十二話 「アイドル免許合宿②」
「どうも!私、「場地 バジル」でーす!よろしくぅ!」
部屋に入るなり自己紹介をかます彼女を無視し、ベッドに腰を降ろす。
「ちょっとー!無視!?パートナーなんだから仲良くしましょうやぁ!」
無言を決め込む私に臆せず一人かまわず話し続ける場地という女。
そのメンタルだけは賞賛してもいいのかもしれない。
「私は璃々須魔子だ。で、お前のお題はなんだ?」
「やっと喋ってくれたねぇ!嬉しいぜぇ私は!」
いちいち身振り手振りが癪に障る女だ。この合宿中、協力を余儀なくされるのでその態度に我慢するしかないのかと頭を抱える
私は極力人に関わらずにこの合宿を終えようと考えていたが、そんな浅ましい考えはすぐに打ち砕かれた。パートナーを組み共に協力することが最低条件。
私にとって仲間意識というのは一番嫌いな思考だ。自分よりも能力が上の者はまだしも、格下の相手とわざわざ協力し合う意味がわからない。
私のこの考えは最早、淀んだ空気の影響なのか元々持っていた物なのかわからなくなっていた。
「私のお題は「水筒」!持ってきてたりする?」
声が大きいし、テンションが高い。コイツが喋るたびに頭が痛くなる。
……水筒か。私は風鈴が今朝水筒でお茶を飲んでいるのを見ていたので取り敢えず一つ目はクリアだ。
だが、問題は私のお題。「絵具」なんて持っている奴はいないだろう。
「絵具……それヤバくない?」
確かにヤバい。だが、私は講師の話を聞いている時、一つ気になったことがあった。
それが通るのであれば、この選考をクリア出来るかもしれない。
「おい。気になることがある。付いてこい」
「えっ!?まだ部屋に来て五分も経ってない……ってちょっと置いてかないで……」
私はクリアする気満々で、大広間へと向かった。
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寮のベッドは二段ベッドになっていて、先に部屋に付いていた倉戸が下に、私が上と自然に決まった。
布団は質素で、熟睡は出来ないだろうと夜が心配になる。
眠れる状態にあるというだけでありがたいことだが、睡眠不足が原因で倉戸の足を引っ張るわけにはいかないので眠れなかった場合の対処を一生懸命考えた。
「……」
部屋に戻ってからベッドで俯き続ける倉戸にどう声をかけたらいいかわからないまま時間だけが過ぎていく。私のお題「うちわ」は受付の人から借り、難なくクリアすることが出来た。
だが、彼女のお題─────「絵画」は合宿所は言わずもがな寮にもなくただその現実に打ちひしがれるだけであった。
「私、もう一回合宿所行って探してくるね」
彼女に向けたこの言葉に反応することはなく、哀愁を漂わせるその姿だけが私の視界に残った。
「おっ藍!」
バスから降りると、合宿所から出てくる夏希と鉢合わせる。
「私らは今クリアしてきたところだ。藍はどうだ?」
夏希の後ろには見慣れない少女の姿があった。私を睨め付ける視線が気になる。
「はずれを引いちゃってね……ちょっと苦戦してる」
「マジかよ。……なんかごめんな」
舞い上がってクリア報告したことを悔いていたが、私は全然気にしていなかった。
すると後ろの少女がニヤリと笑みを零す。
「おう。あんたが御船藍か。はっ!生だと尚更オーラがねぇな」
ポケットに両手を突っ込み、ヤンキーのような足取りで近寄ってくる彼女。
くるくると巻かれた銀髪は胸までウェーブ状に伸びており左側に重心が寄っている。
まるでエビが肩にもたれかかっているかのようだった。
そんな奇抜な髪形をしている彼女は目元のメイクがしっかりしていて風貌もヤンキーのようで迫力がある。
「おい。冷堂、藍に手出したら私が黙ってねぇぞ」
私に近寄る彼女の肩を掴みガンを飛ばす夏希。その二人の姿は、まさにヤンキー同士の喧嘩のようだった。
「あぁ!?クソ雑魚ギャルは静かにしてな。お前は見た目が派手なだけで何も出来ねぇよ」
「は?その言葉そっくりそのままお前に返すぜ。元ヤンだろうが私は怯まねぇぞ」
完全に私を忘れてバチバチになっている二人。いち早く解放されたい気分に陥る。
「あのー……お名前はなんでしょうか……?」
「冷堂千代子だ!憶えとけ!」
何故か恫喝され、私まで喧嘩に巻き込まれそうになったので静かにその場から離れた。
「あの二人……ちゃんとこの先もやっていけるのかな……」
私はとあることを確認する為、講師がいる大広間へと足を運ぶ。
「君は、御船藍か。話は聞いているぞ」
でかでかとパイプ椅子に座っている桂川は、腕を組み静かに私を見つめる。
時刻は十七時、日付が変わるまではまだかなりある。ずっとここで座っているつもりなのだろうか。
「一つお聞きしたいことがあります。いいですか?」
本題に入るべく、疑問を口にする。
「貴方が先ほど私たちに言ったことは一字一句間違っていないということでいいですよね?」
そう問いかけると眉がピクリと動きを見せる。
「俺の説明に何か不備があったか?間違った説明をする訳がないだろう」
いつの間にか、腕だけでなく脚も組み始めその態度は威厳さに満ちていた。
「いえ、それがわかれば十分です。ありがとうございます」
「ちなみにだが、現時点で約十二組がクリアしている。お前は将来有望だと聞いていたがそれほどでもなそうだな」
桂川からの煽りを無視し、私は足早にバス停へと向かった。
何度も合宿寮間を行き来しているため運転手に怪訝そうに見られたが、この試験を用意したのは桂川なので、文句は彼に言ってほしい。
寮に入ると、玄関で星乃と遭遇する。彼女は私同様一人だった。
「星乃、パートナーと一緒じゃないのか?」
「藍も一人じゃん。なんか私のパートナー、変人でね。探偵アイドル……?らしいの。で、お題探しも捜査の一つだ!って一人で勝手に探しに行っちゃった……」
探偵アイドルというジャンルも存在するのかと感心していると何故、私が一人なのかを説明を求められたので、簡易的に話す。
「倉戸さんが……そっか。お互い大変だね」
「私は三人で無事免許を獲得できると信じてるから。じゃ、頑張ろう」
「うんっ」
お互いの状況を報告し合うと、私は自室へと向かう。彼女は心を切り替えているだろうか。
扉を開けると、先ほどと同じ風景が目に入り、私は長期戦を覚悟する。
優しく肩を叩くが反応はなく静かに俯き続ける。
この試験のもう一つの意味はよく考えればわかることだが、今の彼女の視野ではそこまで考えつくことは出来ない。
パートナーとの協力が必要不可欠であり、私がその意味を伝えたところで彼女は教えた私を責めるだろう。
私は近くの椅子に座り、彼女の気持ちの整理が落ち着くまで待つことにした。
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「もう一回くじを引かせろ」
私は目の前で腕を組む男にそう言い放つ。
隣にいる場地は状況を理解できずに立ち尽くしていた。
「いいだろう。ただし、どちらかのお題と交換するのが条件だ」
「え?は?どういうこと??」
ここで起きていることが未だに把握できていない場地に呆れつつも説明する。
「くじは一回なんてコイツは一言も言っていない。案の定引けるようだしな」
「な、なるほど……そんなの気にも留めてなかった……」
顎に手を添え、納得する場地。
この試験は二つのクリア方法が存在する。
一つは普通にお題をクリアする。もう一つが、もう一度くじを引きそのお題をクリアする。恐らくこの二通りだろう。
「よし。璃々須、場地ペアはクリアだな」
床に置いてあるボードを手に取り、何かを書き加える。
「おい。まだお題はクリアしていないぞ?」
「はっ。くじがもう一度引けるだけしか気づいてねぇのか。この試験は『傾聴力』と『機転思考力』の試験だ」
「……はい?」
傾聴力と機転思考能力か。その言葉を聞き納得する。ようするに人の話をちゃんと聞き、その中での意味を理解することが出来ているかの試験ということか。
確かにあの時、わざわざ騒がしかった空気を一新し、この男に集中するよう仕向けていた。 それも伏線だったという訳か。
「ま、クリアしたならいいか」
もうここに用はない。寮へと戻り、静かに休むとしよう。
「スッゲー!!!!!マジで気づかなかったぞ!!!!!!」
後ろから大声で私を賞賛する。コイツと同室な事を思い出し、ため息を吐く。
「テメェ静かにしねぇと殺すぞ」
「いや、怖すぎだろぉ!!!!」
この合宿中、私に平穏は二度と訪れないと確信し絶望の淵に叩された気分に陥った。
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理由はわからないが、身体が動かない。部屋に戻るなりベッドに俯いてから暫く光を見ていない。
まるで宇宙空間に一人取り残されたような気分になる。
私が御船藍の足を引っ張っているという現実に戻りたくない。
ただただ時間だけが過ぎていくが、彼女に同情され、お題をクリアするのは死んでも嫌だ。
協力しなければいけないことですら憤慨しそうになるのに。
私がアイドルになること自体間違っていたのか。
内気な自分を変えるため、親の勧めもありアイドルになったが、待っていたのは非常な現実だけだった。
同じオーディションで受かった二人はダンス経験や素のポテンシャルも高く、習い事も部活していない私よりも優秀だった。それに加え私の心に追撃を掛けたのは御船藍の存在。
デビュー前にも関わらず同期との圧倒的な差を近くで何度も実感しもう辞めたいと何度も思った。
レッスンも私だけ明らかに遅れている。二人が無理やり私に合わせているのが伝わってくる。
だけど、私の周りの環境は恵まれているらしく大人たちは日々プレッシャーをかけてくる。
期待が不安に変わり、それを必死に押し殺すので精いっぱいだった。
足を引っ張ることで、私だけでなく御船藍にも迷惑をかけてしまう。
私のせいで彼女のスタートが遅れる。嫌だ。いっそのこと消えてしまいたい。
気づくと涙が止まらなくなる。ああ、アイドルになる前の私に戻りたい。
なるべく人と関わらず、透明人間だった頃の私に。
「大丈夫!?」
後ろから声がかかる。泣いているのがバレたのか。私に構わないでほしい。放っておいて。
暫く見ていなかった光が突如視界を覆い、目をしぼめる。思いきり身体が勝手に起き上がり、背中から人の温もりが伝わってくる。
「よくわからないけど……私に話してほしい」
こんな……たかがクリア出来ないかもしれないというだけで泣きべそをかいている弱虫な私を抱き寄せる彼女。なんで私に構うの?
「私は倉戸の事が知りたい。パートナーじゃないか。話して」
「貴女に、酷い態度を……取ってたのに、なんで……普通に接してくれるの……?」
「だって同じ道を進む仲間だしライバルだからだよ」
そんな理由で。
「この試験、クリアできるかもしれない。落ち着いたら一緒に大広間に行こう。私はいつまでも待つから」
何故かはわからない。だが、安心した。心からこんなに優しくされるのは初めてだ。
その時、私の中で燻っていた感情が消えた気がした。
ああ、見栄を張らなくていいのか。
御船藍。この娘は私の悩みですら受け止めてくれる。
彼女の真剣な表情を見ていると、自分の小さなプライドで迷惑をかけていたことがどうでもよくなった。
そう思わせるような包容力が彼女にはあった。
「一緒にクリアしよう」
その言葉を聞いた瞬間。抑え込んでいた感情が一気に溢れ、彼女に私の事を話した。
私は寂しかったのかもしれない。ただ、友達が欲しかったんだ。
こんな簡単なことに気づかなった自分は未熟だ。
御船藍。彼女に私は救われたのかもしれない。
「よし。御船、倉戸ペアクリアだ」
午後十九時頃、相変わらず腕を組みながら椅子に座っている桂川にそう告げられ、予想が当たっていたことに喜ぶ。
隣にいる倉戸は先ほどとは打って変わり静かに喜んでいる。
あの後、倉戸が思っていたことを話してもらった。
彼女は他の人間よりも敵対心が人一倍強く、昔から人を寄り付かせなかったのだ。
他人と壁を作ることにより自分を守っていた。だから、同期の中で群を抜いて人気を獲得している私にその感情を強くぶつけていたのだろう。
それが仇となり、足を引っ張るという行為が許せなかった。
泣きながら吐露する彼女を抱きしめ、私も自分の事を話した。
「早く、部屋に戻りましょう。疲れました」
気恥ずかしそうに言う彼女に以前のような強い敵対心は感じない。
「うん。そうだね。じゃ行こうか」
彼女の目を見てそう告げる。何故か、目が合った瞬間顔が赤くなり目を逸らされる。
「……なんなんですか……」
私は倉戸となら、この合宿も無事に合格することが出来ると心から思った。
第一次選考『借り物競争』八十名クリア。