八話 「三人」
二週間後、予定通り私が出演した「アイドルスキルチェック!」は放映された。
やはり啖呵を切った私のシーンは使われており、三朝によると、ネット上で炎上し話題になっていたようだった。
だが、その中にも好意的な意見も多いらしく、私は全ての意見を受け入れ新たなスタートを切ろうと決心した。
本格的に始まる私のアイドル活動に期待を寄せ今日も私はレッスンに励むのだ。
三朝が見繕ってくれた一軒家には未だに慣れない。家具も何を置いていいのかわからず、立花の家を参考にし、質素な部屋と化していた。
テレビは事務所で昔使っていた三十二インチの物が残っていたのでそれを譲ってもらった。
他に冷蔵庫や電子レンジ等も三朝に買ってもらい、かなり充実した生活を送れている。
ここ二週間、私の生活に刺激などなく、ただ平凡な日々を繰り返していた。
レッスンも徐々に慣れていき、我ながらかなり上達したのではないのかと思う。
事実、夏希と星乃に関しても素人レベルとは言えないくらいの歌唱力やダンス力へと成長し、私自身も褒められることが多くなっていた。
そんな中、ついに二日後「お披露目会」が行わるという事でやっとあれから公の場に出られるのだと胸が高鳴る。
紅井に言われた通り一つ一つに爪痕を残し、いち早く中間層アイドルへと上り詰めないといけない。
私は自分の真価を発揮すべくフェスまでの期間、毎日居残り練習に励むことにした。
俺はお披露目会の準備に取り掛かりつつ、御船の下に送られてくるファンレターを整理していた。
まだデビューもしていないアイドルがファンから手紙を貰えるこの状況を不思議に思いつつも大切に御船に渡すため、検問する。
中には誹謗中傷が書かれた手紙なども入っている事もある。御船にはなるべく見せたくないので、それを確認し仕分けしていたところ、事務所の扉が開く。
そこに現れたのは、普段社長室に籠りっきりの宵谷社長だった。
宵闇プロダクションは三階建ての仕組みになっており、一階が事務所で、その奥に応接室があり、二階全体が社長室、三階が簡易的なレッスン場となっている。
社長は基本的に二階と自宅を往復しているので滅多に会うこともないのだ。
「久しぶりに来たが、まあ変わっていないね」
「わざわざどうしたんですか」
お披露目会についての連絡なのだろうかと、身構えていると話が長くなるのかソファに腰を掛ける。その姿を見て俺は急いでお茶を汲みにキッチンへと向かう。
「立花君から申し出があってね。彼女は他事務所に移籍することになった」
「え?」
突然の発言に耳を疑う。彼女が移籍?一体どういうことか理解が追い付かない。
「理由を聞くと、彼女は他の事務所で御船君と直接戦い合いたいみたいだ」
なるほど……。そういう風に考えていたんだな。
例の件で、彼女にライバル意識が芽生えたのか、立花の心境にどういう変化が訪れたのかわからないが彼女の意思というなら俺も心残りはないだろう。
「面白いじゃないですか。俺が育てたアイドル同士がお互いに研鑽し合うんですから」
社長はその言葉を聞くと安心したのか、普段は見せない笑顔を見せる。
「君には悪いことをしたと思っているよ。だけど、その程度で落ちぶれるとも思っていなかった。心配していたけどその感じだと大丈夫そうだな」
いつもとは明らかに違う社長の態度に困惑したが、この事務所の事を考えて俺をけしかけたのだろうとあの時の憤りを反省する。
社長は明日、立花が事務所に最後の挨拶をする旨を伝えた後、事務所を後にした。
シャワーを浴び終え、半ば日課となっているキンキンに冷やした牛乳を冷蔵庫から取り出し、飲みながらテレビを眺めていると、チャイムが部屋中に鳴り響く。時刻は夜の二十三時近くとなっていた。
こんな時間に誰だろう。
「こんな時間にすまん!今日泊まらせてくれないか?」
「ごめんね御船ちゃん……。」
ドアを開けると、夏希と星乃が玄関前で佇んでいた。
「いいけど……こんな時間にどうしたの……?」
「プロデューサーによ、レッスン場空けといてもらって居残り練習してたんだ。もう遅いから夜道を歩くよりも近い御船ん家に行けって言われてよ」
「私も誘ってくれれば良かったのに……」
いつも私たちが行っているレッスン場は広く、他のアイドル達も別室等でレッスンを行う程で合同レッスン場と呼んでいる。私はそこでいつも居残りをしていた。
今日も予定通り十九時までのレッスンが終わりそのまま解散したのだが、二人は事務所の方のレッスン場で居残りをしていたみたいだった。
わざわざ事務所の小さい個室でやっていたのには理由があるのだろうか。
「ま、まあこっちにも色々あんだよ」
夏希が少し居心地を悪くしていたので、それを察し家の中に入れる。三朝から話を聞いていた。私との差が生まれたことで溝が深まっているかもしれないと。
これが注目された者の性なのか、寂しく思えた。
その日は、二人にシャワーを浴びさせた後、特に何もせずに就寝し、次の日はお披露目会の準備等があるとのことで三人で事務所へと向かった。
お披露目会はアイドル委員会に公認されている事務所の中から、三ヶ月以内に事務所契約したアイドルのお披露目を行うイベントであり、つまり新人アイドルが初めて公の場に出るという重大なイベントだ。各事務所のアイドルが一人一人自己紹介を含め特技や抱負等を披露していく。
メディアにも大きく取り上げられ、ここで注目されて仕事に繋がるという事も少なくはない。
夏希と星乃は十分に気合が入っているのが伝わったが、当の御船は相変わらず何を考えているのかわからなかった。
披露する物の振り返りやお披露目会の段取り等を改めて説明した後、俺は一人、ソファに座り続ける麻倉木に優しく話しかける。
「何か不安か?」
「私……なんだか自信がドンドンなくなっちゃって……本当にアイドルとしてデビューしていいんでしょうか……?」
俯きながら、拳を握り締める。彼女がそう思うのも仕方がない。
同期の御船が一足も二足も先に注目の的になってしまったのだから落ち込む気持ちも理解できた。
そのような雰囲気も感じつつもそういうのは俺は本人たちに任せていたのだが、やはりそう簡単に現状を飲み込み、解決することは出来なかったのだろう。
「麻倉木。一つアドバイスをしてやる。アイドルってのは、スタート地点なんて関係ないんだ。俺は運の良さが一番この業界に必要だと思っている。御船は運良くあの番組の収録に出演出来たに過ぎない。そんなに落ち込んでいても運はお前に巡ってこないぞ」
麻倉木は涙目になりながらも俺の話を真剣に受け入れる。
「さらに言っておくと、俺が付いてんだから安心しろ。俺は三人共トップに連れて行くつもりだ。それに、一度三人で腹を割って話し合え」
そう笑顔を見せると、麻倉木にも笑顔が生まれる。涙を拭くと、立ち上がり俺に向かってこう宣言した。
「私の当面の目標が決まりました!まずは御船ちゃんと肩を並べること!」
先ほどまで不安を見せていた彼女の姿はもうそこにはなかった。
三人を車でレッスン場に送り、再び事務所に戻ると暫くして入江さんも顔を見せる。
「こんな時間に事務所に来るなんて珍しいな」
「今日はもうレギュラー番組の収録しか残ってないからって、蓬莱ちゃんに事務所に戻ってていいよって言われたの」
蓬莱は半分一人で仕事をこなしているのでよく入江さんを先に帰しているらしい。優しさからなのか単に邪魔なのかよくわかっていない。
「立花ちゃんが来るのっていつ頃になるんだっけ?」
「確か、十四時ごろだった気がする。もうそろ来るんじゃないか?」
時刻は十三時五十分。立花は十分前行動を心がけているので、もう少しで姿を現すだろう。
そんなことを考えていると、勢いよく扉が開く。
「ひっさっしぶりー!!!」
聞き覚えのある声がすると思い、扉の方を見ると、見たくもない人物の顔が視界に入ったので頭を抱える。
「太一君、何その反応~?」
「……はぁ」
深いため息をつくと、携帯を取り出しある人物に電話をかける。すると扉越しに着信音が聞こえてきた。なるほど……立花の移籍先はコイツの所だったのか……。
「お久しぶりです」
ひょこっとその女の後ろから顔を出す。会うのは病室で会って以来となる彼女は特に変わっておらず、その姿は相変わらず淑女然としていた。
「で、打瀬。お前は何の用だ?」
「えっ~...昔みたいに亜季って呼んでよ♡」
「三朝君?彼女とはどんな関係かしら?」
何故か、目の前の入江さんが殺気を放つ。
「打瀬 亜季」コイツは俺の先輩で夜見のお披露目会の時に出会った「小堀プロダクション」のプロデューサーである。
「太一君と私は~……昔付き合ってたんでーす!」
「へぇ。そうなんだ」
「そんな話をするんなら帰ってくれないか?俺は後ろの立花と話がしたい」
煽っているのか、ふざけた態度を取る打瀬に苛立ちを覚え睨みつける。
「私の独断で勝手に決めてしまってすいません」
「いや、大丈夫だ。お前と御船がいつか一緒の舞台に立って戦うなんて、面白いしな。それに……お前が決めたことだ。俺がとやかく言う筋合いはない」
表情が浮かない立花に対し優しく諭すと笑顔を見せ頷く。その姿を見て彼女は以前よりも余裕が出来ているような気がした。
「やっぱり太一君って優しいねぇ……」
「じゃあ、現場で会えるまでお別れだな」
「はい。次会う時は……もう敵同士ですからね!」
打瀬の言葉を無視し、立花と向き合い握手を交わす。ようやく彼女と対等の存在になれたような気がした。
「それでは、長い間、お世話になりました。入江さんも色々と迷惑かけてしまって申し訳なかったです……」
「いいのいいの!元気でね」
挨拶が終えると、立花の隣でニヤニヤと笑う打瀬が俺に話しかける。
「太一君。うちの事務所にも一週間前、良い娘が入って来たんだよね。御船ちゃんとはいいライバルになると思うよ」
打瀬は俺よりも二年先輩で、業界では新人を育て上げることに定評があり、彼女を求めて小堀プロに入る娘もいる程だ。そんな彼女がわざわざウチに来てまでそう宣戦布告したということは、向こうも逸材といえるアイドルが入ったのだろう。
御船達にとって厄介な壁として立ちはだかるに違いない。
「じゃ太一君、お披露目会で会おうね!」
一方的にそう告げ、二人は事務所を後にした。
「あんな可愛い娘と付き合ってたんだね。太一君」
嫉妬でもしているのか、一日入江さんの機嫌は悪いままだった。
レッスンが終わり、汗をタオルで拭いていると、星乃から提案があった。
「ねぇ二人とも……私が言うのもなんだけどさ、最近ちょっと私たちの間に溝があると思うの……。だからさ、今から焼肉行かない……?」
「はぁ?なんだよそれ。飯に釣られる訳─────」
「星乃。いい考えだ。行こう」
「釣られる奴がここにいたわ……」
最近、感じていた微妙な空気を一新するためにもいい機会かもしれない。
それに久しぶりの三人での外食だったのでテンションも上がってしまう。
焼肉屋に入店し、着席すると真剣な面持ちで、星乃が話を切り出す。
「御船ちゃん。私達のことどう思ってる?」
「え?」
「なんだよ、急に。湿っぽい話はよそうぜ」
夏希は純粋に食事を楽しみたいのだろう。だが、星乃は私をみつめ回答を待つ。
「……仲間……かな……?」
「私は友達だと思ってるよ」
そう言われ、私ははっとする。関係がギクシャクしていたのは、友達として私が接していなかったからだと。あくまで仲間として二人を見ていたことに気づかされる。
「今から藍って呼ぶね。夏希もそう呼んで」
「あ?なんなんだよ?一体……」
完全に置いてきぼりにされている夏希に星乃は呆れつつも、話を続ける。
「私は……藍と対等な存在になりたい。今の藍は、私にとって遠い存在なの。テレビに出て、一抜けしちゃったんだもん……」
デビューもせずに番組に出演することはイレギュラーな事だと聞いていた。こうも注目されるとは思っていなかったが……。
「確かにな。それは私も思ってたぜ」
ようやく話を理解し始めたのか夏希も会話に参加する。
「正直に言おう。私は……紅井朱里しか見ていなかった。周りなどあまり気にしてなかった。仲間……いや友達なのにそれは無責任だったと思う。申し訳ない」
頭を下げ、謝罪をする。私はこの世界に来てから彼女に固執しすぎていた。
成り行きでアイドルになったはいいものの、彼女を超えることしか眼中になかったのだ。
ユグドラシルにいた頃は、仲間とは団結しお互いを分かりあっていたのに。
「じゃあ約束して。私たちと一緒にトップを目指すって!」
「約束する。私たちは仲間であり、友達だ!」
「へっ……なんだよ……今更」
グラスを上に掲げ、コツンと合わせる。すると、夏希がグラスを掲げたまま、宣言し始める。
「私は!明日波さんといつか一緒のステージに立ちたい!」
それに続き、星乃ももう一度グラスを掲げる。
「私は、蓬莱さんと一緒にグラビアを撮りたい!あと、雑誌の表紙も飾りたい!!」
「私は紅井朱里を超え、誰にも文句を言わせない程のアイドルになる!」
三人の高らかな目標と共に、グラスを合わせる音が店内に響き渡った。