file1-C:惑いの昼
数日投稿できなかったこと平にお詫びいたします。
でも多分明日からも数日無理臭い気配ががが。
「ようこそ、我が社へ。歓迎するよ」
世界が変わったのだと、そう思った。
年の頃は中学生くらいだろうか。触れれば折れてしまいそうなほどに華奢で、小柄なこともあって臀部まで届きそうなストレートヘアーがよく目立っている。その髪もちょっと不思議で、金と黒の斑は豪奢なだけでなく神秘的な優美さすら持ち合わせていた。
ああ、だが。それ以上に彼女の印象の核となるのはその大きな目だろう。闇に濡れたように爛々と輝く紫の瞳は、魔性とも表現すべき艶やかな魅力を備えている。切れ長の形が西洋人らしく整った美貌に映え、少女らしからぬ妖艶さを醸し出していて、惹き込まれない観覧者などいないに違いない。
どのくらい見惚れていたのだろう。稲光のような瞬く間だったような気もするし、千の秋を超えるほどの時間が経っていたようにも思う。どちらにせよ、少女がコロコロと小さく涼やかな笑い声をあげるまで、俺はいくらでも呆けていたに違いない。それほどまでに彼女は美しく、何より圧倒的だった。
「す、すいません。あなたのように美しい方と初めてお会いしたもので」
何を口走っているんだろう。頭の裏では自分がどれだけ頭の悪く、ジゴロじみたことを言っているのかしっかり理解している。しかし、夢から覚めたばかりにも似た酩酊感が俺の脳髄を侵略して、口と喉の支配権を奪い去ってしまったのだ。
穴があったら入りたい。引かれてはいないだろうか。自覚できるほど顔が熱いのは気のせいじゃないに違いない。
不幸中の幸いというべきだろう。少女は不快感を覚えた様子も、馬鹿にしたような様子もない。変わらず超然と微笑んでいるだけだった。
「ふふ。嬉しいことを言ってくれるね。まぁ、でも、そう畏まることもないよ。ここで働いていくのに必要なのは美麗字句じゃあない」
「は、はい」
「冷静な暴力、それだけさ。こんなにもイージーなジョブはないとも」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。冗談を言っているのだとも、思った。
それはそうだろう。仕事内容が暴力だと言われて、はいそうですかといきなり頷ける日本人はいない。戦場帰りの軍人や特殊部隊、もしくは非合法でデンジャラスな―――縁日でテキ屋などをやっていそうな―――オジサン達であれば違うかもしれないが、こちとら半世紀以上も戦争がない島国の平民である。殴る蹴るを生業にするなんてのは、どこか遠い世界の自分とは関係のない出来事に過ぎない。
呆気に取られて言葉もない俺の様子を見てか、少女は得心がいったとばかりに頷く。
「ああ、なるほど。ウチがどういったところかご存知ない、と。せいぜい警備会社の延長だろう、とでも思っていたのかな?」
小さな体躯に似合わない、大きく無機質なシステムデスクの天板に肘を立てて手を組む仕草は、妙に堂に入っていて違和感がない。この無表情な社長室に入った時、彼女が組織の主であるとすんなり納得してしまったのも、その辺りに所以があるのかもしれなかった。
そも、俺は警備会社とすら考えていなかった。就職が決まった喜びと、変な方向に嵌った緊張感のせいで、調べることすら頭に浮かばなかったのである。もっとも、こんなことを言っても間抜けが露見するだけであるし、無意味な失望を買うだけなので口には出さない。
より楽しそうに少女が笑う。陰気な雰囲気や、嘲笑うニュアンスこそないが、あまり気持ちの良いものでもない。
「安心してほしい。こんなことじゃあ採用取り消しなどにはならないさ。それはあまりにも無意味だ」
そういうことではない。そう言おうと唇を動かす間もなく、少女は言葉を続ける。
「改めて名乗っておこう。私の名はティーチオ。民間軍事会社ボルコディオの総責任者をしている者だ。ごくごく小規模な組織だが、よろしく頼むよ、浦賀鋼」
民間軍事会社。Private Military Company。――――――即ち、血と硝煙の世界が『ようこそ』と諸手を挙げて俺を引きずり込んでしまったという、これはそういう話なのだった。