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傷跡童話《スカーテイル》  作者: 小鳥遊 和輝
1章 スタートライン
13/19

5話

授業終了のホームルームは面談の都合上行わなかったらしいので寮に向かうことになった。

霧晴の車椅子を押し学園内を歩くこと5分前後、いかにも施設風の建物に着いた。

白いスロープに自動ドア、さらに監視カメラが1台とおまけのようにプランターが並べられている。ここだけ見たらただの病院だ。


「ここが私たちの寮だよ」


「気が滅入りそうな寮だな、確かに患者ではあるがここまでザ・病院的雰囲気にしなくてもよかっただろ」


「私はそこまで気にならないかなー、機能美って素晴らしいし」


「押して」と軽く催促されたのでスロープをゆっくり登る、そんなに距離があるわけじゃないが車椅子を押す経験は初めてだ。

やや遅めに越したことはないだろう。



「みーちゃん遅い、でも丁寧」


霧晴がやや反るように顔を上げ不満そうにこちらを見上げる。


「丁寧っつってんのに何でそんな顔してんだよ、天邪鬼か。あとみーちゃんはやめろ」


「はーいはいやめて欲しかったら早く案内とゴハン」


欲が少ないワガママにやれやれと思いながら自動ドアをくぐる。

寮の中は思ったよりも普通に感じた。


「寮は3階建で2階と3階は個室の部屋で1階はリハビリ部屋とシバヤンセンセの部屋だよ」


霧晴の言葉を聞きながらフロアマップを見てみる。

2、3階の部屋はそれぞれ8部屋ずつ、1階には個室が2部屋に広めのホールと用具室が1部屋ずつ、それと目の前にある雑多に机と椅子が並んだ集会場がある。


「1階のもう1つの個室はお前の部屋か?」


「いやそれは学園長センセの部屋なんだけど、あの人は学園長室にいっつも篭ってるから実質物置かな」


「ははは」とから笑をする霧晴の横を「ふーん」と投げやりな返事をして通り気になった用具室に向かう。


「みーちゃん靴は脱がないとダメだよ」


怒られた、靴を脱いで今度こそ用具室に向かう。


「みーちゃんスリッパくらい履こうよ」


怒られた、イラっとした、主に自分に。

そしてみーちゃんと呼ぶな。


朝陽ならスリッパを履くのを忘れないだろうなと明後日の方の考えをしながら今度こそ本当に用具室に向かう。


意外にも埃の気配がしない薄暗い部屋には所狭しと補助具が置いてあった。

松葉杖、平行棒、歩行補助器などのリハビリ用具やボタンエイド、ソックスエイド、リーチャー、パラリンコップなどの私生活で役に立つ補助具と様々な物が揃っている。


「みーちゃーん、そろそろ戻ってきてー」


へなちょこ声で呼ばれる、用具室を出て玄関の方を見ると「ペルプミーふいてー」と霧晴が雑巾を振り回していた。

なるほど外を移動したから車椅子の車輪を拭くのか。


「分かったーだけどみーちゃん言うなー」


すっごいモヤモヤするから


やや駆け足で玄関に向かい車輪を拭いてやる。


「雑巾が汚れたから洗いに行きたい。水場はあるか?」


「あんまり汚れてないから行かなくてもいいよ、水道は外だし」


「いやこう言うのはこまめに洗う方がいい。外だな行ってくる」


すぐさまスリッパを靴に履き替え出て行こうとする


「あっ水道は出た向きで左に曲がってすぐだからー私待ってるねー」


「分かった」


アタシは雑巾を持った手を振り、振り向かず水道に向かった



幸い水道はすぐ見つかった。

雑巾を洗うとは言ったがそれよりも重要なこと、アタシはポケットから錠剤を取り出し服が濡れるのを厭わずガブガブと水を含み錠剤を飲んで深呼吸。

他人との深く関わり過ぎが原因の緊張感と圧迫感とその予兆である朝陽のくぐもった呼吸が聞こえた。

胸に手を当てて次は鼻で深く呼吸をする。

もう声は聞こえない、再び眠ったようだ。

ひんやりとした水は気持ちいい、気分を改めるために頭からぶっかけたい気分だが霧晴から「ずぶ濡れみーちゃん」とかからかわれそうだから我慢して雑巾を洗う。

手に流れる水だけでも十分気持ち良かった。

手早く雑巾を絞りアタシは霧晴の元に戻った。



「うっわずぶ濡れみーちゃん、何で服濡れてるの?水飲んだ?」


結局言われた。

そりゃ、よく考えれば服が濡れるのを無視して水を飲んだんだ当たり前か。


「水の冷たさが丁度良くてな思わず飲んじまった。雑巾は干しておくな。」


とても服は干せない大きさのハンガーがある、そこでいいだろう。


「ありがとうみーちゃん、それじゃ各階の皆んなに挨拶しようか」


「そうだな、まずは寮長から挨拶をしよう」


「ならそこに鏡があるから」


は、鏡?

靴だなの隣に置いてある大きめの鏡、もちろん写るのはアタシ。


「アタシが寮長?」


「いえーす寮長」


「辞退したいと感情面では言いたいが……それはもしかして」


「うん、シバヤンセンセが『君にに決めたっ』って叫んで帽子のツバを逆向きにしながらダーツで決めた結果だよ」


「カウンセラーだからじゃねえのかよ……」


点呼や部屋確認をする際に表情や体調をチェックできるからわざとアタシらを選んだのかと深読みした自分が恥ずかしい。

あとネタが古い気がする。


「ささ、3階の住人からスタートだよ!エレベーターまであないせよ!」


「へーへー分かりました、霧晴お嬢様」



現在は3階の308号室前、誰の部屋か分からないからか、中にいるのは先ほど会った人たちなのに謎の高揚感が湧く。

っし、軽く深呼吸するか。


「入るねー」


「ノックくらいしろよ!?」


プライベートを完全無視の声かけすらせずにドアノブを回す霧晴、深呼吸の心構えしかできなかったぞ。


「大丈夫ー、案の定開かないから」


ガチャガチャと押し引きするが鍵がかかってるようだ。

しかしやっぱりと言うあたり普段からいないのだろうか。


「ここは誰の部屋だ?」


「ここはソラタン……えっと空多さんの部屋。消灯時間ギリギリまでカイリーン……海里ちゃんの部屋でのんびりしてるみたい。」


「ブラコンなのかシスコンなのかはたまた両方か……まあいいいないなら次だ」



「次は301号室イノリン……ねえみーちゃん、ニックネームで何となく分かると思うから訂正しなくてもいい?」


「問題ないみーちゃん呼び以外は、ここは朔来祈の部屋か。で、何でホワイトボードがぶら下がってるんだ?」


「人とあまり会話したくないんだって。律儀に1時間ごとにボードの伝言を確認して返事を書くの。そして私たちも返事を確認しにボードをいちいち見にこなくちゃいけないの」


「スマホとか使ってないのか?」


「この時代だし持ってると思うけど使ってるところを見たことないんだよね。ボードに書き置きしておくから後で見ておいてね」


霧晴は『寮長様降臨』と書き残し次の部屋に向かった。



「305号室トキさんの部屋、別名第2食堂だよ!!」


トキさんは多分鴇崎だろうな。


「おーいトキさん、ヒナが来たよー!」


ガンガンとかなり強めのノックと呼び出しにしては大きな声で部屋の主を呼び出す。


「はいはーい、来たんだねヒナオカ」


出て来た鴇崎は食堂の割烹着姿ではなく紺色のシンプルなエプロン姿だった。

そして部屋の中から美味しそうな香りが漂っている。

背伸びをして奥を覗くと机の上に沢山の黄金色の揚げ物があった。


「何、食べたいの?ちょっと待ってね」


鴇崎は揚げ物のある机ではなくその手前の角を曲がり小皿に湯気の立つ天ぷらとピンクの混じる白い粒を乗せ持ってきた。

多分あそこはキッチンだな。


「ほら、秋シャケと舞茸とレンコンの天ぷら。こっちの塩使って食べるのがオススメだから、たった今揚がったばかりのサクサクホクホクを食べな」


「おうありがとう」


アタシが小皿を受け取ると鴇崎はキッチンに戻った。

何を作ったのか気になっただけだったが、目の前に用意されたらさすがに食べたくなる。

衣から朱が透ける鮭の天ぷらを取り謎の粉に付けて食べる。


「あー、これ桜エビ塩か」


お好み焼きやベトナム料理などで感じるあの風味。

塩も桜エビの粒もやや大きめだからだろう噛むと弾けて鮭の脂に溶けて香りと味が広がる。

舞茸も香りが良く淡白な味だからこそ桜エビのコクが良く合う。

レンコンは厚めスライスでさっくりしている、噛むほどに桜エビ塩は砕かれレンコンの特有の粘り気と混じり飲み込んでもなお舌に味が残る。


「ほぅ、美味かった。」


「ふふん、やっぱりトキさんの料理は美味しいよね!!」


なぜお前が胸を張る。


「キリハの謎自慢が聞こえたけどヒナオカの口にあった?」


自信作だったのかややドヤ顔で鴇崎が戻ってきた。


「ああ、食堂のホイル焼きも美味かったし寮長上手いんだな」


「まあね、ほら歓迎の印」


霧晴は後ろに隠していた大きめの巾着をアタシに渡してきた。

底が温かい、多分天ぷらだろう。


「引っ越しといえばやっぱりお蕎麦でしょ。天ぷらは多めに入れておいたから余ったら天丼にするといいよ。」


「ありがとう、感謝ついでに麺つゆとか無いから後で貰いに行く」


「オッケー、少し高めだけど食材で欲しいのあったら取り寄せ代行するからその辺でも活用してね。…………で、キリハのその手は何?」


隣の霧晴はキラキラ視線で両手を差し出している。


「私も天ぷら欲しい、お蕎麦も」


「便乗するな、今回はキリハの分はなし」


「ケチ!いいもんヒナの部屋に突入するから。行こうヒナ」


冗談の雰囲気で怒りながら霧晴はエレベーターに向かった。


「あーごめん、ヒナオカの天ぷらとお蕎麦は3.5人分くらいはあるからもしキリハが来たら一緒に食べてあげて。あいつが食べたいって思えるのはかなり珍しいから。」


「別に問題ないが珍しいってことについて聞いてもいいか?」


「原因とかは知らないけどキリハは食事をきちんとできなくてね。普段はゼリー飲料くらいしか食べれないし悪い時は点滴だ。だからもしキリハが来て食べれそうなら付き合ってやあげて。」


「分かった、情報ありがとう」


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