18.仲間
剣から放たれた光が収まった時、そこにはもう何も残ってはいなかった。
とぐろを巻くヒュドラの巨体も、"守護者の間"を覆い尽くす紅い霧も、すべて光が吹き飛ばしてしまっていた。
「……うん?」
ふと、最後にヒュドラのいた場所に、キラリと輝くものを見つける。
近付いて確認すると、それは内部から紫色の光を放つ、握り拳大の玉だった。
ヒュドラの魔石……だろうか?
なんとなく、その光に呼ばれている気がして、僕は玉を拾い上げる。
すると玉は輝きを増して、僕の体の中に何かが入り込んできた。
「っと……?」
魔力とは違う。体を包み込むような暖かい何か。
この感覚、前にも一度あった気がする……けど、いつだったか。
思い出せない間に、それは完全に僕の中に取り込まれていった。
「今のが……"迷宮の加護"なのかな?」
"守護者"を討伐した者が得られるという、神秘の力。
具体的に何かが変わったような感じは無いけど、確かに漠然とした"力"を自分の中から感じる。
どうすればそれを発揮できるかは、まだ分からないけど……。
まあ、いいか。
元よりこんな力が欲しくてここまで来たわけじゃない。
目的は無事に果たされたのだから。
「ウィル様っ!」
「っとぉっ?」
ぼすんっ、と背後から誰かに体当たりされる感触。
振り返れば、そこにはシィが尻尾をぴんと立てて興奮した笑顔を浮かべていた。
「すごいです、ウィル様! あんなにおっきな魔物を倒しちゃうなんて!」
「あはは、結構危なかったけどね」
「一方的でしたよ! らくしょーでした!」
「そうでもないよ」
正直、勝てたのは相性によるところも大きかったと思う。
単純なスペックでは【身体強化】込みのこちらが上でも、毒の血霧に再生能力――対策が無ければどうにもならない初見殺し的な能力がかなり多かった。
たまたま僕の習得していた魔術は、その対策を的確に取ることができた、というだけだ。
それでも、刀をボロボロにされた時はかなり焦った。
戦闘中に武器を失ったというだけでなく、父さんから託された刀を壊してしまったという、二重の意味で。
このことがバレたら、僕は父さんに殺されるんじゃなかろうか。
なんとか修復できないかなぁ……無理かなぁ。
「ウィルさん」
「ウィル」
そんなことを考えていると、リーアとファルの姉妹もやってくる。
リーアはまだファルに肩を借りているけど、立って歩けるくらいには回復したようだ。
「あの……その……私、あなたになんて言ったらいいか……」
「……お姉ちゃん」
言葉に迷う姉を励ますように、ファルがそっとその背中を叩く。
それに後押しされるように、リーアはおずおすと言う。
「……ありがとうございます。助けてくれて」
「お礼は、僕よりもファルとシィに言ってあげてよ。ここまで間に合ったのは二人のおかげだから」
ファルの知識がなければ、深層へ繋がる【転移】の魔法陣は起動できなかった。
そして、深層の転移先からこの"守護者の間"まで一直線に駆けつけることができたのは、シィの能力があったからだ。
「二人がいなければ、僕は何もできなかった。オマケみたいなものだよ、僕は」
「そんなこと、ありません。ウィルさんは、私の命を救ってくれました。そのために"守護者"とまで戦って……」
「ああ、そうだった。はいこれ」
「え?」
僕はリーアの手を取ると、さっき拾った玉をぽんとその手に乗せる。
困惑した表情でリーアが問いかけてくる。
「こ、これは?」
「ヒュドラの魔石。これをギルドに見せれば、"守護者"を倒したっていう証明になるんじゃないかな」
「そ、そんなっ?! 受け取れません、こんなのっ!」
「別に、手柄を譲ろうってわけじゃないよ? これは"僕たち"の手柄なんだから、君が代表で持っておくのがいいと思っただけだ」
「僕たち……?」
「そう。僕たち四人、パーティの」
当然だろう? と僕は笑みを浮かべる。
それでもリーアは納得できない、といった風に叫ぶ。
「そんな! 私はただ先走っただけで、ヒュドラを倒したのは実質ウィルさん一人の力で……」
「そうでもないよ。結果論だけど、リーアが先にヒュドラと戦ったおかげで、ヤツの毒に気付くことができた」
あらかじめ毒の対策を取るのと、毒に侵されてから治すのとではわけが違う。
もし対処が遅れていたら、窮地に立たされていた可能性もあった。
「それに、最後にヤツを倒せたのも、こいつがあったおかげだしね」
「それは……」
僕は彼女から借りた大剣――彼女が【クラウ・ソラス】と呼んでいたそれを見せる。
刀身を包んでいた光は完全に消え、あの魔力を吸われる感覚も今はない。
「君の剣がヤツにトドメを刺したんだ。だからこの戦いは僕と君の共同戦線、ってことで、どうかな?」
「そ、そんなの詭弁じゃあ……」
「……お姉ちゃん、もう諦める」
なおも反論しようとするリーアの肩を、ファルがぽん、と叩いた。
「100%本心から言ってるウィルに、何を言っても無駄……絶対に、折れてくれないから」
「う……」
「彼はそういう人なんだって、私も分かってきた」
その表情は、呆れ笑いのようなびみょーな顔をしている。
いや、ファルにこんな顔させるって、そこまで変なこと言ったの、僕?
「ですです。ウィル様のお人好しは筋金入りなのです。きっと一生治らないです」
シィまで呆れ顔でそんなことを言う。
いやまあ、一生どころか死んでも治らなかったから、返す言葉がないけどさ。
「……でも、そんな彼のお人好しに、私たちは救われた」
笑みを浮かべたまま、ファルは言葉を続ける。
僕と、シィと、リーアの顔を順番に見つめながら。
「だから、私は彼の意思を尊重する。この戦いは、"私たち"の勝利」
「私たち、の……」
ぽろり、と。
リーアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「あ、あれ? なんで私、泣いて」
「……今まで、辛かったよね。お姉ちゃん」
ぽろぽろと涙を零し続けるリーアを、ファルが抱きしめる。
「ずっと、一人で抱え続けて……私のことも、守ってくれて……でも、もう大丈夫だから」
そっと涙を拭って、微笑んで。
「だって……私たちにはもう、仲間がいる」
その眼差しの先には、僕とシィがいた。
「これからは二人ぼっちじゃない……四人で、歩いていけるから」
「ぁ……」
妹に支えられ、おそるおそる差し出されたその手を、僕はしっかりと握る。
「さあ。帰ろう、一緒に」
「……はい。一緒に、みんなで!」
そう言って、彼女は。
涙でくしゃくしゃになった顔で、とびっきりの笑顔を浮かべたのだった。
「……まあ、そう言っても。ここから地上まで帰還するのは、なかなか骨の折れる冒険」
「大丈夫ですっ。必ず帰り道は見つけてみせるですよっ」
そう言いながらもファルはどこか楽しげに。
シィはやる気に満ちた表情で、耳をぴこぴこさせる。
「じゃあ僕の仕事はいつも通り、先頭で露払いだね」
「私ももう戦えます! 殿は任せてください!」
「うん、頼りにしてるよ」
いつもの元気っぷりをアピールするリーアに、僕は大剣を返す。
うん。やっぱりこの剣は彼女が持っているのが一番しっくりくる。
「それとリーアは帰ったらお説教だからね」
「うっ。それはもしかして以前のお返しですか……?」
「ははは、そんなまさか」
「目を逸らさないでくださいっ!?」
いやいや。ちょっとだけいい気味だなんて思ってないから。
もう二度とこんな事をしないよう、キツいお仕置きを考えてあるだけだから。
「……お姉ちゃん。私からもまだまだ、言いたいことは沢山ある……」
「わたしもです。帰ったら楽しみですね、ふふふ」
「ちょっ、ファルにシィさんまでっ?! ま、待ってくださーいっ?!」
迷宮の最深部に、みんなの笑い声が木霊する。
こうして"守護者"を討伐した僕たちは、全員揃って街に帰還したのだった。