2 鈴蘭の独り言
鈴蘭のスキルの話。
妖聖として聖樹から産まれてしばらく。気ままに遊んでいたら面白そうな人の子を見付けた。今の世界より遥か未来、それどころか別の時間軸から来た人の子だった。聖樹の思し召しかわからないけど、透き通るくらい綺麗な魂だったから興味がわいて近付いてみた。
そうしたらやっぱり面白くて、名前をもらった。私のドレスが鈴蘭によく似てるからって理由らしいけど、案外スズって呼ばれるのは気に入ってるのよ。
妖精は産まれたときから名前が決まっている。私みたいな妖聖は特にない。気に入った子に名前をもらったり、自分で名乗ったり…それは様々で自由なの。
私のスキルは城を発展させること。小さな小屋から始まって、ポイントを貯めてレベルを上げていくと大きな城になる。ポイントの貯め方は色々あって、種を植えて花を育てたり、料理を作ってレシピを開発したり、増えすぎた魔獣を狩るのも1つの手ね。そうやって貯めたポイントを使って庭を広げたり畑を作ったりしてレベルを上げる。レベルを上げればまた出来ることが増えたりするの。
基本的に私の城は契約主しか見えないし入れない。だって知らないヤツに荒らされたくないんだもの、当然でしょう。不可視の術、不可侵の術が掛けてあるから生半可な魔術師じゃあ私の城は気付くことすら出来ないでしょうね。
まぁ、城が大きくなって住民が増えればまた変わるんでしょうけど、今のところは特に問題なさそう。
「鈴蘭、」
あ、違った。このトロルドが一匹増えてから、不可視不可侵の術がより強固になったんだったわ。見掛けに寄らず心配性よね。
「これで何ポイントだろうか」
「ビービーが35ポイント、ランドロフが40、デリオネアが80…累計ポイントが5,030ポイントになったから、リンがつけたがってた発射口が出来るようになったわ」
「そうか。頼む」
ビービーは1メートルほどの蜂で、ランドロフは三つ首の蜥蜴、デリオネアは獣食植物。ちなみに、私の知識ではたかだかトロルドが狩るには到底無理な魔獣ばかり。リンが…竜胆がトロールよりも知識と力を持ったトロルドの亜種であることは理解してはいたけれど。まぁ、今さら驚いたりなんかしない。私のスキルを聞いたリンが雛に餌を運ぶ親鳥のようにせっせとポイントを貯めては防御を固めて、家の外観と城壁の高さが全くもって一致しない不釣り合いな物となっているけれど…契約主が不満を言わない限りは私も苦言を呈したりはしないわよ。
ピピピ、とパネルで選択すれば、5,000ポイントを消費して四方八方に発射口が出来た。ちなみにリンはこの一月で家と術の間に内堀、外堀、大手門、城壁、岩落とし…エトセトラエトセトラ…とにかく、山程の防御を固めてきている。これじゃあ大国の軍隊が来たとしても攻めることすら出来ない。いったいどこと戦うつもりなのかと聞きたくなるが、まさか誰もたった一人を護るためだけに設置されたとは思わないだろうね。
リンは発射口を造った。つまりは次は攻撃に重きを置くらしい。私の契約主も変わっているが、こいつも頭がぶっ飛んでいるに違いない。家の外観を全く変えないのは、契約主がせっせとポイントを貯めているのを知っているからだろうけど…どうしてかしら、私自身、あまり常識があるとは思っていなかったの。でも、二人に比べたら私、マトモに見えない?
「スズー?リンー?」
てった、てった、と足音を立てながらブランケット片手に寝ぼけ眼の契約主、菫が現れた。
私が腰掛けていた枝から離れるよりも速く、リンが一瞬で近付いてそのまま菫を抱え上げる。腕に座らせられて、いつものごとくスリッと頬を寄せてから「おかえり、リン」と笑みを浮かべた。さっきまでぴくりとも動かなかった目尻をへたりと下げて「戻りました」と告げるリンにため息を吐きたくなるのも仕方ないでしょう?
獲物を狩るための鋭い爪も、威嚇だけで小さな獣なら逃げていく気配も、普段は顔を覆っている布も、菫と対峙している瞬間は全て消える。
「わたしねぇ、朝の水やりで100ポイント貯まったから、リンに役職をあげるね」
「裏庭に林檎の木を植える予定だったのでは?」
「んー…役職あげたらリンが強くなるんだって。そうしたらあんまり怪我しなくなるかもしれないでしょ?」
本調子じゃないならまだしも、この辺の森の魔獣でリンに掠り傷でも負わせられるのがいるかどうか。前にレッドドラゴン狩ってきたときみたいな無茶はもうしないだろうし。
ね、スズ?とにこにこしてる菫にそんなことは言わないわよ、もちろん。だってリンと同じく、私も菫の涙にいっとう弱いってことわかってるもの。
困惑を浮かべたリンに諦めなさいと視線で訴えれば、観念したらしい。おやつを食べたら5ポイントの草むしりを一緒にやることになった。本来なら細かい作業が不得意なトロルドが花を傷付けないように雑草を抜く姿は珍しいけれど、菫が嬉しそうだから、まぁいいわ。




