side B
初めてその子を見たのは、その子が母親に手を引かれて歩いている時。
僕のことをじっと見ていて、その時はなんてことはない。子供ならよくあることだ。
手を振れば、手を振り返してくる。あの子もきっと、数年後には僕なんて存在を忘れてしまう。
「むぅ……」
声をかけてみれば、おみくじを開きながら、似合わない眉間にしわを寄せた顔がこっちを向く。
中身を見てみれば、当たり前ではあるが漢字が多い。読めないのかと、読み上げようとすれば、
「どれどれ……末吉……うーん。悪くはない」
なんとも言えない運勢だ。いっそのこと大吉とかでいいじゃないか。もっと増やせばいいのに。
「あ、恋愛、来るって。女の子はやっぱり恋愛は重要だもんね!うん!いいよ!」
だけど、まだその子は恋なんてものを知らないらしく、なおさら眉間にしわを寄せていた。
それから数年。もう忘れてしまったかな?と思っていれば、彼女は来るたびに手を振ってくれる。忘れられないことが嬉しくて、彼女が忘れるまではいつもと変わらないようにしようと、おみくじを引く彼女の元にいく。そして、
「キョウ……これが噂の……!超レア!」
凶で喜び始める年頃か!!
なんとか、今の子供でもわかるように説明しようとしたものの、いまいち伝わっていない。誰だよ。呪いのアイテム強くしたの。
***
夏の暑い時期。当たり前ではあるけど、神社に人はやってこない。犬の散歩にくる人がたまにいるくらいだ。
「1年に1回しか会えないなんて、織姫と彦星みたいだなぁ」
しかし、橋の上なんかじゃなく、人の多い境内で。とはいえ、あまり神である僕が人間である彼女に近づくのはいけない。住む世界が違う。どれだけ一緒にいたくても、一緒にいることはできない。
一緒にいたいな……
「――って、ダメダメ!」
頭を振って、その考えを払い落とす。それはただの独りよがり。神であるからには、平等に人を愛さなければ。
「え?アレ……!?」
気が付けば、彼女が境内の向こうから手を振っていた。
「まだ夏だよ?」
「なんとなく」
嬉しくはあった。彼女とゆっくり話せるのだから。
「いくら日陰とはいっても、こんな真夏じゃ倒れちゃうよ」
「水持ってきてます」
少し自信あり気にペットボトルを見せる彼女は、銀杏の隣に座った。
いつもは長く感じる夏の間が、彼女と過ごすだけでこれだけ早く感じる。
恋や愛なんて、聞いて呆れるかもしれないし、許されないことだと分かっている。だから、
彼女の幸せを祈るくらい、許してくれるよね?
***
最近の子は、16になる前に、受験という大きなものがあるらしい。一部、ないところもあるそうだが、彼女は、大部分に入る。だから、最近は毎日というほどここには通ってこない。
だけど、週に1日、そのくらいのペースで彼女はくる。少しだけ疲れた様子で。だから、他愛の無い、変わらない会話。だってそうだろう?昔のように、似合わない眉間にしわ寄せた顔はさせたくないんだから。
「……勉強しろとか、言わなんですか?」
「言わないよ。息抜きだって重要だって聞いたよ」
「へぇ……」
「道真公の言ったことだから間違ってないよ」
受験の話を聞いて、まず最初に思いついたのは、勉学の神様でもある菅原道真公だった。有名だから、案の定、話を聞きに行ってみれば境内は正月でもないのに、人がたくさんいた。
目立ったのは学生に、その親と思われる大人。そんな人たちを眺めながら、ご本人に話を聞いて、お守りをもらった。
ただ少し怒られた。人に近づきすぎだとか、1人に思い入れすぎるなとか。人は、頭の片隅に神がいるくらいでちょうどいいんだって。それくらいは理解してるつもりだ。
「こういうことしかできないけど、君が幸せになること、僕も望んでるんだ」
神は万能ではない。でも、人よりも大きな力を持つからこそ、一線を越えてはいけない。
「ありがとう、ございます……」
そんな言葉が嬉しくて、君の泣きそうなその表情で胸が締め付けられる。
今にでも、腕と口が勝手に動き出してしまいそうで、僕は別の言葉を口から紡ぎ出す。
「そうだ!好きな人ができたら、大国主様に縁結びのお守りをもらってきてあげる」
溢れた涙を拭ってあげることすら、僕には許されない。