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リンケージ・リインフォース~出会いが僕を強くする~  作者: 隠れ鬼
第一章『旅立ち、迷宮に潜む長き影』
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1.稽古

 この世界に転生してから、16年の歳月が流れた。

 成長した僕は今、剣を構えて実の父親と向かい合っている。


 訓練用の木刀や試合用の模擬剣ではない。しっかり刃のついた鉄製の真剣だ。

 刃渡りはざっと1メートルほどで、ずっしりとした重みを手から感じる。

 前世の僕ならこれを振り回すことなんて到底できなかっただろう――だけど今の僕は違う。


「準備はいいか、ウィル」


「いつでもいいよ、父さん」


 名前を呼ばれ、僕は頷きながら剣を握りなおす。

 これから始まるのは親子喧嘩や殺し合いではなく、いつもの稽古(・・・・・・)だ。

 ただし、本物の剣を使う以上、少しでも油断すれば大怪我をしかねない。文字通り真剣勝負だ。

 僕はこの父との稽古を、もう10年も続けている。


「よし、ならいくぞッ!」


 言うや否や、僕の視界から父の姿が消える。

 その直後、右側面から殺気を感じ、僕はとっさに剣を振り上げた。

 キンッ! と金属同士がぶつかる音と共に、衝撃が腕に伝わってくる。


「ほう。今の一撃を受け止めるとは、腕を上げたな」


「そりゃあ、受け止められなかったら脳天から真っ二つにされてたからね……!」


「お前なら大丈夫さ。なにせ俺の息子だからなッ!」


 何の根拠にもなっていない発言と共に、父は鍔迫り合った剣を押し込んでくる。

 もう三十後半とは思えない、凄まじい膂力だ。このままだと押し切られる。


「【身体(フィジカル)――強化(ブースト)】ッ!」


 僕は咄嗟に呪文を唱え、薄赤色に輝く魔力の光を全身に纏う。

 強化された腕力を駆使して父の剣を押し返し、かち上げる。

 がら空きになった父の胴体に向かって、僕は躊躇なく剣を振るった。


「もらったッ!」


「甘いッ!」


 振りぬいた僕の剣が切ったのは、父の残像だけだった。

 今度は左後方から感じた殺気を、僕は即座に振り返りながら迎撃する。


「せいッ!」


「せりゃぁッ!」


 父と僕の剣が交錯し、火花を散らす。

 嵐のように繰り出される父の斬撃。負けじと僕も矢継ぎ早に斬撃を放つ。


 普通の人がこの戦いを見ても、何が起こっているのか目で追うことは不可能だろう。

 それくらい父の動きは速い。獣よりも、風よりも、音よりも。

 【身体強化】の魔術を全力で使って、ようやく追いつけるほどだ。


 捌き損ねた父の刃が頬をかすめ、僅かに血がしぶく。

 防御をすり抜けた僕の刃が、父の肩に浅い傷を刻む。


 お互いに一歩も譲らぬ攻防の最中、父の動きに一瞬だけ隙が生まれる。

 勝機。

 その一瞬を見逃さず、僕は右手に構えた剣で渾身の突きを放つ。


 だが次の瞬間、僕が見たのは口元を笑みの形に歪める父の顔だった。

 まるでそう来ると分かっていたように、ひらりと突きがかわされる。

 父は僕の攻撃を誘うために、わざと隙を晒し、フェイントを仕掛けたのだ。


 そして、技を放ちきった直後の無防備な僕に向かって、父は容赦なく剣を振るう。

 回避は不可能。剣で受けるのも間に合わない。

 だけど――


「――そう来ると思ってたよ、父さん」


 必殺のタイミングで振るわれた剣を、僕は残された左手で掴み取った(・・・・・)

 白刃取りなんて格好いいものじゃない。刃は手のひらに食い込み、鋭い痛みが走る。だが切断はされていない。

 【身体強化】の裏で僕が発動させていたもうひとつの魔術、【防御強化(ディフェンスブースト)】のおかげだ。


「なにッ?!」


 父が驚きの声を上げる。

 勝利を確信していたはずが、逆に武器を捕まれてしまったのだ。驚いてもらわないと困る。

 けれど、今のは僕にとってもかなり危うい賭けだった。少しでもタイミングがズレていれば成功しなかっただろう。

 わざと父のフェイントに引っかかり、反撃を誘ったのも、このタイミングを見極めるためだった。


「はッ!」


 左手で父の剣を掴んだまま、右手の剣を一閃する。

 父は咄嗟に剣を手放すことで斬撃を回避する。だが、これで彼は武器を失った。

 体勢を整える暇を与えまいと、すかさず僕は追撃の突きを放ち――


「――僕の勝ちだ、父さん」


 突き出した剣の切っ先は、父の喉元でぴたり、と止まっていた。

 驚きの表情で固まっていた父は、やがて笑みを浮かべると「降参」と両手を挙げた。


「俺の負けだ。とうとうお前に一本取られる日が来ちまったか」


「6歳の頃から稽古をつけてもらって、ようやく一勝だけどね」


「バカヤロウ。俺が師匠から一本取ったのは、二十歳になってからだったんだぞ? まさか、こんなに早く息子に追い抜かれるなんてな。ショックだよ、クソッ」


 悔しそうに悪態を吐く父さんだけど、その表情は晴れやかで楽しそうだ。

 息子の成長が嬉しくて仕方ない、と顔に書いてある。

 完全に戦意が消えたのを確認してから、僕は剣を鞘に収めた。


「ギリギリの勝利だったけどね。それより傷は平気?」


「ああ、こんなのはかすり傷だ。お前こそ左手は大丈夫か?」


「大丈夫。ちょっと親指が取れかかってるけど」


 血まみれになっている左手に右手をかざすと、僕は「【治癒(ヒーリング)】」と呪文を唱える。

 白い光が傷口を包み込むと、みるみるうちに血が止まり、傷が塞がっていく。


「これでよし、っと。父さんの傷も一応、治しとくよ」


「おう、頼む。しかし治癒魔術の腕もずいぶん上達したな。母さんの教えのおかげか」


「まあね。それと毎日のようにケガをさせてくれる父さんのおかげ」


「おいおい、イヤミか?」


「事実だよ」


 この治癒魔術と母さんがいなかったら、僕はたぶん100回くらい死んでいる。

 【肉体強化】も【防御強化】も【治癒】も、僕が扱える魔術はすべて、父さんとの稽古を生き延びるために磨き上げたものだ。

 ……そこまで命の危険がある稽古って何かがおかしい気がするけど、それについてはもう諦めている。

 普段は妻にも息子にも優しい良い父親なんだけど、こと剣術に関してだけは、手抜きのできない人なのだ。


「僕が息子じゃなかったら、とっくに稽古なんて投げ出すか、家出してるからね?」


「確かにお前の辛抱強さと才能は普通のガキとは違うな。さすがは俺と母さんの――"剣聖"と"聖女"の息子だ」


 そう言って父さん――"剣聖"レオ・ランドールは満足そうに笑う。

 この国、いやこの大陸において知らぬ者はいないであろう、その男は。


「いや。俺に勝ったんだから、今日からはお前が"剣聖"か?」


「勘弁してよ。"剣聖の息子"って肩書きだけでもこっちは荷が重いんだから」


 ため息を吐く僕の気持ちをよそに、父さんは愉快そうに笑っている。

 息子(コイツ)に俺のすべてを継がせてみせる、それがこの人の口癖だった。


 そう――僕はとんでもない親の元に転生してしまったのだ。

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