お嬢様は残念ぶりを発揮する
結婚が決まり、翌日から生活が図らずとも激変したラスターシアは、まず頭のてっぺんから足のつま先まで事細かに寸法を調べ上げられた。
靴をあつらえるためには木型が必要と言われ、木型を起こすための踝から下の足型を石膏でとることになった。
胸と腰のもできたら欲しいと靴職人と同席したドレス職人に言われ、まさか全裸で石膏に沈められるのかと震えた。コルセットをつけたままだと言うので、それならと思わず頷きそうになってしまった自分が呪わしい。
慣れないものすぎてドレス職人の冗談を間に受けてしまった……
悔しくてギリギリ歯ぎしりしそうなのをこらえながら、次の試練に付き合わされている。
いま王都でレイフォードが衝撃の事実を聞かされているとは知る由もないラスターシアは、足の石膏が固まるまでの間、身動きを禁じられた状態でドレスの生地を選ばされている。
石膏もそうだけれど、まず精霊師にドレスはいらない。
精霊師は貴族の階級並みにきっちり格付けが決まっているから、格付けにあった色数の法衣を着る。首座精霊師を頂点に見習まで八階級で、ラスターシアは首座の下の階級なので、正礼装なら九色。大礼装はさらに多くて十一色。日常は四色の法衣をグラデーションにして、五色目を帯にしていた。
礼装は色も重ねる順番も決まっているけれど、日常の法衣は属性の色と階級の色数が合っていればなんでも良い。ラスターシアは色の組み合わせとかに全く興味がないので、帯の色以外はいままで全部商人任せだったし、仕立て上がればその後も全部侍女任せだった。
任せっぱなしだったので、突然目の前で生地を広げられても困る。仕方がないので右から九色という、適当全開の選び方をして、子供の頃から知っている商人にとても悲しそうな顔をされたけど無視した。
だってわからないものは仕方がない。
こんな馬鹿みたいな選び方をしたのが、商人と侍女の口から祖母とおじ様の耳にはいったのだろう。血相を変えて二人がすっとんできた。
婚礼用のドレスと王都に入場するときのドレスを選ぶときはそばにいると、恐ろしい形相で祖母に言われてしまった。
コルセットは土下座してお願いしまくって、なんとか二つ作ってもらえただけでも有り難い。
一つは腰を細くして胸を強調する一般的なもので、これは夜会とか公式な時に使う用。本当はこれが一般的なコルセットなのだけれども、ラスターシアがさらに土下座をして「公式時だけにしてほしい」とお願いしたのだ。
もう一つは日常用で腰は細くしつつ、胸も抑え込んで小さく見せるもの。精霊師は法衣を幾重にも重ねてしまうので、胸が潰れるわけではないが上から押さえつけられる。今までと感覚的には大差ないので、普段用と非公式用にこれを選んだ。
それぞれの寸法で作ることになってしまったけれど、部屋着用と公式用では素材はともかく意匠はなにもかも違うはずなので特に問題ないはず。
ファーメリア家に足型の石膏とラスターシアの寸法を、仮縫いドレスとともに送るということなので、ラスターシアもドレスや小物を持参するけれども、差し迫り服がないと言うことはなさそうだ。
適当に選んだ生地だけど。
あとはラスターシアの意図を二つの寸法から察してくれることを願うばかり。
レイ、見てくれてないかな……
さすがに見ないか。
だがラスターシアのみみっちい祈りは、無事レイフォードに届いた。
詳細な寸法が書かれた紙と仮縫い用の生地で作られた二着のドレスが、足型と共にファーメリア候家の王都屋敷に届いたのは、ラスターシアが採寸でぐったりした日からおよそ三週間後だった。
どんな色が合うかしら、と嬉しそうに飛び跳ねる母に危機感を覚えたレイフォードが、母親をうまく誘導して自分の休みの日に、御用商人を呼ぶように手配したのだ。
これで青系の生地以外を選ばれる危険は減った……むしろ青系か白と金銀しか持ってくるなと商人達に通達した。
これで違う色を持って来たら、暫く出禁扱いにしてやる。
そんなやや危険な決意すら、レイフォードは一切表情に出さない。
「あら? これとこれ、お胸のところの大きさが全然違うじゃないの」
トルソに着せられたドレスを不思議そうに見つめては、首をかしげる母がいる。
ドレスの前身ごろにピンで刺された寸法の紙を見比べて、ああ、と得心がいったレイフォードが、またややこしいことをしてと呟いて溜息をついた。
サロンの片隅に置かれたトルソを前に立つ母と息子そっちのけで、御用商人達が各々持参した布を広げまわっている。レイフォードが威嚇しただけあって、指定した色以外を持ってきた者はいなかったけれど、母ニナラーナはとても残念そうだった。
「二種類のコルセットを使い分けたいようですよ」
「あら、そうなの?」
じっと寸法の紙を見比べたニナラーナも意図を理解したのか、レイフォードと同じように息を吐いた。
「貴女のお嫁さんも、わたくしの産んだ娘たちと同じみたいね」
「そうみたいですね……」
レイフォードは小さく肩をすくめてみせる。
ずっと前から知っていたけど。
ラスターシアが突然おしゃれに目覚めたら、レイフォードは心臓が止まる勢いで驚ける。それぐらい彼女におしゃれは似合わない。
「わたくしの着飾らせる楽しみは、フィナにしかないのかしら」
色とりどりとはいえ、全て青系統しかない布の海。その色しかないのに何にときめけと言うの? と嘆かんばかりの母親に、仕方ないのでレイフォードは気持ちの救済方法を教えてあげた。
「決定的に欠落しているおしゃれ意識を植え付けてみたらどうですか?」
実際に芽吹くかはレイフォードも正直いって首をかしげるが、ラスターシアは見てくれは無駄に良いのと性格が真っ直ぐすぎるので、母にとっては良いおもちゃにはなる。
「青しか着れないのでしょう?」
「青でも、こんなに色があるではないですか……母上の腕の見せどころですよ」
「あら、そう?」
まんざらでもないようだ。我が母ながら、性格が豹変しない限りちょろいものだ。
「それに……刺繍は理由があって全くできないですが、レースはなかなか上手だと思いますよ」
「ほんと⁉︎ お願いすればフィナのレース編んでくれるかしら?」
「頼んでみたらどうです?」
彼女のことだから母が頼まずとも進んでやるだろう。候主夫人生活は暇を持て余すだろうし、ラスターシアは相当負けず嫌いな女だ。
危険すぎる刺繍にさえ手を出さなければ、日がな一日レースを編んでいてくれても構わないと思っている。
むしろ外出したいと言われても、護衛をたくさん引き連れてでもいいのなら、いくらでも出かけてくれて構わない。精霊師は自然の理を大事にするから、人や自然が作る理から外れたものや、そのせいで生まれた歪みを正すことが彼らの本来の仕事だから。
ラスターシアから精霊師の役目を取り上げるつもりはレイフォードにない。
てきぱきとニナラーナとレイフォードがドレス生地を選んでいると、王都屋敷の内政を任せている家令から「若奥様のお部屋の色見本」から室内の色について尋ねられたので指示しておく。
「贈り物のお部屋は何にするか決めたの?」
「書斎にしました。魔法書を多く持ってくるでしょうから、専用の書棚がいるでしょう」
ちなみに母ニナラーナは自分専用の温室を贈り物として貰った。
ファーリセリア王国よりも北に位置するミオタラは一年の半分以上を雪に閉ざされるせいで、ミオタラの出身のニナラーナはとにかく花が好きだった。
花さえ贈っていれば母の機嫌が保たれるというのが父ディレイベルクの弁だ。父は職務で王都を離れると、基本的に種と苗以外は土産にしない。
ラスターシアの書斎の方は白い壁にした。暖炉を飾るマントルピースや書棚も含めて家具は全て艶のある紫檀にしたけれど、椅子の座面と背もたれは紺色の生地にするべく張り替えに出してある。カーテンをはじめとして使用する生地は今決めるつもりだが、できれば紺色にしたい。
ラスターシアのための応接室は壁を露草色にした。慣例として花嫁道具として嫁ぎ先に持参するのは、たくさんのリネンと応接室に使用する家具一式。
サロヴェスの首都エル・ヴェラは白亜の都と言われるほどで、民もまた紺碧の海に映える白い町並みを自慢するし、家具も白など淡い色のものを好む傾向にある。
ルノーテル邸で使用される家具の大部分が白い家具だったので、恐らくはおなじような色合いのものを持参すると踏んでいる。それを前提にして、彼女専用の応接室のマントルピースは白大理石に替えた。
支度部屋はラスターシアの側付きにするマリーが、白地に青の小花が良いと立候補してきたので許可した。ついでに支度部屋に必要な家具一切をマリーにすべて委ねてしまった。
フィナリアも同じ棟に引っ越すので、自分で壁の色を決めることができたと喜んでいる。
新居になるほかの部屋も模様替えをどんどん進めている。
いや、進めないと時間がない。
ラスターシアが王都に来るまであと一ヶ月だ。
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