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五件目

1年以上ぶりです。

前回のあらすじ

政豊さんから家出したおとぎちゃんの捜索を依頼された事務所の二人。無事に見つけたおとぎちゃんは仕事に嫌気がさして家出した訳ではなく、宇宙人からの依頼で三保の松原の天女をやっていただけだった。


冬、昼間も肌寒く感じる日が多くなってきた。

そのため外出するときにはコートが手放せない……というのは数日前のはなし。ここ最近妙に気温が高く、まるで春が訪れたかのような過ごしやすい日々が続いている。

七間町の昭和のにおい漂うビルの一角にある葵総合事務所に向かって私、豚足娘こと杉山可憐は中華まんとコーヒーが入った袋を持って今日も出勤する。ちなみに買った中華まんは20個。全部私の食べる分だ。

「そんなに食べるからドラム缶みたいな体型になるんだよ」と、ある人に言われたことがある。でもやめるつもりはない。好きなものを食べて何が悪いのか。

階段を使って二階にある事務所の中に入ると、いつもは暗く寒い室内が明るく暖かかった。

(おかしいな、昨日ちゃんと暖房を消しておいたはずだけど)

そう思って事務所の事務作業スペースを見るとそこに王子こと池安一輝がいた。ちなみに私にドラム缶みたいな体型と言ってきた人である。

彼は小さく青いバラが描かれたティーカップを片手に窓から外の風景を眺めていた。あまり認めたくないがやはり王子と呼ばれるだけあって顔立ちは整っており、窓際でたたずむ姿は一枚の絵になる。

「おはよう、豚足娘君」

「おはようございます王子。今日は早いですね、まだ 8 時半ですよ」

この事務所の始業時間は 10 時。どう考えても早すぎる。

「なんだか今日は早起きしちゃったから早めに来たんだ。そういう豚足娘君も早いじゃないか。」

「私もいつもより早く起きちゃって。外が暖かかったからのんびり歩きながら街並みを見て時間を潰してきたんです」

「そうだったのか、たまにはそういう日があってもいいんじゃないかな」

そう言う王子。

「それはそうとして珍しいですね。王子が自分で紅茶を入れるなんて」

「いつもなら君に任せるというんだけどね。少し気が向いたのさ。君も紅茶飲むかい?」

「いえ、私はコーヒーがあるので大丈夫です」

「そうか、そんなしもじもの飲み物をよく飲むね」

「……そのくだり以前にもやりましたよ」

「あれ、そうだっけ?」

そんな言葉のやり取りをしつつ営業の準備をしていく。

壁掛けの電波時計が10時を示したころ、事務所にある固定電話の鳴る音が事務所に響いた。

王子が受話器を手に取る。

「お電話ありがとうございます、葵総合事務所の池安です。……あ、どうもお世話になります。……えぇ……」

王子が電話の対応をしている間に王子の使い終わったティーセットを片付ける。

電話の対応を終えて王子が受話器を元に戻す。

「豚足娘君、依頼が入ったよ。政豊さんからだ」

「……まさかまたおとぎちゃんが家出したんですか?」

「いや、おとぎちゃんが関係しているのは確かなんだけど、今回はその逆だ」

「逆? ……ってことはひきこもっちゃったんですか⁉」

「沼田さんによるとおとぎちゃんがお店に出てこなくなっちゃったみたいなんだ」

「えぇ……」

「とにかく政豊さんのところに行くよ」

事務所の扉に外出中の札をかけて 2 人は現場へ向かった。

政豊さんに近づいて私は何か違和感を感じた。

「王子、この辺りなんか変な感じがしません? 人通りが少なくて、なんとなくピリピリした空気が漂っているような……」

「お、豚足娘君も気づいたか。原因はあちらにいる方だと思うよ」

王子の視線をたどると、そこは政豊さんの出入り口があった。

そこにはいつもおとぎちゃんの等身大パネルが置いてあるのみなのだが、今日はその後ろに物々しい鎧が鎮座していた。しかも首から上がなく、頭は左の小脇に抱えられていた。

いわゆるデュラハンのような恰好をしている。確かにピリピリした雰囲気がそのあたりからするが、人の姿は見当たらない。

「あちらにいる方って、どこにいるんです?」

「分からないかい? あの鎧を着て座っている方だよ」

「……え、あの首のない鎧のことですか?」

「そう。それに腰に差している刀に見覚えがないかい?」

そう王子に言われて私は鎧が差している刀を遠目から観察する。

「あ、もしかして前の依頼できれいに研いでもらった……名前なんでしたっけ?」

「宗三左文字だよ」

「そう、それです! ということはつまり、あの方は今川義元ですか?!」

確かにそう考えると首がとれていることに納得がいく。っていやまてまて。

「なんで昼間から幽霊が顕現しているんですか、騒ぎになりますよ!」

「大丈夫だよ。普通の人にはみえないから。 今見ることができるのは君と僕、そして霊感の強い人くらいなんじゃないかな。そういえば豚足娘君は霊体がみえるようになったんだね、いいことだ。とにかくお店に入ろう、沼田さんが待ってる」

政豊さんの出入り口に近づいたときにそれは起きた。

《いかような用件でこの店に来た?》

頭の中に直接威厳のある男の声が響く。

その声で私が身体を硬直させる一方、王子は臆することなく答える。

「このお店の社長から依頼を受けたためでございます。 そうおっしゃる貴殿は今川義元公ではございませんか?」

《いかにも。ん? おお、そなたらは先の件でわしの勘違いを正してくれた者たちではないか。あのときは世話になったぞ》

「いえいえ、私どもにはもったいない言葉でございます。して、義元公はここで何をされているのですか?」

《この上にいる美しき娘に変な虫がつかぬように門番をしている。そなたらは先の件のことがある故通ってもよいぞ》

美しき娘とは、おそらくおとぎちゃんのことだろう。なぜ見張りをするようになったのかは謎だが。

「ありがたきしあわせでございます。さて豚足娘君、義元公の許しはもらえたからいつまでも固まっていないで行くよ」

「は、はい」

「では義元公。失礼します」

《うむ、よく励め》

階段を上り、店の中に入ると沼田さんが自ら出迎えてくれた。

「こんにちは王子、豚足娘ちゃん。待ってましたよ」

「こんにちは沼田さん。さっそくですが、おとぎちゃんが引きこもったきっかけに心当たりはありますか?」

「はい、まずはこれを見てください」

沼田さんが見せてきたのは先っぽに吸盤がついた1本の矢。そしてその矢に結わえてあったらしい和紙でできた文。

「どうやらおとぎちゃんあての文らしいんです。草書体で書いてあって私には読めませんが」

「これ、なんて書いてあるんですかね」

「ふむ……『君に送るにふさわしい歌が浮かばなかった故、生前でよくできた歌をささげ候。入日いりびさす遠山桜ひとむらは暮るるともなき花の蔭かな』って書いてあるね。この左下にあるのは今川家の家紋だね」

「何て言う意味の和歌なんですか?」

「通説だと、『入日に映える遠山の桜――その一群だけは、なお暮れることもない花の蔭であるよ』っていう風景の美しさを表現した和歌だね」

「……もしかして、この手紙の送り主って……」

「義元公だろうね」

私が困惑してるのをしり目に、さらっと王子は答えた。

沼田さんは一切れのメモを取り出してこちらにみせる。

「それと、これがおとぎちゃんからの書置きです」

『しばらく引きこもります。それと、お願いされても外にいる義元公を店の中に入れないでください。もし入れたらおじさんを嫌いになります。お仕事も手伝いません。』

メモにはそう書かれていた。

「なんか頭が痛くなってきたんですけど……おとぎちゃんが引きこもりになった原因は義元公ですかね」

「十中八九そうだろうね」

「でも、義元公って奥さんがいましたよね。これっていわゆる浮気になりません? これって大丈夫なんですか」

「義元公の生きた時代は側室を持つことができた、つまり奥さんが複数人いることが普通だった時代だから大丈夫だと思うよ。それよりも重大なことがあるような気がするけど……とりあえず、おとぎちゃんから話を聞こう。沼田さん、彼女はいまどちらに?」

「それが……今はおとぎちゃんと話すことはおろか、会うことすらできないと思います」

沼田さんいわく、この空間というよりこの世界におとぎちゃんはいないのだという。 今おとぎちゃんが引きこもっている場所は守護霊のようなものたちが住まう霊界というところで、こちらの世界からは基本的に干渉することができないらしい。

「そうなんですか……。 仕方ない。豚足娘君、義元公から話を聞きに行くよ。」

そう言って王子は出入り口に向かう。

出入り口の階段を下りると来た時と同じように物々しい鎧が鎮座している。

王子が今川義元公に話しかける。

「義元公、門番お疲れ様です。それにしても大丈夫ですか、無理やり存在を依代の外で維持し続けるのは大変でしょう?」

《……これくらいかの美しき娘に変な虫がつくことに比べればどうということはない。それに武士は泣き言を言わぬ》

そう言う義元公からはどこかつらそうな雰囲気が漂っている。ああ、ほんとはきついんだ。

私はそう思った。

「なぜここで見張り番をなされているか少し話を伺ってよろしいですか?休憩がてらぜひ私共の事務所までいらしてください」

《しかしわしにはここで見張りをするという使命が》

「無理をなさっては十分に務めを果たせませんよ」

《…………うむ、では行くとしよう。わしは依代に戻る。そこな娘、豚足娘といったか、わしを運べ》

そういって義元公は腰から宗三左文字を外して私に差し出した。

「は、はい」

少し気圧されながら私が宗三左文字を受け取ると、もとからそこに居なかったかのように鎧の姿が消えた。そして、沼田さんに断りを入れてから 2 人と 1 本は事務所に向かう。

事務所のドアの前に着くと、なんと王子がドアを開けてくれた。そのため私は思わず聞いてしまった。

「王子熱ありませんか?いつもならこんなことしないのに」

「……君が今お連れしている方が誰なのか忘れたのかい? 今の君はいうなれば牛車の牛。当然みちを空けるようにするさ」

今度は豚ではなく牛か。私は自分の扱いに半ばあきらめ気味になりながら事務所の応接スペースに向かう。

そこは普段使われることがないが、私がまめに掃除しているため小汚いということはない。ちょっと値の張る椅子が机を挟んで依頼人が座る側に 2 つ事務所のスタッフが座る側に 1 つ、対面するような形で配置されている。

応接スペースに入ると義元公が私に話しかけてきた。

《豚足娘、少し頼みがある。わしの刀を背中の側から前に持ってきてくれ。そして横にして両手で支えていてくれんか》

「は、はい。承知いたしました」

私が言われたとおりにすると、私の正面に鎧姿の義元公が現れ、刀を手に取った。(ちなみに頭は首の上にちゃんと乗っかっていた。)

義元公は隣の椅子に刀を立てかけるともう 1 つの椅子に腰かけた。対面する椅子には王子が腰かけている。

王子が義元公に尋ねる。

「義元公は何かお飲みになりますか?」

《そうだな、では緑茶を頼む。お茶請けは今川焼でな》

「承知いたしました。じゃあ豚足娘君、用意よろしく」

王子に頼まれて私は準備をするために応接スペースを出る。

応接スペースを出てから事務所に今川焼がないことに気付いた。

(ここから近くてすぐに今川焼を買うことができるところとなると……松坂屋の地下か。うう、地味に遠い)

財布を手に私は急いで買いに行った。

お茶とお茶請けの今川焼をお盆にのせて応接スペースに戻ると、そこは何とも言えない空気が支配していた。

王子は顔に営業スマイルを張り付けているものの、疲れているような雰囲気がにじみ出ている。

一方義元公は厳つい鎧姿にもかかわらず背景にお花畑が見えそうなくらいに浮かれた空気が感じられる。

そんな空間に少し気圧されながら私は 2 人に声をかける。

「お茶とお茶請けをお持ちしました」

「お、ありがとう」

《うむ、大儀である》

「義元公、先ほどのお話をぜひ豚足娘君に聞かせてあげてください。豚足娘君、いったん僕は席を外すから少しの間よろしく」

そういうと王子は椅子から立ち上がって応接スペースから出て行った。

あ、王子が逃げた。って私はどうすればいいんだろう?

応接スペースにはぽっちゃり系女子と厳つい鎧、それと刀。このスペースはこれまた妙な空間と化した。

《……まずはその椅子に座ったらどうだ?》

義元公の勧めに従って私は王子が座っていた椅子に腰かける。話を促すために私は義元公に話しかけた。

「義元公は王子と何を話していらっしゃったんですか?」

《わしがなぜあの店の門番をしているのかを話しておったのだ》

「で、王子は私にもその話を聞いてもらいたいと」

《どうやらそのようだな。ではさっそく話すとしよう。事の始まりは依代の刀を研いでもらうところから始まる……》

もったいぶって義元公は話していたが、簡単に言ってしまえば義元公は自身の依代を丁寧に研ぎながら自分の話を真剣に聞いてくれるおとぎちゃんに恋をした。これまでさんざん後世の人にばかにされ、まともに話を聞いてくれる人はほとんど存在しなかった事があり、相当義元公は心を痛めていたそうだ。

そしてこの気持ちを伝えるために何か自分にできることはできないかと考えていろいろやっていることのひとつが門番をするということだそうだ。だがなかなか受け入れてもらえず、そのあまりのアタックの強さから義元公は一時的に霊界から出入り禁止を言い渡されたらしい。

「出禁になるくらいって……」

《あのような健気でかわいらしき娘を我がものにしたいと思うのは、当然の感情であろう。故に後悔も反省もしておらん》

そう言い切る義元公。

……だめだこりゃ。げんなりしながら私はそう思い義元公から視線を外して上を見る。

上を向いた直後、私は恐怖で体がこわばった。

義元公の後ろに般若がいる。手に持つ棒のようなものには何やら呪文のようなものがか見える。しかもそれを義元公めがけて打ち下ろさんとしている。

《どうしたのだ、豚足娘。まるでぶはっ⁉》

義元公の言葉は般若によって義元公の頭に向けて振り下ろされたハリセン(呪符仕様?)

のよって遮られた。張り倒された頭は落ちて床を転がっていくところを般若に足で止められた。

《何をする、痛いではないか!》

《何をするではないでしょう。妾に何も知らせず何をしているのです、義元様?》

義元公の抗議に対して静かにそう言う般若。その声に身体を硬直させる義元公。ふと般若が姿勢を正してこちらを向く。もうあの怖い顔ではなくきれいな顔立ちになっていた。

《妾は定恵院という。これが世話になった。これからこれの説教する故に失礼する》

定恵院さんが彼をひっつかみながらこっちにお辞儀をしてくる。つかまれている義元公は焦って抵抗する。

《ま、待て。わしにはやることがあるのだ》

《ほう、かのいたいけな刃物の神の孫娘に迷惑をかけることですか? 下手をすればあの神の怒りに触れて存在が消し飛ばされかねない状態なのですよ。わかったらおとなしくついてきてください。》

《わかった、わかったから鎧を引っ掴むでない。わかったからあああぁぁぁぁ》

最後に義元公から断末魔のような叫び声が聞こえ、2 人の姿が消えた。

気が付くと応接スペースには刀と私しかいなかった。ふと机を見ると今川焼がなくなっている。あの人はしっかり出されたものは持って行ったらしい。

惚けていたら王子が戻ってきた。

「義元公は帰ったのかい?」

「あ、王子。それが義元公は奥さんに連れていかれました。これから義元公を説教するそうです」

「そうか、じゃあよかった」

「どうして彼女が来たんですか?」

「とある伝手を借りて連絡してみたんだ。義元公の話を聞いた感じだと奥さんには内緒でやっていたみたいだから、奥さんに相談すれば解決の方向に向かうんじゃないかと思ってね。さっそくこのことを沼田さんに報告しに行くよ」

いったいどんな伝手を使ったのかと疑問に思うがさっさと外に出てしまう王子に置いて行かれないように私は急いで上着を羽織った。

政豊さんを訪れるとそこには沼田さんだけでなく、おとぎちゃんの姿もあった。ちなみに私はたびたび政豊さんに顔を出していたお陰で支障なくおとぎちゃんと会話できる。

「あれ、おとぎちゃんはひきこもるのやめたの?」

「うん、さっき定恵院さんが夫の義元公を簀巻きにして霊界いた私に謝りに来たんだ。義元公が私に近づいたり何かアプローチをかけたりできないようにしたみたいだから、もうひきこもっていなくていいと思ったの。これからひきこもっていたときの分まで頑張るよ」

おとぎちゃんが笑顔で答える。

私は無事におとぎちゃんがひきこもることをしなくなったことに安堵した。

外を見ると呉服町の人通りが元に戻っているのがわかる。そして気温が低くなってきている。厚手の上着が欲しいくらいだ。

ちなみに義元公の本体はいま霊界で鎧に「私はおとぎちゃんに手を出そうとしたロリコンです」と書かれたプラカードをかけた状態で正座させられているらしい。

依頼を終えて王子と私は事務所に戻ってきた。

「問題が解決したところですし、今川焼を食べよっと」

「あれ、余分に買っていたのかい?」

「はい、自分へのご褒美です」

そう答えつつ紙袋の中から5個ほど今川焼を取り出す。

「そうか、ほどほどにね……って言っても豚足娘君のことだから聞かないか」

何か王子が言っていた気がしたけど気にせず今川焼を堪能する。

これにて今回も一件落着。次はどのような依頼が事務所に舞い込んでくるのか。それは誰にもわからない。

読んでいただきありがとうございます。

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