9話
目が覚めた、というより起こされた
別に未練があったわけじゃないけどこんなものを見る羽目になった朝は心にモヤが残ってしまう
気分を変えるためベッドの上の小窓を開けて朝風を楽しむことにする
本当ならベランダに出てコーヒーでも飲めたら良かったんだけど文句は言えない
鍵を外し空気を入れる、さあ優雅な朝を楽しーー
ガタンッ!!
めなかった、勢いよく開けた小窓は10センチにすら届かない程度の小さな隙間を作った程度だった。
しかも開いた隙間は小窓の上、風なんか入ってくる気がしない。
『まあ学園である以前に病棟ってことか。鉄の柵が無いだけまだマシな気がするけどな』
頭の中で観星の声が聞こえる。
私たちのルールで重要な用事がない場合は眠っている相手を起こすことは避けるようにしている。
しかし観星は私が起きると大抵は数分で起きることが多い。
最初こそゆっくりしていればと止めたのだけれどこれはクセのようなものらしい。
その割には包丁もドライヤーも使えるけどね
『多分、そっちじゃなくて脱走封じじゃね?』
あー、そっちか
それよりこれ洗濯物ってどうするの?
内側に開いた小窓を何とかもっと開かせたいとガチャガチャいじりながらふと思ったことを口に出す
『部屋に洗濯機のスペースは無いし、ランドリーがあるか業者だろうな。それより朝だろ早く準備をしよう』
洗濯機もそうだけど洗濯物を干す場所が問題なんだけど……まあいっか、朝ごはんは何ですか?
『抜き。それと授業前にアタシも挨拶しといた方が良いと思うから入れ替わろうかと思うんだが』
観星の紹介はサンセー、私はまだなんかなーって感じだから様子見してる。お昼はしっかり食べさせてもらうからね。
『人と関わるのはまだキツイか?』
ま、いい気はそこまでしないかな
『おけ、んじゃ着替えて入れ替わるか』
※
寝巻きから着替え必要そうなものを黒いビジネスバッグに詰め込み部屋を出る。
とは言え何か雑に腹につっこんでおく必要はあるんだよな
具体的な理由は知らないが何か食っておかないと薬の効き目が変わるらしい
しかし朝陽が満足する量の飯を食わせると入れ替わった時に眠気がキツイ。と言うか眠いアタシの顔は目つきが相当悪いらしいから本音はそっちの方が面倒だ
そんなわけで飯は抜きと伝え眠ってもらったわけだがまあどうとでもなるか
エレベーターに乗り長い欠伸を1つ
1階のボタンを押そうとして手が止まった
そーいやアイツがゼリーの自販機があるって言っていた
案内の時は自販機は見かけなかった
おそらく散策をしていない1階にあるのだろう
とりあえず行ってみるか
※
案の定、1階のホールの脇にあったフリースペースに自販機はあった
ゼリー飲料だけではなく、パックジュース、パン、お菓子、缶詰などの飲食物や電池、充電器なんてものを扱う自販機もあった
パンもあるならそちらにしようかと考えたが、ジュースが甘ったるそうな◯◯ミルク系やヨーグルト飲料が占めている
一応、コーヒー牛乳やミルクティーなどの比較的甘さが控えてられているものもあるがカフェインが多く含まれていると薬の効き目が落ちる
とりあえず、もともと買うつもりだったゼリー飲料を買うことにした
商品番号を打つとトレーの付いたアームが動く
この手のタイプの自販機は見ていて少し心踊りついついにやけてしまう
「どったん、ニヤニヤして?」
そんなアタシの顔を脇から覗き込み変なものを見る視線をぶつけてくる奴が1名
「おっす鴇崎、なんかこういう自販機みると心が燻ると言うかワクワク感があると言うか。まあそんな心境なんだよ」
「ふーん、ウチには分からない領域だ。次ウチ買うから変わって」
「ああ、わかった」
話している間に取り出し口にゼリー飲料は落ちていた
さっさと取り出して薬を飲むとしよう
鴇崎と入れ替わり朝食を口に含ませ薬を放り込む
行儀が悪いと注意されるかな、と気になったが鴇崎は自販機とにらめっこをしている
「すげー真剣だな」
「そうだね、ごめん。普段は朝食用にゼリーを作っているんだけど補充を忘れてて」
「なるほどな、まあゼリーなんてその時の気分次第でなんでもいいんじゃねえの?」
「あまいよ、手軽に栄養摂取が可能なこのご時世では過度の栄養素で身体を壊しやすいんだよ。サプリメントはもちろん野菜ジュースとかこういうゼリー、それから栄養ドリンクも用法容量はきちんと管理しないと」
「お、おう。ずいぶんと健康に気にするんだな」
「あーごめんウザかった?気にしてるからついつい言っちゃうんだ」
「いやシンプルにすげーと思った。調理師か栄養管理士でも目指していたのか?」
「ううん、これは……趣味、じゃなくてクセみたいなものだから。よし、ヒナオカと同じものにしよう」
そう言って鴇崎はゼリー飲料を購入
律儀に椅子に座りを飲み始めた
「んじゃ、先に行ってるわ」
「行くんだ。皆んな来るまでもう少しかかるけど」
「ちょっと散策したいしな。また後でな、鴇崎」
そう言ってゼリー飲料のゴミをゴミ箱に放り投げる
弧を描いてとんだソレはゴミ箱のふちに当たり地面に落ちた
「あ、ヒナオカー」
「悪いな外したやつ捨てといてくれ」
そう呼び止めに返事をして教室に向かうことにした
※
教室に到着
鴇崎には散策すると言ったが本当は真っ先に教室に向かいたかっただけだ
「……………………」
そして今、アタシは呆然としている
教室の扉は少しだけ開いている
目測では握りこぶしを真っ直ぐに入れると2つ分だ
そして扉は引き戸と明らかに条件が揃っている
何より決定的なのはアタシの視線の先
「……黒板消しが挟まってる」
古典的過ぎる
良いように表現した場合でも『王道』の面汚しになってしまう
転校の件からアタシたちは人の手の平をやや気にするようになっている
どの人も表面は、か、表現も、なのかは知らないが笑顔を浮かべていた
だから、何があっても良いように教室には最初に来るようにしている
「にしても、このトラップはどうなんだ……?」
とりあえず黒板消しを取り外して教室に入る
床に雑巾もないし粘着テープが貼ってあることもないようだ
教室の灯りを点け教卓と掃除用具箱も調べるが妙な物は無い
「さてアタシの机はどれだろな」
机にはプラスチックのプレートが付けられていて名前が彫られている
廊下側の端から見て回り、最後の席に『日向丘』のプレートを見つける
場所は窓際の一番後ろで全員の席を見渡せる
座ってみても悪くはない
机に手を入れ『ぐでー』っと伸びをしようとする。と、その直後
手の平にチクッと痛覚がはしる
「……力を完全に抜いていたら刺さっていたな」
はぁ、とため息を吐き机の中を覗く
ちょうど目線の高さからは見えない程度の奥に置かれた複数の画鋲、そして白い封筒
二度目のため息を吐き封筒と画鋲を回収する
画鋲はゴミ箱に捨て椅子の安全を確認して座りカミソリを警戒しながら封筒を開く
紙には雑誌や新聞のものと思われる切り抜きの紙が貼り付けられている
『関わ ルナ 。 おと ナ しく 速やかに ココか ラ デ て 行け 。』
「…………」
画鋲だけなら百歩譲ってタチの悪い嫌がらせだと思えるがさすがにこれは……
「とりあえず文字を切り取るか」
ビジネスバックからハサミを取り出し文字をひとまとまりごとに切り取る
そしてもう一つ、先程ハサミと一緒に取り出したライトで文字を照らす
「えっと、新聞、マンガ雑誌、スポーツ雑誌、週刊誌っぽいの、料理本……そんなもんか」
脅迫文の文字の裏にはきんぴらゴボウの写真やゴルフの芝、人の顔のイラストなどが書いてあったように見えた
なんとなくでも警戒人物を把握しておきたかったが文字に使った物の種類が多すぎる
単純に考えるなら雑誌を買いに行ったという青海兄、それを利用したと考えるなら妹も、料理を好みさっきアタシを呼び止めた鴇崎、運動が好きそうで昨日部屋に居なかった殿町、部屋に居なくてもただ返事がないだけと怪しまれない朔来、何か引っかかる霧晴
「ってほとんど全員じゃねえか」
アタシは盛大に三度目のため息を吐く
あーめんどくさい、気苦労が半端じゃない
「でもまあ、仕方ないか」
見なかったことにするわけではないが大ごとにした場合はどうなるか
予想するなら親から教えてもらったり写真や話で知ってる牢屋のような病棟行きだろう
『精神障害者』が『悪意』をむけ『揉め事』になった時点で大抵はそうなる
そしてその相手が『精神障害者』であるなら悪影響を受けて手がつけられなくなる危惧と難癖付けられてもれなくアタシも病棟行きだ
ここは黙るのが最善だろう
時計を見ると時刻は7時45分
心を静めつつ教室でも掃除していよう