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モンキー・ハンドボール  作者: 間楽面明
4/4

前進


 四章:前進


 新入部員が増えた。同い年の同級生が多い。

「同級生だけど部活では先輩にゃんだからにゃー!」

 と女子部員に先輩風を吹かせている金盛をデコピンで叩くような日常が始まった。

 新入部員の中に数人知人がいた。話を聞くと面白そうと言うのだが、何より季節柄か汗かかなくて良さそうだから。と言う理由が多かった。

 全部で八人も一気に入って来たので旧在の部員全員てんやわんやだ。

「しんちゃん一緒に帰ろー」

 疲れ切って猫語を忘れた金盛がそう誘ってきた。多分また羊羹でも食べて帰るのだろう。

「……リア充死ね!」

 廊下でその場を見ていたヒキマル先輩はそう言って鋭い眼光を浴びせてくる。

 そういえば、雪芝先輩とあれから殆ど話していない。あまりにも忙しい日々で毎日見かけるのでそんな事も忘れていた。

 更衣室で着替えをしている時に、知人に「お前まだ金盛と付き合ってなかったの? 毎日一緒に居んじゃん」と言われて、そういえばそうだと思った。


「おまたせ」

「おそい~」

 鍵型城の外で待っている金盛は子供の様に頬を膨らませて行った。

「今日も羊羹か?」

「うーん、今日はあんみつがいいなー」

「いつもの店だな」

 意外にも練習試合の後からまた、いつも通りの距離感に戻って接する事が出来るようなった。

 あと、練習試合を終えて靴が破れてしまったので、親にスポーツをやっている旨を伝えたら以外にも快くお金を出してくれた。どうやら目的も無く大学で金を使うなと言う事だったらしい。おかげでジリ貧生活から、多少余裕が出来るようなった。とは言った物の毎日お菓子を食べるとお金が無くなるので、付き添って行くことの方が多いのだが。

 目的の店に行くと、もう常連になってしまったので緑色の和服を着た店員がいつもの席に通してくれる。注文もその場で終わらせる。あんみつと、抹茶二つ注文した。

「ねえしんちゃんどうしよう……」

「何だよ、意味深な顔して」

「腕、腕がもりもりなってきた!」

 そう言って力こぶと作って見せた。確かに盛り上がる筋肉だ。

「まあ、仕方ないさ。壁登りをずっとやってるんだから腕の筋肉も鍛えられるさ」

「そうじゃにゃーい! 男の子ってぷにぷにの腕がいいんでしょ?」

「金盛はそのままが一番だろう」

「一番……?」

「うん」

「一番……何?」

「可愛いって言ってもらいたいだけだろ?」

「分かってんなら言えよー」

 顔を赤らめつつぶすーっと膨れた。まあ、実際可愛いから言っても良かったんだけれど、筋肉を可愛いって言うと巷の女子みたいで嫌だった。

 そうこう言っていると抹茶とあんみつが来た。

 香りの良い抹茶を啜り、落ち着いていると見覚えのある二人が入って来た。

「あ、翠さんと山村さん」

「にゃほ?」

 とりあえず向こうも気づいたみたいだから会釈をした。店員に知り合いがいるという話をしているらしく隣の席に座った。

「お久しぶりです」

「久しぶりだね。部活は順調かい?」

「ええ、お蔭様です」

 男同士ではこう言った世間話。

「むーちゃんお久だにゃー」

「智佐ちゃん久しぶり~」

 女子同士ではきゃっきゃと騒ぎながら話している。

「こんな片田舎に珍しいですね」

「由香が金盛ちゃんに美味しい和菓子屋さんがあるって言われたみたいで、無理矢理引っ張られてきたんだよ」

「結構ノリノリだった癖に!」

 ポニーテールの山村さんがパサリと髪の毛を揺らして可愛らしく怒っている。

「悪い悪い、俺も来たかったよ」

 尻に敷かれている様子が見てうかがえた。お似合いの二人だなぁ、と思う。

「ところで翠さん就職活動どうですか?」

「あはは……はは……聞かないでくれるかい……」

「すみません……」

 あからさまに落ち込んでしまった。でもすぐに立ち直って言う。

「ま、まあでも福田さんに斡旋してもらえたから今度こそ受かるはずだよ」

 アフロ先輩は本当に何処まで顔の広い人なのだ。第一学生である身で企業への斡旋が出来る人間なんて殆どいないだろうに。

「にゃーにゃー、むーちゃんとゆずるんは付き合ってるの?」

 二人はちょっと驚いたような表情を見せて山村さんが言う。

「こ、こんなやつタダの幼馴染よ!」

「ひでぇ、この前OKしてくれたじゃん」

「なっ、何言ってんの、夢でも見たんじゃないの!?」

「じゃあ、指輪するなよ……」

「うっ……」

 痴話喧嘩が始まった。山村さんは何が恥ずかしいのか付き合っている事を隠したかったらしい。まさか浮気してるんじゃないだろうかとも思ったが、あの反応を見たらそんな事出来るタイプじゃないか。

「それで、君たちはどうなんだい?」

「指輪何てしてないですよ」

「にゃあー。だってしんちゃん買ってくれないんだもん」

「付き合ってないだろう」

「うにゅぅうううぅう」

 そう言うと、翠さんが肩に腕を回して身を引き寄せて来た。そして小声で言う。

(おいおい、こんな可愛い子を放っておくのかよ)

(そう言われましても)

(据え膳喰わぬは男の恥だぞ)

(ちょっ……そんな関係じゃないですって)

(じゃあどんな関係なんだ?)

(ううんと……まだ恋愛感情は無くて、友達です)

(まだ、ねえ)

(はい)

(男らしく抱きしめてやればいいんだよ。付き合って好きになりゃいいんだ)

(そう言われましても)

「ちょっと、男達でいちゃついちゃって」

「気持ち悪いにゃん」

 二人が軽蔑したような目で見てから、自分で作った顔がおかしかったのか金盛が吹き出してみんなで笑った。

 そんな冗談と、翠さんが奢ってくれた羊羹を食べてその日は帰路に着く。

「ごちそうさまでした」

「一応年長者だからね、ちょっとぐらいカッコつけさせてよ」

「またそう言って来月お金ないって嘆くんでしょ?」

「うっせ」

「それじゃあね、今度は練習試合こっちの大学来てね。智佐ちゃん、しんくん」

 そう言って二人はバスの時間もあるという事で帰って行った。しかし僕の名前は『しん』になっているのが定着したようだ。智也だってのに。

 多分翠さんが山村さんに何かを話して一度振り向いてまた歩き去っていく時に、多分僕が意気地なしのこんこんちきだと話されたのだろう。

 気を取り直して、僕達も金盛の家に向かって歩く。

「ねえ、さっき何の話をしてたにゃ?」

「ん? あー。あれだよ。この前の試合楽しかったねって話だ」

 嘘を吐いた。こっぱずかしくて言えるもんか。

「この前負けちゃったもんね」

「そうだな……」


『7-10。ゲームウォンバイ栄大学』

 負けた。負けてしまった。

 ひょっとしたらあの時、一発逆転なんて狙わないで確実に点を取りに行ってたら勝てたかもしれない。もっと腕を鍛えていたら勝てたかもしれない。もっと真剣にやれば……。

 ネットの上で倒れて汗が宙を舞う中思った。

「和泉君、立つんだ」

 顔を拭って差し伸べられた手をとり、引き上げられた。足場に戻ってから最後の礼をした。

 アクリル板で一枚隔たれた観客席からは歓声が上がっているのが聞えたが、僕はこの場から早く立ち去りたかった。

 控室になっている女児更衣室に戻ってから、鍵型城から人が居なくなるのを待った。

 更衣室の中で一気に汗が噴き出してきた。

「はい、しんちゃん。大丈夫かな?」

「雪芝先輩……ありがとうございます」

 タオルを渡されてひとしきり拭いてからもまだ汗が出ている。

「筋肉を酷使しすぎたのだな」

「すみません……タオル洗って返します……」

 少し落ち着くと、自分の呼吸が乱れてはいないが、大きい事に気付く。息遣いが口から耳まで音として聞こえて来る。

 頭が真っ白というのはこういう事を言うのだろうか。空気すら重く感じる。

「さて、まずは諸君お疲れ様」

 座っていたアフロ先輩が立ち上がり、演説を始める。

「練習試合とはいえここまで熱くなれる諸君らを儂は愛しているよ」

「……」

「やはり和泉君が本調子の時に軽口は叩こうか。今回は負けと言う結果に終わってしまったが、初めての試合で色々学ぶこともあっただろう。だが悔やむことは無いよ、月並みな言葉だがまだまだ強くなれる。青春の時間は短い、だからこそこれからも尽力しようじゃないか」

 詰まらない演説を終えてご満悦に浸ったアフロ先輩はその後色々女子更衣室を探索しようとして怒られていた。

 雪芝先輩がかんかんに怒っているが、ヒキマル先輩も交えてやんちゃしていた。大学生にもなって何をしているんだと呆れつつも僕はパイプ椅子に座って、タオルを被ったまま動けない。

「しんちゃん……」

 金盛が隣に座っている。

「先輩たちすごいな、あの試合の後なのにあんなに元気だ」

「しんちゃんが頑張り過ぎにゃー」

「熱くなりすぎたかな」

「かっこよかったよ」

「……ありがと」

「私も疲れたにゃん……」

 そう言って隣に座った金盛は身体を僕に預けて来た。電車でもたれ掛る女子のようにパイプ椅子とパイプ椅子の間も気にせずに凭れて来る。

「汗臭いだろ」

「ううん、良い匂い」

「……」

「……死ね」

 ヒキマル先輩が威圧的で殺意の篭った目で見て来たが、とりあえず無視をしておいた。天使の様な雪芝先輩が、ヒキマル先輩の目を両手でかくして先輩たち三人で仲良くやっている。

 そんな事をしている間に金盛は寝てしまった。倒れる様に膝の上に頭を乗せて、熟睡モードに入ってしまい、先輩たちが観客も帰ったから金盛を起こせという話になってもなかなか起きなかったので苦戦した。

 着替えを終わってからも金盛は寝ていた。まだユニフォームだ。

「どうしようかしら?」

「叩いて起こせばいいですよ」

「ううん、それはちょっとねぇ」

「なら氷水でも被らせましょうか」

「それ危ないんだよ、心臓発作とか起きちゃうかもしれないし」

 相手チームの挨拶も早々にアフロ先輩とヒキマル先輩は帰ってしまった。相手チームの帰りを見送った後、僕と雪芝先輩は金盛をどうするかと言う話し合いをしていた。

「それにしても良く寝てるわねぇ」

「夜に遠足の前みたいに寝れなかったんじゃないですかね、こいつ単純ですし」

「うふふ、可愛いじゃない」

「そうですねぇ」

「でもこの前抱きしめなかったんでしょ?」

「そんな軽い事出来ないですって……」

「誠実なのね。でも男はフライング気味で動かなくちゃ」

「それなら雪芝先輩に迫ってみましょうか?」

「出来ない事は言わないものよ。それとも、私を攫ってくれるのかしら?」

「すみませんでした」

 先輩を攫ったら多分他の雪芝ファンに殺されかねない。今日の試合中に確実に雪芝ファンは増えているのだろうから戦力倍増だ。命は惜しい……ごめんなさい、ただのヘタレです。

「しんちゃんは、かなちゃんの事好き?」

「えっ、何ですか。藪から棒に」

「最初の方ずっと私に視線向けてたのに、最近そうでもないでしょ?」

「!?!? えっと。気付いて、いたんですね」

 やばい、目を合わせられない。

「そりゃあ、ね。だてに女を十九年もやってないわよ」

「いやあ、ははは」

「で、どうなの? 好きなんでしょ?」

「答えなきゃいけないですか?」

「教えてくれなきゃセクハラされたって言いふらしちゃうよ?」

「勘弁してください」

「じゃあ、言う事!」

「……」



「今日しんちゃんの家行きたいにゃ」

「えっ……?」

「きょきょ、きょ、今日、しんちゃんの……家行くの!」

「なんで緊張して言ってんだよ」

「二度も言分けるからだああ!」

 そう言って腕に噛みついてきた。痛い痛いと文句を言いつつ、怒った。

「なんでまた」

「だって、忘れ物したんだもん」

「何をだよ」

「秘密」

「はあ?」

 忘れ物だって言われても、こいつが忘れたもの何て思い出せないし、六畳間にあったとは思えない。カラーボックスと壊れた冷蔵庫と折り畳み机、布団ぐらいしかない部屋だからすぐに分かるはずだが。

 それに、こいつが僕の家に泊まったのは一回だけだ。

 一言断りを入れて置くと何もなかったぞ。神にも仏にも悪魔にも閻魔にも誓って何もない。

 あの試合の後完全に寝落ちしたこいつを筋肉痛で悲鳴を上げる腕で背負って寮に運ぼうとしたが、女子寮なので部屋まで上げられない事を危惧して泣く泣く連れて来ただけだ。要らぬ誤解は不要である。

「万年床の布団の下にも何もないぞ。というか忘れ物何て僕は見てないぞ」

「いいからつれてけぇー」

 記憶にない忘れ物をのせいで家に向かう事になったのは、試合の事を思い出してちょっと残念な気分になったすぐ後だった。

 それから仕方なく家に向かって道を変えて歩いている時の事だ。

「ねえ、しんちゃん」

「何だよ」

「恋人みたいだね」

「そうか」

「にゃーんでそんな無関心なの! にゃの!」

「そりゃ金盛が可愛いからだろ」

「そう言って誤魔化さないにゃあー」

「うーん。無関心じゃないさ。ただ……さ」

「ただ?」

「ただ、僕の気持ちがはっきりしないんだよ」

「にゃ~?」

 僕の気持ち。と言ったが、本当はヘタレているだけなのかもしれない。

 今まで女性との付き合い何て無かったのだ。中学時代まではそんなの都市伝説だと思っていたし、高校時代はバスケ、というよりダンクに三年間を注いだ。その後は受験勉強の国語に数学、英語に社会、科学化学に引っ張りだこだったので女性と付き合う暇は無かった。バスケ部員で付き合っていた人はきっと分身をしていたのだろうし、僕はそんな忍法や理系の知識が無いのでクローン何て出来ないのだ。付き合う事なんて出来るわけが無いだろう。

 言い訳を心の中でしている間に家に着いた。

 愛すべき六畳間に入った女性は金盛だけだ。だから女性が使う物があればすぐに気づくはずだが何だろう。部屋の前に到着しても分からず終いだった。

 木製の音の良く通る扉を開けて、部屋に金盛を招き入れた。

 万年床の敷きっぱなしの部屋の隅に鞄などを置いてから一度落ち着く。

「で、何だよ忘れ物って」

「にゃんだと思う?」

「分からないから聞いてるんだろ?」

「行って来ますのちゅー」

「よし、帰れ」

「いやああああ」

 冷静に返したが、心の中でダイパニック。パイパニック、あれ、これはAVのタイトルだ。

 行って来ますのちゅー? ちゅー? ちゅうう!!?? キスだと? キッス? 接吻? 口づけ? 口吸い? 官能的一ページ?

「お前ふざけすぎだろ!」

「ふざけてないもん! ふざけてないもん!」

 ダイパニックに頭の中が陥っている間に抱き着かれた。積極的すぎる。

「いいから離せよ」

「いや!」

 無理矢理に引きはがそうとしても離れない。頭の中がパニックになって「親にばれる」と言ったが「一人暮らしでしょ」と一瞬で論破された。

 暫くの押し問答ならぬ剥がし問答をしていると、足を万年床の布団にとられて倒れた。

 紳士である僕は金盛を上にして倒れると、頭をごつんと打って一瞬気を失った。


「しんちゃん、しんちゃん! ……大丈夫?」

 目を覚ますと目の前に広がる金盛の顔があった。広がると言っては語弊がありそうだから念のために断りを入れて置くと小顔で可愛らしい顔が見えた。

「あ、ああ」

 五十音の最初の文字を連呼して無事を知らせる。

「良かったぁー……」

 万年床の上に置いてある時計を見ると、三十分ほど寝ていたのだろうか。頭がまだ痛い。

「とりあえず重たいから退いてくれないか?」

「嘘つけ―、軽いって言ってこの部屋まで運んだくせにー」

 ・・・。

 ああ。あの時か、試合の後寝たままになっている金盛を仕方なく家に運んで「こいつ思ったより軽いな」って一言呟いた記憶がある。

「おま、起きてたのかよ!」

「にゃほほー」

 笑ってからまた抱き着いてきた。横になっている状態で抱き着かれたら引きはがせない。しかも、金盛も高い壁を登って行くだけの握力や筋力を持っているのだ。掴む事に関してはこれ以上適任が居ない女子である。

「汗臭いから止めろよ」

「良い匂い」

「昨日から着替えてないぞ」

「いいもん」

「……こんな時に甘い言葉一つ言わない男の何が好きなんだよ」

 一番の疑問であるが、一番効くべきではない質問だろうか。正直女性経験の無い僕には分からない事だ。

 体を起こして顔を見せてから口を開く。

「……思ったより顔はかっこよくないよね、しんちゃん」

「何だよ、貶したいのかよ」

「違う! でも、顔じゃなくて、えっと……えっとね」

「考えるなら一回降りろ」

「……ぅん」

 しゅんとしつつも降りた。実際重たくは無かったが、相棒が暴れ狂う前にどうにかこの状態から回避したかった。だって、ねえ? ぷらとにっくな関係が一番だよ……多分。

 それからちょっと考えてから金盛は僕の手を両手で包むように握った。

「分かんない!」

「なんでだよ!」

 手を握ったのはデコピン回避か。

「でもね、分かんないけど好きだった!」

「ぅっ……」

 女子に面と向かって初めて『好き』と言われた。しかもこんな可愛い女子に。

 やめてくれ。何も返せなくなる。

「しんちゃん……私の事嫌い?」

 見ると正座を崩した、女の子座りで上目使いをして聞いていた。

「嫌いで無いよ、断じて」

 本当のことを言う。嫌いだったらこんな風に接する事なんて出来ない。

「じゃあ……好き?」

 決まりきった台詞を、恥ずかしそうに聞いてきた。

「……分からない」

 これも、本心である。

「なら好きになって」

 そう言って――僕たちはキスをした。






















 エピローグ:


「アフロ先輩って卒業しないんですか?」

「しないねえ」

「なんでまた。学費もかかるでしょう?」

「学生だから出来る事もあるってもんだよ。いち早く気付いて、儂は人より学生時代という青春を謳歌しつつ、社会貢献をしているのだ」

 秋になってますます胡散臭い言葉に拍車がかかっていた。

「和泉君もそろそろ新人に教えられるぐらいの実力だろう。試合の後に入った子たちに教えたまえ」

「僕なんてまだまだですよ。先輩には負けます」

「持ち上げつつ逃げるとは、君も中々言うようになったねえ」

 そう言ってあれから更に増えた新人を嫌そうに教えに行った。最近この人は胡散臭いけどなんだかんだで面倒見良い人なんだよなぁ、と思うようになった。

 とりあえず練習の休憩がてら、ヒキマル先輩の所でルートの取り方のコツを教わったけれど相変わらず無口だった。ただ、あの練習試合の後からなんか教え方が雑になったような気がする。徐々に慣れて来たんだろう、と前向きにとらえます。

 その後は雪芝先輩の胸の谷間に滴る汗を見て、タオルを返す事を思い出してすぐに取りに行った。今日はウインドエンジンを切った状態でのクライム練習の日なのだ。

「先輩ありがとうございました」

「あら、忘れてたわ。ふふふ、こんなに長い事返さないって事は、これで何をしたのかな?」

「自分の汗も混じってたので何もしてないですよ、それに」

 僕は金盛の方を一瞥した。

「そうねぇー。しんちゃんは純粋だからそんな事しないわよねぇ」

「雪芝先輩って絶対僕の事子供の様に見てますよね?」

「うふふ、可愛い後輩って見てるわよ」

 お姉さん的に鼻頭を人差し指でちょんと触れてから雪芝先輩は練習に戻った。なんだかんだでやっぱり先輩は天使の様に可愛らしい。

 僕は新入部員にクライミングのコツをいくつか教えた。腕を曲げて、腕の力だけで壁を登ろうとすると途中でバテるから気を付ける様に教えた。試合を振り返ってまだまだ僕が体力不足だと思っていたが、腕の筋肉だけで上ろうとしたのがいけないのだと気付いたから、身に染みて覚えた事は教えられる。

 和泉とか智也と久々に呼ばれて喜んでいたのに、新入部員も気づけばしんちゃんになっており、僕は心なしか絶望していた。

「しんちゃーん」

 金盛が女子新入部員に優しくも感覚的に教える事を終えて、周りの人間をバテさせてから僕の方に寄ってきた。

「まだしんちゃんって呼ぶのかよ」

「……だって……恥ずかしいんだもん」

 しおらしく言う金盛は多分一番かわいい。だけれど、普段こう言った表情を見せないからギャップ萌と言うのはこういう物なのだろうな、と心の中で解決する。

「練習終わったのか?」

「うん、みんな疲れたっていってるにゃん」

「そっか。もうちょっと丁寧に教えないと分からないだろ」

「めっちゃ丁寧! 丁寧にゃーん」

「お前はガサツだよ」

「うにゃあー」

 文句を言いつつ、引っ掻いてきた。ここ最近の日常になっている。喧嘩するほど仲がいいというけれど、多分こう言った喧嘩は痴話喧嘩だと言われてしまうのでそれに含まれないんじゃないかと思う。

「なんだい、また痴話喧嘩かい?」

 ニヤけ面でアフロ先輩が笑いながら来た。

「いえ、痴話事じゃないですよ、一方的な片思いです」

「にゃああ! またそんな事言ってる!」

 強烈なパンチがみぞおちに入って蹲った。

 見えた風景は、心配して来てくれた天使の雪芝先輩、いつの間にかいてざまあ見ろと言わんばかりの目線を向けて来るヒキマル先輩、いつもの調子で胡散臭く笑い続けるアフロ先輩、自分で殴ったのに慌てふためく金盛智佐であった。


 なんだかんだで、この五人で始めたからこのスポーツが好きになったんだな、なんて不意に考えたりもした。


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