6話
「続けて2階ね、まず201号室のカイリーン。入るねー」
青美兄妹への遠慮はないのだろうか、霧晴はまたもや声かけノック一切なしで海里の物と思われる部屋に突入した。
「あ、日向丘センパイと霧晴センパイ。おかえりなさい面談終わったんですね」
「ああ一通り、今は部屋案内を霧晴にしてもらっていてな。ところでなぜ海里は制服を着ていたんだ?今も見たところ高校のジャージのようだがここの服装に制限はないはずだが」
「制限がないから、ですよ。前の高校好きでしたし早く元の高校に戻りたいのでせめて気分だけでもと」
なるほど、彼女にとって学生生活はとても楽しかったのだろう。
夢想が無いとの言葉を真に受けてしまう訳では無いが外に出て行こうとする熱心さからは普通の年頃の生徒の様に感じる。
「そりゃ良いことだ、早くここを出て元の生活に戻れるといいな」
「そうですね、日向丘センパイもできるだけ早く退院の太鼓判を押して下さいね」
「カイリーン症状は大目に判断しちゃダメなものなんだから催促しない。それよりソラタンはいる?部屋に居なかったからこっちかと思ったんだけど」
「お兄は週刊誌買いに出て行ってますよ。立ち読みして帰り遅くなると思うのでわたしから伝えますがどうします?」
「いや、問題はないだろう。いないなら明日教室で話せば済むことだ、邪魔したな」
「いえいえ、それではセンパイ方。また明日」
「おう……と、そだ。ここではアタシの方が後輩だと思うのだが、なぜセンパイと呼ぶ?」
「それはわたしがここに来た時の学年が高校1年生だったからです。なので気分はどこまでも後輩なのです」
「あーなるほど、なら1つ言っておくがお前が何回生か次第ではアタシの方が後輩だぞ年齢的な面でも。それでもセンパイ呼びするか?」
「んーそこは意地でもセンパイ呼びですね。少なくとも敬語が抜けることはありえません」
「あっそ」
どんな執念だか、それとさっきのことは朝陽と話し合っておくべきか
「それじゃあアタシは次の部屋に行くからな、ゆっくり休んどけ」
「疲れてる訳じゃないので大丈夫です、日向丘センセイこそ転校初日なんですから早く休んでください」
「わーったわーった、んじゃな」
「バイバーイ、カイリーン」
※
「さて202号室だよ。しーちゃんの部屋だね、ノックをしたらすぐに離れてね」
「はあ、まあ分かった」
幸織の部屋か。他の部屋と違い扉に『しおりのへや』と6色の絵の具で辛うじて読める字の書かれたプレートが掛かっていた。
霧晴の注意の理由を考えながらノックをする、その最中に先ほどの朝陽と幸織の面談の様子を思い出した。
そして『あーなるほど』と注意の理由が分かったと同時に本来なら開くはずの扉が覆い被さるように倒れる。
「ぎゃっ」
「うぉー!!」
軽めの幸織とは言え真ん中に挟まった扉の重さと硬さが加わり勢いもすごいものだった、要は痛い
「あさひーあーさひーあっさっひーー!!」
「いたいいたいいたいいたい揺れるな跳ねるな降りろ!!」
よほど懐かれたのかはたまた元からこんなテンションなのか縦横無尽に幸織は扉の上を動き回る
激しすぎるわ
「おーいしーちゃん、すごく痛そうな顔してるよ、と言うか睨んでるしものすごい視線。
降りてあげてー」
「おー、しーのネツレツカンゲイにあさひはルイセンホウカイ?あさひ嬉しい?」
「あ゛あ゛嬉しい嬉しい、早う゛降りろ゛」
「おー!嬉しいならもっとやるぞ?」
「いいから降りろ……頼む」
「わかったなり、またこんどしてあげるなり」
扉の上で立ち上がりわざわざジャンプをして降りやがった幸織に若干の負の感情を覚えつつ下敷きから解放される
「幸織は覚えておけよ、後々お返ししてやるから」
「しーにオカエシ!すこんぶがいいです!」
年寄りか
じゃなくて危ないとか判断できないのか
「なあ幸織、アタシの目をじーっと見ろ」
「お?おけよー。じーー」
アタシが幸織の視線に合わせるようしゃがむと幸織は前かがみになりきちんと見返してきた
その視線は楽しいとか嬉しいなどの歓喜の感情が溢れてる、少なくともドアを壊して突っ込んで来たことには悪意は無いようだ
はぁ、と深く短いため息を吐き出し幸織のおでこにデコピンを放つ
「こらっ」
「あう」
幸織はパチパチと瞬きをしてポカンとしている、痛くはしてないはずだからおそらく驚いているんだろう
「幸織、これ見て」
左腕の袖をめくり幸織にドアに挟まれて赤くなった患部を見せる
「これは、ドアに押されてできたケガ。もう少しすると青い色になると思う。そしてとっても痛い」
幸織に幹部を差し向け「触ってみて」とうながす
「う、うん」
無邪気な幸織だがケガそのものの認識はしっかりしているのだろう、恐る恐るアタシの幹部に触れる
しっかり血豆のように膨らんだ幹部は水風船のようにブヨブヨしているだろう
その証拠に幸織の表情は恐る恐るから気持ち悪そうなそして申し訳なさそうな顔に変わっていた
「ああ言う風に飛び出したりすると、こうやってケガをしたりする。それはアタシだけじゃなくてな、幸織の右肘を見せて」
返事は待たずに幸織の右手を持ち上げ袖をめくる
二の腕の半ばまで上がった袖に僅かな赤いシミがついていてその原因の肘には擦り傷が出来ていた
「こんな風に幸織もケガをするアタシは幸織がケガをして悲しい。幸織はアタシのケガ見てどう思う?
「えっと……イタそうで、ごめんなさいって思う」
「そうか、幸織は優しい良い子だな。こんな危ないことしなけりゃもっと良い子だ」
ワシャワシャと小さくうなだれた頭を撫で笑いかける
手を伸ばした時に一瞬身体が強張ったようだが撫でてるうちにくすぐったそうなはにかみ顔に変わる
「あさひごめんなさい、しーあぶないことしないように気をつける」
「おーおー、それでいい。1つ覚えたからな、ほれアメだ」
普段は腹が減ったと駄々こねる朝陽用の非常食だがアタシの場合はこんな風に使う
実は買い足さないと朝陽が鬱陶しいからあげ過ぎるとまずい
『と、心では思っているんだがな……』
シュワシュワとする大人でもやや大きめのアメを口いっぱいに転がし喜ぶ幸織を見ていると心が温かくなる
「おし、それじゃあ傷の手当てをしたら挨拶回り再開するか」
「あ、傷の手当ては私がしておくよ。207号室がそーくんの部屋だから先に挨拶しに行っておいて。扉の補修については後で説明するね」
「おうなら頼むは霧晴。幸織もまた明日な。」