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「便箋とモッチー」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 その夜のうちから、俺は動き出した。

 調べられる限りのことを調べて、聞けるところに聞いて。

 朝が白み始める頃には、A4用紙50枚にも及ぶ『今後の方針』の束が出来上がっていた。

 

「お、お兄ちゃん……大丈夫ですかな? ホントに学校行けますかな? 辛くなったら必ず連絡するですよ?」


 七海ななみがなぜだか滅茶苦茶心配していたが、俺は構わず学校へ向かった。




 校門をくぐると、登校中の生徒たちが一斉にザワついた。

 俺が一歩進むごとに、モーゼの奇跡のエピソードよろしく両脇へとどけて行く。



 ──おいおい、会長のあの顔見ろよ。目の下の隈っ。ただでさえ怖い顔がもっと恐ろしいことになってるぜ?

 ──将来は絶対ヤクザだ、間違いねえ。しかも頭脳派のインテリヤクザ。

 ──おいやめろよ。そんなの聞かれたらごまちゃんみたいに埋められるぞ?

 ──え、ごまちゃんって……え、マジで? あの人会長に殺されちゃったの?



「……」


 様々なご意見があるようだが、要約するならば俺の顔がひどいということらしい。


 下駄箱奥の大鏡に映して見ると、なるほど顔つきがいつもより厳しく、目の周りにはくっきりと濃い陰影がある。

 指名手配写真として飾られていても違和感が無いレベルだ。


「……これではレンに引かれてしまうだろうか」

「ううわあああぁぁぁー……これはひどいいぃぃぃー……。こんなの会長に見せられないよー……」

「……ん?」

「……え?」


 聞き慣れた声がするなと思って隣を見ると、そこになんとレンがいた。

 俺と同じように大鏡に向かっていたらしく、顔の肉を揉むような体勢のまま硬直している。

 

「おはよう恋」

「うわわわわっ!? おはようございます会長さん……ってなんでそんなに普通なんですかあーっ!?」


 恋は素っ頓狂な声を上げた。


「……動揺する必然性があったか?」

「いやいやいや、あるでしょう! ありますよねえ!? だって昨日の今日ですよ!?」


 さも心外というように恋は声を荒げるが、俺にはさっぱりわからない。

 レンがいたらあるいは教えてくれるのかもしれないが……残念、ここにいるのはそっちじゃない。


「教室であんな……あんなことやそんなことを言って……その……わたしなんか気絶しちゃって……ってそれはただわたしが悪いだけなんですけど……でも! こんなばったり出くわしたりしたら、驚いたりとか言葉を失ったりとかするもんなんじゃないですか!?」

「いや、特には……」

「冷静すぎません!?」


 非難じみた声を上げる恋にどう返答すればいいか困っていると……。



 ──うおお、朝からさっそくやってるよ。

 ──偶然? それとも待ち合わせたの?

 ──とにかく見てようぜ。あの会長が女子に好意を持つとか、皆既日食ぐらいの見ものだわ。



「あー……とりあえず場所、変えるか」

「や、それもいいんですけど……。なんといってもすぐに授業なんで……」


 恋は学生鞄をゴソゴソ探ると、四つ折りにしたピンク色の紙片を取り出して俺に持たせた。


「出来れば放課後でお願いしますっ」


 ペコリ頭を下げると、そそくさとその場を立ち去った。


「放課後……ねえ?」


 紙片を開いてみると、それは一枚の便箋びんせんだった。

 待ち合わせの場所が丸文字で、地図がポップな色調のイラストで描かれている。

 

「お、モッチーじゃないか」


 人に何かを説明する時、レンはとにかくイラストを多用した。

 その際によく登場していたのが、もちもち真っ白な大福みたいな形状の生き物だった。

 小さな突起状の手が二本生えている他は、目がふたつと口がひとつだけというシンプルデザイン。

 通称モッチー。


「この頃からすでにいたんだなあ、こいつは……」


 目的地に向かってぼうを向け「ここですZO!」となぜだか語尾をローマ字表記している辺りにキャラ設定の甘さを感じて和んでいると……。


「……会長さん」


 去ったとばかり思っていた恋が、柱の陰からこちらを見つめていた。


「その目の下の隈って……やっぱりそうですね? 会長さん、昨日徹夜したんですよね? わたしのことが気になって気になって、眠れなかったんですよね?」

「まあそうだが……」


 もう二度と、おまえにあんな悲しい思いはさせたくないからな。

 これからも、かけるべきところに時間と精神をかけていくつもりだ。


「やっぱりっ。ふふっ……うふふふふっ」


 すると恋は薄ら頬を染め、おかしそうに笑い出した。


「なあ、それがいったい……」

「──あのですね、会長さん。実はそれ、わたしもなんですよ」

 

 ほう、おまえも眠れなかったのか。

 たしかに昨日よりじゃっかんやつれているような気はするが……。


「わたしも会長さんのことが気になって気になって、眠れなかったんですよ。ね、わたしたちって似てますねっ。ふふふふふっ」


 謎めいた笑いをその場に残すと、恋はパタパタ音を立てて駆けて行った。


「………………」


 その後もしばらく、俺はその場にとどまっていた。


「……そうか。恋は俺の顔を怖がらない、珍しい奴だったんだ」


 わけのわからない感慨が胸に響いて、動けなくなっていた。

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