ヨルに咲く花 (6)
街灯の光を反射して、水溜りがきらきらと輝いている。サンダルだし、濡れてもいいや。ひょい、ひょいとジャンプするみたいに進む。ぴしゃ、ぱしゃ。小さな水飛沫。揺れる波紋。
「転ぶなよ」
「はぁーい」
ハルは心配性だなぁ。大丈夫だよ。ヒナだってちゃんと成長してるんだよ。もう、昔のヒナじゃないんだから。
公園の出口に向かう道。雨がやんだら、その辺からお仲間の花火見物客がぞろぞろと出てきた。みんな雨宿りしてたんだね。通り雨で良かった。
最初の頃ほどは混雑していない。雨の中ダッシュで帰った人もいるのかな。今はなんというか、普通。夜の公園という状況からしてみれば、ちょっと人が多いかな、っていう程度。
ハルのお母さんの車が、公園の出口のところまで来ているらしい。あんまり待たせる訳にもいかない。やや急ぎ足でそちらに向かっている最中だ。転ばない程度に。
ハル。振り返って、にっこりと笑う。今日は最高の一日だった。この喜び、感動をどう表現すれば良いだろう。誰に伝えれば良いだろう。まずはやっぱり、ハルだ。ヒナの大切な人。ありがとう、ハル。
ヒナは、ずっと一人だった。銀の鍵なんて良く解らないモノを、ヒナはずっと抱え込んできた。そのせいで、ハルに打ち明けられない秘密を持ってしまった。ハルに話せないことを、他の誰かになんて話せる訳がない。たった一人で、ヒナは戦ってきた。
トラジとも、銀の鍵のせいで疎遠になっちゃってた。本当の友達なんて誰もいない。銀の鍵の力が、ヒナに人を信じる気持ちを失わさせる。何もかもが銀の鍵のせいだって、そう思ってた。
ハルがいてくれれば良い。ヒナには、ハルがいるからそれで良い。ハルはヒナの全て。そのことは、今でも変わらないんだけど。
今日、色々あって、ヒナは思い出したんだ。ヒナにも、広い世界があったんだって。銀の鍵は、ヒナの思うようにしか動かない。ヒナが正しく使えば、きっと世界は応えてくれる。
神様だって助けてくれる。トラジだって帰って来てくれる。ヒナは、知らない間に色んなものを失くしていたんだ。
ハルを好きな気持ちに、神様の助けなんていらない。それは今も変わらない。そこを譲るつもりは無い。ヒナの想いが、そんな意味不明なモノにどうこうされる謂れは無い。
たった一人で、ヒナはその想いだけを力にして、ここまで歩いてきた。つっぱってたんだ。その間に、どうもぽろぽろと零れ落ちてたものがあったみたい。今日、あの女の子の神様が、それを拾って届けてくれた。大丈夫だよ、って。ヒナのこと、ちゃんと助けてあげるよって。応援してあげるよって。
ハル、ヒナは一人じゃ無かった。無理して一人で走ることなんて無かったんだ。どうしようもなくわがままで、ハルのことしか考えてないヒナだけど、道さえ間違えていなければ、ちゃんと味方になってくれる人はいるんだ。
あ、人じゃ無くて神様か。まあいいや。だって、なんだかちっとも神様っぽくないんだもん。
だから、まずはあの神様に会ってみたい。会ってお話がしたい。ハルに話せなかった沢山のこと、相談したい。ずっとずっと、ヒナの中に仕舞ってあった、苦しい気持ち、吐き出したい。ヒナのこと、解ってほしい。
ハル、ヒナはちょっと変わった。何処がどうって説明するのはちょっと難しい。でも確実に変化した。もう昔のヒナとは違う。ニューヒナだ。語呂が悪い。
何ていうのかな、手応えだ。今までは、何をしたって、何も変わらないっていう気持ちがあった。世界なんてどうしようもない。ヒナがどう足掻いたって、結局はなるようにしかならない。銀の鍵なんてその程度だって、考えてた。
そんなことはない。一回神様に助けてもらったぐらいで調子が良いのかもしれないけど、ヒナが変わるにはそれで十分だった。ヒナは、世界を動かせる。ヒナ一人で出来ることに限りはあっても、そこを引き金にして、大きな流れを作り出せる。それはとても大事なこと。
この力で、ハル、ヒナはみんなを守るよ。ヒナは、自分が正しいって信じられる。間違えたら、教えてくれる心当たりも出来た、ハルだっていてくれる。それならもう、怖いものなんて何もない。
雲が流れて、星空が見えた。一瞬の通り雨。ステップを踏むヒナの後ろから、ハルが付いてくる。
ハル、大好きだよ。ヒナは、ハルと、ハルのいるこの世界が大好き。
だから、絶対に守るよ。
蝉の声が騒々しい。今日も朝から日差しが強い。暑い。暑い。日焼け止め特盛にしてきたけど、これはもう歩いているだけでこんがりと焼けちゃいそう。
住宅街の真ん中を、細い参道が延びている。こんなところに本当に神社があったんだね。知らなかった。ヒナの家からはちょっと離れてるし、一応市境をまたいでいるから、今まで気が付かなくても不思議じゃない。
地図で調べると、神社のマークは確かにあった。参道の入り口に、白い石造りの鳥居もあった。でも、未だに半信半疑だ。何しろ情報の出所はトラジだし。
それに、このお供え物。
トラジに言われるままに準備したけど、ホントにこれで良いのかな。ヒナはまだ納得していない。いくら女の子の神様だからって、これはバカにしているとか思われないんだろうか。もしこれのせいで色々決裂したりしたら、猫相手に全面戦争を構える所存だ。神でも猫でも容赦はしない。トラジ、大丈夫なんだろうね。
クリーム大福八個入り。ヒナのお小遣いでも何とかなる程度の、ちょっとしたスイーツ。これを神様にお供えするっていうのはどうなんだ。甘党か?甘党なのか?
少し歩くと、今度は朱塗りの鳥居が見えてきた。ああ、あったあった。何かそういう気配も感じる。神社関係はそういう力が強いので、ヒナには良く判る。これは、神様がいるタイプの神社だ。
それほど広くない境内に、手水と拝殿だけがある。後は倉庫か。社務所とかは無いので、宮司はいないのだろう。その割には綺麗に片付けられている。ふーん、地元に愛されている感じか。
人影は全くない。蝉の声だけが響いている。朱の鳥居を潜ったところで、空気が変化していた。静謐で、穏やか。ここの神様はしっかりしてるね。雰囲気作りが上手だ。それだけに、あの見た目とのギャップが際立つが。
拝殿の方に向かう。賽銭箱と、鈴。本坪鈴だっけ?麻縄がついて垂れ下がっている。
えーっと、お賽銭入れて、鈴鳴らして、二礼二拍一礼、だっけ?
「あー、そこまで厳密でなくても良いから」
それは助かります。
って、え?
いつのまにか、賽銭箱の上に巫女装束の女の子が腰かけていた。うわぁ、ビックリした。神様関係はどうしてこういう登場の仕方をするんだ。脅かさないといけない決まりでもあるのか。
「やっ」
女の子は片手を上げて挨拶してきた。うん、どう見てもヒナと同い年くらい。綺麗な黒髪、素敵な金の髪飾り。気さくな笑顔。可愛くて、それでいて美しい。
あと、間違いない。この子、恋をしてるね。ヒナにはわかるよ。恋する神様。うわぁ、激レア。
おっとっと、見惚れていても仕方が無い。今日は大事な用があって来たんだ。このお供え、ホントにこれで良いんだな、トラジ。信じるぞ。
「あの、今日はお願いがあって来ました」
神様にお願いなんて、ヒナは変わった。少し前なら、絶対にしなかった。
今は、それだけ大事なことがあるということだ。どうしても守りたいものがあるんだ。譲れないんだ。
ハルと、ハルの住むこの世界を守りたい。そのためなら、ヒナは何だってする。助けてくれるっていうなら、遠慮なく助けてもらう。
そうじゃなきゃ、世界なんて変えられるはずがないんだから。
読了、ありがとうございました。
物語は「ハルを夢視ル銀の鍵」シリーズ「チいさいアキ」に続きます。
よろしければそちらも引き続きお楽しみください。