10話
「……それってツッコミ待ち?」
椅子に座り左手を机に突っ込んだ姿勢だダラけた姿勢でペン回しをしているアタシに話かけてきたのは8時半を過ぎてようやく来た最初の生徒、朔来だ
「………………?」
「…………………………」
「え、何か問題があるのか?」
「気にしてないなら良いのだけれど」
何を言いたいのかわからないが1人で納得した朔来はそう一言告げると席に正面から座り知恵の輪を取り出し遊び始めた
かちゃかちゃと鳴る知恵の輪の音は静かな教室によく響く
その音をBGMに左手を机に突っ込んだままペン回しを加速させる
「あ」
調子に乗りすぎてペンを床に落としてしまった
そして気づく
反射的に落ちたペンに視線を向けた時、彼女はこちらの左手を横目で見ていたこと
それに気づいた時に慌てて、そして気まずそうに視線を逸らしたこと
もしかしてと思った、手紙のこと
……いや安直だ、あまりにも
バカかアタシは
「左手のケガなら大丈夫だぞ」
「そう。無理はしないようにね」
「昨日の面談の時と比べて随分と優しいな。そっちが素なのか?」
「怪我人を心配するくらいの善意は持ち合わせているってだけよ。それに『バイバイバイチャー』ってオモチャを作ったから試してみたかったの」
「変な名前だな、どんなオモチャなんだ?」
「使いたいなら見せてあげるわ」
使うとは一言も言ってないが朔来は意気揚々と席を立ちスカートの端を摘まんでくるりと一回転
ゴトン!!と床に重い音を鳴らしたのは電気ポットのような物
「あとは」と呟きさらに回ってカップを1つ作り出した
「どっちがそのオモチャなんだ?」
「ポットの方よ。ケガは内出血でいいわよね」
朔来は「内出血、内出血、内出血」と3回唱えポットのスイッチを押した。
ポットからは茶色の液体が出てカップを満たしていく
八分ほど貯まったらスイッチを止めこちらにカップを差し出す
「………飲めと?」
コクリと頷かれる
不安だが興味は多少ある。とりあえず匂いを嗅いでみる、麦茶に似ているかな
一息ついて一口飲む
「味はつ痛ぅぅぅーーってえええな!!痛い痛い痛い痛い!!」
何だこれめちゃくちゃ痛え!!
口がじゃない、左手やら脇腹やらとにかく身体が痛え!!
「効くってことはまだ無理しているのね。ツンツン」
「ギャァァーー!バッカヤロウ触んな!」
「誰がバカですって?痛いのに無理しちゃってそろそろ3分だからもう少し待ちなさい。それまで突いてあげる」
悲鳴をあげるアタシを面白そうに突く朔来
痛みはみるみる強くなっていき声は金切り声に変わっている
「はい3分。おつかれ、さん」
最後にとどめのデコピンを一発
「あいた。ってあれ?」
身体の痛覚が普通に戻ってた
さっきの激痛が止まったのではなく、ケガの痛みも一切引いていたのだ
「成功ね」
「これってなんなんだ?薬ってのはわかるんだが」
「これは薬茶を作るポットのおもちゃ。治したいケガを唱えてスイッチを入れるとたちまち治すお茶を作れる、ただしケガの痛さは数十倍で感覚も鋭くなるの。見てくれがボロ雑巾になった貴方のために作ったのよ」
「そうか、わざわざありがとうな」
「頑張りなさいよ、カウンセラー」
こいつは根は良い人なのかもな
真顔で再び知恵の輪に没頭するがその表情が少し柔かくなった気がしてなんだか笑える
なんだかこそばゆい空気だ
「ドーン!!」
「よいせー!!」
そんな雰囲気をぶち壊しやがったのは2名の生徒、幸織と海里だ
「センパイ、おはようございます」
「おはよーだぞー」
「おう、おはよう」
朝からテンションが高い奴らだ
こっちを見るやダッシュで取り囲んできた
「あ、センパーイ。もしかして黒板消し落としにひっかかっちゃいました?」
「おー、しーのコンシンのワナだぞ!」
あ?何つったコイツら
まさかあんな幼稚なトラップに引っかかったとでも?
「バカか、んなもんに引っかかるかよ。せめて引き戸の溝にすっぽり隠れるモノを仕掛けろ」
「え、じゃあ何でそんな格好してるんです?」
「は?」
「「……………………」」
「……何か問題があるのか?服装に規定はないはずだが」
「いえ、そうなのですが。センパイが気にしないなら別にーー」
「おー?アサヒは何でそんなヘンなジャージを着ているのだ?」
ピシリ
多分アタシの周りの空気に擬音をつけるならこうなると思う
「いやだって気楽だし外出するわけでもないし。え、つか変?え、マジで、え、あいや、え、マジで?」
「一応言わせていただきますとさすがに上下紫のジャージはこう、見ててアレだなと思います」
マジか
ゴーンと脳内で鐘の音が鳴り気分が沈む
そんな中扉を派手にガラガラと鳴らし鴇崎が息を切らせ入ってきた
「あーヒナオカいた!その芋ジャーはさすがにどうかと思ったから服取ってきた」
「え、お前もそっち側の人間?割烹着なんか着てるのに」
「割烹着は正装よ。それより服を着替えてって呼び止めようとしたのにウチをスルーして行くのはどうかと思うよ。ホラ着替える」
「だっるいやいいよ、だるいし面倒」
外出するわけでもないし不便はない。鴇崎と幸織がわざわざ寄ってきてまだ騒いでるが反応するのも面倒だ聞いてるフリをしよう
服装は変える気はない、のだがそんなにダメか……楽なんだけどな
※
カーン……カーン……カーン……
「お前ら、座れーってか言っててアレだがウチの生徒は予鈴直後は皆んな座ってんのな、真面目だよなー。恵一は荷物運びありがとな」
「問題ねえよ、いつものことだしな」
扉が開き人が入って来ると我に帰った、横の2人は居なくなりさりげなく空多が教室で談笑している
柴柳が教壇に立ちホームルームが始まる
出欠確認あたりが終わったら自分のことを話すとしよう
そういえば言うことを考えていなかった
少しの時間で考えるしかないか
「あー、全員いるな。ホームルーム終わり」
「はえーよ!!」
大声で叫び立ち上がる
「うぉっいきなりなんだ?」
「す、すんません。ちょっと言いたいことが」
あんまりに雑なホームルームにツッコミを入れてしまった
言いたいことは一応言えたが恥ずかしい
それと頭の中でクスクス笑ってる朝陽を何とかしてしばく
「とりあえず、時間はあるし適当に済ませてくれや。ちなみにオレ居るのはまずかったりする?」
「問題ない。話すのはアタシの夢想のことだ」
「なるほど面談の時に話してなかったんだ。いいぜ質問等をやりきる時間は無いがやってくれ」
「ありがとう」
深呼吸をして壇上に立つ
心臓の音が強くなった気がするのは錯覚か何かか
転校の一件での心の負荷は重々感じてる
少なからずアタシの存在を拒む奴がいる、失敗をしたら面倒だ
でもまあ、変えたければ変えるしかない
一度奥歯をグッと噛み話し始めることにした