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「心の栄養分の補給です」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 トリオとなったアステリズムのパフォーマンスは、お世辞にも安定しているとは言い難い。

 仙崎せんざきの長い手足を活かしたダイナミックさと、関原せきはらの日本舞踊をベースとしたしなやかさ、レンの正統派アイドル性。

 それぞれのたしかな個性がしかし噛み合わずに互いに殺し合い、チグハグ感が出てしまっている。


 こういったことは外野が口を出しても余計にこんがらがるだけなので、3人でなんとかしてもらうしかないのだが、センターである恋にいまいちその自覚が足りない。


「まあレンの助力もあることだし、本番までには鍛え上げられるかな……」


 来年の夏……せめて春頃になるまでに形になれば、きっとそのままアイドルキャラバンを勝ち抜くことが出来る。

 問題はいつまでレンがいられるかだが……。


「そこまでは考えてもしかたない……か?」


 ぶつぶつとつぶやきながら座っていたのは、デパート屋上のベンチだった。

 日曜の午後の、家族連れで賑わう中で俺みたいな大男がひとり険しい顔でつぶやいているのは相当に珍しい光景らしく、周りには異様に広い空間が出来ていた。


「おっと、長居しすぎたな」


 健全な親子連れの平穏な休日を邪魔するのは、俺としても本意じゃない。


「早々に撤退しないと……というかあいつらいつまで着替えに時間かけてるんだ……?」

「プロデューサーさんっ、たっだいまでーっす」


 俺の言葉を遮るように、横合いから恋が突撃してきた。


「っとと、恋か? なんだ急に、他はどうした?」

しのぶちゃんと一恵いちえちゃんは先に帰りましたっ。ウイング同士で打ち合わせするんだって言ってましたっ」


 しゅたっと敬礼をする恋。

 テンションがやたらと高いのは、ライブ後のせいだからではない。

 レンの存在を認識してからずっとこうだ。

 変に明るくなったというか、子供っぽくなったというか……。


「ええと……おまえは行かないのか?」

「わたしはプロデューサーさんと一緒にデートでっす!」

「ちょ、おまえそんなことを大声で……っ?」


 人目を気にして焦る俺だが、恋は堂々たるもので……。


「レンさんもこれぐらい平気だって言ってますしっ。ね、いいでしょうっ? ライブを頑張った記念ってことでっ」

「それを言うと、俺はライブの終了ごとにおまえとデートしなきゃいけないことになるんだが……」

「ええーっ、それのどこが問題なんですかー? だってわたしたち、アイドルとプロデューサーさんである以前に恋人同士じゃないですかー。だったらデートするのは普通でしょー? それをライブごとにしてあげてるだけでも、わたしって偉くないですかー?」

「ううう……っ?」


 痛いところを突かれ唸る俺を、しかし恋はあっさりと押し切った。


「てゆーことでプロデューサーさんっ。この後スイーツ食べに行きましょうっ。ライブで疲れた頭に糖分を補給してっ、体にエネルギーを補給してっ、明日以降の学校生活に備えましょうっ」

「普通に体を休めるべきだと思うが……」

「消耗したら補給しなきゃいけないのは体だけじゃないんですよっ? プロデューサーさんとのこれは、心の栄養分の補給ですからっ」


 断言すると、恋は俺の肘に抱き着いてきた。

 ふにゅんと緩んだ、飛び切りの笑顔を向けてきた。


「ううん……いやおまえ、だってそれは……」

「えー、何か問題ありますかあーっ?」

「だっておまえはアイドルなんだから……今はともかく、これからの人間なんだから……プロデューサーとはいえ男とこんな……」

「じゃあこれでいいですかっ? ほらほら、スチャッと」


 そう言って恋が取り出したのは、フレーム、レンズ共にピンク色のサングラスだ。

 丸みを帯びたボストンタイプで、幼い恋に大人っぽさと知的なイメージを加えることに成功している。

 さらにデニム地のキャスケット帽まで被ると、たしかに一見して恋とはわからない。

 

「これならいいですよねっ? ねっねっ?」

「ううむ……まあたしかにこれなら……」

「やたっ、プロデューサーさんの許可が出たっ。ということで行きましょうっ」

「ま、待て待て。そう引っ張るな」

「ダメですよのんびりしてちゃーっ。青春は待ってはくれませんからねーっ。油断してるとすぅぐに大人になっちゃうんですからーっ」


 恋に手を引かれ、俺は日曜の街へと連れ出された。


「お、おいおい……っ」


 俺はなんとかして押しとどめようとするが、恋はまったく止まってくれない。

 出会った頃には想像も出来ないような力で、ぐいぐいと俺を引っ張っていく。

 

「恋っ、恋待て……っ」


 怖いな、と思った。

 恋と一緒にいると、自分が自分じゃない何者かにされてしまうような気がして怖い。

 だから俺は、必死にブレーキをかけ続けていた。 


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