8話
206号室はすでに家具の配置が終わっていた
業者にはできる限り元の部屋と同じ配置にしてもらっていたからだ
本棚、ベッド、机の配置は違うと違和感あるしな
私物の出し入れは暇がある時にでもやるとしてまずは朝日を叩き起こそう
『非常時』と書いておいた特別小さいダンボールを開けPTP包装の駄菓子を取り出す
朝陽を起こすのにはこれに限る
アタシはベッドに腰掛けほのかに黄色いタブレットをかじる
『ッッスーーーッッッッパイ!!!』
あー唾液出る
『おはよう観星。相変わらず口がスーッてなる起こし方だね!!』
しゃーないだろ、痛いの嫌だし
『つかすごい寝てた。そしてお腹減った』
それもしゃーない
とりま行事は一旦終わり、ここがしばらく使う部屋
物出すのは後々でいいよな?
『うん、めんどーだし。それよりご飯食べようよ』
いやそれより今日の面談についての話し合いだ
『あーそれもあるのかー、しゃーないやるか』
順番にまとめよう
まずどれくらい受け入れられた印象があるかだな
『結論からだけど殿町君は微妙、手探りの半信半疑。ノリは良さそうだけどね、ノリとそこまで重くない情報と重い情報のカケラだけ見せて性格が合うかどうかって感じ』
それはあるかもな
夢想についてはどう思う?
『筋力の増強って言ってたけど少し怪しいかなぁ。増強する夢想だとしするとそもそも筋トレする必要がないでしょ?見せびらかすにしては派手さがない、だから怪しい』
なるほど
アタシ的にも怪しいと思う、筋力の増強だとして教室の自己紹介の時の足と空気椅子中の足の力の入り方に全く差がなかったように見えた
『筋肉フェチなの?』
ちゃうわ
『ジョーダン。とりあえず殿町君は明るいノリの壁を作って接するタイプだね』
そうだな、似たタイプでアタシは青美兄妹が相当怪しいと思う
『夢想が無い発言だよね』
ああ、断定するには迷いも疑念もない
あまりにもきっぱり過ぎる
予想はあらかじめこの返答を用意していたと見る
『でも私には空多さんの方が違和感あるな』
空多がか?
アタシは……あれ、悪いがアイツにはあまり印象がない、何故だ?
『そういう夢想なのかもね。私には空多さん、観星には海里が怪しく見えると』
まあそういうことにしておこう
『鴇崎さんはどうだった?仲よさそうに見えたよ』
あいつの印象は同好の志を見つけたって目をしていたからその反動で相当な興味を持たれたと思う
その風呂敷の中身もあいつからもらった蕎麦と天ぷらだ
『あらあら仲の良いことですこと。鴇崎さんの料理は美味しかった?』
そこも注目だな
日替わりは全部安かったし揚げ物も旬の物も揃えてあった、一般開放をしても良いレベルで
でも食堂にいたのはアタシと鴇崎だけだった
たまたまって考えるのは当然だが、チャイムが鳴ってからほとんど間がなく来た
放送もあったし忘れてた訳では無いと思う
『つまり鴇崎さんはクラスメイトを誘わないで一直線で観星のところに来たと?』
ああ、これは予想だがクラスメイトとのコミュニケーションが苦手なんだろう
一方的に話をしてしまう辺りとか
だから、利用みたいになるけどこのままの関係ならいろいろ聞けると思う
『わかった、そして観星も鴇崎さんに思い入れがあるのもわかった』
うっせ
『しーちゃんは読めない。純粋で、いい意味でも悪い意味でも』
それは同意、考察するのが1番面倒
今は保留でいいだろう
『朔来先輩は?私はSだと思う』
アタシもSだと思う
……まあその点は放置して、幸織みたく何も考えてない掴めなさじゃなくて
嫌がらせをして人を遠ざけるせいで掴めないって感じの理解のしにくさがある
『私には嫌がらせには感じなかったけど、そうだな……猫かな?』
その辺はアタシにはわからないからお前に任せる
そして1番の問題か……
『残っているのは車椅子少女?』
ああ、霧晴響はアタシの正体を見破った
『そりゃ私の演技をしなかったからでしょ?』
だとしても素だとこんな口調なんだろうなで済む話だ
けれどアイツはアタシの名前を聞いてきた
『多重人格だと思われたのかな?名前は何て答えた?』
名乗った
『ありゃりゃ』
けれども反面、彼女も協力的だ
明確な理由は無いけどなんか信用できると感じる
『私は怖いな、思い出すこともあるし』
……そうだな
『よし話は終わり、ご飯にしよ。私も鴇崎さんの料理食べたいし』
ああ、なら変わる前に1つ
アタシのことをクラスメイトに話してもいいかな?
『おまかせする。さーご飯ご飯』
あ、おい待てーー
朝陽は適当な返事をしてポケットの髪留めをつけた
「さーてお腹減ったお蕎麦食べるぞ観星おすすめの食べ方は何ー?」
『はぁ、あーこの季節なら水蕎麦だな、ダンボールに天然水が入ってる。ピンクの塩は天ぷらにつけろ』
「おーけー水蕎麦ねー」
水蕎麦かー、集中しないと味分かんないんだよなー
側面にデカデカと『水』と書かれたダンボールを引っ張り出し中から紙コップと水と割り箸を取り出す
座布団に座り机に料理を並べるこの幸福、あー幸せ
「飲み水よーし!水よーし!天ぷらよーし!よくわかんない塩よーし!手を合わせていっただきまーす!!」
ガチャガチャ
『あれ開かない 鍵閉めてるのかな?』
ズルズル
「あーお蕎麦の味薄い!でもいい香り!これぞ和の心、侘び寂びなのかな!よく分かんない!」
コンコンッ
『みーいーちゃーん、あっそびっましょ!!』
『呼ばれてるが』
私は観星じゃないので関係ありません
「鮭さっくさくだねオイシー!なんかザリザリしてる粒もんまーい!」
『おーい、ねえみーちゃ……ヒナ!日向丘さん!!あーけーてー!!』
うざい、観星にはバカ舌とバカにされる私だけど食事は大好きだ邪魔はして欲しくない
無視しよ無視
『とは言うが外で叫んでる奴は諦めなさそうな気がするぞ、入れるまで喚くし泣き出す可能性もある、なんとなくそんな気がする』
……いきなり心を読まないでよ、外の人って霧晴さんだよね?
『そうだろうな声的に。入れてやったらどうだ?落ち着いてご飯も食えないだろ』
なるほど、分かったよしゃーない
『ありがとう』
内心、鴇崎さんに言われたからって思ってるのは癪だけどいいよ、貸しね
『お前こそ読むな』
やっぱり観星は私と違うな、と思いながら愚図ってるであろう霧晴さんを迎える
「ハロー霧晴さん、どうしたの?」
「ようやく開けてくれたねみーちゃん。部屋を見にきたよ」
みーちゃん……か、私が観星に見えるということかな
夕食前の話だとこの人は観星を見破ったみたいだけど
「そっかとりあえず入る?私物はまだダンボールに詰まってるけど」
「入れさせてもらいます。おじゃましまーす」
霧晴さんは鼻歌を歌いながら私の部屋に入ってきた
ダンボールの山を器用に避けながら机に着くと両手をこちらに伸ばしてきた
「んー、お願い」
「何をハグ?」
「え、みーちゃんってそっちの趣味があるの?」
「え、私ってそっちの趣味があるように見えるの?」
『いやお前明らかに車椅子から降ろせってことだろ。なのに突然ハグだの言い出したら警戒されるだろうが』
これそう言うことなのか、なら言葉にしてくれないかな……
「もしかして降ろしてくれってこ?」
「ほかに何があるのさ」
観星ビンゴ
要望通り霧晴さんを正面から抱き上げる
彼女の身体はとても軽かった、思いのほか軽いなんてどころじゃない
まるで骨と皮だけで出来ているような重さだ
ふと、観星が鴇崎さんに言われたことを思い出した
『原因とかは知らないけどキリハは食事をきちんとできなくてね。普段はゼリー飲料くらいしか食べれないし悪い時は点滴だ。だからもしキリハが来て食べれそうなら付き合ってやあげて』
この軽さは偏食が原因なんだろうな
そっと霧晴さんを座布団に降ろしもう一膳の割り箸を持ってくる
「遊ぶのも良いんだけど今はご飯中でね、霧晴さんも一緒に食べよう」
私の取り分が減るけど
「えっと用意してもらって悪いんだけどいいや。私にはこれがあるし」
そう言い身体を這わせて車椅子に近づき背面のポケットからゼリー飲料を取り出す
鴇崎さんの言った通りのようだ
『しかも市販のゼリー飲料だな。薬のゼリーってのじゃなくてマジで食事なのかもな』
「どったの真剣な顔して」
「ああいやゼリー見てたら食べたくなってきて。あとでコンビニ行ってみようかな」
「申請はしてないよね、少し高いけど学内の自販機で買うしかないよ」
そういえば外出には申請が必要だったな、思ったより不便だ
となると空多さんは毎週出かける可能性が高いと覚えておこう
話が終わるとやや長い沈黙
ドアをあけた時の表情と違いやや緊張しているような、気を使っているような顔をしている
話す話題は思いつかない、何か適度に日常的な会話はないだろうかと考えながら水蕎麦を一口
しかしこのの味に飽きてきた、めんつゆを鴇崎さんに貰いに行こうかと思った時何となくこんな質問をしてしまった
「毎食ゼリーだと嫌になったりしないの?」
やってしまったと思ったのは質問の後に霧晴さんの顔を見た時
表情は明らかに警戒したものになり私は視線を逸らしてしまう
「誰から聞いたの?」
そこだよねそりゃ聞くよね
さて何て返したものか
鴇崎さんはわざわざ霧晴さんが離れた後にこっそり教えてくれたのだ、それはやっぱりお大げさな話にしたくなかったのだろう
なのにあっさり話してしまった
最善の答えを捻り出そうと思考する
そんな私を見て霧晴さんはクスリと短い笑い声を上げた
「あはは、冗談だよ。毎食ゼリーってわけじゃないよさっきだってビスケットを食べてたの忘れてる?」
「そういえばそうだったね。晩ご飯にゼリーっていうのが珍しかったから勘ぐりしちゃった」
私もその空気に合わせるように『やれやれ』と言いたげな表情をして誤魔化した
2人で表面上の笑いを数秒した後、霧晴さんは両手をこちらに伸ばした
「部屋の様子は何となく分かったしそろそろ部屋に帰えるよ。持ち上げてヒナ」
『ッツ』
「おっけー、ジッとしててね」
両脇に手を通し持ち上げて座らせる
霧晴さんは「じゃあね」と告げ振り向かずに部屋から出て行った
「待って」
霧晴が扉に手をかけた時、アタシは耐えきれずにヘアピンを外して呼び止めていた
それでも振り返らない彼女だがそのまま続けた
「ごめん、ゼリーをよく食べていることは鴇崎から聞いた。理由こそ分からんが何かあるのは考えれば分かることだよな、無神経だった。鴇崎も言いふらしたかったんじゃないから」
「それはトキさんの擁護?」
「いや、嘘ついたこととお前の嫌がることを聞いたことを謝りたかった」
「そう。なら質問」
「あなたは誰?」
「……アタシは観星だ。朝日じゃない、観星だ」
「そう、ならそのくらいで許してしんぜよう。おやすみ『みーちゃん』」
去り際に案内中と同じ柔らかな笑顔で振り向き霧晴は帰っていった。