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その1

 山間部の開けた一角、切り立った崖のふちに2人の男が立っている。ひとりは20歳になるかならぬかの青年で、眼光鋭い精悍な顔立ちには若者特有の覇気がみなぎっている。その青年に並んで立つ人物は、見上げるような巨漢の男で、右肩に丸太のような鉄斧を担いでいる。

 鋭い目つきが印象的な青年は、名をアレクといい、今年で19歳になる。巨大な戦斧を担いでいるライとは、同じ村で生まれ育った幼なじみで、年齢はライのほうが3つ上だが、気心の知れた仲であった。

 どちらも身に着けているのは古びた鎧で、大斧を軽々と担いでいるライに対して、アレクは古びた剣を腰に下げている。どう見ても普通の村人とは思えぬ物騒な出で立ちだが、かといって薄汚れた身なりは正規兵とも思えない。

 それもそのはず、彼らはこのガコウ山を根城にする賊徒、鉄面党の一味であった。

「孫に貢いで店潰す」

 不意に発せられたアレクのつぶやきに、ライが首を傾げる。

「なんだ、それは?」

「聞いた話だが、商人の間では、俗に『三代目が店を潰す』と言われているそうだ。初代が苦労をして創業し、その背中を見て育った二代目が堅実に引き継いでも、苦労知ずの三代目が道楽にふけって店を傾かせる、とな」

「なるほど。となると、二代目で潰れかけているこの国は、そこらの商家より劣るわけだ」

 素直に納得する大男を見やり、アレクはわずかに口元をほころばせた。


 時は帝国暦34年。

 初代皇帝によって天下統一が成し遂げられ、二百年以上に渡る戦乱の時代が終わりを告げたのは、これより遡ること三十余年前のこと。類まれな武略と人望で領内の敵を討ち滅ぼした皇帝は、内政においても優れた手腕を発揮し、自ら陣頭に立ち荒廃した国内の復興に力を注いだ。

 その結果、戦乱で疲弊していた国土は数年で活力を取り戻し、街は富み栄え、田畑には作物の実りが戻った。いつ果てるとも知れぬ動乱の日々に荒んでいた人びとの顔にも笑顔が戻り、これからは安穏な暮らしが続くと、誰もが信じて疑わなかった。

 だが、破局は突然訪れた。

 稀代の英傑であった初代皇帝が病に倒れ、放蕩息子として知られた皇太子ガイウスが二代目皇帝として即位したその日、都の空は不気味な暗雲に覆われていたという。

 二代目皇帝が玉座について最初に行ったのは、先代から仕える重臣たちを宮廷から追放することであった。当然ながらこの決定は重臣たちの反発を招いたが、異を唱えた人びとはすべてその場で捕らえられ、あらぬ罪を着せられた末に処刑された。法も理も無視した非道な振る舞いといえよう。そして、そのような人物が次に行うことといえば、際限なく溢れ出る欲望と快楽に身を委ねることであり、帝国全土から美酒と美女をかき集め、昼夜の別なく淫楽にふけった。

 一方、建国の功臣たちが一掃された後、空いた席を埋めたのは、皇太子時代にガイウスの遊び相手を務めた青年貴族たちであった。いずれも彼と似たり寄ったりな性格で、幼いころから武芸にも学問にも身を入れず、親の権力をかさに来て遊びほうけていたような者ばかりである。そんな彼等にまともな政ができるわけもなく、皇帝の望むがままの政策を打ちたて、実行の責任は部下に丸投げするばかり。彼等がまじめに取り組んだのは、与えられた権力を振りかざして弱者をいたぶり、私腹を肥やすことであった。

 このような上層部の乱れが末端へ波及するのは自然の摂理であり、わずか1年足らずのうちに帝国全域が腐敗の温床になってしまった。

「文武に秀でた英雄でも、子育ては勝手が違ったということかな?」

 そう語るライの言葉には、偉業を成し遂げた前皇帝への敬意が感じられるが、応じるアレクの言葉は辛辣であった。

「子育て以前の話だ。国政と玩具の違いも分からぬ者を人とは呼べぬ。犬猫でも、調教すればその程度の躾はできよう」

 新皇帝とその取り巻きたちによる暴虐の嵐は宮廷内にとどまらない。彼等が遊蕩にふけるには潤沢な財源が必要であり、そのために平民には重い課役が賦課された。なかでも苛烈を極めたのは、帝国全域で多発される土木工事の数々と、三度に渡る隣国への軍事行動であった。自制心の欠如した、たったひとりの気まぐれによって、数百万人の命が使い潰されたのである。

 圧政に苦しむ人びとは、各地で反乱や逃亡といった形で抵抗したが、それに対して朝廷は徹底的な弾圧を行った。反逆の罪は当事者のみならず親族にまで及ぶとし、ひとたび暴動が起きれば年端もいかない子供や老人たちまでが処刑され、その首が市中にさらされたのである。

「……街の薬種商の一家が処刑されたそうだ。先日の暴動に、店主の義兄が関わっていたとかで」

「ああ。あそこは、先月、男児が生まれたばかりだった」

 アレクの視線は、先ほどからふもとにある街の城壁付近に注がれている。ここからでは見えないが、そのあたりに処刑された一家の首が並べられているはずだ。

 薬種商の一家は、どこにでもいる平凡な家族だった。夫も妻も気さくな人柄で、十歳を頭に四人いた子供たちもはみな健やかに育ち、店はいつも活気に満ちていた。

 そのような人びとが何の罪もなく殺される時代なのだ。街や村では密告が奨励され、裕福な地主や商人の中には、無実の罪で捕らえられ、財産没収のうえ囚人として工事現場に送られた者もいる。

 抵抗して処刑されるならばまだしも、従順に振る舞っても殺されるとあらば、もはや自分の身は自分で守るしかない。故郷を捨てて逃げ出す者や、叛乱勢力に身を投じる者は日を追うごとに増えていった。


 アレクやライの場合も事情は似たようなものであった。大運河の建設に徴用されて一年間酷使された挙句、ようやく故郷に戻ってみれば、今度は隣国ティドンとの戦を理由に徴兵を告げられたのである。この戦は新皇帝ガイウス最初の親征であり、のちに第一次ティドン侵攻と呼ばれる。国境を越えての外征ともなれば、無事に戻ってこられる可能性は限りなく低い。働き手を失えば、残された家族の生活もままならない。アレクとライ、それぞれの家族が顔を合わせて話し合い、村を捨てる決意をした。

「問題は行き先だな。最近はどこも浮浪民の摘発が厳しいと聞く。目指すなら南か? 旧王国のあたりは、まだ中央の監視も行き届いていないだろう」

「それもよい。だが、この際だ。いっそこの国の支配そのものから脱するというのはどうだ?」

「……叛乱勢力に加わるということか?」

 年少の友人の提案にライは目を見張った。

「叛乱に加われば朝敵ということになる。俺たちはともかく、家族まで危険にさらすのか? いや、そもそも、戦えない老人や子供もいるのに、受け入れてくれるところなどあるのか?」

「それは分からん。多少心当たりはあるがな。ハッキリしているのは、逃げるにしても危険なのは変わらんということだ。考えてもみろ。これだけの人数を連れて安全に旅ができると思うか? 早いか遅いかの違いで、いずれは戦うことになる」

 大人数で移動すればそれだけ人目を引くうえ、老いた祖父母や幼い弟妹を連れていては無茶な旅程も組めない。はるか南方の地を目指す逃避行は、おそらく一ヶ月以上に及ぶだろう。無事に済む保障などないのだ。

「たしかにな……。それで、心当たりというのは?」

「工事現場で耳にした噂だが、ガコウ山一帯で暴れている群盗の首領は、仁義に厚い人物で、行き場のない流民たちを受け入れているそうだ」

「ガコウ山か……。ここからだと、およそ8日から10日というところか」

 とくになじみのある土地でもないので詳しくは知らないが、大まかな道のりくらいはライにも分かる。

「……よし、行ってみるか。その首領とやらが噂通りの人物ならばよし、そうでないなら改めて南へ迎う。それでどうだ?」

「さすがライ、もちろん異存はない。なに、相手がゴチャゴチャ言うなら、俺たちでその一味を乗っ取るという手もあるさ」

 アレクもライも、群盗の仲間になり、政府と敵対することを恐れてはいない。子供の頃から腕っ節には自信があり、村を襲った脱走兵の集団をたった2人で叩きのめしたこともある。若者特有の無謀さともいえるが、自分たちが死ぬことなどまったく頭に無かった。

 家族を連れての旅は、それなりに苦労もあったが、おおむね良好であった。ガコウ山を縄張りにするドイルも噂に違わぬ人物で、2家族を快く迎え入れてくれたうえ、アレクとライが一味に加わることも許してくれた。その後、2人は、輸送中の官品の略奪や政治犯が収監されている牢獄への襲撃といった反抗活動で頭角を現していき、2年経った今では、ドイルの両腕として認められ、副頭領の地位を与えられている。


「兄さん、ライ、こんなトコロにいた!」

 若い少女の声に2人が振り向くと、アレクの妹のリュシールが駆け寄ってくるところであった。一味の名の由来である仮面をつけていても、よく響く溌剌とした声のおかですぐに分かる。

「兄……じゃない、副頭領。頭領がお呼びです。入山希望者だそうです」

「何人だ? 名前は言っていたか?」

 質問しながら、アレクとライはすでに早足で歩き出している。

「ひとりです。名前は聞いていませんが、私が部屋に呼ばれたとき、頭領はだいぶ驚いたようすでしたから有名な人物かもしれません。20代半ばくらいで、身なりは粗末でしたけど、所作には気品のようなものが感じられました」

「どこぞの金持ちか地主の息子が逃げて来たか? まさか貴族でもあるまい」

「さて、どうかな。そのまさかかも知れんぞ」

 そう話している間にも、アレクとライは、懐に入れていた鉄面を顔に装着していた。顔の上半分が隠れ、見た目はリュシールと変わらなくなる。一味の呼称として定着したこの出で立ちは、もともとアレクの発案であった。朝廷に逆らうからには、できるだけ身元を隠したほうがよかろうという理由からだったが、次第に真似する者たちが増え、いつの間にやら党のシンボルとなっていた。

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