第3話 首脳会談
日本国総理大臣三国明雄を乗せた政府専用機は、アメリカのメリーランド州にあるアンドルーズ空軍基地に着陸した。首都であるワシントンD.C.から最も近いこともあり、各国首脳を乗せた飛行機の離着陸場として用いられる。
機体のドアに牽引式のタラップが設置され、姿を出した日本の首相は、地面に敷かれたレッドカーペットの脇に整列する米軍の軍楽隊と儀仗隊による栄誉礼でもてなされる。長身で整った容姿に目立った礼装を着こなした儀仗兵の横隊が指揮官の号令に合わせて一子乱れのない動作を行う。
「ようこそ、アメリカへ」
と、満面の笑顔で出迎えるカミノ大統領は三国の右手を硬く握った。報道機関もいたことから、二人の首脳はカメラ目線で笑顔を見せる。日米友好のアピールのためだ。
首脳会談は、三日間の予定で行われ、環太平洋や欧州での経済や国際問題への対処に安全保障分野の協議がなされる。
日本メディアの多くは、カミノ大頭領が日系の親日家であるとして有意義な結果をもたらすだろうと希望的な予測を出した。その中で、日本に対して不利益な結果をもたらすと予想する各分野の専門家もいたが、少数意見として流された。
三国は訪米の間、米国の著名人や施設を回り、歴代の総理と同様に日米の国力の差を目の当たりとする。
バージニア州ニューポート・ニューズ造船所で建造中のジェラルド・R・フォード級航空母艦は、超大国アメリカを象徴するものだった。第二次世界大戦から今日までの航空母艦建造で培ったノウハウや最新技術の結集であるアメリカ製巨大空母の前では、日本が建造した空母『ふそう』など小舟に過ぎない。
元自衛官であっただけに、日本とアメリカの国防意識の違いを痛感される。アメリカは、自国の脅威に対して国民一人一人が戦う意思を示すが、日本に置いては仮想敵とする対称国に対する危機意識は著しく低く、国民意識もまるで他人事のように捉えているのが大半だ。
訪米最終日、ホワイトハウスにて日米両首脳は共同記者会見を前に最後の調整のための会談が行われた。アメリカ側の提案で、話し合うのは首脳同士だけであった。どちらも日本語と英語は堪能だったが通訳を介すのは慣例である。
重要案件であることは間違えない。カミノ大統領は、「楽にしたまえ」と、流暢な日本語を使いソファーに座り足を組む。三国は笑みを作って頷き反対のソファーに腰を下ろす。
「日本は実に素晴らしい国だ」
と、自身の海軍時代での日本駐留の経験を語りだした。横須賀のアメリカ海軍基地に配属されてから日本中を旅行して風土や和の文化を知り、多くの日本人と触れ合った。北海道から沖縄まで足を運び、日本への愛着を深めた。
そんな親日振りをアピールするカミノ大統領を三国は警戒していた。どれだけ日系の親日家だとしても、彼がアメリカ人でありアメリカの国益を最優先に考える政治家なのだ。ましてや、会談が始まってから本題の話に至っていない。
日米関係は、日米安全保障条約を軸に様々な分野で協力が成されているが、世界規模で行われる交易や経済に安保分野で利害の衝突があり常に政府間の駆け引きが繰り返される。
現在でも、環太平洋諸国間の交易を巡る条約における交渉や世界情勢を鑑みた安保関係で解決せねばならない問題は山積みだった。
「さて、ミクニ首相、貴方はロシアとの北方領土問題をどう考えている」
「北方領土ですか」
三国は返す言葉を詰まらせた。日本とロシアの領土問題にアメリカは中立的立場をこれまで保ってきた。直面している外交問題から外れた質問に歴代政権の主張の通りにロシア政府との交渉によって返還を目指すと述べた。
この応えにカミノ大統領は、溜め息を吐き肩を落としながら言う。
「君の考えを聞きたいのだ」
ロシアに日本の固有の領土である北方四島が不法占拠されて80年目になろうとしている。日本政府は有効的な手立て無く、ロシアによる実効支配を指を加えて眺めているだけだ。
地理的には辺境の群島に過ぎない北方領土は経済的な利点は少ないが、戦略潜水艦部隊の聖域であるオホーツク海の制海権維持と言う軍事的側面から領土返還は決して有り得ないと三国は考えている。だが、口にしようとは思わなかった。
「私の考えは、これまでの歴代政権の総理大臣の主張と同様です」
「それでは北方領土は永遠に返ってはこない。君たちは、ロシアの実効支配を黙認するに等しい」
カミノ大統領は、日本の領土問題に対する姿勢を真っ向から批判する。非公式での一個人による見解だとしても、アメリカ大統領が日露間の領土問題に関心を持ち日本に協力的である事を日本国民が知れば、彼の人気は更に高まるだろう。
だが、三国には彼の言葉に背筋に冷たい悪寒が走った。それは、多くの政治家の中でも少数の人間だけが持つ、民衆を引き付ける強い説得力だ。その中に見え隠れする事実の表裏を同じ道を歩んだ者として直感した。
「カミノ大統領、では貴方ならば我が国の北方領土問題を如何にして解決するのですか」
心の動揺を隠しながら、カミノの本心に探りを入れた。しかし、三国も一国の首相に登り上がった実力者として、既に察しは出来ていた。
「力で奪われた物は、力で取り戻すしかないだろうな」
カミノ大統領は、最後まで態度を変えることはなかった。
パンドラの箱がひとりでに開いたかの様な衝撃を三国は受けた。それが世界の情勢を一変させる最初のきっかけでもあった。