4.双子の冒険者
「えーっと、星無し、星無しの依頼はっと……」
依頼書の張り出された掲示板の周りには、すでに大勢の冒険者が集まって、今日受ける依頼の吟味をしていた。
僕もその人込みの中に紛れて、受けられそうな依頼を探す。
『黒の森のゴブリン退治 ☆』
『月光草の採集 ☆』
『王都へ向かう隊商の護衛 ☆☆』
『迷宮中層のミノタウロスの群れの討伐 ☆☆』
最初に目に入ったのはこの辺りの依頼。どれも今の僕にはまだ受けられない。
というか、ゴブリン退治は一つ星以上じゃないとダメなのか。僕の中だと駆け出し冒険者が最初に受ける依頼、ってイメージだったんだけど。
目的とする星無しの依頼は、掲示板の端のほうに纏めて貼られていた。
『下水道の掃除』
『畑の雑草むしり』
『手紙の配達』
『荷物運び』
『犬の散歩代行』
……なんというか、冒険と言うよりは"雑用"って感じのラインナップだ。
信用も実績もない駆け出しに任せられる仕事なんてこの程度だよと言う、ギルドからの冷たい意思を感じる。
別に楽して稼ごうなんて考えちゃいなかったけど、せめてもう少し歯ごたえのありそうな依頼がよかった。
「やっぱり最初はダンジョン探索のほうにするかな」
どうせ冒険者になるのなら、やっぱり冒険がしたい。一応、この旅は僕の腕試しが目的のひとつでもあるのだし。
最初のうちは無理をせず、ダンジョンの浅いところを回って感覚を掴み、実績が溜まったらランクが上の依頼に挑戦する……
うん、今後の予定はこれでいこう。
そうと決まれば、さっそくダンジョンへ向かおう。
そう思って外へ向かおうとしたその時、にわかにギルドの中で騒ぎが起こった。
「何しやがる、このガキッ!!」
野太い男の怒声が響く。
そちらを見やれば、数人の冒険者の一団が二組に分かれて、何やら揉めているようだ。
「なんだなんだ、ケンカか?」
「またグドーたちかよ。懲りないねぇ」
周囲の冒険者たちは、騒ぎを煽る気はないが止める気もないらしい。
近くのテーブルに座っていた冒険者が、巻き添えを食わないよう料理を持って別の席へと避難していく。
騒ぎの中心にいる一方は、二十代半ばから三十代と思しい三人の男たち。
控えめに言ってもあまり風体は良くはなく、粗野でむさくるしい印象の連中だ。
しかもまだ朝だと言うのに酒を飲んでいたのか、顔が赤くなっている。
「せっかく人が親切にしてやったってのに、それを踏みにじるたぁどういう了見だ!」
リーダー格と思しい中央の男が詰め寄るのは……驚いたことに、僕とそう歳の変わらなさそうな女の子だった。
雪のように白いポニーテールの髪に、ライトグリーンの瞳。
顔立ちは驚くほど整っていて、背は少し低い、とても綺麗な子だ。
格好は冒険者らしい動きやすそうな服装に皮の胸当てをつけて、背中には彼女自身の身の丈よりも巨大な剣を担いでいる。
――あの大剣、相当な業物だ。それを持ってるあの子のほうも、恐らく。
その子の背後にはもう一人、彼女とそっくりの容姿をした女の子が、背中に隠れるように立っていた。
髪型をツインテールにしている以外は、顔立ちも瓜二つと言えるほどそっくりで、たぶん双子なのだろう。
ただ、こっちの子は魔術師らしいローブを着て、木製の杖を手に持っている。
「パーティに誘われたのを断っただけじゃないですか。なのにしつこく絡んできて、迷惑なんです」
大剣の少女は強面の男相手にも物怖じせず、すっぱりと言い返す。
ローブの少女を守るように前に出て、キッと相手を睨み返す姿は、小柄な体格でもまったく気迫負けしていない。
「小娘二人だけの冒険なんざさぞ心細いと思ってよぉ! 親切に声をかけてやったらこの仕打ちかよ!」
よく見ると、男の頬は片方だけが真っ赤に腫れている。
おおかたビンタか何かでも食らったのだろう。本人が言うところの"親切"の代償に。
「親切? 下心の間違いじゃないですか。私はまだしも、この子にこれ以上近寄るのはやめてください。嫌がってますから」
「このガキっ!」
「調子に乗るなよ新入りがっ!」
軽蔑した視線と物言いに、激昂したリーダーの取り巻きたちが拳を振り上げて少女に殴りかかる。
――あ、ヤバい。
「【睡眠】」
僕はとっさに周囲の喧騒に紛れ、小声で眠りの呪文を唱える。
即座に発動した魔術は、拳が振り下ろされるよりも早く、男たちの意識を奪った。
「ん、が……zzz」
「な、ん……zzz」
「……え?」
突然床に突っ伏して眠りこけてしまった男たちを前に、身構えていた少女がぽかん、と目を丸くする。
わけが分からないのは一人残されたリーダーの男も同じだ。
「な……おいお前ら、一体どうした」
「【睡眠】」
「んだっ……ZZZ」
部下を起こそうとするそいつも、すぐに大きなイビキをかいて眠りに落ちる。
うん。父さんや母さん相手にはまったく通用しなかったけど、普通の酔っ払いが相手ならちゃんと効くんだな、この魔術。
「なんだなんだ?」
「酔い潰れちまったのか、あいつら」
「いや、それにしちゃ変だったような……」
どうやら周囲の冒険者には、僕が魔術を使ったことまでは気付かれなかったようだ。
思わず手を出してしまったけど、騒ぎに巻き込まれると面倒なことになるかもしれない。ここは早々に退散しよう。
ギルドに来た初日で、新人が変に目立っても良いことはないだろう。
「…………」
外に出る扉をくぐろうとした時、不意に背後から視線を感じた。
肩越しにちらりと振り返ると、あの大剣の少女に庇われていたローブの少女が、無言でこちらを見ていた。
「ねえ! 待って! 待ってください、そこの人!」
ギルドから中央広場に向かって歩く最中、後ろから近づいてくる声が聞こえる。
僕はそ知らぬふりをして歩き続ける。
「そこの! 変わった剣を腰に帯びた、黒髪の若い人! あなたですあなた!」
はて誰だろう。特徴は僕に似てるような気もするけど、きっと気のせいだろう。
そ知らぬふりをしたまま先を急ぐ。
「あっ! 今歩くの速くなりましたね!? ぜったい聞こえてますよね! 待ってってば! 待って!」
声はどんどん近付いてくる。
この時間の大通りは人が増えてきていて、振り切ろうにもなかなか先に進めない。
「待ってーーーーーーーっ!!!!」
「ぐふっ?!」
中央広場に到着したその時、背後からの強烈な衝撃が僕を襲う。
予想外のことに受身も取れないまま、僕は広場の石畳に体を叩きつけられた。
「捕まえましたよ! もう逃がしません!」
全身の痛みに、すぐ近くから聞こえてくる少女の声。
そして、背中から誰かに圧し掛かられているような重さ――と、柔らかい感触を感じる。
「お姉ちゃん……初対面の相手にタックルかますのは、どうかと思う……」
「えっ? あっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!」
「あだだ……なんとか、ね」
突然のことで対処し損ねただけで、特に怪我はしていない。両親に鍛えられた身体のおかげだ。
けど、心配するくらいならそもそもタックルしないで欲しかった。
いや、無視したこっちも悪いんだけど。
「それより、できれば早くどいてくれないかな……だいぶ注目されてるんだけど」
「へ? あ、わわわわっ……」
そう言われて、ようやく彼女は自分がどういう状態か気付いたらしい。
広場の真ん中で、女の子が男に後ろから飛び付いて押し倒してる構図は、どう転んでもあらぬ誤解を招くだろう。
慌てて少女が立ち上がり、僕の背中から重さが消える。
「ごっ、ごめんっ! ごめんなさいっ!」
「いや、いいよ……僕のほうこそ無視してごめん」
体を起こした先にいたのは、案の定、さっきギルドで騒ぎを起こしていた双子の少女だった。
僕にタックルを食らわせたのは大剣を担いだ子のほうで、真っ赤な顔で必死に頭を下げている。
その後ろにいるローブを着た子は、表情に乏しいけど少し呆れているようにも見える。
「……私からも、謝罪する。お姉ちゃんは、慌てるとすぐ手が出るタイプだから……一応、悪気があったわけでは、ないの」
「ううう……反省してます」
淡々とフォローを入れるローブの子に、しょんぼりとうな垂れる大剣の子。
見た目はそっくりなのに、中身はまるで正反対な二人だ。
「怪我もなかったし、気にしてないよ。それより、何か僕に話があったんじゃ?」
「あっ、そうでした!」
僕がたずねると、大剣の子がぱっと顔を上げた。
テンションの浮き沈みの激しい子だ。
「先ほどはギルドで助けていただき、ありがとうございました。ファル……妹が、あの男たちを眠らせたのはあなただ、と言っていたので」
やっぱり、バレていたらしい。
魔術師なら、魔力の痕跡を辿って誰が魔術を使ったかを探り当てることができる。
けれど、それには知識と経験が必要で、あの大勢の冒険者の中から面識すらない術者の僕を見つけ出すのは、相当な困難だったはずだ。
「いい腕だね」
「あなたほどでは……ない。あんな鮮やかに相手を眠らせる【睡眠】、はじめて見た……」
「不意打ちだから上手くいっただけだよ。相手は酔っ払いだったしね」
精神に効果を及ぼす魔術は、相手に警戒されているほど効き目が悪くなる。
逆に相手が注意散漫だったり、他のことに気をとられていると、成功率が上がるのだ。
「ともかく、私たちはあなたに一言お礼が言いたくて……」
「いいよ、お礼なんて。どちらかと言えば、助けたのはあっちの男たちの方だし」
「え?」
「殺気が出てたよ」
僕の指摘に、大剣の少女がはっとなる。
僕があの時「ヤバい」と思ったのは、男たちの方ではなく、彼女だったのだ。
彼女は恐らく腕利きだ。流石に父さんクラスの凄腕ということは無いだろうけど、酔っ払いが絡んで勝てる相手ではない、と思う。
そんな彼女があの場で本気で剣を振るえば、間違いなく怪我人――悪くすれば死者が出る。
「ギルドの中で刃傷沙汰はマズいんじゃないか、と思って。余計なお世話だったかもしれないけど」
「あ、あの短時間で、そこまで見抜いて対応を?」
「そこまで大したことじゃないよ。僕はただ、騒ぎが大きくなるのが嫌だっただけだから」
ああする事が、一番穏便に騒ぎを解決できる方法だと思った。
だからやった。それだけだ。
「だから、気にしないで。お互いギルドの新人同士、貸し借りはなしでいこうよ」
「そう言うのでしたら……」
「……わかった」
少女たちがこくんと頷く。
どうやら納得してもらえたようだ。
「ところで、新人って……あなたも、冒険者登録をした、ばかり……?」
「ついさっきね。これからダンジョンにでも挑戦してみようと思ってたんだけど」
「でしたらっ」
大剣の少女がぽん、と手を叩く。
「私たちも、あなたのダンジョン探索に同行してもいいですか? 一人より三人のほうが探索もはかどりますよ!」
「え? いや、だから貸し借りはなしって……」
「貸し借りではなく、助け合いです! 私たちもダンジョンには潜るつもりでしたから!」
「パーティ……組む。新人同士なら、都合がいい……」
「でしょう! どうですか?」
大剣の少女の提案に、ローブの少女もこくこくと頷いて同意する。
あまりに突然のことに、僕は戸惑いを隠せない。
「パーティって……二人はその、そういう勧誘は断っていたんじゃ?」
さっきギルドで彼女たちと揉めていた男たちは、まあ恐らくパーティ勧誘という名の悪質なナンパの類だったのだろう。
確かに彼女たちは美人だ。その容姿に引かれたトラブルもきっと多いだろう。
貸し借りなしと言ったのは、下心があっての事ではないと証明するためだ。
てっきり僕も、彼女たちに警戒されていると思っていたから。
まさかこっちが勧誘を受けるなんて、想像もしていなかった。
「あなたがさっきの人たちとは違うってことくらい、話をすれば分かります。信用できる人が仲間になってくれれば、心強いです」
「それとも……パーティ、組めない理由、ある? 一人が好きだとか、もう別のパーティに誘われてる、とか……私たちじゃ嫌だ、とか……?」
「いや、嫌ではないけど……」
「なら、問題ないですね!」
ぱぁっと、花が咲いたような笑顔を大剣の少女が浮かべる。
……そんな良い表情を見てしまうと、もう何も言えなくなってしまう。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はリーア、見ての通り剣士です!」
「私、ファル……魔術師。あなたの、名前は……?」
「ウィル。一応、剣士兼魔術師になるかな」
「ウィルさんですね。これからよろしくお願いします!」
大剣の少女――リーアは右手に妹のファル、左手に僕の手を取って、走り出す。
「さあ、それでは早速行きましょう! ごーごー!」
「……ごー」
「いやちょっと、落ち着いて!」
つんのめりそうになりながら、僕は彼女たちと歩調を合わせて駆け出す。
向かう先は、ファース北部にあるという古代の迷宮――ダンジョンだ。