勢いがなくなり急に歯切れが悪くなる。


「お、お前と同じ方法だ」


 私を指を差し言う。 相変わらず爪は伸び、鋭かった。


「こんな所で会うなんてきぐ──────」


「あっーーーーーーーー!!!!!!!み、御船藍じゃないですかぁ!!!!」


 リリスが何かを言いかけた瞬間、のれんから黒髪の少女がその言葉の邪魔をする。


璃々須(りりす)ちゃん知り合いなの!?」


 璃々須は呆れながら頭を抱える。

 するとその少女の髪を掴み、後ろへと追いやった。


「い、痛いぜ……は、離して……」


「テメーは大人しく、部屋に戻ってろ!」


 恐らくパートナーだろう。 テンションが高く、声も大きい。元気いっぱいな少女だった。

 だが、その様子を見て私は一つの疑問に辿り着く。

 この合宿にいるということはリリスもアイドルだということ。

 では何故、彼女もアイドルになっているんだ?


「はあ……雰囲気ブチ壊しやがって。おい。取り敢えず、合宿中のどこかでまた話しかけるわ。その時に色々説明してやるよ。じゃあな」


 一方的にそう告げると、黒髪の少女を叩きながら去っていった。


 


 朝、目が覚めると、既に倉戸は先に部屋を出たようで姿がなかった。

 桂川の説明だと毎朝八時に点呼も兼ねて大広間に集合し試験が始まるという。


 時計を見ると、午前六時半を差していた。少し目が覚めるのが早かったと思ったが顔を洗いそのまま食堂へと足を運んだ。

 思ったよりも食堂は騒がしく、それなりに混雑していた。

 隅の方に座っている倉戸を見つけ、丁度よく朝食を盛りつけ目の前に座る。


「おはよう」


「おはようございます。よく眠っていましたね」


 私の方を向かずに黙々と白米を口に運ぶ。


「倉戸は何時ごろに起きたんだ?」


「私もついさっき起きたばかりです。六時前ごろでしたかね」


「そっか」


 他愛のない会話をぽつぽつ交わしながら朝食を終える。

 お互い、昨日のこともあり少し気まずい空気が流れる。


「ねぇ。唯菜(ゆいな)って呼んでいい?」


 この空気を変えようと、昨日の夜から言いたかったことを告げる。


「は、はぁ!?ななな、なんで……」


 何故か顔を真っ赤にさせ、私を見つめる。


「それと敬語も直してほしいな」


 急な要求に困惑する倉戸。だが、満更ではなさそうなようで、その場でもじもじとし始める。


「け、敬語は癖だから、善処しま……する……」


 俯きながらそう言うが、段々と声が小さくなり手を弄り始める。


「私の事も藍って呼んで。いや、そうしてほしい」


 増々顔が赤くなっていく。距離を縮めるのが早すぎたかと反省していると思いも寄らぬ言葉を口にする。


「……わかった。けど……べ、別に貴女に気を許した訳じゃないですからね……!」


 そう言いながら私よりも足早に自室へと戻っていった。 彼女を見送った後、前から凪沢が現れた。


「へぇ。あの堅物の彼女をもう攻略したんだね」


 一部始終を見られていたのか腕を組みながら私を見下ろす。

 相変わらず背はデカく、話をするだけで委縮するほどの圧があった。


「いや、まだ攻略中だ。完全に心は許されてないと思う」


「そうかな?私や詩音(しおん)には目もくれないしあんな顔をする彼女を見るのは初めてだ」


 少し寂し気に彼女が歩いた方向を見つめる。 凪沢にも思うところがあるのだろう。


「それじゃ、私は今から朝食に行くとするよ。御船君はもう済ませたのかい?」


「うん。食べたよ。特にドリアが格別に美味しかった。是非食べてみてくれ」


 何故ドリアを勧めたのかイマイチわかってなさそうだったが、食べる旨を伝えると去っていった。


 


 少し時間があったので、テレビを点け最早習慣と化している水鳥沢が出ている番組を観た後、大広間へと向かっていった。


「今日は何をやらされるんだろう」


 歩きながらそう言うと、唯菜は顎に手を添え考え事をし始める。 暫くして口が開き、試験の考察を始めた。


「あれだけ大人数のアイドルがいるのだから二人組ではない大人数のグループを作らされて対抗戦……の可能性もあると思う」


 確かに一次選考を終えたといえど、まだ半分以上は残っている。

 ざっと七十~八十人程度は生き残っているように思える。


「それにアイドルには直接関係のない試験がまだ続くかもしれない。ダンスや歌はもっと先に行われると思う」


 真面目な考察に感心していると、いつの間にか八時になっており桂川が姿を現す。


「まだこんなにも残っているのか。一次選考は少し簡単すぎたようだな」


 桂川が話し出した途端、周りに緊張が走る。 全員何をやらされるのか自然と身構えてしまう。


「さて、寮は二棟に分かれているのはもう知っているな?今回はその棟ごとの部屋番号の者達とさらに四人組を作ってもらう。ちなみに落選して片方の棟の者がいない場合は余った者で私が勝手に組ませてもらった。部屋番号一〇一から順番に私の元に来い」


 大人数ではなかったがグループを作るという点では唯菜の考察も当たっていた。

 私達の部屋番号は一〇四なので、あっという間に呼ばれ桂川の元に向かう。


「はっ!?嘘でしょ……」


「なるほど。面白い組み合わせだね」


 私達の目の前に現れたのは、光月の風鈴(ふうりん)と小堀の凪沢だった。

 凪沢は比較的私に優しく接してくれていたし唯菜との関係性も悪い方ではないと思うので内心当たりだと思った。

 だが、問題は風鈴だ。私に当たりが強いどころではなく、確実に嫌っている。

 それに一際強い敵対心を持っているし私自身も嫌いな人物でもあるので協力するというのが億劫だった。


「なんでアンタと協力しなきゃいけないのよ!はぁ~最悪すぎ」


「私も貴女みたいなタイプは嫌いです。どこかの誰かと似ているので……」


 私の事を庇う唯菜。風鈴は以前の彼女と態度が似ており、それが自分を見ているようで嫌だったのだろう。


「顔合わせが終わったのなら静かに捌けろ」


 目の前で私たちのいがみ合いをこれ以上見ていられないと言わんばかりに静かに一喝し思わず心臓が飛び出そうになる。

 席に着くと、開口一番唯菜がため息を吐き私にこう告げる。


「昨日私が藍と打ち解けてなかったら自殺してたかも……」


 彼女から哀愁が漂い、私まで陰鬱な気分が移ってしまいそうだった。


 


「二次選考は、一次よりも単純だ。最初に言っておくが頭を使う必要もない」


 全員四人組が出来上がると、落ち着く暇もなく彼から試験の内容を伝えられる。


「『二人三脚』それが今回の試験だ」


「え?」


 思わず声が出る。予想も出来なかった内容に困惑してしまう。

 しかし、困った。知識として二人三脚は分かるのだが、実践するのは初めてだ。

 ここで足を引っ張ってしまうかもしれないという不安が押し寄せる。


「対決形式はリーグ戦だ。五チーム四つのグループに分かれてもらい、上位三チームがクリアとする。一回の競争で三回行い、先に二勝したチームが勝利となる」


 つまり総当たり戦という事か。 直接他のアイドルと競う事でいよいよ本格的に試験らしくなってきた。


「五十メートルの距離を争ってもらう。一度のレースで二人三脚の組み合わせは被らないようにしろ。一レース一度しか使えないから肝に銘じておくように。不正が発覚した場合その時点で勝負は対戦相手の勝利とする。それでは、組み合わせを発表する」


 私たちは、Cグループに配属され少し離れた場所にある運動場で行う為、そちらへとバスで向かった。


「私、運動神経がないから足を引っ張るかも」


 隣で座る唯菜が不安気にそう言う。


「安心して。私は二人三脚自体初めてだから」


 私の言葉に素直に安心して笑顔を見せる。


「……ありがとう」


 小さい声で何かを呟いていたが、上手く聞こえなかった。


 


 運動場に着くと、見慣れない女性が仁王立ちで立っていた。


「これで全員?」


 頭にバンダナを付け、腕を組み私たちの方を凝視している。


 余裕のある風貌から三十歳程であると一目で確認できた。


「私は桂川(かつらがわ) 景果(けいか)よ。Cグループの審判を担当します。気軽に景果さんって呼んでね」


 恐らく、桂川の奥さんだろう。あの人結婚していたのか。

 隣には村田(むらた)という若い女性が立っており、Dグループの審判を担当するらしい。


「あのオバサンじゃなくて村田さんの方が可愛いしあっちが良かったわ」


 隣で飄々と不満を口にする風鈴。余裕の表情を浮かべる辺り運動神経には自信があるのだろう。


「御船君。一走目は私達で走ろう」


 突然の凪沢の提案に驚く。何か考えがあるのか。


「君となら上手く走れる気がするからね。安牌を取ろう」


 何故か私の評価が高かったが、一度もやったことがない私が上手くやれるだろうか。


「分かった。頑張る」


 二人でそんなやり取りをしていると、後ろが何やらざわつき始める。


「あの娘、この合宿に参加していたのか」


「チッ……こんなの負け確じゃん」


「あーあ。敗北確定かあ。三ヶ月待たなきゃいけないじゃないか」


 周りの注目を集める少女は、以前テレビで見たことのある顔だった。


「あれは……二週間前にやってたアイドル体力テストに参加していた「生方(うぶかた) かもめ」君だね」


 そう言われ思い出す。たまたまテレビで観たのを覚えていたようだ。


「彼女は有望な新人として色んな所で特集を組まれていますね」


 眼鏡の位置を直し解説する唯菜。 解説よりも皆の前だと敬語に戻るのが少し残念だった。

 すると私を見つけ、傍に寄ってくる生方。


「君が御船藍か。私もCグループだから勝負するのが楽しみだよ」


「はあ!?私じゃなくてコイツが御船藍だけど!何間違えてんの……?」


 何故か風鈴と私を間違える生方。指を差しカッコよく決めた姿が見てて恥ずかしかった。


「あ……すまん。コホン!それじゃあ気を取り直して……」


「いや、御船君はこの娘だ」


 次は凪沢と間違える。わざとやっているかと勘繰ってしまう。


「申し訳ないね。人の顔を覚えるのが苦手でさ。まあ、お互い頑張ろう……」


 そう手を差し伸べた相手は唯菜であり、結局私と会話をすることなく去っていった。


「なんだアイツ……」


 今回ばかりは風鈴の意見に賛同した。


 


 十分程度の練習を終えると、早速レースが始まった。

 説明によると、引き分けはなく勝てば三点、負ければ零点とルールは単純だ。

 勝つか負けるか。それぐらいわかりやすい方が燃える。

 話し合いや練習の結果、初戦は先鋒に私と凪沢。中堅が風鈴と凪沢。大将が私と風鈴となった。

 彼女が言っていた通り唯奈は私達と運動神経の差が明らかだった。

 本人の申し入れもあり唯奈を戦力として数えない方向で行くことになってしまった。

 練習の中で私はなんとかコツを掴むことが出来たので心配はない。

 凪沢は運動神経がかなり良く、風鈴も人並みの実力を持っていたのでこの三人で回しても問題ないだろう。

 予想通り、一戦目はストレート勝ちで三点を手に入れ幸先良く進むことが出来た。

 一戦目を終え、休憩をしに近くに設置されているベンチに腰を掛ける

 すると、先ほどまで悪態を付いていた風鈴が静かなことに気が付く。


 その時は気にも留めていなかったが、ここで私が救いの手を差し伸べていればあんな事態にならなかったのにと思い返したのだった。

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