ヨルに咲く花 (3)
人の波を掻き分けて進む。なんかもう、ぐったりしてきそう。こんな歩き方普通はしないよね。右に行ったり左に行ったり。無目的にも程がある。
銀の鍵で呪いの場所を探る。近くにあるものから潰していく。思ったよりも数は少ないけど、その分ばらけて存在している。全部を取り除くのは骨だ。大して強くないって話だし、申し訳ないけど幾つかは取りこぼさせてもらおう。やれやれ。
既にはぐれている子供を見つけて、迷子センターに送る。まだはぐれていない場合はパンフレットから呪いを除去する。本当に、ヒナとハルには何の関係も無いこと。
そうかな?この呪いをばら撒いた相手は、ヒナとつながった同じ世界に生きている。同じ空気を吸って、同じ地面に立っている。そう考えれば、この迷惑行為がいつヒナやハルにまで影響を及ぼすかなんてのは判らない。対岸の火事と笑っているうちに、大量の火の粉が迫ってくる可能性だってある。
ハルは何も言わずにヒナに付き合ってくれた。一緒に迷子を捜して、スタッフさんとも話をしてくれる。こんなに頼りがいがあって、ヒナを助けてくれるハルに打ち明けられないなんて。いつかはちゃんとハルに話そう。謝ろう。ヒナのことを信じてくれるハルに報いよう。
「迷子多いな」
何人目かの迷子を保護した後で、ハルがため息交じりに呟いた。うん、人為的なものだからね。そう言えないのがもどかしい。ハルは、ヒナがボランティアで迷子探しをしていると思っているのかな。その方が都合が良いか。
ぷーん、とソースの匂いが漂ってくる。ああ、焼きそば、おいしそう。ああ、たこ焼きも良いね。実は結構おいしいケバブ、フランクフルト。あ、ハム焼き来てるじゃん。ヒナのお気に入り。ハム焼き、ハム焼きー!
「少し休憩するか」
ハルがそう言ってくれた。うん、焦っても何の解決にもならない。目の届く範囲は一通り対処したつもり。ハルにも悪いし、小休止しよう。ハム焼き。
美味しいよね、ハム焼き。ご機嫌で「ハムすきー」って言ったら、ハルが変な目で見てきた。ん?ヒナ何かおかしなこと言った?更にその後がっくりと肩を落としてた。ねえ、なんなの?
まだ日は高いのに、人の波は結構なものだ。ハルと並んでハム焼きを食べる。出店も混んでる。普通にしてても迷子とか多そうだよね。こっちの会場って毎年こうなのかな。だったらすごいな。例年いかに楽をしてきたのかが良く判る。地元民の生活の知恵、恐るべし。
「迷子のお知らせをいたします」
アナウンスが流れた。そうか、まだか。ヒナも頑張ってるつもりだけど、なかなか根絶という訳にはいかない。呪いとか関係無い迷子がいるとしても、ちゃんと一掃したという確信が無いとなかなか安心は出来ない。まあ、何をして完了とみなすのか、というところも大きな問題だ。
ハルがペットボトルのお茶を渡してくれる。ふう、暑い。ぐいっと一口飲んでハルに戻す。ん?間接ナントカ?いや、ハルとの間でそんなのは全然気にしたことが無い。お互いにそう。だから一回無意識に学校でやって引かれてしまった。そのくらい別にいいじゃない、ねえ。
確かにハル以外の男子が口付けたとか言われたら、かなり抵抗がある。煮沸消毒してもNGだね。ぬぐいきれない不浄な菌が付着しているに違いない。まあ、幼馴染だからしょうがないんだって。何年も一緒にいればこうなるの。家族みたいなものなの。いちいち気にしてないの。
お陰様で、学校でハルがヒナの知らないおいしそうな何かを飲んでいても、分けてもらうことが出来なくなった。軽い気持ちで「ちょっと飲ませて」が出来ないとか、実に酷い。気にし過ぎだって。いくら思春期でも、そこまで敏感にならなくてもねぇ。言われたこっちの方がヘンに意識しちゃう。
ハム焼き食べて人心地ついた。さて、じゃあどうしましょうかね。ここで一旦諦めても良いんだけど、どうにもヒナは落ち着かない。やっぱり、もう少しだけ頑張ってみようか。
「しっかし、キリが無いよな」
ハルがぽつりとこぼす。うん、そうだよね。やっぱり根源をなんとかしないといけないんだと思う。
「ひょっとして、何か原因とかあるのかな」
うぐっ、鋭い。まあ、こう数が多ければそう考えちゃうよね。
場当たり的に目に付くところから対処していると、際限が無いのかもしれない。大元の原因である呪いが何処から出ているのかが判れば、一気に解決出来たりするんじゃないのかな。えーっと、呪いがかかってるのってなんだっけ、パンフレット・・・
ああ、そうか。
「ハル、それだ」
ハルの顔がはてなマークになる。ごめん、なんでもない。なんでもないけど、アタリはついた。もうちょっと早く気が付くべきだったかもね。暗くなる前で良かった。
国立公園の入り口は何か所かある。迷子が多いのは南入口の近辺。間違いなくそこだ。ハルと二人で南入口に向かう。
丁度花火を観に来た大量の集団とぶつかった。うわあ、人のビッグウェーブだ。乗り遅れそうだけど、もう一仕事だけ片付けさせてくれ。ハルとしっかりと手をつないで、入り口脇にある大きな案内板の方に向かう。ヒット。これだ。
案内板には国立公園の地図が描かれている。こうして見ると本当に大きいね。花火大会の観覧会場は真ん中にある大きな原っぱ。その周りに森やら池やら。ハルと初デートした自然公園なんか目じゃないデカさだ。その代わり、普段から人が多い。
さて、目的は案内板の下。ご自由にお持ちください。そうだよね、パンフレットはみんなここから持って行くんだ。銀の鍵が強く反応している。見つけた。元栓締めさせてもらうよ。
入り口の案内板のところに置かれているパンフレットに、迷子になる呪いがかけられているなんて、一体誰が想像するだろう。道に迷わないように、と手にした物のせいで道に迷う。悪趣味もいいところだ。これを仕掛けた奴は相当に性格が悪い。胸糞悪い。
呪いを全て解く。これはやりすぎだ。確かにこの程度なら悪戯レベル、大きな騒ぎにはならないかもしれない。ただ、悪質で、陰湿。ヒナの目に留まったことが運の尽きだね。
これで明確に「誰かが邪魔をした」ことが呪いを仕掛けた当人にはバレたことになる。喧嘩を売るつもりはないけれど、こういうことやめなよ、とは言ってやりたい。こっちは気分良くデートしたいんだ。正義の味方している訳じゃないから、せめてヒナに見えてないところでやってくれ。
「ハル」
ぐるりと首を回して、ハルの方を見る。何も訊かずに、ここまでずっとヒナに従ってくれたハル。ヒナは、ハルに頼ってばっかりだ。それでもこうやってヒナを信じてくれる。ヒナの素敵な彼氏、恋人。
「ありがとう」
大丈夫だよ。勝手に走ってごめんね。とりあえずこれは終了。この性格悪い相手は、多分これ以上目立つことはしてこないだろう。他に細かい何かを仕掛けている可能性はあるが、まあヒナの視界に入らなければそれでいい。
今日はハルとデートに来たんだ。夏休みの大事な思い出の一つ。ヒナの素敵なメモリーに気色悪い染みなんて残したくない。
さ、切り替えていきましょう。終わった終わった。
「もう大丈夫なのか?」
「何とも言えないけど、多分ね」
実際そうとしか応えようが無い。これで諦めるなり飽きるなりしてくれれば良い。ヒナ的にはこの相手を叩き潰すまではするつもりが無いし、このまま穏便に終わってほしい。
ハルの手を握る。さ、仕切り直そう、ハル。ヒナは幸せな時間が欲しい。今日はハルと二人で過ごすんだから。
折角この入口まで来たんだから、ここの売店でしか売ってないソフトクリームを買おうか。えーっと、巨峰小豆とマスカット紅いも。なんでそんな組み合わせなんだ。これも何かの呪いとか言わないよね。ええい、買う。両方買ってハルと分ける。決めた。
見知らぬ親子連れが、ヒナたちの横からパンフレットを持って行く。小さな女の子がはしゃぎながら開いて覗き込む。そうだ、この喜びを、幸せを壊すなんてあってはいけないんだ。
ヒナも昔、ここでパンフレットをもらった。広げると公園の地図が描いてあって、わくわくした。眺めているだけで楽しかった。そんな思いを踏みにじるなんて、許せない。あの日のヒナが迷子になって泣いたとしたら。それが、誰かの悪戯のせいなんだとしたら。絶対に許さない。
ハル、ヒナは正直自分のことしか考えて無い。世間のためとか、世界のためとか、正義のためとか、そんなこと心の底からどうでも良い。
どうせみんな自分勝手。他人のことなんて二の次。ヒナだってそうだ。ハルとのことで手一杯。ハルと楽しく、幸せに過ごすこと。それ以上に大切なことなんて、何も無い。
でも、壊しちゃいけないものがあるってことぐらい判ってる。傷付けちゃいけないものがあるってことぐらい理解してる。
それがヒナのエゴ、ヒナだけの正しさだって、全部判った上で。
ヒナには、守りたいものがある。ハルと歩くこの世界。ハルと生きていくこの世界。
ヒナは、ハルのことが好きだから。ハルがこの世界で、楽しく、幸せに生きていてほしいと思う。その隣で、ハルと一緒に笑っていたいと思う。それがハルの願いだったし、今はヒナの願いでもある。
二人でソフトクリームを買って、舐めて、「うわっ、ビミョー」って言って、笑う。こんなに楽しい、ハルといるこの世界。
壊したくない。悲しみなんかに彩られたくない。
せめて、ヒナの目が届く範囲くらいは、笑顔で満たされていてほしい。
そろそろ日が傾きかけてきた、ということで花火鑑賞ポイントに移動することになった。ヒナのせいであんまり出店とか見れなくてごめんね。まあ、すごい混雑でそれどころじゃなかったかもしれないか。ヒナはとりあえずハム焼き食べれたので満足。女子力?キニシナイ。
メイン会場は公園の中央にある大きな原っぱ。なんだけど、ハルが事前に友達から得た情報によると、夕方にはごった返していて、座って観るということ自体がハナシにならないんだそうだ。すごいな。どうしても、ということであれば、クラスの何人かが場所取りしているスペースがあるので、そこに合流可能だって。えー、それはちょっと、入り難いかな。女子とかいたら普通に反感買いそう。男子ばっかりだったらお互い気を使って疲れそう。うん、無理。むーりぃー。
そこで今回の鑑賞ポイント。ハルの友達の、えーっと、えーっと、じゃがいも2号くんが教えてくれた場所。公園の中にある林を少しだけ奥に入っていくと、ちょっとした広場がある。ベンチもある。実はトイレも近い。なんという穴場。じゃがいも2号くんはこんなに素晴らしい場所は知っているのに、彼女はいないらしい。ドンマイ。
薄暗くなり始めた林の中、遠くにお祭りの喧騒を聞きながら、二人でベンチに座る。ええっと、ホントに誰もいない。付近の人の声もあんまり聞こえない。穴場も良いところっていうか、居て良いところなのかどうかすら不安になってくる。うわぁ、完璧に二人っきりだよ、ハル。わかってる?
ハルの顔を見る。ハルもヒナのことを見ていた。どうしよう。ハル、この場所は刺激が強すぎない?このまま二人だけで、陽が落ちて、真っ暗になったりとかしたら、ヒナ、どうなっちゃうのかな。
二人の他には人影すら無い。このままずっと誰も来ないのかな。このベンチ、古くて硬いね。背中痛くなりそう。ってなんで背中?背中付けるようなこと、しないよね?そうじゃなくて。そうじゃなくって、外ってやっぱり恥ずかしい。いやいやいや、何が?一体ヒナはハルと何をするつもりなの?
わあああ、どうしよう。ハル、この場所ってどのくらいの意図をもって選択されました?ヒナはどの程度の覚悟を持って臨めばいいですか?いや、アリです。ヒナはハルのお望みのまま、ハルの好きにしてくれて良いんですけど。
いやちょっと、流石にこれはレベルが高すぎるよぅ!
「ヒナ」
ハルがヒナの手を握る。やばい。花火前に来ますか。明るいうちからですか。人がいないからですか。そうですか。ソウデスネ。
いやでもね、いくら人の姿が見えなくてもですね、いつ何処から現れるか判らなくてですね、さといもじゃなくて高橋くんとか見かけてたりしててですね、クラスメイトとかも来ているはずでですね、先生とかもいる可能性があってですね。
頭の中がぐるぐるする。脳内ヒナ会議は大パニックだ。静粛に、静粛に!ハルの要求は無条件に受け入れるべきであります。ええい、黙れ黙れ。世間体を鑑みてハルの社会的評価も考慮に入れるべきであります。静まれーい、静まれーい。
どきどきが収まらない。ヒナが望んだ通りのシチュエーションなんだけど。なんだけど。現実に来ちゃうとこれ、ものすっごい恥ずかしい。うわぁ、ハル、やっちゃうのか?ここでか?ここでなのか?
「なんか、ここまで人がいないと逆に不安になるな」
ハルの顔が赤い。ホントだよ。なんか不安と期待でヒナの中はぐっちゃぐちゃだよ。
「う、うん」
何を話したら良いのかもわからなくなってきた。まともにハルの顔が見れない。こんなの久しぶり。告白された時だって、ここまで意識はしていなかった。う、うへぇ。ハル、ヒナと一緒にそこまで一気に大人の階段、登っちゃう?
ちらり、と上目づかいでハルを見る。すると、どうもそこでハルは初めて気が付いたみたい。ぶわっと汗が噴き出して、表情が固まった。もう、ハル鈍い。恋人二人がこの状況にいたら、そういうことでしょ。いつもヒナのこと鈍臭いとか言うくせに、バカ。
「いや、その、誤解というか、そういう意図は無いというか」
そういう意図ってどういう意図ですかね。詳しく聞きたいです。ヒナが一体何をどう誤解しているとハルは考えているんですか?脳内ヒナ会議、全会一致でハルに対してギルティの判決が下りました。ジャッジメント。
生活指導に呼び出されて、散々恥ずかしい思いさせられてさ。この上結局最後までそういうことありませんでしたって、そっちの方が恥ずかしいよ。来るなら来てくれた方がまだマシ。あ、でも初めてで外は無いかな。そこくらいはヒナの意見も・・・って、そうじゃない。あー、もう、なんかまだパニクってる。
「ふーん」
とりあえず冷たい目線を送っておこう。ハル、ひょっとしてムッツリさん?
「や、ちょっと待った。まずは話を聞いてくれ」
聞きますよ。何話すかなんて見当ついてるし。いっぱい悩んで損しちゃった。ハルのバカ。根性なし。
ハルがしどろもどろに言い訳を始める。ぷーんだ。花火を観るだけっていうのは解りました。ハルがそこまで積極的になるなんて、ある訳が無かったね。ヒナは大事にされてますから、ええ。
無いと判っていても、期待だけはしちゃいました。ヒナだって、大好きなハルとそういうことしたくない訳じゃないんだよ。もう何年好きだと思ってるの。良い雰囲気だなって、どきどきしてたのに。ハル、そんな言い逃れするなら、せめてキスぐらいはしてからにしてほしかった。ばーか。ハルのばーか。
「ハル、やらしーい」
やらしくてもいいんだけどさ。せめて男らしくしてください。エスコートは丁寧にね。
「悪かったよ。場所変えるか?」
御冗談でしょう?
「ここでいい。そんなこと言って、ハルがどのくらい我慢出来るか試してあげる」
ハルの腕をぎゅっと抱く。押し付ける。当ててんのよ状態。一応それなりにあるんだからね。ハルが良い感じに赤面する。しらなーい。ヒナをその気にさせちゃったんだから、もうしらなーい。
「お、おい」
しらなーい。ぷーい。そういう意図は無いんでしょ?じゃあヒナが何しても平気だよね。ハルが我慢していることぐらい、ヒナには判ってるんだから。健全な男子、良いじゃない。もうちょっと迫ってくれても、ヒナ的には全然平気ですよーだ。
ん?
視界の隅を、何かがよぎった。ありゃ、いくら穴場とは言っても、いつまでも二人きりでいられるとか、そんな虫の良いことは無かったか。誰かが近くを通り過ぎたみたい。
もうしばらくじゃれついていたかったけど、ここまでかな。ひょいっと、身体を離す。ハル、今度はそういう寸止めはやめてね。ヒナは常に期待しちゃうから。ハルのこと好きなんだよ、わかって?
にしても、この辺に神社なんてあったっけ?公園の中だしなぁ。それともコスプレ?いや、花火大会ってそういうイベントとは違う気もする。
見間違い、じゃないよね。