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傷跡童話《スカーテイル》  作者: 小鳥遊 和輝
1章 スタートライン
12/19

EP 霧晴 響

よく考えたら図書室の場所を把握していなかった、故に彷徨って40分、日差しがオレンジ色だ。

ついでに言っておくが朝陽は一度迷うと永遠と彷徨うから今ここにいるのは観星(アタシ)だ。


「失礼する、遅くなって悪かったな」


そう言い図書室のドアを開ける。

ちょうど風が吹いたのだろう、やや冷たい秋風と本特有の香りが鼻腔をくすぐった。

そして白いカーテンがゆらゆらと舞う窓際、車椅子に座ってうたた寝をしている少女がいた。

きっと待ちくたびれたのだろうな、気持ち良さそうに寝ている。

あまり音をたてないよう近くとわずかに開いている口元から薄くひかる唾の線が確認できた。


「ったく、待たせたのは悪いと思うがガキじゃねえんだし」


アタシはポケットからレースのハンカチを取り出しそっと拭いてやる。


「んんぅっ」


おーおー、寝てるのに一丁前に嫌そうな顔してやがる

イラだったわけじゃないが何となく軽くデコを小突いてやった。


「……んん、あ、ようやく来た」


「悪いな、遅れた」


「ううん、来てくれてありがとう。日向丘さん」



少し場所を変えて机を挟んで対面する。


「っし、面談だよろしくな」


「うん、よろしくお願いねーっとその前に1つ、君の名前をもう一度教えてくれない?紙に書いてくれると覚えやすい」


車椅子の彼女はカゴからメモ帳とボールペンを出した

朝陽の名前を名乗るのは少し気が引けるがここで観星と書いても説明が面倒だ。

仕方がないので今は嘘をつかせてもらおう。


「アタシの名前か、アタシは『日向丘 朝陽』だ」


「そう、日向丘朝陽ね。ならヒナって呼ばせてもらうから」


「おう、好きに呼べ。お前の名前は?」


「私の名前は『霧晴 響』(こう書く)の、よろしくね」


「これは……『キリハ キョウ』でいいのか?」


「……そう、ヒナもキョウって読むのね」


「あー『キリハ ヒビキ』だったか。よろしくな霧晴」


「よろしくねヒナ……って私達何回よろしくって言うんだろうね、ちょっと可笑しい」


「そうだな、ハハッそうだ、んじゃ一丁始めるぞ。ここに来た経緯と前までの生活と夢想(プレシャス)について、他にも何かあればその都度質問するから」


「分かったわ、ここに来た原因はイジメとかの人間関係のもつれ、あとは親といろいろあってね。いわゆるプライドの高い親だったから息苦しくなってここに逃げてきたの」


「ふむ、車椅子もイジメの原因の1つか?」


「ううん違う、これはケガ。どちらかと言うと車椅子は親との折り合いが悪くなったのと関係してるかな」


「……なるほどな、辛かったか?」


「一時期はね、でも夢想(プレシャス)が発症してからは大丈夫になったよ。それに今は目標もできた、大切な人に会うって目標」


「はっ、いい目標だ。乙女め」


「あはは、なにせ乙女ですから」


「そしていい笑顔だな。なら次は夢想(プレシャス)について今ここで使えそうなものなら軽く見せてくれ」


「うん分かった、まず説明をする私の夢想(プレシャス)は形のない物を形にすることができるの。例えば両手を合わせてぐりぐりして手を開くとーーはい、クッキーとビスケット」


霧晴の開かれた手のひらには確かにバタークッキーとチョコレートの塗られたビスケットが2つずつ乗っていた。


「はいヒナ、あーん」


「やめろよ恥ずかしい」


「まーまー女の子同士なんだし、ホラ顔寄せてて、私車椅子だからあんまり身体を前に倒せないの」


「はぁ、まあ誰もいないしいいか。あーんっ」


アタシは差し出されたクッキーを少し恥ずかしながらも食べる。

サクサクと心地よい歯応えとバターの風味が幸せな気分になる。

甘さも控えめだ。


「どうかな、美味しい?」


「ああ美味い、味も歯応えも香りも本物だ」


「でしょでしょ、これは私の頭でイメージした形のないもの」


「なるほど、夢想(プレシャス)も本物のようだ。要はイメージを形にする力ってことだ」


「うーん、詳しく言うと違うんだけどね。その把握でも問題ないよ」


「そうか?なら近々認識を改めるとしよう」


「真面目なんだから」


霧晴は楽しそうに笑顔を向けながらビスケットを食べた。

殿町のような能天気な表情ではない何か別の感情の混じる心底嬉しそうな笑顔。

しかしなぜだろう、アタシはその屈託のないように見える笑顔はその何かが崩れてしまえば全てが瓦解しそうなほど脆そうに感じた。


「ヒナどうしたの、悲しそうな顔して?」


「え……ああいや少し考え事をしていた」


驚いた、うん。

霧晴が声をかけてきたことに驚いたのではなくアタシの表情が悲しそうと言われたことだ。


「……そうか、アタシはそんな顔していたのか。気を悪くしたか?」


「そんなことない、心配だっただけ」


「ありがとう」


とはいえ初対面の相手の身の上話を聞いて、ましてや患者相手に表情をかげらせるのはさすがにいただけない。

朝陽のように常に明るい表情でいるのは苦手ではあるがアタシ達は責任ある立場だ。

気をつけなければ。


「ねね、私から質問してもいい?」


「問題ない。できる限り答える」


聞きたいことはところどころあるが陽が傾いてきている。

学園の施設をもう少し見て周りたいし住居についてもまだ把握していない。長引かないように終わらせよう。


「よしきた、それじゃあさ」


霧晴の雰囲気が先ほどとは見違えるように変化する、表情こそ変わってないものの彼女の目は真実を逃すまいとするよう真っ直ぐにアタシの目を見ていた。




「ヒナの……ううん、貴方の名前は何ていうの?」




「っ!」


とっさに返事ができなかった、それどころか口ごもってしまった。

その上でさらに驚愕の表情を浮かべしまっているだろう。

あまりにも唐突で予想すらしてない質問。

どう返事をしようか思考しなければ……。


「驚きより悲しいって顔をするんだね、はいハンカチ」


差し出されたものに疑問を持つ、だがそれ以上に自分の表情が悲しそうだと言われたことが信じられない。


「アタシもしかして泣いているのか?」


「ううん、でも少し涙ぐんでる」


「そっか、いやすまん大丈夫だ」


差し出された手をハンカチごと押し返すと霧晴は「そう」と言いポケットにしまった。


「で、貴方の名前を聞きたいの。本当の名前を」


「アタシは……うん、アタシは観星だ。日向丘朝陽の夢想(プレシャス)で造られたもう1人の自分」


どうせ明日のホームルームで自己紹介する予定だった

変な形で観星の名前が広まるのは嫌だったがこの際は仕方ない。


「観星、貴方は観星なのね。なら貴方はみーちゃんと呼ぶわ」


「それはやめろ、なんかモヤモヤする」


そして思い出したくないことを思い出す。


「ダメよこれは決定事項、私に嘘をついた罰。どうしても嫌なら代替案が欲しいんだけど」


足元見やがった。


「えー、学食で奢るとか?」


学生らしい解決策と言えばこんなものだろう、あとは宿題見せるとか、勉強を教えるとか。


「ダメですー、心がこもっていませんー」


「はぁ、なら何か手料理でも作るか?よほど変なオーダーじゃなければ作れる」


「それは嬉しいけど私の求めていた返答とは違うから手料理は追加扱いで代替案を求める」


「無茶苦茶言ってんじゃねえよ……時間も遅いし帰ろう、代替案は手料理。寮があるらしいけど場所が全く分からねえんだよ」


「仕方ないね、ならそれと私の学校案内で許してあげる」


「案内か、それは助かるがそんなんでいいのか?」


むしろ負担をかけると思うのだが。


「いいの、それで。行きましょう」


霧晴はメモ帳とボールペンをしまい車椅子を走らせた。


「しかしまあ、よくそんな質問出来たな」


「名前のこと?それは自己紹介の時の雰囲気が変わっていたからね。というか似せてるつもりだったの?」


「いや全く、素はこんな喋り方なんだなと認識されると思ってな。雰囲気が変わる点を指摘されることは想定してたがアタシの名前を聞かれるとは思わなかった」


「なるほど、詰めが甘いねみーちゃん」


「その呼び方はやめる約束だろうが」


「ざーんねん、まだ手料理も案内もしてないので。安心して話すつもりはないから、ホラ行きましょう」

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