四件目
ほそぼそと文章の修正をしつつ続けています。
※この小説は不定期更新です。予めご了承ください。
秋、夏の暑さはやわらぎ、過ごしやすい日が増えてきた。七間町の古びたビルの一角にある、葵総合事務所にも秋を感じさせる空気が漂う。
そんな事務所に王子が上機嫌で出勤してきた。可憐のほうを見て
「おはよう、豚足娘君。すこし太ったんじゃないか?」
「おはようございます、別に太ってなんかいませんよ。」
「秋は君みたいな偶蹄類にはウレシイ季節だろ。」
「私はれっきとした人類です。」
そんな、もはや日常と化したやりとりから突然、王子は話を変えた。
「喜べ、依頼が入ったぞ。」
「……また、動物がらみの依頼じゃないんですか? 逃げ出した動物の捕獲とか、前の犬と猫の恋愛みたいな。」
両手を広げながら、王子が答える。
「いや、今回は刃物屋の豊政さんからの依頼だ。なんでも家出した娘を捜索してほしいそうだ。」
「それって警察の仕事じゃないんですか?」
訝しげに王子をみながら可憐が言う。
「残念ながら警察はこの世のものしか扱わないから今回は使えない。」
「ってことは、怨霊がらみですか。」
ここで思わずため息をつく可憐。
「違うよ、依頼主が豊政さんというところから察してくれ。」
「……まさか、おとぎちゃんが家出したんですか!」
前回の依頼のとき、一瞬女の子が階段に座ってるのが見えたような気がしたが、いまひとつそのときの子がおとぎちゃんであると理解できていない可憐には想像がつかない。
「家出の原因はわかっているんですか?」
「わかっていたらうちに依頼しにこないさ。」
「……とりあえず事情聴取に行きましょう。」
「待ってくれ、それはこの紅茶を飲み切ってからだ。」
紅茶のはいったティーカップを片手に王子が待ったをかける。
「そういえば、豚足娘君は紅茶を飲まないんだね。」
「私にはコンビニのコーヒーがあるから、いいんです。」
朝が肌寒い日が多くなったため、可憐はいつもの中華まんに追加してコーヒーを最近買うようになった。そんな可憐に王子が一言。
「しもじもの飲み物だね。」
コンビニのコーヒーを飲む方々に謝れ!という言葉を、口から出さないように可憐が努力しているうちに、王子は紅茶を飲み切ってしまう。
「さて、それじゃあ早速、田沼社長におとぎちゃんに何があったのか事情聴取だ。」
刃物屋さんの豊政には、田沼さんが浮かぬ顔をして待っていた。
「お待ちしていました。まずはこれを見てください。おとぎちゃんがいなくなってから、これが店の前に置かれるようになったのですが。」
田沼さんが持つそれは、金属の塊だった。
王子は、その金属の塊を田沼さんから受け取り、しばし眺めた。それがどういうものなのかわかったのか、王子は金属の塊を田沼さんに返し、こう言った。
「これは隕鉄ですね。でもなぜ、こんなものがお店の前に置いてあるんだろう?」
隕鉄とは、宇宙から地球に落下してきた金属片、つまり隕石の一種で、製鉄の技術のなかった頃は、重要な金属器の原料であった。ちなみに日本刀にも、隕鉄を用いた名刀が存在している。
田沼さんがため息をつく。
「おとぎちゃんは、いわばこの店の福の神なんです。あの子がいないと、どうにも仕事の調子が出なくて、商売上がったりです。こんな隕鉄はどんどん溜まるし、どうなってるんだか。」
「分かっています。」
王子は、にこりと商業用の笑顔を浮かべた。
結局その後、おとぎちゃんがいなくなったのは一昨日ということ以外、有力な手がかりは得ることができず、王子と可憐は一度豊政をあとにした。
豊政から七間町の事務所までは、10分もかからない。二人が帰り道を歩いていると、前から鍋田市長の秘書の村田さんが歩いてきて、片手を挙げた。
「こんにちは。」
「こんにちは村田さん、市長は元気ですか?」
二人がそれぞれ挨拶をすると、村田さんも挨拶を返し、それからため息をついた。
「正直なところ元気とは言えないです。海勝知事が、静岡市の人口が70万人を切ったら、政令市を返上しろと煩くて。まだ自分たちで立ち直せると無視していたんですが、知事が独自に、市内各所で県都構想を市民に説明して回り始めたんです。酷い話ですよ。市長も今、そんな厄介ごとが増えて頭を抱えていらっしゃる。」
県都構想とは、大阪維新の会がぶち上げた大阪府と大阪市の二重行政の解消のように、静岡県と政令市の二重行政を解消しようという海勝知事のアイディアだ。それに対抗する鍋田市長には、このごろストレスにより、痩せてしまったという噂もある。
「お疲れ様です。ところで村田さん、何か静岡にプラスになる最新のニュースはありますか?」
王子の問いに、村田さんはしばらく考え込んでいたが、ポンと手を打った。
「実は、面白い噂がありますよ。」
「それは、何ですか?」
王子が先を促す。
「出たんですよ、天女が。」
「……もう一度言ってくれませんか。」
自分の聞いた言葉を信じることができず聞き返す可憐。
「だから出たんですよ。三保の松原に天女が。」
村田さんの話によると、三保の松原で天女の目撃情報が相次いでいるという。その話を聞いた後、一言二言世間話をしてから二人は村田さんと別れた。
「三保に行ってみよう。」
事務所の前で王子が突然つぶやく。
「なんですかいきなり。しかも何故また三保に?」
可憐が疑問に思い尋ねる
「今回の依頼の手がかりが見つかるような気がするんだ。豚足娘君は第六感を信じるかい?」
王子が真顔で可憐の見解を求めた。
「私は信じません。」
「そうか、動物のほうが人間よりそういう感は鋭いと思ったんだけど。人間の理性が邪魔して、そういう本能の力を減じているんだよね。」
「はいはい。」
またそれか。そう思いながら可憐は軽く流した。
「じゃあ、僕が車を出すから、豚足娘君はここで待っててくれ。」
王子はそう言って駐車場に向かった。
王子は、可憐の待つ事務所の前に、赤色に塗装されたベンツのEクラスを停める。個人的に可憐はこの王子のベンツに違和感を感じる。感性は人それぞれだからとやかく言うことはしないが、可憐はどうにも受け入れることがない。
「動物君は、助手席ね。」
……動物君? とうとう私は豚足娘でさえなくなるのか?
私たち二人は三保の松原まで一時間弱のドライブを楽しんだ。王子のベンツは乗り心地を求めた特注品らしく、また王子も運転が上手いためとても快適だった。
「王子は運転が上手ですね。」
「まあね。本当は他の人に運転は任せたいけど、この車には愛着があるから傷をつれられでもしたらと思うとできないんだよ。」
三保の松原に着くと、テレビ局が取材に来ていた。三保の松原は、富士山の世界文化遺産のパーツのひとつとしてユネスコに登録されており、国際観光地として注目されているが、なぜか今日は人っ子一人いない。
駐車場に車を停めて、二人が松原を歩いて噂の天女を探していると、テレビ局のクルーが後をついてきた。
「すみません、お二人は観光客ですか?」
「違います。」
そう王子が答えると、申し訳なさそうにクルーが
「ちょっと観光客としてコメントくれませんか。もう二時間も観光客を待っているんですけど、一向に来なくて。」
「いいですよ。その代わりに、ちょっとついてきてください。」
王子が固まっている可憐の代わりに自然に対応する。
王子に連れられて一行が海岸のほうに歩いていくと、空に羽衣が浮かぶのが見えた。
「天女の羽衣!」
クルーの一人が叫ぶ。
羽衣が宙を舞っている。それをまとっているのは、おとぎちゃんだった。
テレビ局のクルーは、おとぎちゃんが羽衣をまとって宙を舞う姿をカメラに収めていた。しかし、クルーたちの言葉から「女の子」や「黄緑色の髪の子」のようなキーワードが聞こえてこないことから、どうやら 彼らにはおとぎちゃんが見えていないらしい。
「特ダネだ!」
クルーのリーダーらしき人が狂喜していた。おとぎちゃんが宙を舞っている姿に、可憐は唖然としている。王子はというと、
「きれいな舞だ」
とおとぎちゃんの舞を評価していた。
帰りの王子の車の中にはおとぎちゃんも乗っていた。おもむろにおとぎちゃんがお店を抜け出した理由を話し出した。
「バイトだったの。」
「バイトだったのって言ってる。」
姿は見えるが、おとぎちゃんの声は聴くことができない可憐に、王子が通訳する。
「一日に隕鉄一つでバイトを頼まれて。」
「報酬は一日に隕鉄一つだそうだ。」
深刻な理由で抜け出したわけではないことに、可憐はほっとした。
「ふじのくにの海勝知事に鍋田市長が苛められていることを心配して、静岡市を盛り上げるために羽衣を 着て海岸でふわふわしてみてくれって頼まれたの。」
「宇宙人が鍋田市長を心配しておとぎちゃんにやらせを頼んだそうだ。」
「今度はよりにもよって宇宙人ですか!」
可憐は絶句した。
三保の松原に天女現れる。テレビに映る衝撃的な映像は巷を騒がし、三保の松原には天女を一目見ようと人が殺到した。この騒ぎによって静岡市に人が集まるネタができ、鍋田市長はご満悦だとは村田さんの話。おとぎちゃんのアルバイトは、観光の起爆剤になった。
新聞で天女の記事を読みつつ、可憐が王子に尋ねる。
「宇宙人が何でこんな島国の一都市の心配をするんでしょうね。」
「僕にもよくわからない。伝説には地上の人類を超えた存在が常に登場する。三保の松原もそのような存在と遭遇できる、一種のパワースポットなんだろうね。」
「そういえば、おとぎちゃんはあのバイト続けているんですか?」
「週末に時間を見つけてときどきやっているみたいだよ。」
報酬の隕鉄は現役の刃物づくりの職人さんに売ることになったそうだ。
こうして今回の依頼も一件落着。次はどんな依頼が葵総合事務所に舞い込むのだろうか。それはまた次回のお話。
読んでくださりありがとうございます。