3.旅立ちとギルド
翌朝。
旅支度を終えた僕は、父さんと母さんに見送られて村の出口にいた。
騒がれるのが嫌だったので、村のみんなには何も言わずに行くことにしたのだ。
「それじゃあ、父さん、母さん。行ってくるよ」
「おう、せいぜい暴れてこい。殺しさえしなけりゃ大抵は何とかなる」
「気をつけてね、ウィル。道は分かる? 風邪引かないようにね?」
「いや、別にケンカしに行くわけじゃないし、風邪くらいなら魔術で治せるし」
父さんはちょっと過激派だし、母さんはちょっと過保護だった。
少し呆れながら僕は荷物を詰めたバッグを担ぎなおす。
「まずは、ここから北東に向かったところにある、ファースって町に向かえばいいんだね」
「ああ。あそこはこの地方では一番大きな都市だ。各地から色んな種族や人種が集まってくるし、冒険者や腕利きの数も多い。見聞を広めるついでに腕試しするにはもってこいだ」
「町についたら、冒険者ギルドへの登録を忘れずにね。何かと便宜を図ってくれるし、そこの依頼を受ければとりあえずの仕事には困らないはずだから」
「うん」
冒険者に、ギルドか。
この世界にはそういうのもあるって話は聞いていたけれど、実物はどんなものなのか、ちょっと楽しみだ。
「いいかウィル、剣ってのは無闇に抜くものじゃない。だが、やると決めたら遠慮も躊躇もなしだ。まずは自分の命を最優先にしろ、いいな?」
「分かってるって。心配しないで」
「そうは言うが、お前は昔っから危なっかしいところがあるからなぁ……」
そうだろうか。
どちらかと言えば、父さんの稽古のほうがよっぽど危なかったと思うけど。
「ま、いいか。よし行ってこい!」
「行ってらっしゃい、ウィル」
「行ってきます!」
両親の見送りの声を背に、僕は16年間過ごした生まれ故郷を後にしたのだった。
旅に出てから最初の数日は、何事もなく過ぎていった。
もともとこの辺りは小さな農村がいくつか点在しているだけで、わざわざこんな所を訪れるような旅人や商人もいない。
逆に言えば、旅人を襲う魔物や盗賊も滅多に現れることはなく、快適な旅を続けられたのだ。
村から草原へと向かう細い支道を抜けて、少し幅の広くなった街道に出ると、そこからは道なりに北東を目指す。
目的地まで一日で着く距離ではなかったので、道中、何度か道の端で野営を挟むことになった。
火起こしや寝床の確保といったサバイバル技術は、剣術の合間に父さんから教えてもらった。
持たされた保存食はちょっと味気ないけど、慣れればこれはこれで悪くない。
「……でも、一人で食べる食事はあんまり美味しくないな」
道すがら誰とも出会わない旅路を少し寂しく感じつつ、夜になったら刀の手入れをして、獣避けのトラップを仕掛けて、寝る。
そして夜明けとともに目を覚まし、荷物を纏めてまた旅を再開する。
そして、故郷を旅立ってから4度目の朝。
これまで道と草原と空ばかりだった視界に、高い石造りの壁が見えてきた。
「あれがファースの町かな」
近づいていくと街道に繋がる門と、その傍で槍を持って立っている衛兵の姿が見えた。
他には門を出入りする人や馬車の姿は見えない。こちら側はあまり人の往来がないのだろうか。
「ふぁ~ぁ……お? 珍しいな、旅人か?」
「ええ」
眠そうに欠伸をしていた衛兵が、門に近づいた僕に目をとめる。
転生してから村人以外の人と話をするのはこれが初めてなので、少し緊張する。
「手形はあるか? なければ通行税、銅貨3枚だ」
手形とはその地方の有力者や組織などから発行される、通行手形のことだ。これがないと町に入るときや関所の通行のたびに税を支払うことになる。
当然僕は持っていないので、村を出るときに持たされていた財布から銅貨を取り出して、彼に渡す。
「よし。町の中であまり揉め事や騒ぎを起こすんじゃないぞ。俺たちの仕事が増えるからな」
「気をつけます。あの、少しお伺いしたいのですが」
「なんだ?」
「冒険者ギルドに行きたいんですが、この町の何処にあるでしょうか」
「なんだ、お前さん冒険者か?」
「正しくは冒険者"志望"ですけどね。武者修行のために村を出てきたばかりで」
「ほーん、どうりでな。こっちの方角には村と草原以外何もないから、旅人なんざ珍しいと思ったぜ」
腰に佩いた刀を示すと、衛兵は納得したように頷いた。
「冒険者ギルドはここから大通りをまっすぐ進んで、中央広場から西だ。広場に案内板もあるから、迷うことはないだろう」
「ありがとうございます」
衛兵にお礼を言うと、僕は門をくぐった。
「ここがファースかぁ……」
初めて見るこの世界の都市。石畳で舗装された大通りの左右に、石や煉瓦でできた家屋が並ぶ、かなり大きな町のようだ。
門を抜けてすぐの辺りは住宅地なのか、まだ早朝なこともあって人通りは少ない。
しかし中央広場に近付くにつれて人通りも多くなり、露店や商店も立ち並んで賑わいが増してくる。
通りをすれ違う人々をよく見ると、とても様々な顔ぶれをしていることが分かる。
食材を買う子供連れの母親に、羽振りの良さそうな商人らしき男。剣や鎧で武装した冒険者らしき者や、騒ぎが起きないよう目を光らせる衛兵の姿も見える。
人間だけでなく、尖った耳をしたエルフ、背が低く髭もじゃなドワーフ、動物の耳や尻尾の生えた獣人……いわゆる異種族の姿もちらほら見かける。
(両親から話には聞いていたけど……実際に見るとここが異世界なんだなって実感するなぁ)
少なくともこの町では異種族はそれほど珍しい存在でもないのか、道行く人たちも大して彼らのことを気に留めていないようだ。
あんまりジロジロ見ていると目立ちそうなので、なるべく気にしないフリをしながら冒険者ギルドへ向かう。
衛兵に言われたとおり、広場にあった案内板を頼りに歩いていくと、やがて剣と杖が描かれた看板のかかった、一際大きな建物を見つけた。
「ここかな」
ギィ、と音を立てて扉を開けると、建物の中は少し大きな酒場のようなつくりになっていた。
中央に並べられた丸テーブルには何人かの冒険者が席につき、朝食をとったり談笑したりしている。
向かって右側の壁には大きな掲示板があり、そこに貼られた依頼書を吟味する冒険者で賑わっていた。
そして正面には長いカウンターがあり、左半分が酒場としての注文を、右半分が冒険者への対応を行っているようだ。
右側カウンターの前にはすでに何人か並んでいたので、僕もその後ろに並ぶ。
「次の方、どうぞ」
ややあって順番が回ってきて、僕はカウンターの前に出る。
受付の担当は若い女性で、長い金髪と尖った耳からして、どうやらエルフらしい。
「初めての方ですね。冒険者への依頼ですか、それとも冒険者登録ですか?」
「冒険者登録をお願いします」
「かしこまりました。失礼ですが、文字の読み書きはできますか?」
「はい、問題ないです」
「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください。ペンとインクはこちらを」
そう言って、受付嬢さんは一枚の紙と筆記具をカウンターから差し出してきた。
……にしてもこの人、一目で僕がここに来るのが初めてだって分かったってことは、もしかしてギルドに出入りする人の顔をすべて覚えているんだろうか。
用紙に目を通すと、記入事項は名前、年齢、性別、種族といった基本的なことから、特技や自信のあること、他の土地での冒険者としての経験などがあった。
(名前はウィル、歳は16で性別は男、種族は人間っと……特技は剣術と魔術、治癒魔術の扱いには自信があります。他所での冒険者としての経験はありません……)
特に悩んだり隠すような項目もなかったので、すべて正直に記入したうえで受付嬢さんに用紙を手渡す。
彼女はこちらの様子をちらりと見ながら用紙に目を通し、やがてある箇所で目を留めた。
「特技に魔術、それも治癒魔術とありますが、この場で実演していただくことは可能ですか?」
「問題ないですよ」
どうやら、僕が本当に魔術を使えるのかどうか疑われているようだ。
この世界の魔術は、才能のある者にしか使えないような特別な力ではない。きちんとした知識を身につけて訓練すれば誰でも使えるようになる、れっきとした技術の一種だ。
とはいえ、実際にはそうした教育を受けられる人間というのは限られるし、魔術にも得手不得手は存在する。なので世間一般から見た魔術師は、ある種の専門職に近い扱いを受けていると母さんから聞いた。
同時に、魔術師を名乗って人を騙すホラ吹きや詐欺師も多い。この受付嬢さんが確認を取るのも当然の対応だろう。
僕は懐からナイフを取り出すと、それで自分の手のひらに傷をつける。
受付嬢さんがはっきり確認できるよう大きくバツ印を刻んでから、「【治癒】」と唱える。
白い光が手のひらを包み込むと、たちまち傷は消えた。
「これでどうですか?」
「……確かに。ちなみに、どの程度の怪我までなら治癒可能かお聞きしてもよろしいですか?」
「えーっと、切り傷、打撲、火傷に骨折、内臓破裂、失明、脳挫傷、神経断裂、四肢欠損までは治したことがあります。あ、それから怪我以外にも解毒や病気の治療もできます」
「…………本当ですか?」
「実体験ですから」
"聖女"と呼ばれた母さん直伝なだけあって、僕は治癒魔術に関してだけはかなりの腕前だと自負している。
父さんの地獄の稽古を生き延びてこられたのも、すべてはこの【治癒】のおかげだ。
受付嬢さんはしばらくの間じっと僕の顔を見ていたが、やがて小さくこくりと頷いた。
納得してもらえたのだろうか。
「嘘を吐いているようには見えませんね……わかりました。ではこれで、ウィルさんの冒険者登録は完了です」
「もういいんですか? てっきりもっと複雑な手続きがあるものかと」
「ええ。ですがこれはまだ仮登録と言ったところで、正式に当ギルドの一員として認められるには、実際にギルドでの実績を上げてもらう必要があります」
「実績とは、具体的には?」
「分かりやすいものですと、依頼の達成があります。右手の掲示板に貼られているのが当ギルドが斡旋できる依頼書で、依頼は内容に応じて"星無し"から"五つ星"の六段階にランク分けされており、登録直後の冒険者が受理可能な依頼は"星無し"に限らせていただいています」
依頼のランク分けか。確かに、信用の置けない駆け出しや新参者に重要な依頼を任せるわけにもいかないし、妥当な措置だと思う。
「"星無し"の依頼を合計で3件達成すれば、ワンランク上の"一つ星"依頼が受理可能になります。以降も依頼達成の実績に応じて、より上位の依頼が受理可能になります」
「なるほど」
「もう一つの方法としては、"迷宮"の探索があります」
「ダンジョン?」
「ええ。ご存知ありませんか?」
「すみません、だいぶ田舎から出てきたもので。ダンジョンとは何か教えてもらえますか?」
「かしこまりました。ダンジョンとはこの大陸中で全部で十二箇所が確認されている、未知の巨大構造物の総称です。古代文明の遺跡だとも、神々の遺産だとも言われていますが、真実は不明のまま。内部には強力な魔物や財宝などが眠っており、各国による調査対象となっています」
「ふむふむ」
「ここ、"迷宮都市"ファースの地下には、そのダンジョンの一つが存在します。当ギルドは国王の認可を受け、ダンジョンの調査を一任されているのです」
そう語ったときの受付嬢さんの表情は、少し得意げに見えた。
確かに、国王様から認可をいただいているのなら、それは凄いことだろう。
それだけギルドが国から信用されているということでもあり、最強のお墨付きとも言える。
「ダンジョンの調査はギルドから全冒険者に対する依頼として扱われます。実際にダンジョンを探索し、そこで得た成果に応じてギルドから報酬が支払われ、評価が上がります。成果とは例えば魔物の討伐数、貴重な財宝の回収、未探索エリアの発見などですね。説明は以上ですが、ご理解いただけましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「では、このまま依頼をお受けになる場合は掲示板をご確認ください。ウィルさんの冒険者としての活躍に期待しております」
一礼する受付嬢さんに見送られ、僕はカウンターを後にした。