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0.転生

王道なお話を書いてみたくて始めてみました。

よしなにしていただけると幸いです。

「というわけで、転生じゃ」


「転生ですか」


「うむ。説明は不要じゃろ?」


「いやまぁ、確かにいらないですけど……」


 せめてもう少し過程を大事にしてもらえないものかと、僕は目の前で正座している着物姿の女の子を見る。

 見た目は小学生くらいなのに、お年寄りみたいな喋り方をするその子は、自分のことを"神"と名乗り、僕をこの場所に連れてきた張本人であるらしい。

 この場所のイメージを一言で表すなら、座敷牢だろうか。見てくれは立派なお座敷だけれど、四方を壁と格子に閉ざされ、出口がない。格子の隙間から見える外の様子は、真っ白な霧しか見えない。


 当然、僕はこんな所に閉じ込められる覚えはないし、神様なんかに知り合いもいない。だけど、状況はこれだけで何となく理解できた。

 いわゆる"お約束"ってやつだ。


「念のために確認させてください。僕は死んだんですね?」


「うむ。自分が死んだ時のことは覚えておるかの?」


「いえ、記憶が飛んでるみたいで……正直、死んだっていう実感もないんですけど」


「ふむ。ではこやつを見れば思い出すかのう?」


 そう言って、自称神様の女の子は自分の膝にそっと手をやる。

 すると、そこには何時からいたのか、黒い毛並みに金色の瞳の美しい猫が、体を丸くして座っていた。

 その猫を見た瞬間、僕の脳内に記憶がフラッシュバックする。


 そうだ、あれは確か下校中、足をケガした猫が道路で車に轢かれそうになってるのを見つけて、僕はそれを助けようとしたんだった。

 だけど、そこにタイミング悪く車が突っ込んできて……強い衝撃を感じて、視界が真っ暗になったところで、記憶が途絶えている。


「こやつはわしの神使……いわば下僕でな。ここから出られぬわしの代わりに、外界の様子を見に行かせておったのじゃが……少々抜けたところがあるやつでな。おぬしには迷惑をかけてしもうた」


「いえ……僕自身の不注意でもありますから。恨み言を言うつもりはありません」


 自分でも意外なことに、記憶を取り戻して最初に感じたのは、死んでしまったショックではなく、あの猫が無事でよかった、という安堵だった。

 次に両親への、先立つ不孝をお許しください、という謝罪。それから、こちらの不注意で事故を起こさせてしまった運転手への申し訳なさだった。


「ふむ、随分落ち着いておるのう。もっと取り乱すかと思うたのじゃが」


「済んだことを騒いでも仕方ないですからね。それで生き返るわけでもないんでしょう?」


「うむ、それはできん。神と言えど軽々しく死者を蘇らせるのは重罪じゃからな」


「でも転生はできる、と」


「うむ」


 ここで最初のセリフに戻ってくるわけだ。


「普段はただの人間相手にこんな事はせんのじゃが、おぬしはわしの神使が世話になった。ゆえにその魂を転生させ、新しい人生をやり直す機会をやろう」


「それはありがたい話ですが……蘇らせるのは罪なのに転生はOKなんですか?」


「なあに、要はバレなきゃいいんじゃ。蘇りは確実にアシがつくが、転生したおぬしの魂を適当な異世界に送り出してしまえば、この世界からはそうそう見つけられんし、証拠も残らんでな」


 そう言って、彼女はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 ……この座敷牢っぽい場所に閉じ込められている様子からして、もしかしてこの神様、結構な悪人(悪神?)なんじゃないだろうか。


「もののついでじゃ、他にも何か願いがあれば叶えてやってもよいぞ? "ちぃと"とか言ったか、最近の若者はそういうのが好きなんじゃろ?」


「現代のサブカルチャーに詳しい神様ですね……」


 願いと言われてすぐに思いつくのは生き返りだけど、それは無理らしい。なら、他に神様にお願いするようなことと言えば……そうだ。


「じゃあ、元の世界から僕に関する記憶を消すことはできますか? そうすれば、僕の家族や友人は悲しまずに済みますから」


「なんじゃ、そんなことか。つまらん」


 僕がそう言うと、神様は急にぶすっとした表情になって、不機嫌そうになる。

 あれ。僕、何かまずいことでも言ったかな?


「すみません、さすがに無茶なお願いでしたか?」


「無茶ではない。じゃがつまらん。もっとこう、おぬし個人に関する願いはないのかや?」


「僕個人の願いですか……特に思いつきませんね」


「面白みのないやつじゃのう。もっと自分の欲を曝け出さんか! 大金が欲しいとか、立派な屋敷に住んで美味い飯が食いたいとか、貴族や王になりたいとか!」


「そういうのは他に欲しいと思う人にあげてください」


「くっ、このお人よしめ……!」


 べつに、そういう訳じゃないんだけどなぁ。

 僕だってお金や権力に興味はあるけど、そういうのは神様に願うよりも、自分の力で手に入れたほうが価値があると思う。

 たなぼた的に突然望みが叶っても、なんかこう、素直に喜べない性格なのだ。


「あえて願うなら……そうですね。良い出会いに恵まれますように、でしょうか」


「出会い、じゃと?」


「はい。家族や友人は、お金や身分よりも大切なものですから」


 能力や富や権力は努力すれば得ることができる。けど、人間関係はそうもいかない。

 生まれる親を選ぶことはできないし、いわゆる"運命の出会い"を経験できる人間だって、滅多にいない。

 円滑な人間関係こそが人生を楽しくするコツだと、僕の両親は言っていた。


「家族がいて、友達がいて、できれば恋人とかもいて。新しい世界でできた大切な人たちと、平凡で平和な暮らしができれば、それで十分です」


「……なんと言うか、だいぶ人生悟っておるのう、おぬし」


「そうですかね? まあ最悪、育児放棄しない親のところに転生させてもらえればいいんで」


 転生していきなり孤児スタートとか、そういうハードなのは流石に勘弁してほしい。


「ふむ、なるほどのう」


 僕がそうお願いすると、神様は笑顔を……それも、とびっきり悪そうな笑顔を浮かべた。


「富でも権力でもない、人との"絆"を求めるか。くくく、てっきり無欲な男かと思えばそうでもないらしい」


「あの、僕なにか変なこと言いましたか?」


「いいや? それがおぬしの望みなら、叶えてしんぜよう。手を取るがよい」


 言われるまま、僕は神様から差し出された手を握る。

 小さくて白いその手から、僕の体を暖かい光が包み込んでいく。


「おぬしにわしの加護を授けよう。加護の名は"合縁奇縁"」


「あいえん、きえん?」


「どういった加護かはすぐに分かるじゃろう。転生してからのお楽しみ、じゃ」


 悪戯っぽく微笑んだ神様は、僕の体が完全に光に包まれたところで手を放した。


「さて、それではお待ちかねの転生じゃ。新しい人生をせいぜい楽しむがよい」


「ありがとうございます、神様」


「よいよい。ほんの暇つぶしじゃ。では、またな」


 微笑む神様がぱん、と手を打つと、僕の意識はすうっと遠くなっていく。

 視界がぼやけ、足元の感覚がなくなり、どこかへ落ちていくような浮遊感を感じる。



 にゃぁお。



 意識が途切れる直前、神様の膝の上で猫が鳴いた、気がした。





 次に気が付いたとき、僕はベッドの上にいて、見知らぬ人たちが僕を見ていた。

 片方は精悍な顔つきの黒髪の男性で、もう片方は長い金髪の美しい女性だ。

 どちらもまだ二十代前半くらいに見える。


 二人は僕を見つめながら優しい微笑みを浮かべ、聞き覚えのない言葉で何かを話していた。

 言ってる意味は分からないけど、ちょっとした仕草や仲の良さそうな雰囲気で、二人が夫婦なのだろうということは察しがついた。


 ――この人たちが、僕の新しいお父さんとお母さんなのかな。


 優しそうな人たちだ。この人たちならきっと、愛情を込めて僕のことを育ててくれるだろう。

 どうやら神様は、ちゃんと僕の願いを叶えてくれたらしい。


 やがて、母親らしい女性のほうがそっと僕を抱き上げた。

 軽々と持ち上げられる僕の体。手足の感触もふにゃふにゃしてるし、首も据わっていない。

 完全に赤ん坊の体だった。


 赤ん坊の僕を腕に抱いた女性は、静かな声で歌を歌いだした。

 歌詞の意味はさっぱりだけど、メロディからして子守唄なんだろう。

 心地のよい歌に耳を傾けながら抱かれていると、なんだか眠くなってきた。


 ――この人たちの所でなら、悪くない人生になりそう、かな……


 そう思いながら、僕の意識は再び途絶えていった。

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