第2話 蠢く砂漠
壁外はどこまでも続いてる様な砂漠、壁内とここまで違うなんて誰が予想できただろう。
文明が死んでいる。壁内では車も電車も全てが空を駆け、インターネットだってある。通話も手首につけたブレスレット型の機械をプッシュすれば自分の目の前に映像が映し出され、相手の顔を見て通話することができる。しかしここでは絶対に不可能、車も電車も、ネットもない。悪魔が完全に支配する領域だ。
そんな光景を目にし、皆唖然としいるなか、最初に沈黙を破ったのは意外にもラフィタだった。
「綺麗、、、。私もっと暗くて怖い場所だと思ってた。」
俺もだ。目に飛び込んできた風景はあまりに幻想的過ぎた。白い砂漠の砂に月の紅色が照らし桜色に色づき、空にはこれでもかと言わんばかりに星達が輝いている。
「こんなにも違うなんて思わなかった。タブレットも使えなそうだな。」
「そうだね。ネット環境がないと役に立たないね、でもアラームは設定できるし滞在時間を超えないようにセットしておくよ。」
ローンが腕時計型タブレットをいじる。操作者以外は視覚魔法で見えないようになっているため、俺から見れば人差し指でローンがなにかをタップしている様にしか見えない。
「さて、行こうか。」
向かうべき目的地がないため、俺らより先に出発したパーティの足跡を辿って歩く、しばらく進むと足跡は砂によって掻き消され、ただ闇雲に歩き続ける。そして気づいたことはあちこちに人工的に作られたと思われる遺跡などが埋まっている。よく見るとそれは外壁の様なものだったり屋根の様な形をしたものばかり、これがなんなのかを話しているとふとカーミラが何気なく言った一言に衝撃を受けた。
「もしかしてなんだけどさ、この地中の下に街があったんじゃない?」
「怖いこと言うなよ、ならそこの街の人らはこの下に埋まってるってか?」
「かもね。いきなり足を掴まれたりしてね。」
ライナーの後ろにいるカーミラが振り返り、やっぱり怖がってるとライナーを指差しながらニヤニヤしている。それに気づいたライナーが何か言おうとした時、突然かけられた声に全員が肩をビクつかせる。
「おいお前ら!!ってなにビクついてんだよ!ビビってんのか?」
声のした方を向くとそこには砂漠のど真ん中で寝そべっている人影が五つ。
そのパーティのリーダー、クロード・ルガンダ。同じC級冒険者、高身長で体格が良く、髪をオールバックにしている。大雑把で喧嘩早いやつだ。正直ライナー以外の俺ら4人はクロードが苦手だ。
「クロードか、なにしてんだよそんなとこで。」
「あ?見てわかんねーのかハルト?休んでんだよ。」
休んでる、明らかにだるくなってサボっているだけだ。寝そべっている周りに足跡が一つもない。つまり風に舞った砂が足跡を完全に消す間、一歩も動いてないって物語っている。
「よくこんなとこで寝転がれるな。」
「逆によく常に気張って歩いてられるな、最初は外の景色に浮かれてここまではしゃいで歩いてきたけどもう飽きたわ、あと4時間程ここでグダッて帰るわ。」
「あんた達もここで休んでく?」
俺らもダラダラ組みに引き入れようとしてくるのはライラ・エグリシア。C級防具を自らのアレンジで着崩しているために、豊満な胸が今にも零れ落ちそうな化粧の濃い女。
「いいです!私達はこのまま探索を続けるので。」
不機嫌なラフィタ。
元々ラフィタの家は貴族だ。無理を言って冒険者になったラフィタだが、根はお嬢様だ。こういった輩が嫌いなんだろう。
そんなラフィタの態度を気に入らないのもまた、スラム育ちのライラだ。
「ちょっと誘っただけなのに、なんであんたそんなに喧嘩腰なん?そんなうちと喧嘩したい訳?うちは別に構わないけど?」
腰に刺した短剣を二本引き抜くライラ、ラフィタも負けじと自らの杖に魔力を注ぐ。
「お?いいねー!やっちまうのかー?」
「盛り上がってきたねー!」
クロードのパーティが更に2人を煽ろうとする。
「ラフィタ、落ち着けって。そんなことしてる場合じゃないだろ?ライラも剣しまえよ。」
2人の間に割って入るが2人とも手に持った武器を仕舞うどころか、ライラは少しず距離を詰め、ラフィタは魔法の効果範囲を見定めて距離を取る。
「ほう、魔術師とアサシン、どっちが強いかこりゃ見ものだなぁ、おいライラ!スカルヘブンの名にかけて負けんじゃねーぞ。」
スカルヘブン、クロード達のパーティ名だ。
カーミラは諦めていざとゆう時のために弾を込め、いつでもライラを狙撃できるように位置を取る。
そして2人の距離がお互いにとって程よい距離になり、ライラが一歩踏み出そうとしたその時、ローンが叫んだ。
「ハルト!何かくる!!前方から、、、すごいスピードだ!」
ローンの索敵の範囲内に入った何かが俺達めがけて一直線にこちらに向かってきているらしい。
「悪魔か?冒険者の可能性は?」
煽っていた奴、寝そべっていたクロード、頭に血が上っていたラフィタとライラ、その他の皆んなも静まり返り、周りから聞こえてくる音に耳を澄ましている。
静寂の中、微かに聞こえてくる音。皆眉間にしわを寄せ、更に聴覚を研ぎ澄ます。
砂を掻き分けるような、高い場所から大量の砂が落ちるような音。
「こりゃ人じゃねーな。ニ位階の悪魔にあんなスピードで動ける奴がこの辺にいるとも思えねー。三位階ならこの人数だ、殺れるだろうが、もしそれ以上だったらとなると、、、。おいライラ!!こっちへ来い!!」
クロードの呼びかけに手にしていた短剣をしまい、駆け足でクロードの元へと向かうライラ、既にクロードの周りにはライラ以外のメンバーも集まっている。しかしそれは戦うための陣形ではなく、クロードを中心に丸くなっている。
「悪いな、俺らは離脱させてもらうぜ。」
バックから白と緑のラインが入った魔石を一つ取り出す。あの色の魔石の能力は転移だ。予め同じ魔石を起動させ壁の近くに置いてきているのならば、あの魔石を起動させれば一度だけ転移が可能だ。
「おい待てよ!!お前ら。」
「だから悪いって言ったろ?三位階ならこの人数で殺りゃいけるだろうよ、けどよ、もし三位階以上だったらどうする?悪魔を殺せても確実にどちらかのパーティの1人2人は死ぬ、何位階か見定めてからって言いたいんだろ?高位階の悪魔だったら転移する隙さえ与えてもらえるかわからねー。わかるだろ?俺は仲間思いなんだよ、誰も死なせたくねーんだよ、だからじゃあな!」
俺らの返答を待たずに魔石を起動させる、魔石が一瞬輝くと瞬く間にクロード達全員を包み、そして消える。
転移完了だ。
「ふざけんなよあのクソ野郎共!!」
ライナーが背にしていた大剣を手に叫んでいる。
「なんであんな高位な魔石持ってんのよ!」
「クロードと一緒にいた2人、ザック・レクイルとデフタ・べべだと思う。」
カーミラの問いかけにローンが答える。
「デフタ・べべってあの高級魔石店『べべ』のべべ?」
「あいつ自分の店からくすねてきたな、あのデブ絶対詰める。」
喋りながらも悪魔が来ると思われる方を先頭に陣形を取る。
「みんな!もうすぐそこまできてる!」
目を凝らしていると激しい土煙を上げながら何かが近づいてきている。
「おいおい、駆けてきてると思ったら土ん中泳いでんのかよ!」
20m程の距離に迫った時、悪魔は地中の奥深くへと潜ってしまった。
これではどこにいるのかわからない!
なにより地中の中から攻撃されたんじゃ敵わない。
一列に陣形を取りつつ悪魔がどこから攻撃を仕掛けて来るのか五感全てを研ぎ澄ます。
するとライナーの足元がほんの少しだけ浮く。
「ライナー下だ!!」
叫んだのとほぼ同時にライナーの真下から大きな口を開けて飛び出してきた悪魔。
第四位階の悪魔、陸鮫だ!
青黒い鮫肌に鋭い牙、そして頭部から生えた二本の触覚、陸鮫は目が退化しているため、触覚を使い獲物の位置を特定する。人が砂の上を歩けば地中では人の体重によって細かい砂同士が潰れて微かに音がでる。それを触覚のアンテナが音をキャッチし、地中から人のいる場所を割り当てている。
間一髪のところで横に飛んで回避したライナー、獲物を捕らえきれずに再び砂の中へと姿を消す陸鮫。
「あれって陸鮫だよね?もっと奥の方に行かないといないんじゃないの?」
杖に魔力を込めているが相手の位置が把握できてない上に、詠唱に時間がかかるラフィタは完全に武が悪い。
「あれはまだ子供だ、本来ならもっと大きくて赤い鱗に覆われているはず、どっかの群れからはぐれたんだ。」
ラフィタの前にいるローンが答える。
次はどこからくる、何かいい手は、、、。
何も思いつかないまま悪魔の二撃目がくる。
今度は少し離れた場所から勢いよく飛び出してきた陸鮫の狙いはラフィタだ。
ラフィタの腰に手を回し一緒に後方へ飛んで回避。子供であのスピード、もし大人の陸鮫だったら回避しきれずに足くらいは軽く持っていかれてたかもしれない。
「カーミラ!龍追弾のピンをライナーに!!ライナー、地面を蹴りつけて陸鮫の注意を引いてそいつを刺してくれ!」
「そういうことか、カーミラピンをよこせ!」
龍追弾、それはピンを相手に突き刺すことによってマークされた相手を追尾するスキル。普通の弾丸の速度に比べればはるかに劣る、しかし弾丸自体を無力化しなければ外れることはまず無い。が殺傷能力は低い。魔力で自らを覆っていない一般の人間に放てば死には至らなくても重傷は避けれない、しかし相手は悪魔、当然魔力で体を覆っているため有効打ではないのは十分承知の上でこのスキルを使うことを命じたのだ。
ライナーはその場で地面を蹴りつける。
地面を伝って響く音がライナーの位置を陸鮫に教える。どこから攻撃してくるかわからない陸鮫の攻撃をライナーはスキルの見切りを使用し、その時を待つ。
そして陸鮫は突如としてライナーの背後から勢いよく飛びだしライナーの首を正確に捉える。
しかし陸鮫の攻撃は空を切る。
見切りで陸鮫が最大限接近したタイミングで体を捻りながら躱し、陸鮫の腹部にピンを突き刺す。
「カーミラ!!」
「これでもくらえ!」
放たれた一発の弾丸は三つに分裂し、小さな龍の形に変わる。3匹の龍は陸鮫の腹部に食らいつくととぐろを巻き白い球体へと変わる。
そしてその球体の能力は爆発。爆発するタイミングはカーミラの意思によって起こる。
「カーミラ、10秒おきに爆破してくれ。」
二度の攻撃を見て気づいたこと、一度攻撃をしかけてから次の攻撃までのインターバルは約30秒。そしてそれは確信へと変わる。二度目の攻撃から先ほどのライナーへの攻撃までも約30秒。やつは一度地中に戻り標的の場所を触覚で把握し、一度距離を取ってからスピードに乗った状態で攻撃を仕掛けてくる。
その30秒とゆうインターバルを利用すれば必ずこちらが有利な状態を作れるはずだ。
「ライナー、もう一度奴の注意を引いてくれ、ラフィタはライナーの周りを氷壁で覆うんだ。」
「フロストウォール」
ラフィタの魔法によってライナーを中心に360度、2m程の氷の壁が立つ。
その壁は容易なことでは破壊されず、屈強な男達がただ力任せにハンマーを振りかざしたところで壁はほぼ無傷だろう。魔力を行使してとなると話は別だが。
ー壁の中で跳ねたり地を蹴りつけたりと音を立てる。
龍追弾が放たれてから10秒。
「カーミラ、一つ目を頼む。」
カーミラが指を鳴らすと10m程後方で軽い爆発音が響く。
20秒。
次は右斜め前、距離は20m。十分スピードに乗れる距離だ。
そして30秒。
「くるぞ!!」
声を発したと同時、前回よりも遥かにスピードに乗った陸鮫がライナー目掛けて飛び出した。
しかし陸鮫は氷壁に頭から思い切り飛び込み首から鈍い音が響き絶叫する。だが倒しきれていない。
「カーミラ!!」
首の骨が折れた陸鮫は地中に潜り露わになった自らの体を地中に隠そうとヒレや尾をバタつかせ潜ろうと必死にバタつかせている。
トドメをさそうと多弾の弾を一つ手の上で生産したカーミラに陸鮫の尾の先についた鋭い爪が肩を軽く抉ったのだ。
「わかって、、つっ?!!」
このままじゃ逃げられてしまう。
悪魔は自然治癒力が人間とは比べものにならない程優れている。このまま逃せば折れた骨は2日と待たずに完治してしまう。
クソっ!!やるしかない。
「魔刀!」
左の手のひらに魔力で構築された黒い球体を作り出す。球体の魔力をコントロールし、魔力でのみ構築された短剣を創り出す。
「逃すかぁぁぁ!!」
走って近づいた速度を殺さずにそのまま首元に短剣を突き刺す。
「おち、、ろっ!!」
これでもまだ殺しきれないか、ならもう一本!
首に突き刺した短剣を抜かずに次は右手で短剣を作り出し、喉元に思い切り突き刺す。
ほんの少し暴れてから徐々に大人しくなる陸鮫、やっと死んだと思い力を抜いた一瞬、陸鮫は断末魔の叫びとゆうのだろうか?物凄い叫び声をあげ絶命した。
「び、びっくりした!」
「今のは流石に肝が冷えたぜ。」
「悪魔も死にたくないって感情があるみたいだった。」
「カーミラ大丈夫?!今治癒するからね!」
「ありがとうローン、もう少し気をつけないとダメだね。」
陸鮫に軽く抉られた肩に治癒魔法をかけ傷口を塞ぐ。些細な傷でも治癒は必要だ。膿んだり、僅かな血の匂いを嗅ぎつけ、他の悪魔が群がってくる可能性も高めてしまうためだ。
それにしてもこんな壁から数キロの場所で陸鮫と遭遇するなんてついてなさすぎる。けど群れからはぐれた子供の陸鮫でよかっ、、、?!群れ?!さっきの叫び声がただの断末魔の叫びたいじゃなかったら?
「ローン!!今すぐ最大範囲で索敵を貼ってくれ!」
もし近くに親の陸鮫がいたとして、今戦闘に入った場合確実に勝ち目はない。
急いで索敵の円を貼ったローンの顔が青ざめていくのが誰から見てもわかった。
「まずい、まずいよこれは!!前方から4体、、、1体残りの3体とは比べ物にならないくらい速い!距離約1キロ、1分とかからないよ!」
「走れ!とにかく走るんだ!壁に近づけば他のパーティがいるかもしれない!俺たちだけじゃ無理だ!重りになる物は全て捨てろ!」
隊列を組まず各々が壁に向かってただひたすらに走る。自らの武器のみを持ち、その他は全て捨て、ただ全力で。
しかし500mくらい進んだ時、それは突然姿を現わす。
30mほど離れた後方から、爆発音にも似た凄まじ音。振り向くと大量の土煙が上がっていた。
そしてその煙の更に上、紅色の鱗が月の光に照らされ、更にその色を濃く鮮明にする。まるで血の海を泳いでいたかの様な、目にした者に恐怖を焼き付ける様な。
その悪魔は俺たちの頭上を越え、行く手を阻むかの様に立ち塞がる。そう、立ち塞がったのだ。陸鮫に対して立ち塞がるとゆう表現は適していない。しかし6枚あるヒレのうち2枚を使って立ったのだ。
そして何より、先ほどの子供と比べるとその大きさは一目瞭然。ビルの三階程の大きさだろうか、とてもではないが弱点である頭に攻撃するには余りに大きすぎる。子供の陸鮫は3位階の悪魔だが大人の陸鮫は5位階の悪魔だ。俺たちC級が敵う相手ではない。
陸鮫は目をゆっくり動かし一人一人を良く観察し、叫ぶ。その叫び声はもはや龍の咆哮に近い。
俺たちはその咆哮に戦意を失い、
ただ、、、ただ立ち尽くすしかなかった。