1 拾われた日
ヒロインが拾う側です。
「スズ、拾ってもいーい?」
「えぇ、アナタが欲しいならいいわよ」
「やった。傷だらけだもんねぇ。はやく治そ!」
カサリカサリと森にそぐわない足音が聞こえていたのには気付いていたし、それが自分の傍らで止まったことも知っていた。瞼すら持ち上がらないこの状況ではどうすることも出来ず、自棄になっていたのかもしれない。一族が無事であるならばそれでいい、と。
久し振りに血を流し過ぎたせいで鈍感になっている肌に、遠慮のない手のひらと「いたいのいたいのとんでけー」となんとも間延びした声が鼓膜を揺らす。
「うええ…ちゃんと治らない」
「レベルが足りてないみたいね。ポイントを使って治癒室を造る?」
「うん。造る」
「わかったわ」
れべる、ぽいんと…人の国の言葉だろうか。一瞬前よりも遥かに楽になった身体でようやく瞼を持ち上げることが出来た。いや、それ以上に動かなかったはずの指先まで感覚が戻っている。ともすれば「だいじょぶ?痛い?」と心配そうに、真っ直ぐに覗き込んでいる少女の首を跳ねるなど造作もないことだった。
だが、一度は諦めたこの命。それを拾い上げた少女と、その頭に乗った妖精に危害を加えようとは思えなかった。
「ね、ちょっとだけ、歩ける?わたしじゃ抱っこもおんぶも出来ないから…」
「そうねぇ。鍬も振るえないんだもの。トロルドなんか持てやしないわ」
「うそ…鍬は上手に使えるようになったと思ってたのに」
驚くことに、この妖精は博識らしい。それに先程からいくつもの単語を軽々と紡いでいる。普通、妖精は二つの言葉しか話せない。自分の名前か対になる妖精の名前。感情を受け取ることに長けている妖精たちはそれ以上の言葉を必要としないのだ。
常識とはなんだったのか。狭い世界に浸っていたのかもしれない、と内心ため息を禁じ得ないが、いつまでもここに居て、二人を危険な目に合わせる訳にもいかない。多少痛みを覚える身体を起こせば、小さな手のひらが目の前に突き出される。
「ちょっとだけ、もうちょっとだけ痛いの我慢してね」
何の迷いもなく柔らかな手が剥き出しの左手に添えられた。折れた爪を仕舞い込めば気遣うような足取りでどこかへ向かい始める。
小さな歩幅に合わせながら半歩先を往く姿を眺める。不思議な少女は不思議な妖精を連れ、不思議な服装をしていた。後から教えてもらったが、ティーシャツ、ハーフパンツ、ビーサン、といった装備らしかった。あまりに薄く、この森では不釣り合いなそれらは、なぜか少女…いや、主にはよく似合っている気がした。