ヨルに咲く花 (2)
公園の奥に移動する。人の数が多い。がやがやがやがや。みんな花火目当てなんだとすると、まだ増えるってことだよね。こっちの会場に来るのって珍しいから、今一つ勝手が判らない。
ハルもそうだよね。毎年ヒナの家族と一緒だったし。その割にはぐいぐいと先行してくれる。ひょっとして下調べとかしてたのかな?マメだなぁ。まあ、ヒナはハルについていきますよ。トイレ以外は。
「迷子のお知らせをいたします」
場内アナウンスが流れた。あー、これだけ人がいればね。ハルがヒナと手をつないでいるのも、あながち間違いじゃないかな。大人でも油断したらはぐれちゃいそうな感じだ。
とりあえずベンチのある広場にやって来た。かき氷の出店がある。本当はお茶とかスポーツドリンクとかガブガブといきたいところだけど、その後が大変になっちゃうからね。その、出す方が。多分どんな行列よりも長くて苛酷だ。水分補給にはアイスとかかき氷とか、意外とキュウリが良い。さっぱりしてておいしいし。
空いているベンチを探すだけで一苦労だったけど、なんとか二人で座れるスペースを確保。ハルがかき氷を買って来てくれた。いやー、生き返る。イチゴだから舌がヘンな色にならないし。あ、そう言えばかき氷のシロップって、色と香りが違うだけで味はおんなじだって知ってた?
一回座っちゃうと、なんだか落ち着いてきちゃって歩く気が失せてしまった。この公園は結構広くて、全部見て回るつもりならそれなりに覚悟が必要。でも、そんな気概は氷と一緒に溶けちゃった。もうちょっと休んだら、花火を観るポイントまで移動しちゃっても良いんじゃないかなぁ。
「ヒナ、部活って考えてる?」
ん?今のところ考えてないよ。だってハル、帰宅部じゃない。ヒナだけ部活やって、なんか楽しいことある?今のところ、ヒナにはハル以上に興味のあることなんて無いからなぁ。なーんて、口には出せないな。
「うーん、あんまりやりたいことないかなぁ」
「今ちょっと誘われててさ」
そうなんだ。中学時代はバスケ部だったからね。レギュラーにはなれなかったけど、ハルの運動神経が悪いとは思わない。何もしてないよりは、何かしてた方が良いかもしれない。
「そうなんだ。どこ?」
「ハンドボール部。宮下がやってる」
ふむ、宮下って誰だ。じゃがいものどっちかか。いい加減ハルの交友関係ぐらいは顔と名前を覚えてあげた方が良いかな。会話に支障が出るレベルで記憶してない。だって、全くこれっぽっちも興味が無いし。
「ハンドボールだと、バスケに近いってのもある。微妙に違って面倒なんだけどな」
ハルが楽しそうに笑う。こういう時、話題を合わせるためだけに女子バスケ部に入ったヒナの努力が報われる訳ですよ。トラベリングの歩数カウントが違うんだよね、とか。ピボット等の専門用語にもついていける。偉いぞヒナ。ただし、ヒナの実際の運動能力について考えてはいけない。忘れよ。
「今からでも入って大丈夫そうなの?」
「あー、なんか、お遊び活動っていうか、人数少ないし、本気度が低いんだってさ」
そうか、その方が良いかもね。中学の時のハルは根詰め過ぎだったもん。ハルがレギュラー目指して努力している姿を、ヒナはちゃんと見ていた。ハルは頑張ったと思う。中学の男子バスケ部はレベルが高かったし、仕方が無い面もあった。あ、ヒナはもう少し努力しても良かったかも。男子とは練習から何から全部別って判った途端やる気が半減した不届き者ですので。
「で、さ。ハンドボール部でマネージャーも欲しいって言ってるんだけどさ」
はい?
何言ってるんですか、ハル?
ひょっとして、ヒナにマネージャーやって欲しいって言ってます?
はぁー・・・えーっとね。よーく考えてね、ハル。
自分の彼女を部活のマネージャーに引き込むとか、それ普通に考えて無いですからね?そもそもヒナはハルの面倒なら喜んで見るけど、ハル以外の部員なんてガチで野菜と同じです。皮剥いて洗って切り刻むくらいしかしませんよ?顔も名前も憶えませんよ?そんなのマネージャーになりませんて。
それにお遊び部活なんでしょ?なんでマネージャーが必要なの?マネージャーって何するの?ハル以外の男子の汗臭いユニフォームを洗えとか言うの?ごめん無理。ナチュラルに無理。消臭剤の原液に漬け込んでも無理。燃やせって言うならやってあげる。お焚き上げする。成仏しろよ。
大体、それハルの考えじゃないでしょ。誰、そんなこと言ってるの。なんだっけ、宮ナントカ?もういいよ、そいつは未来永劫ヒナの中ではじゃがいもだ。永世名誉じゃがいもだ。ありがたく拝命しな。
「ハルの専属マネージャーみたいになっちゃうのは、他の人に迷惑なだけなんじゃないかな」
やんわーりと、ハル以外のお世話など真っ平御免だとお伝えする。ハル、大丈夫だよね?判ってるよね?
「ごめん、頼んでみてって言われてただけだからさ。俺もヒナにそんなことさせたくないよ」
ほっ。もう、ビックリさせないでよ。体育会系男子部活のマネージャーなんて、ハルがいたとしても絶対にお断りだよ。ハルのマネージャーならやってあげても良いけど、そんな大量のおまけがついてくるような環境はいりません。
「ハル以外の人の面倒なんて見ないからね」
つるっと口が滑った。ハルが少し照れてる。ばか。ハルのばか。ヒナにこれを言わせたかったんじゃないの?はいはい、そうですよ。ヒナはハルの彼女、ハルだけのヒナですよ。
にしてもハンドボール部か。一応ハルが入りそうな部活については、入学時に一通り調べてある。ハンドボールはウチの学校では確かにあまり流行ってなくて、部員数も少なかったと記憶している。大会参加記録も無い。間違いなくお遊び部活。
最大の問題は、女子ハンドボール部が無いということ。ホントに人気が無い。他の学校だと普通にあったりするのにね。まあ、男子の方がお遊び部活になっちゃってるわけだし、しょうがないのかな。一回部員数が減って消滅しちゃうと、復活するのってかなり大変そう。
じゃあヒナはどうしようかな。ハルが部活始めるとなると、ヒナも何かしてた方が色々と都合が合わせやすい。マネージャーかぁ。うーん、ダメだ、それはやっぱり無い。簡単に想像出来る。部員一人の面倒しか見ない、あからさまな恋愛脳マネージャー。結果的にハルの迷惑にしかなってない。
「私も何か部活しようかな」
「そうだな。ヒナも何かしててくれた方が良いかな」
何よ、それ。エネルギーが有り余って暴走してるってコト?或いは何してるか把握しやすいってコト?ああ、両方か。
もー、変な束縛の仕方しないでよ。放っておくと何するかわからないってのは自覚してますよ。ハルに迷惑かけましたよ。ちゃんと反省してるってば。
はぁ、わかりました。ちょっと考えてたこともあるから、二学期始まったら入部届出しますよ。マネージャーじゃないよ?それはちゃんと永世名誉じゃがいもに言っておいて。自分の汚れ物は自分で洗濯しろって。
「迷子のお知らせをいたします」
また場内アナウンスが流れた。ああ、ホントに多いな、迷子。目の前を行き来する人の流れも、更に増えた感じがする。これは結構大変だ。
かき氷のカップを捨てるゴミ箱を探して首を巡らせていると、どうもはぐれているらしい子供が視界に入った。ありゃ、ここにも迷子か。しょうがない。
「ハル」
ちょいちょい、と指をさす。ハルも察してくれた。二人で迷子らしい子供に近付く。まだ幼稚園くらいの男の子だ。泣く三秒前みたいな顔をしている。あー、これはヒナが話した方が良いね。ハルだと刺激が強すぎる。ほら、可愛いお姉さんだよ。
「大丈夫?はぐれちゃった?」
うるっ、と涙が。うわぁ、ダメか。スタッフさんがいればお任せして、迷子センターとかに連れて行ってもらった方が良いかも。ハルの方をちらっと見る。ハルがスタッフを探しに行ってくれる。ヒナとこの子は、とりあえずこの場を動かない方が良い。
とりあえず安心してほしいんだけど、知らない人に声をかけられたら誰でも怖くなるよね。こっちは味方でいるつもりでも、相手にそれは伝わらない。優しく頭を撫でてあげる。もうすぐスタッフさん来るからね、お父さんお母さん探してもらおうね。無言で涙が零れ落ちる。うーん、シュウとかこっちの会場じゃなくて良かった。
ヒナも昔よく迷子になったなぁ。興味があるとどうしてもそっちに行ってしまうんだよね。あれなんだろう?って。気が付くとお父さんもお母さんもいないの。周りは見たことも無い大人ばっかりだったりして、すごいビックリする。取り残された感じというか、自分の知らない世界に入り込んでしまった感じというか。足がすくんじゃうんだよね。
もうあわあわってなってるから、冷静に考えることも出来ない。下手に動かないとか、お店の人に話すとか、そういう知恵は全然回らない。なんかもう悲しいって気持ちだけがぶわって上ってきて、はいアウト。ヒナはしょっちゅう泣いてた。
いつだったかもデパートで迷子になって泣いたなぁ。小学校一年生だっけ。エスカレーターの前に水槽が置いてあって、熱帯魚が泳いでた。綺麗だなぁ、って見惚れてたら、お母さんが蒸発してた。実際にはすぐ近くのお店で服を見てたんだけど、当時のヒナは全く気が付かなくてね。ふええ、ってなって走り出しちゃった。動かなきゃ良かったのに。
で、見事に迷子ですよ。いつも来ているデパートが、急に怖い場所に思えてきて、ヒナはべそをかきながらお母さんを探して走り回った。ちなみに、その頃お母さんはバーゲンの品定めに夢中でした。今でも恨んでます。はい。
あれ?その時結局どうしたんだっけ?あ、そうか。恥ずかしい。ハルが偶然ヒナを見つけてくれたんでした。なんだろうね。ハルはヒナを見つける天才だね。突然手を握られてビックリして、うわ、って振り返ったらハルだった。ハルも同じくらいビックリしてた。そりゃあねぇ、なんでヒナは泣きながらデパートの中を彷徨ってるんだって話ですよ。
はは、思い出しちゃった。そうそう、ハルに会えたのが嬉しくって、ヒナはハルに抱き着いたんだ。何で今こんなの思い出すのかね。もう、おっかしい。
迷子の男の子が、ぽかーんとヒナのことを眺めている。ごめんね、お姉ちゃん突然トリップしちゃって。お姉ちゃんも昔迷子になったことがあってね、その時見つけてくれた男の子と、今付き合ってるんだよ。言葉にしてみるとなかなかドラマチックだ。ハル、かっこいい。
ハルがスタッフの腕章をした女の人を連れて来てくれた。はあ、これで一安心かな。迷子センターに行こうね、と説得が始まった。迷子カードも持ってるみたいだし、多分もう心配はいらない。公園のスタッフのお仕事って大変そうだなぁ。
「なんか、迷子がかなり多いって話だ」
混んでるし、当然かな。
そう思ったところで、ふと迷子の男の子の手元に目が行った。折り畳まれた紙、この国立公園のパンフレットか。何気なく見たんだけど、ちょっと待って。何か変だよ。
しゃがみこんで、パンフレットを近くで眺める。銀の鍵を意識する。非常に判りにくいが、目に見えない何かがある。ヒナはその場所を探ると、摘みあげて手元に引き寄せる自分の姿を「視た」。
銀の鍵によって与えられた特殊能力の一つ。ヒナは世界を自分の都合の良いように「視て」、書き換えることが出来る。そう言えばかなり強力に聞こえるが、実際には小規模なものに限られる。そこまで便利な力ではない。ただ、今回みたいな場合ではなかなか重宝する。誰にも気付かれないように、パンフレットに付着していた何かを摘み取る。一瞬の出来事だ。
手元を確認する。これは、昆虫の脚だな。うっわぁ、気持ち悪い。なんでこんなもん。しかもこれ、明らかに良くないおまじないの類じゃない?とりあえずポイ。
ちょっと、ナシュト、これどういうこと?
声に出さずに、ヒナは銀の鍵の守護神ナシュトに呼びかけた。ヒナと一体化しているナシュトは、ヒナが意識していない間もヒナの全ての行動を把握しているハズだ。この状況を判っていて向こうから説明してこないとか、実に腹立たしい。
ヒナの横に、長身の男が立った。銀色の長い髪、浅黒い筋肉質の身体。このクッソ暑い中見ているだけで不快指数が上がってきそうな豹の毛皮。あんた馬鹿じゃないの?夏服とか持ってないの?イケメンは汗かかないの?
まあでも出てきたってことは、これは目に見えない危険な何かってことだね。ヒナが触っちゃって、強制的に絡んじゃいましたよ、と。面倒が嫌いなナシュトさん、残念でした。
「本当に、余計なことに首を突っ込んでくれる」
はいはい、大変申し訳ありませんでした。ナシュトの姿は、ヒナ以外の人間には見えていない。ナシュトの声も聞こえない。ヒナが話す言葉も、意識してナシュトに対してだけ発言すれば、周りには一切関知されないのだという。気持ち悪いから、こういう時は勝手に心を読んでもらうけどね。
で?これは何なの?
「置き去りの呪いに近い。共にいる仲間から切り離す時に使われる。力が弱いので大したことは無いが」
やっぱりね。迷子を意図的に作り出してるヤツがいるってことじゃん。最低だ。
「どうもこの近辺に同様の呪いが数多くばら撒かれている。一つ一つの力が弱いこともあって、お前が一つ潰した程度では、術者は歯牙にもかけないだろう」
そう。この段階で手を引けば、お互いに干渉せずで済ませられるのね。ナシュトが言いたいことは判った。後はヒナの判断だ。
ヒナはハルの顔を窺った。ハル、ちょっと良いかな。ヒナは今悩んでる。このままハルと花火デートを続けても、多分何の問題も無い。ちょっと迷子放送が多いなー、くらいのことだ。ヒナとハルには、直接の被害なんて何も無い。
でもね、ハル。ヒナは気付いちゃったんだよ。誰かが誰かに、しかも不特定多数の他人に対して、悪意を持って悪戯を仕掛けているって。それが判るのは、ヒナだけなんだ。放っておけば沢山の人が迷惑する。迷子が出る。お父さん、お母さん、そして子供、みんな泣く。悲しむ。楽しいはずの場所で、嫌なことばかりが起きてしまう。
ヒナには関係ない。ハルには関係ない。それで良いのかな。本当にそうなのかな。
ヒナの弟、シュウのことを考える。シュウは小学二年生、こんな人混みの中で一人で取り残されたら、シュウはどうなっちゃうだろう。絶対に泣く。ヒナや、ハルの弟のカイの名前を呼んで泣く。そんなのは嫌だ。ヒナの周りでこんなことが起きるのを放っておいたら、そんな未来だって起こりえるかもしれない。今が良くたって、その先のことなんてわからないんだ。
ハル、ごめんね。先に謝っておくよ。ヒナは走る。ハルには見えないところで、ハルには見えない何かを追いかけて。
「ハル、あのね」
「何かあるんだろう、ヒナ?」
うっ。
先に言われるとは思わなかった。顔に出ちゃってたかな。実はハル、銀の鍵を持ってるとか言わない?ヒナの考えてることなんて全部お見通しとか。だったら酷い。ハルのエッチ。
ま、そんなことは無いよね。ハルはヒナのこと、良くわかってくれてるってことだ。こくり、と頷いてハルの手を握る。一人ではいかない。ハルが一緒。ハルがいれば、ヒナは泣かない。
諦めたようにナシュトが姿を消した。ヒナは間違ってるかもしれない。余計なことかもしれない。
だとしても、見過ごすことなんて出来ない。少なくとも、目の前で起きていることを放っておくなんて、ヒナには出来ないんだ。