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候主夫妻の華麗ではない日常  作者: 希月 さらさ
初雪草を抱いて
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候主と王太子の外出


 グレンフェルドは年寄りの暴走をほったらかした事を、激しく後悔していた。


 サロヴェスの元首たるロードがこちらの気候を知った上で、あえてこちらに黙っていたとしか考えられない。


 こちらを困らせたいわけではなく、おそらくレイフォードだけを試している。


 ありがたいことに、結婚すると腹をくくった以上は、妻問婚つまどいの儀式を無視するという選択肢はレイフォードにはないようだ。


 誇り高き精霊師であるラスターシアとて神聖な妻問婚の一連の儀式を無視されては、心穏やかでいられるはずもなかろう。


 グレンフェルドは父に精霊師の妻問婚に必要な花があるのだと伝えたところ、さすがに驚いていた。父王も妻問婚に花が要ることを知らなかっただけではなく、当然のことながら特定の花であることも知らなかった。


 しかもほぼ温室に限定されることに、びっくりするほど蒼褪めていた。


 妻問婚に失敗したら国際問題に発展するかもしれないぐらいまずいことを、さすが国王すぐさま把握したらしい。


 すぐに王都中の温室と王宮の温室を、しらみつぶしに探せるよう手はずを整えてくれた。


 レイフォードいわく芙蓉の一種だそうで、妻問婚を問う相手の属性によって渡す花が違うらしい。


 見ないとわかりません。


 レイフォードがそう言い張るので、何故かとグレンフェルドは訊いた。精霊師はその花のことを彼らの言葉で呼んでいるから、本当の名前を知らないらしい。


 ラスターシアは水の精霊師だからスイリア。風ならセーヴェ、大地ならラザン、炎ならメルネ。青い花をつける芙蓉の中にスイリアがある、ということはグレンフェルドも理解した。


 サロヴェスで一年中咲くということは、ファーリセリアでは太陽帝国の国境付近しかも沿岸部にしか咲かない。サロヴェスは初夏と夏を行ったり来たりするような気候なのだ。


 王都の園芸女王はレイフォードの母ニナラーナだけれど、候主夫人の立場では立入れる温室は少ない。むしろニナラーナは品種改良に特化した女王様だ。


 反対に王都の園芸王こと黒の天空騎士は、仕事柄食べられる植物に特化している。ただし、その立場のおかげか王都中の温室を知り尽くしている。まだ咲いていない芙蓉の木や苗を含めて芙蓉がありそうな温室を、彼に全てリストにしてもらった。


 かなり年上の同僚に大変感謝しているが、王都の温室の多さに愕然とした。リストを受け取った時、二人で「多すぎ!」と叫んだのも記憶に新しい。


 リスト順に二人で確認しに行ったけれど、今のところ全て空振りに終わっている。まさか芙蓉にあんなにも種類があるとは……芙蓉おそるべし。


 しかも芙蓉が一日で萎れるとかも初めて知った。


 咲いている温室を知ったら、渡す日まで花が絶えないように監視する必要がある。


 サロヴェスに行かせて株ごと採りにいくことも考えた。問いの花もつがいの花も自分で選んだものを渡さなければならないらしいが、結婚を告知してしまった以上レイフォードは八候家の婚礼の慣習に縛られる。


 レイフォードは結婚するまで王都近辺から離れられない。


 いろいろ詰みまくった状態に、巻き込んだ側の人間としてレイフォードに土下座したい。


 枯れる前に番いの花は確保しようとグレンフェルドからレイフォードを誘ったこともあり、レイフォードの公休日に合わせて自分も休みを取った。


 番いの花を確保したら今日も元気に温室巡りだ。


 王都南側の内側の城門前で待ち合わせていたのだが、やって来たレイフォードはまだ午前中なのにぐったり疲れ果てていた。


 いくら宿直明けとはいえ、朝礼の時は普通にしていたように思えたが。


「全力で止められて……」


「ああ……だろうね……」


 この国では馬の餌になるほどのとるにたらない雑草を、これから王太子と候主が真剣に採集に行くのだ。


 喜劇以上の喜劇に違いない。


 使用人たちにはこの上ない悲劇か。


 鉢植えにするからこれから王太子と一緒に王都の外に行って採ってくると言えば、家令以下使用人達に全力で止められたのだ。鉢植えにはもっとふさわしい花があると、無表情で知られた庭師の親方すら必死な顔だった。


 この花じゃないと駄目なんだと言っても信じてもらえないし、とりあえず振り払って出て来たらしい。


「明日エンドラに到着なんだよね、お嬢。間に合うかなぁ、問いの花」


 船旅でエンドラまで十一日、エンドラから王都までは、馬車を使うよりジェエル大河を船でのぼるほうが早いけれど、王都手前の港街で船を降りなくてはいけない。そこからは護衛が灰の騎士団から神聖騎士団に変わり、威容を知らしめるために陸路になるのだ。


 そして東のコートレイユ門から入城して王都入りすることになっている。


「少なくてもあと五日ですね……」


「なにこのギリギリ感」


 二人して空を仰ぎ見るとかもう……末期だ。


 王都南側以外の城門から出れば大河にでるものの、河を渡らないと平原に出られないのでむしろ今回は南側一択である。


 王太子と候主はさすがに顔パスなので、城門を守る騎士と検問の役人に馬に騎乗したまま片手で挨拶しただけで通り過ぎた。


 門の前で王都から出る旅人も王都に入ろうとする旅人も皆ぎょっとしている。ファーリセリア王国のほぼ頂点にいる人物が、明らかに遠乗りに行くといった気軽な服装ですれ違おうとしているのだから。


 南外郭のメリッツェン門から出て延々と続く南大街道を行けば、メリッツェン候家の領地へ入り領都を抜けてしばらく行くと太陽帝国への南の国境に至る。


 外郭の門を抜け、森林地帯に出ると二人とも一気に馬の速度をあげた。


 よく整備された大街道は多くの商隊や旅人が移動していて賑わっているが、巧みに避けて走り抜けていく。


 楢と橅が大部分を占める森林地帯をしばらく行くと森が開ける場所がいくつかあるので、そこで大街道から外れる予定でいる。


 初冬の時季らしく陽は暖かいが風は冷たい。日陰の多い森林地帯は昼前であっても気温はあまり上がらないから外套は忘れない。紅葉はいまが見頃なので、ラスターシアが来る頃はまだ間に合うだろう。


 最初に森が開けたところで街道を外れて奥へと入ることにした。そのまま街道を行くとすぐ先に休憩所があるが、そこには用事はない。


 馬の餌……もといファーリセリア王国の上層部を恐慌状態から立ち直させるために必要な草、いや花を探すのだから。


 下ばかり見ながら馬を歩かせていたら、さすがに首が痛い。


 首を鳴らそうと顔を上げたグレンフェルドの視界の先に栗の木があった。


「あ、栗だ。落ちていないかな」


「好物ですもんね」


 グレンフェルドも妃のマリエラも栗が大好物なのを知っているので、レイフォードは微笑んだ。


 広大な森林地帯にあって、王都近郊と宿場町が近い街道沿いに栗と胡桃の木が植樹されている。栗の木は夏はすごく臭うので、街道から多少離れたところに大量に植えられている。王都の子供達にとって、胡桃と栗を拾いに来るのが秋の行事のようなものだ。


「残っていたらついでに拾いましょうか」


「いや、いいよ。そういえばサロヴェスでこういうの採れるのかい?」


「どうでしょう。本島では見たことがなかったですね。胡桃は商街で見る機会が何度かありましたけど、小売というより交易品としてでした。気候が安定した南国ですから、加工される果物もそういうのばかりですし」


 東からの貿易風は海に孤立したサロヴェスに温暖な気候と恵みをもたらしてくれる。大小十の島からなるサロヴェスが中継貿易の拠点となっているのも、貿易風によってもたらされる豊かな農産物と、優れた航海技術を持つサロヴェスの海上商人のおかげ。


「旅の間に何度か保存食として手に入れていたので、その時に。食べたことがなかったと喜んでいましたよ」


「相変わらずお嬢は無邪気だね」


 なにか言ってくるかと思えば、レイフォードは何も言わずに馬から降りた。訓練された利口な軍馬なので、手綱を離しても犬のようにレイフォードの後ろを時折草を食べながらついて行っている。


 グレンフェルドの挑発っぽい言葉に乗るつもりもないので、さっさと目的の物を探し終えたい。


 思い出せ。


 あの時見た二人はどんな風に選んでいたか。


 ラスターシアは二人を見てなんと言っていたか……


 グレンフェルドが精霊降節せいれいこうせつに来た時期よりすこし前のことだ。


 ラスターシアは精霊師に妻問婚つまどいを問う「問いの週」の期間、外出禁止をグランディアに命じられてしまった。


 レイフォードのほうもその期間は不必要に外出しないほうがいいと言われ、外出する用事があったとしても誰からも決して物をもらってはいけない、と言われた。


 グランディアだけでなくロードからも同じように言われたし、ルノーテル邸の使用人達にも同じことを言われたので、よほどのことなのだと理解してレイフォードも外出を控えた。


 事実上の監禁にむくれていたラスターシアに、外に出てはいけないのなら馬に乗れるようになりたいとねだられて、一人で勝手に乗って外出しないことを条件に乗り方を教えてあげることにした。


 約束をきっちり守るのは精霊師の性なのか、ラスターシアは屋敷をよく抜け出す割に、馬については忠実に約束を守り続けてくれている。


 精霊降節が無事に終わり、毎日一時間ほど練習して屋敷内なら補助なしでも軽々乗れるようになった時、郊外まで一人で乗ってみたいと言い出した。


 グランディアに了承をもらった上で、運動不足になった馬を遠乗りに連れて行くついでに、ラスターシアを連れて行った。


 丘一面に白い花を咲かせる雑草をむしゃむしゃと食べる馬を、何故か困ったようにラスターシアが見ているのだ。


「なにか気になることでも?」


「気になるっていうか、美味しいのかなぁって」


「美味しいから食べるのでは?」


「そっかぁ……これってつがいの花なのになぁ……馬にはご飯なのね……」


 一心不乱に咀嚼する馬の腹を撫でながら、ラスターシアはとても残念そうに呟いている。


「お嬢様、番いの花ってなんですか?」


 前、精霊降節の少し前に問いの花のこと話したの覚えてる? とラスターシアが問うので、レイフォードはもちろん頷いた。それぞれの色の花に、白いリボンを巻いて手渡すやつだ。


 馬から少し離れた所に座り込んだラスターシアは、すぐそばにある花の先を指で優しく押して遊び始めた。


「問いの花を受け取ってもらうとね、しばらくするとこの花を選びに来るのよ。妻問婚に必要なの」


 ファーリセリア王国では雑草でしかないその草と、ひたすら戯れ続けるラスターシアに半ば呆れながら、レイフォードも丘から見渡せる景色を眺めていると、丘の麓の方から一組の精霊師の男女が手を繋ぎながら登って来るのが見えた。


 男性の方が何か入った袋を持っている。


 精霊師は外見年齢と実年齢の開きが甚だしいのでよくわからないけれど、見た目だけの年齢なら釣り合っている、若々しい男女だ。


 ラスターシアほど法衣の色数が多くないので、格下であるのは間違いがないが、二人とも大地の精霊師のようで緑の法衣だ。


 彼らはラスターシアの言う番いの花を採りに来たのだろうか。


「あ、探しにきたんだぁ」


 彼らを微笑ましそうに見ているラスターシアを視界に入れながら、レイフォードも彼らの方を見ている。


 やがて二人は手を離して男性の方が荷物を一度地面に置くと、袋の中から小さな植木鉢を二つスコップと一緒に取り出した。


 それぞれ一つずつ女性に渡すと、一緒に探すのではなくそれぞれ真剣に下を向いて、レイフォードには雑草にしか見えない花を見定めている。


「ああやってね、相手の人のためにたった一つの花を探すのよ。心を込めて見つけた一株を植えた鉢を、寝室に置くの」


「問いの花とおなじようなものなんですね」


「そうね……あれも一輪だものね」


 ラスターシアはくすぐったそうに笑うと、つがいになろうとしている精霊師達が目当ての花を鉢に植え替え終えるまでずっと眺めていた。


 一度立ち止まって考え込んでいたレイフォードを不安げに見つめていたグレンフェルドだったが、突然レイフォードが歩き出した時はもっと慌てた。


 猛然と歩くなど普段のレイフォードはしないだけに、グレンフェルドですらオロオロしてしまう。自分も慌てて馬から降り、追いかけていくことにした。馬は勝手について来るから放っておいても大丈夫だ。


 栗が植樹された場所からさらに奥に進んだ、森が少し開けた緩やかな斜面に。真夏ほど咲いてはいないけれども、二人が探していた草が群生していた。


 レイフォードは後ろをついてきた馬に括り付けていた袋から、布で作られた鉢とスコップを引っ張り出す。


 どれでもいいわけではない、というのは一株一株注視しながら探すレイフォードを見ればグレンフェルドにだってわかる。


 どれも同じと言ってしまえばそれまでだが、こんな草を大事に植え替えて持って行くような酔狂な真似を、精霊師がするのだから。たくさんのなかから一つだけ選ぶことが大事なのだろう。


 少し遠い位置からしばらく見守っていると、レイフォードはしゃがみこんで布製の鉢に植え替えはじめた。土がこぼれないように鉢の上を閉めてから麻紐で鉢を巻いて縛った。


「決まったかい?」


「ええ……」


 他にも大きい立派な株があるのに、レイフォードは小さいのを選んだようだ。そのかわりこの季節にしては花がきれいに咲いている。


「鉢が割れたら困るので、家で植え替えます」


「……夜は嵐だね」


 王都の園芸女王が発狂するかもしれないほどの暴風が、屋敷内に吹き荒れるのは想像に難くない。


「じゃあ、次はスイリア探しに温室巡りをしようか。あと十五しかないけれどね」


 言っておくが今までそれの三倍は調べた。


 それでも無いのだ。


 炎の精霊師の為のメルネの花である赤い芙蓉は三度見つけて、ラザンの花という大地の精霊師用の薄い緑色の芙蓉は一回見つけた。風の精霊師の為の黄色いレーヴェの花もよく見かける。


 スイリアの花だけ見つからない。


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