ヨルに咲く花 (5)
花火が終わって、ヒナはしばらくハルとベンチに座っていた。今頃公園の出入り口は、帰り始めた花火見物のお客さんで大混雑になっている。ヒナたちの場合、徒歩で十分に帰れる距離だから、焦らず騒がずゆっくり行くくらいで丁度いい。
それに、もうちょっとこうやってハルに抱かれていたい。ヒナは今すごくすごく幸せ。神様がくれた幸せっていうのがまた格別。どうしてヒナのことを助けてくれたのか、それだけが不思議だけど。でも、好意はありがたく受け取っておこう。ウチの疫病神なんて屁の役にも立たないし。
この辺りはやっぱり光源が足りない。暗い。小さな街灯が一つあるだけで、これも多分もう少ししたら消えてしまう。周りにいた他のカップルも、徐々に家路について去っていく。ハル、最後の一組になっちゃったらどうしようか。ヒナ、今日はとっても気分が良い。ホントに、このままどうなってしまってもいいくらい。ハルが決めて。このまま、二人がどうなっちゃうのか。
ま、どうにもならないんだろうけど。
「ハル」
ハルの名前を呼ぶ。ハルは優しくヒナの肩を抱いている。ふふ、ごめんね。ずっとこうしていたいのにね。残念だけど、今日はこれでおしまい。また今度。
「そろそろ帰らないと、お母さんたちが心配するから」
実際、携帯にメッセージが何件か入ってきてる。はいはい、大丈夫ですよ。そこまでは暴走はしませんよ。娘を信用してください。ハルのことは信用してる癖に、まったく。
ベンチから立って、ふとハルと目があった。やっぱり一回タガが外れるとダメだね。そのまま自然にキスしちゃった。雰囲気とかもある。ここでキスしないとか、そりゃ脈無しだよ。ゾンビだよ。
血の通った二人なら、こうやって唇を合わせる方が自然なの。そうなの。だから、これは当たり前のこと。ヒナとハルは恋人同士なんだから。うん、うっとりしちゃう。ハル、大好き。ヒナは今日、いっぱい幸せでした。ありがとう。
携帯のライトで照らしながら、林を抜ける。人の多いところに近付くにつれて、がやがやという声が聞こえてきた。ああ、まだ結構な数が残ってるのね。クラスメイトとかと鉢合わせすると嫌だなぁ。滅茶苦茶勘繰られそう。あと少し遅くても良かったかなぁ。
ああ、ダメだ。その場合、今度はお母さんに何言われるかわかったもんじゃない。ヒナのことを何だと思ってるんだろうね。ハルのことは好きですよ?好きだからこそ、ハルの社会的信用を失わせるようなことはしないつもりです。暴走超特急とか、瞬間湯沸かし器とか、一体何処の誰がそんな不名誉なことを言うんだか。ああ、お父さんだ。なんなんだ、もう。
舗装された歩道に出た。出口に向かう人の流れは、ようやく減ってきたって感じかな。一体どれだけの人が来てたんだろう。じゃがいも2号くんのお蔭で、この混雑の中でも実に有意義な花火見物が出来た。ハル、よくお礼言っておいてね。
うーん、と伸びをした。なんだか盛り沢山だった、家に帰るまでが花火大会。油断せずにいきたいところです。何しろ、まだハルと二人きりですから。すごいすごい、こんなに二人の時間が長いのって、本当に久し振りだ。
人の流れに沿って、出口まで歩いていく。臨時の照明が歩道を明るく照らしている。発電機のバルルル、という音が激しい。風がちょっと冷たいかな。うん、涼しくて気持ちいい。火照った心と身体がクールダウンされる。熱いのは、握っているハルの手だけ。
悪意さんの方も、今日はもう変なちょっかいは出してこないかな。神様が手を貸してくれたっていうのは大きい。訳のわからない相手とはいえ、神様が失敗することなんてそうそう無いだろう。この上なく信頼出来る味方だ。
前を歩くどこかのお父さんが、疲れてぐったりとした男の子を担いでいる。すっかり眠っちゃってるね。おやすみ、良い夢をみてね。うん、良かった。ハルの手を強く握る。ヒナは、きっと正しいことをした。
「おい、銀の鍵」
突然そう声をかけられて、ヒナはムッとした。この不躾な呼びかけには心当たりがある。なんだよ、こんな時に。
歩道の脇に目を向ける。草むらの陰から、茶虎の猫が這い出してきた。やっぱりか。今更そっちから声をかけてくるなんて、どういう風の吹き回し?
「やー、トラジ、久しぶり」
それでも表面上は取り繕っておかないと。ハルが見てるし。茶虎のふてぶてしい大猫、トラジの前にしゃがみこんで撫でてやる。ぐりぐりぐり。ほーら、嬉しいだろう、ぐりぐりぐり。嬉しいって言いやがれ、ぐりぐりぐり。
「トラジか、こんなところまで来るんだな」
ハルも覗き込んできた。トラジはヒナの家の近く住んでいるノラ猫たちのボスだ。ヒナが小さい頃からこんな感じででっぷりしている。正確な年齢は判らないが、結構な年だと思う。
猫は知能が高い。ヒナも銀の鍵を手に入れてから初めて知った。実は人間の言うことなんてみんな判っているし、猫独自の文化も持っている。精神的な世界を中心に活動していて、恐ろしく物知りだ。銀の鍵の力で、ヒナは猫と会話が出来るようになった。最初のうちは、これだけは素晴らしい能力だと感動したものだった。
しかし、残念ながらヒナは猫に好かれなかった。その原因もまた、銀の鍵だった。心を覗き込む銀の鍵の力を、猫たちは極端に恐れていた。どうも、猫の世界には沢山の秘密があるらしい。それをあっさりと読み取れてしまう銀の鍵の使い手は、猫にとっては恐怖の対象にしかならないということだった。
すったもんだがあった挙句、ヒナは猫たちと不可侵条約を結ぶことになった。ヒナは自分から猫の世界に干渉しようとしない。猫の方も、ヒナに対して干渉しない。せっかく猫と話せるようになったのに、猫たちの方からコッチ来んなと言われた格好だ。実につまらない。
不可侵条約を結ぶ際に、猫側の代表になったのがトラジだった。そのトラジ自らが、ヒナに話しかけて来た。何か重要な要件があるのだろうが、とりあえずはモフろう。モフっておこう。
「いい加減にしてほしいんだがな」
トラジの声が不機嫌だ。言葉が通じなかった頃も、ヒナに散々撫で回されて逃げていた。向こうから来てくれるなんてまたとない機会だ。ちょっと無視しておこう。モフモフ。
「噛むぞ」
なんだよ、ケチ。
「何か御用、トラジ?」
澄ました顔で尋ねる。ナシュトとかと違って、猫相手には言葉を声に出して会話をする必要がある。ハルが横にいるけど、意識してトラジにだけ話しかければ、会話していること自体が悟られない。ちょっと気色悪いけど、この場合はしょうがない。銀の鍵の力、特に思考に関する部分は、猫相手にはタブーなのだから。
「今日は使いだ。銀の鍵、お前に言伝を預かってきた」
その、銀の鍵って呼び方はやめてほしい。ヒナは好きで銀の鍵を持っているわけじゃない。出来ることならさっさと捨ててしまいたいくらいだ。ヒナはヒナであって、銀の鍵ではない。トラジにしてみればどうでもいいことかもしれないが、ヒナにとってはその呼ばれ方は屈辱的だ。
まあいいよ。で、なんですか、言伝って。
「この地を預かるトヨウケビメノカミより、迷い子の障りをよくぞ除けてくれた、謹んで御礼申し上げる」
ああ。
そういうことか。そのトヨなんとかって、さっきの女の子の神様だよね。ヒナのことをなんで助けてくれたのか疑問だったんだけど、ようやく合点がいった。ヒナが迷子の呪いを解いたことを知っていたんだ。なるほどね。
「呪いの主に関してはこちらで預かる。後のことは任されよ、とここまでだ」
ありがとうトラジ。もう一回撫でさせて。今度は普通に、お礼だから。ぶすっとした顔で、トラジはじっとしていた。そんなに嫌わないでよ。ヒナは別にトラジのこと、嫌いじゃないのに。
善行というのは積んでおくものだ。神様はちゃんと見ていて、困った時に力を貸してくれる。それが身に染みて解った。ヒナは神様ってもうちょっとドライなのかと思ってた。一緒にいる奴がそんなんだからさ。
ありがとう、可愛い神様。もう一回お礼を言っておく。トラジにも伝言を頼んでおこう。
「その神様に言っておいて、ありがとう、とっても助かりましたって」
名前なんだっけ?トヨなんとか?後で調べてみよう。
「あ、あとお友達になりたいんだけど、何処に行けば会えるかな?」
トラジが呆れた表情を浮かべた。
「銀の鍵、お前いくらなんでも図々しすぎるだろう」
えー、でもレアだよ。ヒナもちゃんとした神様のお友達欲しい。ちゃんとした、ってところがミソね。ちゃんとしてない神様はもう懲り懲りだから。おい、聞いてんだろ。お前だよお前。
あと、一応真剣なお願いごともあるんだ。出来ることなら、一度ちゃんと会ってお話ししたい。難しいかな。
「そうだ、トラジ、私のこと銀の鍵って呼ぶのやめてくれる?」
これはトラジにお願い。その言われ方、地味に傷付くんですよ。ヒナは銀の鍵じゃない。気持ち悪い。
「俺にとってお前は銀の鍵だ」
はいはい、そうですか。猫もナシュトと同じで、変なところで融通が効かない。嫌だって言ってるんだから、それくらい聞き届けてくれてもいいのに。いじわる。
「トラジはヒナに良く懐いてるな」
ハルがにこにこしながら言った。でしょ?ほーらトラジ、可愛がってあげるよ。大人しくしてな。
ひらり、とトラジが身を翻した。ちっ。
「とにかく、伝えたからな。用事は終わりだ」
お疲れ様、ありがとうね。神様によろしく。ああ、そうそう。
「トラジ、久しぶりに話せて楽しかった」
本当にそう思う。銀の鍵を手に入れる前は、普通に良く撫でてやってた。言葉が通じるようになってからは、何度か話をして、結局こじれて疎遠になっちゃってた。ヒナはトラジのこと、結構好きなんだ。神様のご縁でまたこうしてトラジと話せるなんて、これも予期せぬ嬉しいご褒美だ。
別にヒナは猫の世界の秘密なんて興味が無い。銀の鍵で心を読むことも、ほとんどしなくなってる。こんな力なんか関係無く、トラジとは仲良くしたい。もっとも、猫の方が怯えてヒナのことを避けちゃうから、厳しいのかもしれないけど。
トラジはじっとヒナのことを見ている。簡単には信じてもらえないか。でも、ヒナは一方的に猫の側から拒絶されてるんだ。ヒナの言い分だって、聞いてくれても良いんじゃないですかね。
それに、本気で猫の世界の秘密を暴くつもりなら、もうとっくに猫相手に銀の鍵を使ってるよ。それをしていないって、トラジには判ってるでしょ。ヒナは最初から猫相手に力は使ってないし、不可侵条約も守ってる。そろそろわかってほしい。
「もうすぐ雨が降る。この先の東屋で雨宿りすると良い」
ふい、とトラジは踵を返した。そういえば風が冷たいもんね。ありがと。
「じゃあな、ヒナ」
暗がりの中に、トラジは姿を消した。何も言う暇を与えなかった。トラジ、ちょっと。
トラジはもういない。草むらの向こうは、しんと静まり返っている。ヒナはしばらくトラジの消えた方を見つめていた。なんだよ、お礼のあと一言ぐらい、聞いていってくれてもいいじゃない。
ゆっくりと立ちあがって、ハルの手を握る。ねえ、ハル。今日、ヒナはすごく色んなものを手に入れた気分。失くしてしまったもの、気付かない間にこんなにあったんだ。ヒナは嬉しい。世界には、まだこんなにいっぱい、ヒナのことを認めてくれる何かがある。
ハルの身体に体重をかける。胸の中が熱い。この気持ち、懐かしい。何かが出来るって、出来ることがあるって、そういう感情。ヒナは、ずっと諦めてた。そういうものだって、思ってた。
ハル。
ぽつ、と鼻の頭に水滴が落ちた。トラジが何か言ってたっけ。雨が降るとかなんとか。
「ハル、雨だ!」
慌てて走り出す。ああ、もう、こんなにすぐ降って来るなんて。ハルと並んで走る。トラジを構っている間に、周りはほとんど無人になっていた。ええ?そんなに遊んでたっけ?
トラジに教わった方に向かうと、東屋があった。雨脚が強い。これ、ゲリラ豪雨ってヤツかな。どばぁーって、シャワーの一番強いのよりも激しい感じ。うひゃあー、勘弁してー。
屋根の下に辿り着いた。はあ、濡れはしたけど、そこまでではなかった。危ない所だった。あと一歩遅ければ完全な濡れネズミ。トラジ、サンキュー。
激しい雨は、なかなかやむ気配がない。汗をかいた時用にタオルは持ってきていたので、さっと身体を拭く。風邪を引くってことは無さそうかな。
東屋は、屋根と柱と、ベンチが一つだけの小さなものだ。ヒナとハル以外には誰もいない。他の人は、また別な所で雨宿りしているのかな。傘がないと身動きが取れそうにない。あっても酷いことになりそう。
「車で迎えに来てくれるってさ。とりあえず小降りになるまで待とう」
ハルが携帯でお母さんと話を付けてくれた。帰り道までハルたっぷりの予定だったんですけどね。とほほ。残念。
花火大会終了直後だし、同じことを考える人もいるだろうから、お迎えが来るまでには少々時間がかかる見込み。今、こうして二人っきりでいられるのが、本日最後のいちゃいちゃタイムかな。壁も何にも無い東屋だし、滅多なことは出来ませんがね。
ベンチに座る。木製のベンチはひんやりとして冷たい。ハルが隣に座る。今日何度目かな、こうやって並んで座るの。これが当たり前のようになってくれると、とても嬉しい。ヒナは、ハルといつまでも一緒にいたい。
「ヒナ、身体冷えてる」
ハルがヒナの肩を強く抱く。ハルの手、暖かい。懐かしい、この感じ。
強い雨の音を聞くと思い出す。昔、ハルがヒナのことを助けてくれた日のこと。あの日、ハルはヒナの全てになった。ヒナはハルに恋をした。今でも恋してる。こんなに優しい、素敵なハル。
ヒナは、ずっとハルのことを想ってきた。ハルに好かれるために頑張ってきた。ヒナにとって、ハルは人生の全て。大袈裟じゃなく、心の底からそう思ってる。ハルが居なければ、今のヒナはあり得ない。
すごくワガママだと思う。たった一人の男の子のため、ヒナはきっと色んな物や人を犠牲にしてきた。意識的にも、無意識的にも。そうじゃなきゃ、ハルの隣で、今こうしていることなんて出来なかった。
ただ、ハルに愛されるために、悪いことだけはしないようにしてきたつもり。そんなことをして、後でハルにバレてしまったらそれまでだからだ。ハルと一緒にいて、ハルに愛されて、恥ずかしくない自分であろうとしてきた。
唯一の失敗が、銀の鍵。なんだろうね、これ。あまりにも突拍子が無さすぎて、ヒナは振り回されっぱなし。本当なら試すこともせずに、気の迷いとして永遠に心の中に封印しておくべきだったのかも。ナシュトがウザいけど。
確かに、この力に助けられていることもある。目に見えない悪意。ヒナやハルの周囲に、そういったものは存在している。それに対抗する力があるのと無いのとでは、大きく違う。
蛇の呪い、蠱毒の蜘蛛、そして今日の迷子の呪い。どうも最近、ヒナの周りではそういったものが目立っている。嫌な感じだ。ヒナやハルのすぐ近くに、そんな悪意が存在しているなんて、考えたくもなかった。
見も知らない子供を迷わせる。親とはぐれて泣く子供。子の名前を呼ぶ親。そんなことして、何が楽しいんだ。人を傷つけて、苦しめて、一体何の得があるんだ。何のために、そんなことをしているんだ。
ハルの体温を感じる。ハル、ヒナはハルのことを守りたい。ヒナのせいで、ハルを巻き込んでしまうのは怖い。でも、ハルや、ハルの家族、ヒナの家族までこんな悪意に惑わされるようなことがあれば、ヒナには耐えられない。
ううん、それだけじゃない。ヒナの友達、ハルの友達、学校の皆。ヒナと、ハルに関わる全部の人。ヒナの目が、手が届く全ての人。世界。ヒナは、そこに意味の判らない悪意に入り込んでほしくない。
銀の鍵の力、正直上手く使える自信は無い。気持ち悪い。胸糞悪い。良いことなんて何もない。
・・・そう、思ってた。
でも、今日、ヒナは神様に助けてもらえた。誰かのために力を使って、笑顔を守って、神様に守られて。トラジともまた話せて。ハルとも、こうやって一緒にいられる。初めてだよ、ハル。この力が、こんなにヒナを喜ばせてくれたの。
ねえ、ハル。ヒナは、みんなを守れるかな。ヒナ一人だと、多分無理だと思う。ヒナはそんなに強くない。せめてハル、ハルとヒナの家族、これくらいは、ヒナの手で守れないかな。
これもワガママだよね。それだけしか守れないなんて。もっとみんな、誰であっても守れる、助けるって言い切れれば良いんだけど。ふふ、それじゃ神様だ。ヒナは、神様にはなれそうにない。
なれるとしたら、ハルだけの神様。そうだね、そうなれたら嬉しい。ヒナは、ハルの神様になって、ハルのことを守るよ。うん、それだ。
銀の鍵をいつまでも否定していてもダメなんだ。出来ることを探さないと。ヒナは、この力でハルを守る。ヒナとハルの家族を守る。見えない悪意なんかに、負けない。
ぼんやりと、雨のカーテンを眺める。なかなかやまないな。ハルに抱かれながら、ハルの背中のことを思い出す。雨が降る度に、もうハルのことばかり思い出してしまいそう。
「あ」
思わず声が漏れた。酷い土砂降りの中に、あの女の子の神様がいた。全然濡れてない。そうか、神様だからか。不思議とその姿はくっきりと見えている。ヒナの方を向いて、にっこりと笑っている。
やっぱりそうだ。あの神様は、好きな人がいるんだ。ヒナは確信した。そうじゃなきゃ、あそこまで可愛く出来ない。あれは見られるためのお洒落だ。ヒナはいつもやってるから良く解る。とっても可愛いですよ、神様。
神様はきっと、ヒナのことを励ましに来てくれたんだ。ヒナは間違えていないって。守れるものを、守れる範囲で守りなさいって。判りました。ヒナはハルと、二人の家族を守ります。だから、ちょっとお願いしても良いですか?
ひらひら、と神様が手を振った。良かった。ありがとう。銀の鍵にこんなに感謝したのは初めて。これからは、せめて嫌いじゃない程度にまで思えるようになるといいかな。
「ヒナ、どうかした?」
ハルが訊いてくる。
「今ね、可愛い女の子の神様が、こっちに向かって手を振ってた」
怪訝な顔をしてるけど、ヒナはハルに嘘なんかつかないよ。これは本当のこと。
神様は音も無く何処かに走り去っていった。ああ、なんか去り際まで素敵だな。いいな。結構本気でトレード出来ないかな。
雨が小降りになってきた。虫の声が聞こえてくる。涼しくて、一足先に秋が来たみたい。