第1話 空母ふそう
20XX年X月XX日、内閣総理大臣の三国明雄は、官邸の執務室に備えられたテレビで全国中継されている放送を見ていた。
港が映っている。かつて、『いずも』と『かが』が健造された横浜の造船所で一隻の軍艦が、旧海軍から続く軍艦行進曲の演奏と多くの関係者や一般来客の喝采の中で進水した。
海面に浮かぶ軍艦は、『ふそう』と命名された。日本の異称『扶桑』に因む。
国防海軍によって運用される固定翼搭載型海防艦にして、戦後初となる空母だ。
35,000tの排水量を誇り、全通飛行甲板の左舷前端に12度の傾斜がはいったスキージャンプ台が備えられ、V/STOL機の効率的な運用を可能とする。
14機のF-35BJ戦闘機を艦載することから、国内外から攻撃型空母だと指摘を受けた。
だが、艦体は『いずも』の発展型として、欧米やロシア、中国の正規空母に比べて航空機の定数は少数に制限される上、艦内には大規模なハンガーベイは設けられぬておらず、大掛かりな整備は陸上施設で行わねばならない。
また、現代航空戦に必要不可欠な空中指揮管制能力は空軍の早期警戒管制機に依存する。そして、周辺国への政治的配慮から、同型艦の計画は存在しない。
こうしたことから、本艦の任務が多種多様の脅威から日本のシーレーン防衛と艦隊の広域防空のための専守防衛型空母だとして国防省と国防海軍は導入の正当性を主張できた。
2年後の就役に向けて各種艤装が施され、青森県の大湊基地に所在する第5海防戦隊への配属が予定されている。
中継の場面が変わり、設置された壇上に立った国防大臣や海軍参謀総長の訓示が映る。
「総理、そろそろ御時間です」
と、総理秘書官が時計を見て言った。三国はリモコンの電源を押してテレビを消す。そして、側に置いてある電話の受話器を取った。回線は、アメリカの大統領官邸ホワイトハウスの大統領執務室に繋がっている。時刻は14時半を過ぎていた。向こうの日時は一日前の22時半だ。
「カミノ大統領、お久しぶりです」
「ミクニ総理、元気そうで何よりだ」
電話越しから喋るアメリカ大統領クリストファー・カミノは初の日系大統領で、海軍時代には横須賀基地駐留経験があり日本通の親日家として日本国内では高い人気があった。
この日の日米首脳電話会談は、東欧の情勢混乱についての意見交換が行われた。2014年のウクライナ騒乱の端を発するロシアのクリミア侵攻以来、東欧各国の情勢はロシア派と反ロシア派の対立が表面化して一触即発の状態が色濃くなっていた。
国連の安保理は機能せず、欧米とロシアの対立が水面下で進んでいくも、アメリカは2000年代から続いた戦争によって国内世論は厭戦気分が占めており、軍人上がりの大統領であっても無視できないものだった。
これに乗じたロシアは、東欧情勢の不測事態に対する即応体制の維持を口実に親露国家への部隊の駐留を進め、同地及び周辺国への影響力を高めた。
日本にとっても決して対岸の火事という話ではなかった。極東のオホーツク海周辺の沿海州と千島列島の開発を促進させると同時に軍事施設の整備と装備の更新を行い、陸上の要塞化と海域の聖域化を進めた。これは、日本の北方領土がロシアによる実効支配を強めるだけでなく、オホーツク海に潜むロシア海軍の戦略潜水艦部隊はアメリカ太平洋艦隊だけでなくアメリカ本土に対する脅威も持っている。
カミノ大統領は、同盟国との関係強化を計りロシアに対して圧力をかけ様とした。しかし、NATOやEUは東欧問題の影響から足並みが揃わず、剰え大統領の御辞儀外交と保守派の政党や世論から批判される始末であった。
「大統領、我が国は貴国との安保条約を締結して60余年たちますが、日本は常にアメリカの味方です」
三国は、元幹部自衛官にして政治家としては国防族に属したタカ派で有名だった。政治思想は日米同盟を軸にアメリカによる世界の均衡を支援し、その下で日本の平和的な発展を目指した。その事が、国会で反米野党から米国追従だと批判されている。
「ありがとう、ミクニ。君が日本国の首相である以上、日米同盟は強固なものであり続けるよ」
と、締めをくくったカミノ大統領は受話器を戻した。静かになった室内でしばらく、顔を下にうつ向けたまま受話器を持っていた人差し指は机の上で爪を叩いて音を立てた。
「やはり今、ロシアと対決できるのは日本しかない」
冷酷な決断をしようとしていた。一人の男により、世界の均衡が再び大きな揺らぎを起こそうとしている。