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リンケージ・リインフォース~出会いが僕を強くする~  作者: 隠れ鬼
第一章『旅立ち、迷宮に潜む長き影』
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8.宿屋の会話

 結局、シィの衣装代は服・靴・小物類合わせて大銅貨5枚ほどになった。

 買い物を終えた僕らは冒険者ギルドへと向かい、魔石店で受け取った売却証をギルドに提出する。


「凄いですね。探索初日でこれだけの数の魔物を倒すなんて」


 売却証を受け取ったギルドの受付嬢さんは目を丸くしている。


「この調子なら、皆さんすぐに仮登録ではなく正式な冒険者と認められると思いますよ」


「ありがとうございます」


 お褒めの言葉をいただいて、僕らは冒険者ギルドを後にする。


 それからは、ファルの提案で宿を探すことになった。

 時間はまだ昼下がりと言ったところだけど、初めての探索で疲れていたのはみんな同じなので、異論はなかった。


 冒険者の集まる街だけあって、ファースには彼ら向けの宿屋も多い。

 僕はなるべく安い宿を探そうと言ったのだけど、リーアとファルは多少値が張っても設備や防犯のしっかりした宿を探すべき、と主張した。


 街をしばらく歩き回った結果、大通りから少し外れた所にある"浮雲亭"という宿を見つけた。

 宿代は朝晩食事つきで1泊で大銅貨2枚。連泊なら1週間で銀貨1枚、先払いだそうだ。


 今さらだけどここでこの世界の通貨についても説明しておこう。

 この国で主に使われている通貨は、銅貨と大銅貨、そして銀貨だ。

 レートは銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で銀貨1枚になる。

 さらにこの上に金貨があり、金貨1枚は銀貨100枚分に相当するけど、普通の買い物で使われることは滅多にない。

 外国ではまた別の通貨が主に流通しているそうだ。


 他の宿と比較した相場でいえば、食事つきでこの金額なら十分に良心的だろう。

 とはいえ、4人で宿泊するとなると1週間で銀貨4枚か……今日の稼ぎの半分近くが消える。


「どうする? ここに決める?」


「いいと思いますよ。ここより安い宿はロクなのがなかったですし」


「賛成……」


「わ、わたしはどこでも大丈夫ですっ」


 特に反対意見はないようだし、じゃあここにしよう。

 宿の主人に1週間分の宿代を渡し、部屋の鍵を受け取る。

 部屋は二階にある2人用の部屋が2つだ。


「……って、なんで僕も二人部屋なの?」


「その子からのリクエストです。ウィルさんと一緒の部屋がいいって」


「え?」


 振り返ると、赤い顔をしたシィが、くいくいと僕の服の端をつまんでいた。


「あの、その……一緒にいてくれると、落ち着くですから……」


「あー、えーと、うん。わかった」


 女の子と同じ部屋で寝る……色々といかがわしい想像が脳裏をよぎったのは許してほしい。

 いや、やらないけどね? 助けた恩を盾に女の子に手を出すとか、ただの鬼畜だからね?


「……変なことしちゃ、ダメ」


「しないって!」


 生暖かい視線を送ってくる双子と別れて、指定された部屋の鍵を開けると、中には二人分のベッドと最低限の家具が置かれていた。

 小さな部屋だけど、きちんと掃除されているのか、埃っぽい感じはしない。


「ふぁ……」


 部屋に入るなり、シィはふらふら、と誘われるようにベッドに向かい、ぱたん、と倒れ伏した。


「もしかして、眠かった?」


「ふぁいです……なんだか、急にねむけが……」


「疲れが出たんだね。いいよ、ぐっすり眠って」


「ふぁい……おやすみなさいれす……」


 シィは瞼を閉じると、すぐにすぅすぅと寝息を立てて眠ってしまった。

 今までの疲れと恐怖がいっぺんに出たのだろう。

 ずっと奴隷として酷使されてきた上、今日は危うく死ぬところだったのだ。無理もない。


 僕はそっとシィの身体に毛布をかけてあげて、自分も隣のベッドに腰を下ろした。

 そして、今日あった出来事を脳内で反芻する。


 初めて見た都市の風景。

 冒険者ギルドでの登録。

 双子の冒険者、リーアとファルとの出会い。

 初めてのダンジョン探索。

 初めての魔物との戦い。

 獣人の少女、シィとの出会い。


 たった一日の間にいろんなことがありすぎた。

 慣れないこと、初めてのことの連続で、肉体よりも精神的に疲れる一日だった。


 でも、楽しかった。

 村では絶対にできなかったであろう経験の数々。

 そして、様々な出会い。


 父さんと母さんは、僕にこういった経験をさせたくて旅に出したのだろうか。

 たとえそうでなかったとしても、今は感謝している。

 村での平穏な暮らしが一番だと思っているのは今もだけど、こんな日があるのも悪くない。


「明日もまたダンジョンかな。早くランクが上がるといいけど」


 人知れず次の冒険に心躍らせながら、僕は刀の手入れを始める。

 刃が錆びるのが嫌なら一日だって手入れを欠かしてはならないと、これだけは父からキツく言われていたからだ。

 手入れが終わったら、僕も夕飯まで少し眠ろう。さすがに今日は疲れた。


 そんなことを考えていると、不意にコンコンとノックの音が響いた。


「どちら様?」


「リーアです。今、ちょっといいですか、ウィルさん」


「平気だけど。鍵は開いてる」


 僕がそう言うとドアが開き、リーアが中に入ってきた。

 さっきまでの明るい雰囲気とは違って、どこか真剣な気配を纏っている。


「シィさんは……寝てるんですね」


「相当疲れてたんだろうね。起こさないであげて」


「大丈夫です。話があったのはウィルさんにですから」


「僕に話?」


 なんだろう、と首をかしげる僕の隣にリーアは腰を下ろす。

 ふわり、と揺れる彼女の白髪から、少しいい匂いがした。


「パーティを組む以上、あなたには私たちの目的を話しておくべきだと思って」


「目的?」


「この街で叶えたい目標……いえ、絶対に叶えなければならない使命のようなものです」


 そう言った彼女の口調は硬く、目つきは真剣だった。


「ウィルさんは、ダンジョンについてはあまり詳しくないんですよね」


「うん。恥ずかしながら、田舎者だからね」


「では、"守護者"についてもご存知ないでしょう」


「"守護者"?」


 聞いたことのない単語だ。

 怪訝そうにする僕に、リーアはダンジョンのより詳しい情報を語ってくれた。


 この大陸中に全部で十二箇所確認されている迷宮(ダンジョン)は、いずれもその外観、内部構造ともにまったく異なっている。

 ファースのダンジョンは"洞窟"の形状だが、世界には"城"や"塔"、果ては"大樹"や"島"といった形を取るダンジョンもあるのだそうだ。


 これだけ様々な形をした遺跡が、「ダンジョン」と一括りにされているのには、幾つかの共通点があるからだ。


 第一に、ダンジョンは現在の魔術や工学では不可能な技術によって造られた構造物であること。


 第二に、内部から無尽蔵に魔物を生成、あるいは召喚する何らかの機能を有していること。


 そして第三に、ダンジョンの最深部には必ず、"守護者"と呼ばれる強力な魔物が潜んでいることだ。


「"守護者"は、ダンジョンに挑むすべての冒険者の最終目標と言ってもいい存在です。なぜなら"守護者"と対峙し、それを討伐した者は、特別な力を手に入れられるからです」


「特別な力?」


「一般には"迷宮の加護"と呼ばれています。その恩恵は絶大で、例えば200年前にファースとは別のダンジョンの"守護者"ネメアを倒した英雄は、どんな武器でも傷つくことのない、無敵の肉体を手に入れたといいます」


「それは凄いね……じゃあ、リーア達はその"迷宮の加護"が欲しくて、ここに?」


「ええ、まあ確かに"加護"も欲しいですが、私たちが求めているのはその副産物……とでも言いましょうか」


 少し言葉を濁しながらも、リーアは話を続ける。


「"守護者"を討伐し"迷宮の加護"を得る……それはすべての冒険者の夢であり、英雄的な偉業でもあります。それを成し遂げた者は、途方もない名誉を得られるでしょう」


「名誉……か。ちょっと意外だな」


 会って間もない相手に何を、と言われるかもしれないが、リーアたちは名誉なんてあまり興味のないタイプだと思っていた。

 だけど、今の彼女の表情は真剣で、その言葉からは強い執着を感じられた。


「何と言われようとも、私たちにはそれが必要なんです。名誉が。名声が。この大陸中に轟き渡るくらい、己の名を知らしめなければならないのです」


 不意に、リーアはぐっと身を乗り出して、僕に顔を近づけてきた。

 宝石のように輝くライトグリーンの瞳と、目が合う。


「お願いです、私たちに力を貸してください。今日一日、ダンジョンでの戦いぶりを見て、あなたの実力は確信しました。私たち二人では遠い道のりでも、あなたと三人でなら"守護者"との距離はぐっと縮まるはず」


「ちょ、ちょっと」


「もちろん、あなたへの利益も約束します。名誉さえいただければそれ以外の報酬も、"迷宮の加護"も、あなたが貰ってくれて構いません。……それ以外なら、その……」


 前髪が触れそうな距離まで、彼女の顔が近付く。

 ほのかに頬を朱に染めながら、僕から目を逸らさずに彼女は言葉を続ける。


「お、男の人が喜ぶような、ことも……経験はないですが、がんばります、から……」


「待って。ストップ。そこまでだ」


「ふぇっ?!」


 僕は彼女の肩を掴むと、ぐいっと元の位置に押し戻した。

 危ない危ない……危うく理性が傾くところだった。


「冗談でも女の子が軽々しくそういうことを言うものじゃないよ」


「べ、別に冗談のつもりはっ」


「事情は分かったから。もういいよ」


「でもっ」


 なおも食い下がろうとする彼女に、僕は告げる。


「そんな事をしなくても、協力するよ」


「え……?」


「ダンジョンの"守護者"に、それを倒すと得られる"迷宮の加護"なんて、面白そうじゃないか」


 冒険者らしいロマンに満ち溢れた話だ。

 どうせ挑戦するなら、それくらい大きな目標があったほうがいい。


「い、いいんですか?」


「"守護者"討伐はすべての(・・・・)冒険者の夢、なんだろう?」


 ぽかんとするリーアの問いに、笑みを浮かべて答える。


「僕だってもう冒険者だ。自分の夢を追うついでに、リーアたちの目的を叶える手伝いができるなら、願ったり叶ったりだよ」


 彼女が名誉にこだわる理由は分からない。でもそれを無理に聞こうとは思わない。

 誰にだって人に話せない事情のひとつくらいあるだろう。それを詮索するのは野暮というものだ。


 何より、僕は彼女たちのことが嫌いじゃない。

 手伝う理由はそれで十分だ。


 彼女たちと出会って最初に言ったことを、僕はもう一度繰り返す。


「だから、貸し借りはなしでいこうよ。僕たちはもう、仲間なんだから」


「あ………」


 リーアは、不意に何かを堪えるように俯いて、ぐしぐしと目元を拭う。


「ありがとう、ございます。ウィルさん」


「どういたしまして。それと、これからよろしく」


「……はい。仲間として、よろしくおねがいしますっ」


 顔を上げたときの彼女は、明るい笑顔を浮かべた、いつものリーアだった。

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