file1-B:始まりの朝
なんか文がおかしい。そう思った方は感想へ!
それは正しい! Exactly!
・・・・・・微妙に頭が痛い。
寝つきが悪かったのか、昨夜は嫌な夢を見た。自分が死にかけるというだけなら兎も角、食人鬼なんてアブノーマルもいいところだ。しかもそれが妙に生々しいから始末に負えない。精神鑑定でも受けてみるべきか。フライトの夢診断がどこまで宛になるのか、この際体験してみるのも暇潰しくらいにはなるだろう。
俺の気分とは対照的に、朝日はこれでもかと言わんばかりに輝いている。雲一つない青空が煽りにしか見えない。これだから早起きは。三文の損である。
やや陰鬱な心地で安っぽいベッドから腰を上げて立ち上がる。伸びをしてみても全くもって晴れやしない。
悲しいかな。それでも習慣というのは身体に染み付いているらしく、起きたならば歯を磨いて朝食を詰め込まないと、違和感が残って気持ち悪い。
薄切りの食パンをトースターに、余り物の卵焼きをレンジに放り投げて台所を後に。パンが焼けて卵焼きが温まるのを待つ間に、のろのろと洗面台に向かう。
見慣れたユニットバスは、ろくに掃除されていないことが一目でわかる程度に汚れており、隅の方など見る影もない。極力見ないようにすることが一人暮らしの秘訣である。
鏡の前まで来ると、いつものことながら辟易してしまう。
未だ中学生と間違われる身長。そこらの女学生よりも細いウエスト。女みたいな、ではなく女そのものである顔立ち。昔街角でモデルにスカウトされた時など、不覚にも泣きそうになった。
せめて髪を切れば、具体的にはスポーツ刈りくらいまで短くしてしまえば多少はマシになるのかもしれないが、どうしてか母が嫌がるのだ。冗談半分ではなく、往来のド真ん中で涙混じりに縋りつかれれば、諦めの境地にも至ろうというもの。結果、二十二になり親元を離れても、項で括る程度に収まっている。
とはいえ文句も言えない。野菜や米を送ってもらっているし、育ててもらった恩もある。むしろ、俺は蝶よ花よと甘やかされて育った方だと自覚しているくらいだ。
口周りに付いた歯磨き粉を洗顔ついでに洗い流して、水をタオルで適当にふき取ったなら終い。台所に戻って、中途半端に温まった卵焼きを口に投げ入れパンに齧り付く。質を諦めただけあって決して美味とはいえないが、金がないのだから仕方ない。朝から米を炊く気力もなし。
食事ついでにドアポストを確認・・・・・・いつも通り何もないかチラシ塗れかと思いきや、奥には一通の手紙が挟まっていた。何だろう。奨学金返還の催促かしら。寝惚けてふやけた目を擦りながら雑に封筒を切り開ける。
『浦賀鋼様。先日は弊社に応募いただき大変有難うございます。つきましては、選考に合格した旨をお伝えしたくお便りをしたためさせていただいた次第です』
手が、震える。
咥えていた食パンを思わず床に落とし、崩れた粉で床が汚れた。ふかなければ。そんな当たり前の対処すら思い浮かべられず、ただただ白い紙きれに載ったインクばかりを見つめ続ける。
『弊社に出頭していただける日取りがお決まりのようでしたら、同封の番号までご連絡ください。日程は本書到着当日でも構いません。できるだけお早くお会いできることを社員一同願っております』
気づけば、俺は充電機からスマートフォンを引き抜いていた。溜まっているSNSのチャットなど気にも留めない。
受かった。受かった。受かった。受かった!
その言葉と声にならない感情だけが俺の脳裏を占めていた。去年一年間様々な企業を訪問し、星の数ほど履歴書を出し、数多の面接を体験した。その報われなかった努力が、少し遅れて実を結んだ。これを喜ばずして何が感情か。何が人間か。すんなり就職が決まった一流大の人間にはわかるまい。これが喜悦。これが達成感。果報は寝らずともやってきた。
十秒にも満たないであろう接続時間が、今だけは永劫のように感じる。
「もしもし、こちら株式会社ポルコディオです。本日はいかがなされましたか?」
受付の社員らしき少々無機質な女性の声が、電話口から流れる。喜びのせいか、それとも緊張のせいか、すぐには声が出ない。しかし、間一髪怪訝な反応をさせてしまう前に、何とか俺は喉から声を絞り出した。冷たい汗がさして広くもない額を伝う。
「え、えっと。採用のご連絡を頂いた者なんですが・・・・・・」
「はい。浦賀鋼様ですね。承っております」
嘘でも、ドッキリでも、白昼夢でもない。それがわかった瞬間に、腰の力が抜けてへたり込む。これだけ安心したのはいつぶりだろう。幼馴染の手術が無事成功した時以来じゃないだろうか。
兎に角、何か言わねばなるまい。阿呆らしくも俺は一礼しながら言葉を発する。仕方ないだろう。これで舞い上がらなければ嘘だ。
ああ、だが。もし、俺が平常心を保っていられたのなら。もし、少しでも冷静だったなら。決して見逃すことはなかったはずだ。
ポルコディオなんて企業に、俺は一度たりとも関わったことがない。その確かな事実を。
文章力など忘れた。