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三件目 

お待たせしました


 オフィスの隅で上下黄緑色のジャージ姿で豚足娘こと私、杉山可憐は太極拳の修行をしていた。王子はこの姿を見て、豚が恐竜になったとか言っていたが気にしない。

 「おーい、豚足娘くーん。」

私の耳に聞きなれた声が聞こえる。

 この事務所の所長である王子こと池安一輝が出入り口の扉の外側にいるみたいなのだが、扉を開ける気配がない。

 扉に付いている覗き窓から外を見るとそこには王子がいた。両手で抱えるほど大きな赤いバラの花束を抱えてニヤニヤしている。正直にいうと気持ち悪い。

私は仕方なく太極拳の修行でくずれた服を整えてからドアを開けた。

 「……どうしたんですか、その花束? それに、そのいつにもまして真っ白なスーツ。またクリーニングしたんですか?」

 「そうあきれなくてもいいじゃないか。まずこの花束は姫君に贈るために用意したんだ。今日は姫君の誕生日でね。このスーツもそのためにクリーニングに出したんだ。安心してくれ、クリーニング代は僕の小遣いから出してるから。」

 「まあ、それならいいですけど。絶対に事務所の経費で落とさないでくださいね。」

 王子の言う姫君とはドスノカフェのウェイトレスのひとりのことだ。

 ドスノカフェとは静岡市七間町にある喫茶店で、演劇が大好きなマスターの榎木さんが、経営している。『夜の公民館』などと榎木さんは自称していて、なかなか繁盛しているようだ。また、美人の劇団員のウエイトレスがいることでも有名だ。

 王子は、このウエイトレス目当てにドスノカフェに通いつめているが、全く相手にされていない。真っ白なスーツに赤いネクタイという服装をしていたらあまり相手をしたくないって思われるということが彼にはわからないらしい。

 「くれぐれも、ストーカーにはならないで下さいよ」

 「流石にそんなことはしないよ。僕はいつでも正面から堂々とお付き合いするさ。」

 ルンルンしている王子を尻目に、可憐は買い置きしてある中華まんを3つほど頬張った。

 「豚足娘君、いつものプリンスオブウエールズを頼む。」

 「はいはい、リプトンの紅茶でいいですね。冷蔵庫、冷蔵庫は……」

 「そこを頼むよ。ティータイムには拘りたいのだよ。はい、これ茶葉。」

 「はぁ、そのおかげで今月も事務所は赤字ですよ。いい加減ちゃんと働いてくださいよ。お嬢に熱あげたり紅茶を嗜んでたりしないで。」

 「そういうと思ったよ。実は依頼が入ったんだ。大きな依頼だよ」

 「え、意外ですね! どんな依頼なんですか?」

 「とりあえず明日の昼に、刃物屋の政豊さん前で待ち合わせだよ。話はそのときにするから。あ、もし他の依頼の電話が来たらぼくにれんらくしてくれ。」

 そういって王子は、紅茶を飲まずにバラの花束を持って、ドスノカフェへとウキウキしながら出かけていった。

 ……行っちゃったよあの人、紅茶も飲まずに。それにしてもどうしてここに寄ったんだろう。わからない。

 私は、棚から出されただけで使われなかったティーカップを片付けて自分のデスクへ向かう。そこには図書館で借りた資料が山をつくっている。今私は、静岡県の歴史を読破しようと頑張っている。

前回の依頼が、猫が犬に懸想するという道ならぬ恋の解消だったはずなのだが、なぜか駿府城天守閣の設計図を巡って戦う羽目になり、そのとき知識不足で話についていけなかったため、地元の歴史を知らないとだめだなと思ったのがきっかけだ。

 調べていて分かったのだが静岡市は徳川家康で町を活性化しようとしており、徳川未来学会なども創設されている。しかし、静岡の文化の土台を作ったのは、家康ではなくて今川義元であるという意見も多いのが実情らしい。

 「うーん、武ではなく文(政治)で治めたのが今川か。」

そうつぶやきつつも私は資料を読み進めていく。デスクから少し離れたところには私のマグカップに注がれたミルクティーが置かれている。



 スマホが着信音を鳴らした。見ると王子からだ。

「もしもし、どうしました?」

「豚足娘君、今日は事務所を閉める時間までに戻れなさそうだから、代わりに事務所の扉を閉めておいてくれ。」

「わかりました。やっておきますね。」

そういって通話を切って壁掛け時計をみると、時間はもう事務所を閉める10分前だった。


事務所を閉める時間になった。私はジャージ上下から、上はニットのセーター、下は暗めの青のジーンズに着替えた。それから事務所を閉め、伊勢丹へ向かった。伊勢丹がサマーバーゲンをしていて、覗いてみようと思ったのだ。伊勢丹に着いたけどひとつ気になったことがある。人通りが少ない。七間町は映画館通りとして賑わいを見せていたのだが、シネコンがセノバという静鉄ステーションビルに出来てからは、人通りが疎らだ。

 しかし、今晩は特に人通りが少ない。金曜日の夜なのに……。それどころか、普段賑わっている隣の呉服町の人通りも疎らだ。どうしてしまったのだろう。天気は晴れ。暑いけれども、外出したくなくなるほど暑くはない。私は、不吉な感じがして、繁華街を後にした。



 僕、王子こと池安一輝はあるものを肩から下げて豚足娘君が帰って暗くなった事務所に戻った。今回の依頼人から預かった長細い筒のようなものを接待用の机に置く。取り出したのは、古びた鞘に納まった日本刀。由緒ありげなもののように見える。

 おもむろに僕は日本刀を鞘から抜いた。刀身が錆び付いている。

 「こんなに錆びさせてしまって」

 王子はため息をついた。

 「日本刀は武士の魂なのにね」



 翌日、私は王子と待ち合わせの豊政の前でくるくる舞っていた(もちろん修行)。武道と舞踏とは相通じるところがあると、師匠が教えてくれた。

くるくるしていると、政豊の店の前の階段に緑色の髪の女の子が座っているのが見えた気がした。

 「あれ?気のせいかな」

 「……何が気のせいなのかい? それと、その奇妙な踊りは終わったかい?」

 「あ、王子。……いえ、なんでもないです。それと、奇妙な踊りではなく舞踏です」

 「そうかい。じゃあ、いこうか」

 さらりと私の言い分を流し、王子が階段を上がっていく。豊政の店舗は二階にあるのだ。社長の田沼さんが二人を招きいれた。田沼さんは王子の顔を見て、

 「実は、呉服町の異変にお気づきではありませんか」

 王子が頷いた。

 「気が澱んでいます。ほとんど瘴気のレベルですね。風の谷のナウシカでいうと腐海の森状態です」

 「お分かりですか」

 田沼さんは、二人にお茶を勧める。

 「ところで、例のものを手に入れられたのですか?」

 「はい」

 王子は肩から下げていた筒のようなものを取り出してショーケースの上に置いた。筒の中から日本刀が出てきたのには驚いた。

 「おお、よく見つけましたね」

 「蛇の道は蛇でしてね。徳川絡みのものでしたら、何とでもなりますよ」

 私には、話が見えない。

 「……どういうことですか?」

「この刀は宗三左文字そうざさもんじといって、南北朝時代に作刀された日本刀です。持ち主の変遷から「三好左文字」「義元左文字」と称されることもあり、「義元左文字」の名で重要文化財に指定されています。」

田沼さんがその刀の大まかな説明をする。

「そんな刀がなぜ、ここにあるんですか?しかも、こんなに錆びた状態で」

 「この刀の経歴を説明しましょう。まず、義元は三好氏から武田に送られたこの刀を戦利品として入手しました。その後この刀を携えて三河に攻め入った義元は桶狭間の戦いで破れ、刀は信長のものになりました。そしてその信長も明智光秀によって本能寺の変で暗殺され、次に刀は秀吉の手に渡りました。しかしその秀吉も死去、豊臣が徳川に滅ぼされ、徳川家の家宝となったのです。さらにその後、徳川の幕府が倒れてから明治のはじめに建勲神社に寄進されました。現在は京都の博物館にあることになっているのです。」

 ん、なっている? 私は説明の最後の部分に疑問を持つ。そこに王子が田沼さんから話を引き継ぐ。

「ここからは僕のほうが詳しいから僕が説明するよ。残念ながら京都の博物館にあるものは偽物で、何者かによってすり替えられ本物の行方はごく最近までわからなくなっていたんだよ。それを僕がとある伝手を使ってなんとか探し出してきたのさ。錆びていたのは保管方法がずさんだったからだね。あと、外の人通りが以上に少ないのはこの刀に宿る義元の霊が怨念をまき散らしているからだよ。」

 それを聴き、私は例の刀を手にしている王子の方を向く。

「伝手に関して深くはききませんが…そんな呪いの刀を持っていて大丈夫なんですか。王子」

「そんな顔を青くしなくても大丈夫だよ。実はね、豚足娘君。この刀は呪いだけではなく、天下を取るものの命運を占う力を持っているんだ。怨念に関しては、怨念の対象が僕じゃないから呪われはしないよ。」

田沼社長は、ニコニコしながら王子から日本刀の刀身を受け取り、奥へもっていく。

 「おとぎちゃんよろしく」

 王子がそう言いながら店の一角に向かって軽く会釈をした。

ちなみに『おとぎちゃん』とは、豊政刃物店のマスコットキャラクターであり、砥師の妖精のような存在らしい。呉服町の豊政刃物店の前には、もえしょくプロジェクトのグランプリによって描かれたおとぎちゃんのパネルが設置されており、人目を引いている。

だが私にはその店の一角に誰かがいるように見えない。

 「誰に会釈しているんですか、王子?」

 私は不審に思い尋ねる。

 「ああ、偶蹄類だから見えないんだね」

 「偶蹄類じゃないですよ」

 いつもの受け答えをしつつ、私は店舗の奥から戻ってきた田沼社長に同意を求める。

 「おとぎちゃんってキャラクターであって実在しないですよね?」

 「ん? あれ、髪の緑色で角の生えた女の子だけど見かけませんでしたか?」

 そういえば、可愛いらしい女の子が店の階段に座っていたような……。だけど私は見えたことを認めるつもりはない。なんか怖いし。

 「先ほどおとぎちゃんに左文字を渡したら、私のお爺ちゃんが打った刀だって言ってたよ」

 そんなふうに田沼社長が不思議なことを言う。

 王子だけでなく、呉服町にも変人がいると私は思った。

 


 数日後、田沼社長から葵総合事務所に電話が入った。刀が研ぎ終わったという。私が豊政に受け取りに行くと、あの錆びていた刀は刀身の輝きを取り戻し美しい刀に大変身していた。私は研がれたことで美しくなった刀を受け取ると、事務所へ向かった。

 

 


帰ってくると事務所には王子が自身のパソコンとにらめっこしていた。

 「豚足娘君、お帰り。豚にもおつかいは出来るんだね」

 「……いい加減、その性格直すべきですよ」

 王子はむくれている私をそっちのけにして、刀を手に取ると抜き身の刀身を見て満足げな表情をした。どうやら問題はないらしい。

 点検を終えると、突然王子が言った。

 「豚足娘君、今晩は酔客の望月と飲むよ」

 「えっ、なぜですか?」

 「今川義元の霊を怨霊から守護霊に戻すためだ」

 私には、いつものように解説を省く王子の言っていることが分からない。今川義元に関係したものは今机の上にあるかつて今川義元の持ち物であった刀ぐらいだ。

動物と話したり、見えない少女が見えたり、ひょっとして王子は異能力者なのだろうか。それとも、頭がおかしい人なのだろうか。王子がおかしいとすると大変失礼なことだが、田沼社長もおかしいということになる気がする。



 夕刻、王子は日本刀を入れた筒を持った私を連れて、市役所裏にあるクラベジという地産地消の食材や地酒が美味しい居酒屋に出かけた。店内では酔客、望月が出来上がっていた。

 「だから、よしもとがにほんのぶんかをわるくしている」

 望月が唸るようにつぶやく。私は、持っている日本刀がずしりと重くなるのを感じた。

 「くたばれ、よしもと!」望月が叫ぶ。

 そこで王子が望月に話しかける。

 「望月さん、義元の悪口をいろんな居酒屋で言いまくっているそうじゃないですか」

 「悪いか」

 望月が、王子を睨みつけた。

 「静岡市から人口が流出するのも、呉服町が地盤沈下するのも、俺が娘と上手くいかないのも、皆、よしもとのせいだ」

 日本刀の鍔がカタカタと音を立てる。

 背筋が寒くなり、私はすがるように王子を見つめた。

 「どうしてそう思うのですか」

 「オレはよしもとのせいで、娘と喧嘩しているんだ」

 王子が首を傾げた。

 「確かに、徳川400年祭を実施しても、人口流出は止りませんでした。徳川で街づくりというのは一部には好評ですが、全国的なインパクトはない。一部の識者の中には、静岡は商売人と文化の町であり、武で治めた家康を顕彰するのは、相応しくないという声もあります」

 望月はきょとんとした顔で、王子をみつめた。

 「何のことだ?オレは今川義元のことを言ってるんじゃないよ、吉本新喜劇の番組を見るか見ないかで娘とテレビのチャンネル争いをしているんだ。静岡に吉本新喜劇が進出しても、全然地域活性化にならないじゃないか。お笑い文化は静岡には相性が悪いんじゃないのか?」

 私は、日本刀が軽くなるのを感じた。

 王子が微笑んだ。

 「そうでしたか。よかった、これで義元の怨霊は守護霊に戻ってくれる。」

 店の外に出てみると、呉服町は元通り人が溢れている。七間町にも、人通りが戻った。

 王子と日本刀を背負った私は、商店街を巡回した。

王子によれば、商店街を覆っていた瘴気が消えているそうだ。



今川義元の霊が悪霊となっていた理由は2つ。

ひとつは自分の宿る刀がずさんな保管方法によってサビだらけのひどい状態であったこと。

もうひとつは、自分のことがけちょんけちょんに言い捨てられていると勘違いしていたことだった。



これにて今回も一件落着。七間町の葵総合事務所には、明日も奇怪な依頼が来るだろう。戦え、葵事務所!静岡の明日は君達の手にかかっている…………わけないか。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

刀について作者はあまり詳しくないので、間違った表記がある場合があります。もしあった場合はご指摘をお願い致します。

これからもほそぼそと続けていくつもりなのでよろしくお願い致します。

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